98話
こんにちは。
新しい職場にも慣れてきました。
では、どうぞ。
高式の胸元の魔術式が消えていることから、拝郷が『リンク』の解除の為に『令呪』を使う作戦はほぼ成功だと確信はできたが、唯笑は警戒を解くことなく臨戦態勢のままだ。唯笑が昨日話していた『嫌な予感』は続いているのかもしれない。俺も倣って身構えた状態で、高式を起こすべく距離をじりじりと縮めた。
その前を遮るように、上から少女が降ってきて着地する。
数日前にも見かけた姿だった。
「……育。来ていたのか」
「うん。拝郷さんから声かけてもらったんだよね」
俺の問いにそう答えた育は、「私から話をしてみる。君はそこで様子を見ててよ」と言って高式の元へ向かう。
「おい。大丈夫なのか?」
「大丈夫。『実現』じゃなくて暁本人って感じがするから」
「そんなの分かるのか?」
「女の勘ってやつだよ。好きな人の区別くらいつくよ……ま、違っても私なら生き返れるから心配無用かな」
「女の勘……」
そんなのが女の勘で分かるなら苦労しないのだが、と思いながら唯笑を見れば、唯笑は警戒は解かないものの育の言い分には納得した様子だった。
嘘だろ、納得できる要素なのかソレ。
渋々そこで足を止めて、育たちの様子を観察する。
育は高式のすぐそばまで寄ってしゃがみこみ、彼の身体を揺する。高式は意識を取り戻したのか、眼を開いた。
「……育?ここは……」
「暁、良かった。痛いところない?どこも具合は悪くない?」
心配と安堵が半々ながらそう尋ねた育に、高式は「大丈夫……だけど、」と戸惑いを隠せずに返答し、は、として自身の胸元を確認し、『リンク』が消えていることに気がついた。
一気に顔が青褪める。
「あ、あ……育、もしかして……」
「……『リンク』はなくなったよ。『実現』はもうない。私達の夢は終わり。叶わないし、叶える必要も失くなった」
「育っ!」
怒気を含んだ語調で育を抱きしめた高式は、ひどく焦燥した様子だった。
「『否定』を使ったか!?『実現』を『否定』するなんて、それじゃ育が消えてしまうじゃないか!くそ、だったら『決意』で何とか育を」
「ちょ、ちょっと待って!『否定』は使ってない!使ってないから!」
「嘘つけ、『否定』も使わずにどうやって『実現』の絡んだ『リンク』を消せるんだ!」
「拝郷さんたちが頑張って、『容赦』をすっごく強くしたから『決意』の令呪で充分だったんだよ!」
「はあ!?じゃあ何だ、僕達の念願の夢をあいつらがぶっ壊したってことか!」
「ぶっ壊したなんてとんでもない!私の我儘を叶えてくれたんだよ、悪く言わないでほしいかな!」
「よりによって育が!?何を考えているんだ……っ!」
……喧嘩が始まったし、止めるべきだろうか。
そう思いつつも、唯笑が「何でか、嫌な予感がどんどん膨らんでる……」と呟いているからそちらを放置もできず、仲裁に入らず見守り続ける。
育は涙混じりに必死に話しだした。
「暁は、色々叶えてくれた。おかげで私はとても幸せだよ」
「ならもっと幸せになるために、」
「けれどね、暁。その力でもっと平穏を手にしたって、私にとっては足りないんだ」
「なら、その足りないものを、」
「暁。私と、一緒にいてほしい」
高式の反論が、止まった。高式は戸惑いを隠せないらしく、酷くぽかんとした表情を浮かべていた。
育は続ける。
「暁は、私の願いを、心を、受け入れてくれた。『教会』の実験道具にされてた私を、身体も、心も護ってくれた。だから、私、私を殺さずにいられたよ?暁がいてくれたから、私は私でいられたんだよ」
「……」
「私はね、暁が犠牲になってまで平穏を得たいわけじゃない。普通の人生なんて暁がいる日々と比べたらどうでもいい。暁がいれば、どんな夜だって超えられるって信じてる」
「……」
「だから、暁……ごめんけど、諦めてくれないかな……?」
育の切実な懇願に、高式が応えるまでの数秒間が嫌に永く感じた。
数秒が、数十分、数時間、数年にも感じられる。当人はその比ではなかっただろう。そんな張り詰めた緊張感がその場を支配していた時、高式がついに口を開いた。
