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同じ空の下で  作者: 桜油
8章・終章
108/140

102話

こんにちは。


せっかくの休日なのに早く目が覚めてしまったので、

そのまま投稿。

……いつまで経っても痛みが走らない。

即死したのだろうか?それにしては、床の冷たさを感じられるが。

……?床の冷たさを感じる?それも手から?


恐る恐る目を開き、……目に入った光景に、思わず呼吸を忘れそうになった。


「ぁ、あ、ぁああぁ……」


なんとか喉を震わせた瞬間、唯笑の胸からナイフが引き抜かれ、脱力した唯笑が床にぐしゃりと斃れ、血が大量に流れ出た。


……俺と唯笑の位置が、入れ替わっていた。

俺は唯笑が座っていた位置に移動し、唯笑は高式に心臓を刺されていたのだ。


「ぁあああぁっっぁぁぁぁぁぁっぁぁぁあああああああぁあぁぁぁ!!!」


俺は、覚束ない、頼りない足元で、必死に、全身をぎくしゃくとがむしゃらに動かして、一生懸命唯笑の元へと走り、上半身を抱き抱えた。


「唯笑、ゆえ、ゆえ、」


俺が必死に呼びかけると、唯笑はうっすらと目を開け、俺に焦点があった瞬間弱々しく微笑んだ。


「ああ、怜。大丈夫?痛くない……?」

「喋るな、今『回復』かけるから、だからっ……ああ、くそ、なんで魔力無いんだよ!俺の馬鹿!じゃあ『決意』で、」

「怜、」


唯笑は、ゆるゆると、小さく首を横に振った。


「何で、ほら、生きて、色んなとこを旅するんだろ?俺と一緒についてきてくれるんだろ?っ、だったら、」

「いいんだよ、怜。ちゃんと見て?もう、無理だから」

「無理、って何が……っ」


ここで、俺はまた知りたくない現実を1つ知った。

唯笑の『令呪』が、ない。

そして、唯笑の身体が少し透けていた。


「……あ、」


『決意』の『令呪』で、……いや、きっと『覚悟』まで使って、俺を庇う為に位置を入れ替えたんだ。

だから……もう、唯笑は、天地がひっくり返っても助からない。

黙り込んだ俺に、唯笑は穏やかな、死を悟った、死を恐れず受け入れた、生に執着していないような凪いだ海のような声で、「怜」と俺の名を呼んだ。

俺は、涙に震えた声で「なんだよ、」と返すのが精一杯だった。


「ぎゅっとして」

「……ああ」


唯笑を、優しく、強く抱きしめた。今はまだ温かいし、触れていられるが……それも、もうすぐ失くなってしまう。

唯笑はゆっくりと語り始めた。


「私ね。怜に、『優しい世界』をあげたかった」

「……それはまた、凄いプレゼントだな」

「でしょう?」


そう言って、時々血を吐きながらもくすくすと笑う唯笑に、溢れそうな嗚咽を堪えて耳を傾けた。

最期の……それこそ、数分前に唯笑が「伝えたいことがある」と言っていたソレなのだと、ひしひしと感じていた。一言でも聞き漏らすわけにはいかなかった。


「どんな手段であれど、人は人を傷つける」


唯笑の言葉は続く。


「支配し、支配され、いつかその心に憎悪を抱いて。そして、愛し合うことも出来ず、争って、また憎しみが生まれる。誰も傷つけなければ、憎しみなんて生まれない。そしたら、争いなんて失くなって、きっと平和、平穏でいられるのに」

「……」

「そうして奪われた人々が、憎み、衝動に突き動かされるままに無惨な行動をして。……その結果、怜を傷つけるこの世界」


その言葉に、傍観に努めていた高式までも息を呑んだ。

唯笑の、氷よりも冷たい怒りに満ちた声など、初めて聞いたから。


「変えたかった。誰もが、自分に関わりのある人全ての幸福を願い、祈れたなら。その目で互いを認め合い、その声で想いを伝え合い、その手で大事な人と手をつなげたのなら、きっと。怜もゆっくり自分を見つけ出して、怜にとっての『大切』を見つけて、怜が怜自身を救ってあげられる。そんな『優しい世界』を、作ってあげたかった」

「……」


唯笑は、昔から『自分に関わりのある全ての人が幸せであってほしい』と言っていた。

それを崇高で、尊い願いだとは感じていたが、俺のための願いだとは夢にも思わなかった。それが唯笑が世界を救う相棒に俺を選んだ理由だなんて。

……それこそ、もしかして、恋だとか、愛だとか、そういったものではないのか?

むしろ、これ以外の何を恋、愛だと思えばいいのか。


「……ありがとう、唯笑。『優しい世界』なんて無くたって、俺にはそれだけで、唯笑が隣で笑っていてくれれば、それで充分だ……っ」


嬉しかった。俺はこんなにも温かい感情を向けられていた。

悲しかった。唯笑は、もう間もなく居なくなってしまう。

震える身体を抑え込んで、しっかり抱きしめる。先程よりも体温が下がっていたし、どんどん唯笑の身体は消えていく。左足から爪先、踵、脛、膝、そして右足が、音もなく消えていくから、体重が軽くなっている。心做しか、透明感も増していた。


