94話
こんにちは。
今日で七章が終わります。
では、どうぞ。
その日の深夜。
明日が作戦、世界の命運が決まる大一番なのかと思うと落ち着かず、そわそわして、明日に備えて休まなければならないことは重々理解していても中々眠りにつけなかった俺は、独り、夜道を散歩することにした。
真夏真っ盛りながらも夜だからかひんやりと涼しく、微かに吹いている夜風が心地よい。夜分遅いのでコンビニやファミレス以外は閉まっていて、街灯もどこか頼りない。しかし、月が綺麗に白く映えて、仄暗い夜道を更に優しく照らしていた。
夜空は生憎の曇天。月光が白く差し込む以外、とくに星が見えない。だが、今星が見えたところで俺は天文学には全く疎い。夏の大三角や天の川だって見つけ出すのすら苦労することは想像に容易い。……でも、唯笑だったら、そのくらいは軽く探し出して説明してくれるかもしれないな。
「……」
今思えば、随分遠いところまで来たように思う。
得られる情報すら制限を受けた中で魔術師としての教育を受けて。その現実を思い知って、自分が異常なのだと知った頃に唯笑と出会って、『俺は立派な人間になって自分を救える』のだと言ってもらえたから、魔術師を志した。
だが、いつかそんな初心は忘れて、『魔術の研究がしたい』という建前で本音は覆い隠されてしまった。
気づいたら別人として時間遡行をしていて、早速殺されかけたと思ったら、俺を必死こいて生かそうとする唯笑の姿を見て、『決意』で襲撃してきた相手を撃退していた。
なぜ俺が時間遡行などしたのか、何も道が分からないまま、唯笑が指し示してくれた道を只管走ってきた。その道中も様々な出会いがあって、沢山支えられてきた。
最早、俺の目的は、『唯笑の夢を叶えたい』『唯笑の理想を美しいと感じた』からだけではない。
宥や有希、紗季など、『JoHN』で活動し続けてくれた大切な仲間たち。
『前回』以前から並々ならぬ思いがあり、唯笑や俺を裏方でサポートしてきた、大切な親友たち。
散々振り回されながら静かに俺たちを見守り、あくまでも少年少女として接してくれた、提督たち。
同盟を組んでくれた上、契約に戦闘には参加しないと明記されているのに自主的に前線に出ていた執行率いる『陰成室』。
他、個人的に契約を結んでいた拝郷だったり、表での初めての友人の司たちだったり、なぜか俺や唯笑に憧憬の感情を向ける有栖だったり。
俺が関わった全ての人に幸せであってほしい、という願いは、俺が偽物であっても間違いでは無いはずだ。
どうしたら、俺は皆に報いられるだろうか。
否、方法は理解している。具体的な手段があまり浮かんでこそいないが、世界を救って未来を迎えられるようにすることこそ俺の使命だろう。
……だが、果たして。
人間らしい情緒があまり育っていないような俺に、世界なんて救えるのだろうか?
『決意』なんて持っていても宝の持ち腐れなんじゃないのか?
何でも無いように振る舞っていても、ふとした瞬間にそんな不安に襲われ、その不安は益々大きくなっていく。今日はより一層だった。
「はあ……」
モノクロの空に、ため息が消えていく。
「どうしたの?」
後ろから、『今回』もっとも多く耳にした、聞き馴染んだ声がした。
「唯笑か。いや、いやに緊張して寝付けなくてな。夜風にあたろうと思ったんだ」
「そっか。私も似たようなもんだよ」
唯笑はそう言ってクスクス笑う。俺は振り向いて唯笑の方を向いた。
「やっぱり、作戦の成否が気になるのか?もしくは、世界をちゃんと救えるかどうか、とか?」
「ううん。その2つはあんまり気にしてないや」
「そうなのか?意外だな」
てっきり、そうなのかと思っていた。
嫌な予感がするから、と拝郷の作戦を渋っていたし。
それに、出会った当初の唯笑は、本当に世界を救えるのかひどく不安がっていたように記憶していたから。
俺が首を傾げていれば、「だって、私は怜を信じてるから。作戦が上手くいってもいかなくても、私と怜の2人なら世界だって救えるって」と一点の曇りもない笑顔で言い放つ。
その無条件の信頼が、とても心地よい。その裏腹、俺のほうが恥ずかしかった。
「……じゃあ、嫌な予感ってなんだったんだ?」
照れ隠しの意味もあったが、純粋に気になっていたことを話題をそらすついでで尋ねれば、「嫌な予感の理由がこれだって確信はないんだけれど」と唯笑は一瞬目を伏せた。
「……そもそも、こんな作戦をやるべきじゃないように思うんだ」
「どうしてだ?皆救えるかもしれないじゃないか」
「いや。この作戦をやった時点で、少なくとも1人は死ぬと思うよ。それも、拝郷が」
「はあ?なんでまた彼奴が?」
益々疑問が増した俺に、唯笑は丁寧に説明を始めた。