「……ありがとう。気持ちは嬉しい」
「……」
「1つ、昔話をしようか」
「え、」
昔話?なぜここで?と戸惑う育に構わず、高式は語り始めた。
「……遠い昔……とは言っても、13年前のことではあるんだけれど。13年前であって13年前ではない頃の話かな」
多分、『前回』以前のことを言いたいのだろう。この場に、彼の発言の意図が理解できない者はいなかった。
「2人の兄妹。大人たちの勝手な都合で、その将来は2つに裂けた。1人は、『教会』の監視はありながらも表の平穏な生活を享受できる立場。もう1人は、『教会』に好き放題、煮るなり焼くなり扱われる立場」
「……」
「どうも、『僕』は後者だったらしい」
「え、」と唯笑が困惑した表情を浮かべて、思わず声を漏らした。唯笑ですら知らない世界線らしい。
適当に話しているような内容だが、高式の態度がどうも真実味があった。
「閉ざされた塔の真っ暗な部屋……というか独房だね。独房の中に、『僕』の鼓動だけが嫌に響いていたな。『教会』からは蔑み疎まれ、恐れ嫌われた。何をしたって化け物扱いで、正当な評価なんて程遠くて、……そんな『僕』が、『クリス』に利用されて『実現』として世界をぶっ壊して……でも、途中からそれを制御できるようになったんだ。『容赦』がいるという条件下だったけれど、どうもその世界線の『容赦』は魔術師として一定の評価があるくらいには活躍していて、周囲の仲間のせいで足止めくらって生き延びていたらしいね」
「……」
「そんな時、1人の招かざる客が来た。鏡を手に、女が微笑んでいた。『君の不幸は誰のせい?』なんて聞いてきて、その鏡が答えだって置いていった。『僕』はその鏡を見てしまった」
「……」
「鏡に映ったのは、1人の少女。十数年ぶりに見る彼女は、とても成長していた。この世の春の中で育ったように、ふくふくと笑みを浮かべていた。……戸惑ったよ。僕の妹のせいで僕が不幸だなんてありえない。そんなわけない……けれど、わずかでも疑心はあって、女はそこを利用してきた。『心象魔術』でそれを膨らませたんだ。『真実だったら、どうする』って。『僕』の幸せが妹に全て奪われたとするなら、って。……僕の心は、憎悪に満ちて、堕ちてしまった」
「……」
「『僕』は、入れ替えた。世界を壊し、再創造する時に、『実現』の力で……全て忘れ去って、幸福になる為に」
俺と唯笑は絶句した。そもそも俺自身が存在していなかった世界線。唯笑が記憶を持ち越すよりも前の記憶に違いないものを、なぜか高式は持っていたという事実もそうだし、俺自身が存在していない世界線の存在もあって、衝撃的だった。
一方育は、表情を変えるでもなく、ただ黙って聞いていた。
昔話は続いた。
「『前回』も『今回』も、僕は幸せだった。孤児院であれスラムであれ一般の家庭であれ、木漏れ日差し込む明るい部屋に、賑わう人の声が響いてて。敬い慕われ、崇め愛された。……けど、『今回』、違和感が酷くて。僕のコピーが造られていることにもびっくりしたけど、大切な妹が『教会』にひどい扱いを受けていて。それだけなら義憤に駆られるだけだったかもしれないけれど……育があまりにも悲しくて『否定』が暴走した時あっただろ?あれを受けて、僕は『僕』を思い出した」
「……あ、」
育は思い当たる節があったのか、小さく声を漏らして口を抑えていた。
唯笑も、目を見開いた後に、「……もしかして、」と呟いた。
「唯笑?」
「暁は『こんな結末、認めない』って言って、未来を私に託した。私は、世界が壊れるのは嫌だって意味だと思ってた。けれど、不思議だったんだ。暁は『世間知らず』。世界なんてそこまで思い入れが無いはずだよね。そもそも世界が壊れたところで想像で立て直せちゃうんだもん。この世界に拘る理由が無い。でも、その時の暁は既に育ちゃんの『否定』を強く受けた後。……だったら、」
「……まずいな」
ほぼ確実に、高式は。
嫌な予感がして、俺の中でもだんだんそれが大きくなり始めていた。
やっと、四章モノローグの回収ができた
そう安堵してます。