「……っ」

「泣かないで。最期は、笑った顔が見たいな」

「無茶言うなよ……」


唯笑は柔らかく微笑んだ。


「ねえ、怜」

「……何だ?」


涙を抑えきれず、ボロボロと泣きながら、できる限り穏やかに言葉を返した。


もう、何を言おうとしているかなど理解している。

その言葉を告げてほしい。

だが、告げてしまえばきっとそれが最期の言葉になるから、告げないでほしい。


唯笑が俺に伝えたかったことの、結びの言葉に違いなかった。


目に溜まっていた涙が溢れ、滲んだ視界が明瞭になり、視界の中心で唯笑が微笑んでいる。そしてまた視界は滲むが、唯笑が徐ろに手を上げて俺の目元に指を近づけ、涙を拭った。そして、わずかに身を起こし、……瞬間、唇に柔らかい感触がした。鉄臭く、生臭く、涙で塩っぱくて、……それでも、ほんのりと甘く、ほんのりと温かく、新鮮に感じた。最初で最後の口づけは、一生忘れられないものだった。


そして、唯笑は笑う。


無邪気に、この上なく幸せそうに、慈愛に溢れ、全てを受け入れたように、春の日差しのように温かで、太陽の光のように眩しく、咲き誇る花のように瑞々しく、月の光のように柔らかくて優しい、そんな、俺のどの記憶の中の人間、景色よりも、鮮やかで美しく。


「さよなら、大好きだよ」


それを死に顔にするように、唯笑は最期にそう言って息を引き取り、間もなく泡のように消えていなくなってしまった。


「……」


沈黙が、流れた。

永遠とも思える気まずい時間の中。


魔力は少し回復したが、だからといってなけなしの魔力で敵討ちしようなんて気概は全く湧いてこなかった。


まるで半身をもがれたような心の痛み、欠けたのは明らかなのに何で埋めたらいいのかすらわからない喪失感、叶えたかった夢も、託されて背負ってきた想いも、全てどうでも良いという虚無感にただ支配されて、唯笑がさっきまで斃れていたところを焦点もなくぼんやりと眺めることしか出来なかった。唯笑の血で汚れた服も、手も、血の味が未だ遺る唇も、全てそのままで、まるで俺の中だけ時間が止まって季節すら俺を置き去りにするかのような、昏い闇に沈み込むかのような、苦しさが胸中を占めていた。


高式が、口を開く。


「……『前回』。僕が一騎打ちをすべく、準備をしていた時。僕は、世界を救いたいという少女の提案を受けた」

「……」

「彼女は、実力のある魔術師だった。だけど、世界を救うには力不足だった」

「……」

「何で世界を救う為に繰り返す必要が在るのか。それを聞いたら、真白はこう言った。『恵まれない環境に生まれ、平穏なんて何一つ謳歌しないままに憎しみと悪意を持った大人たちに利用され、世界を壊してしまう。そんな未来を迎える人がいて、その人はそれを自覚していないけれど、立派な人になって自分を救いたいと願っている。彼が、自分をしっかり認められるような、そんな世界にしたい。だから、彼が自分を認められるよう、世界を救う役割を託す。私はどこまでもついていくし、傍でずっと支える』って」

「……」

「僕は、意地悪を言った。『どうせ繰り返すなら、入れ替わるなら、僕の仲間も幸せにしろ』と」

「……」

「彼女……真白は、それを本当にした。絵空事を騙るだけのただの夢想家だと思っていた魔術師は、たしかに僕の仲間をその『大切』と共に掬い上げ、『大切』の心も掬い上げた。僕のただの無茶振りは真実になり、嘘、絵空事は事実に成った」

「……だから、何だよ」


そんなことを今更知ったとて、唯笑はいない。

むしろ、俺と唯笑の大切な思い出であるそれを自分の手柄のように話しているような気がして、仄暗い気持ちが滲み出ていた。

高式は、「……ごめん」と素直に謝った。


「……謝っても、唯笑は戻ってこないだろ。戻す気も、ないだろ……」

「……」

「どっちにしろ、終わりだ。俺はまだまともに魔力が回復してない。いや、『容赦』も『覚悟』も克服された以上、魔力が回復したところで勝ち目がない。……奇跡が起こって勝てたとして、唯笑がいないのに、俺は独り何を思えばいいんだ……」

「……」

「殺してくれ」


俺は、そう乞うた。

高式が、目を瞠った。


「それは……真白の犠牲を、無駄にするということか?」

「……」

「それで終わりでいいのか?」

「……お前なら、」


敵のくせに必死に俺を説得してくる高式に、俺は笑みを浮かべながら顔を上げた。

高式がひゅっと息を呑んだ。


「唯笑を殺したお前なら、俺を終わりにできる。そう思っただけだが」

「……ごめん」

「謝るなよ」

「それでも……」


高式は、泣きたいのはこちらだというのに、なぜか涙を流しながら、ナイフを今一度握りしめた。

そして、ゆっくりとナイフを俺の首へ近づけた。


「……城月怜。きっと、この13年間で、色んな感情を知ったんだろうさ。嘸かし、僕が憎いだろう。互いに夢のため戦っていただけなのに、僕は君との約束を破った。不慮の事故とか、真白が勝手にしたことだとか、そんな言い訳なんて出来ない。赦さなくていい。赦す必要なんてない。だけど、本当に、これだけは伝えさせてね」


ナイフは、俺の頸動脈をあっさりと、突き破った。


「……ごめんなさい。お疲れ様」


ー暗転。

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