「なんというか……『令呪』と『覚悟』の併用は確かに凄い発想だけど、拝郷ならもっとスマートな方法を見つけられそうじゃない?『心象操作』のコスパを良くする方法とか、魔術式を開発するとか。なのに『放蕩の茶会』も『陰成室』もそんなこと、一言も話してない」
「それはたしかにそうだが……」
「それにだよ。よしんば魔術式の開発は時間が足りないと判断したとするよ。なら、人脈を駆使して、大勢の魔術師で一斉に起動すればよかったんじゃないの?」
「裏切り者の可能性を考慮したんじゃないか?」
「なら尚更。志瑞くんを巻き込む時点でどっか可笑しいんだよ。暴動を起こして、その暴動で流れ弾が志瑞くんの仲間に向かったらどうするの?無効化されるくらいの魔術師ならともかく、無効化できないくらいだったら?弟くんに対応させるの?宥ちゃんに対応させるの?間に合わなかったら、一巻の終わりだよ?彼の心は一度は必ず折れるから」
そう考えると、たしかに彼の作戦は可笑しいかもしれない。
思考に耽る俺だが、唯笑が結論を出した。
「つまり、つまりだよ。これは、拝郷の手の込んだ自殺……下手したら、桜乃さんたちを巻き込んだ、丁寧な無理心中かもしれない。そう思うと……怖かったんだ」
「唯笑……」
そこまで言われれば、唯笑の推測が当たっていた場合の令呪の使い方なんて予測は簡単だった。
令呪を全て消費して、この世から姿を消す気だ。
しかも、俺が令呪を与えてしまった今、もう取り返しはつかない。止める手立てがこちらには無いのだ。作戦が失敗したって良いから令呪を一画残してくれ、と頼んだところで、最終的な意思決定は本人たちに委ねられてしまうのだから。
『もっと前まで巻き戻れたなら』と悩む、昔の唯笑の姿が脳裏を過る。俺も無性に時間を巻き戻して、選択をやり直したくて、でもそれをしてしまえば世界は崩れてしまうかもしれないから出来ない。
俺が愚鈍なばかりに唯笑の願いを壊すなんて、やはり俺は。
惨憺たる自己嫌悪に深く沈み込み、
「けれど……本人達はきっと、何回繰り返したって令呪を受け取る選択しかしなかったと思うから。ありがとう、怜」
なぜだかかけられた言葉は感謝のそれで、嫌味も皮肉も感じられず、急に沼から引きずり出されたような心象になった。
は、と唯笑に視線を戻せば、唯笑は無理した様子もなく、俺を慈しむように微笑んでいた。
「……礼を言われるどころか、責められるべき言動だと思ったんだが」
「子どもの未来と天秤にかけたんだろうな、桜乃さんたち。それに、拝郷だって、親に取り残される子どもの気持ちはとても理解してる筈なの。だから、桜乃さんが断ったら、きっと拝郷は巻き込まなかったよ」
「……」
「拝郷も、ただ死ぬんじゃなくて、死ぬことに大きな意義を見いだせたから、自分の命を駒にしてでも『ラスボス』を攻略しようと思えたんじゃないかな。昔の……ううん、私達が何も介入をしなかった世界線の拝郷なら、きっと世界の、人のためにここまで動かなかったよ」
だから、怜は責めなくていいよ。むしろ、私を止めてくれて、時間を無駄に浪費させないでくれてありがとう。
そんなことを唯笑は微笑んで、優しく、語りかけるように話す。
「そもそも、私は静観しないでとっとと育ちゃんを助けるべきだったよ。そうすりゃ、きっともっと良い結末がそこにあったかも」
「いや、それは違う。唯笑が彼奴を助けていたら、確かに提督も今は生きていたかもしれない。黒守が、執行が、桜乃さんたちが無理をすることも無かっただろう。だが、世界の現状にはきっと気づけないまま最悪の結末を迎えていた。だから、『今』が良いんだと思う」
「うん。怜ならそう言うよね。怜だって悪くない。誰も悪くないの。だから、この話はここで終わり」
そう話を切り上げた唯笑は、笑って、まるで日常の一場面のように、明日の友達との予定を確かめるように、気軽そうに尋ねてきた。
「世界を救った後、どうする?」
「……」
昔は、答えを見つけられずにそれらしいことを答えた。
だが、今は。昔答えたそれと内容こそは似ているかもしれないが、明確な決意を以て答えられる。
「世界中を旅して、色んな人と、色んな場所で交流してみたい。きっと、俺が今までに見たこと無い景色を見られるだろうな」
「……いいじゃん。素敵だね、とても楽しそう」
唯笑は目を輝かせる。俺は、意を決して提案した。
「もし、よかったら。唯笑も、一緒に旅しないか?」
「え、……いいの?私なんかがついて行って」
「ああ。勿論。唯笑がついてきてくれると、俺はとても嬉しい。きっと、否、間違いなく更に楽しい旅になる」
本心からそう思う。
唯笑は少し考え込んだ後、どこか顔を紅潮させて、「じゃあ、お言葉に甘えて。随伴させてもらおうかな?」と破顔した。
夜は更けていった。
次回、最終章開始です。




