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03 聖女判定

 マルは悩んでいた。


 事前に聞いていた説明では大神官長が、この誓約書はマルと王太子の婚約の為の物だ、と宣言する筈だった。

 そして国王が、マルと王太子の婚約の意義に付いて、参加者に示してからサインをする筈だった。

 侯爵も国王の話に同意する事を示してから、サインをする筈だった。

 王太子とマルには言わなければならない言葉はなかったけれど、このままだとこの壇上で何をやっているのか、見ている人には分からないかも知れない。

 そう思ったマルはそれなので、誓約書を手に取って、参加者の(ほう)に向き直る。誓約書の女神を表す言葉や紋様が、マルが触れた瞬間から白けて光る。

 マルは誓約書を参加者に見える様に、胸の前に掲げた。式に参列している人々は皆、誓約書が光っている事に改めて驚きながら、マルの行動を見詰めていた。


「これは、王太子殿下との婚約の為の誓約書です。これにサインをする事で、結婚の約束を神に誓う事になります。異議のある方はこの場で、神の御前に申し出て下さい」


 大神官長と国王が言う筈だった事を要約すると、確かこんな話だった筈、とマルは思う。

 そして異議が上がるだろうと思って待っていたけれど、誰も何も声を上げない。

 王太子には恋人がいるし、マルと王太子の婚約を良く思わない貴族もたくさんいると、侯爵の妻などからマルは脅かされていたけれど、この場では異議を唱える者が一人も進み出なかった。

 その理由は反対する者がいなかったからではない。それは国王も王太子も既にサインをしているのに、それに文句を付けるのはさすがに躊躇われたからだった。誰かが声をあげたら、それに乗っかろうと思っている者は多かったのだけれど。


 誰も反対意見を上げない。


 誓約書は光り続けているけれど、幸い誓約文や三人のサインは変化していなかった。



 王太子から受け取ったペンで、マルが誓約書にサインをする。書く名は亡き両親に付けて貰ったマルではなく、洗礼で名付けられたマレニリアの方だ。

 サインをし始めると、マルがサインをする為に使っている台でも、台に記された女神を表す意匠が白けて光り始める。


 サインをし終えた瞬間、マルが輝いた。


 そして人々は、マルから放たれた光に貫かれたと錯覚して、体を硬くした。


 誓いの間の白けていた天井や壁からは、とても細かい粉の様な白い物が、音もなく振って落ちる。それらは参列者や椅子や床に触れると、とても小さな光となって消えた。

 マルの手にあるペンと誓約書と、サインするのに使った台から、光っていた愛と美と豊穣を司る女神を表す文字や意匠が、透けて消える。消えた跡がまだ愛と美と豊穣を司る女神を表している場合には、その周囲も光って消えて、それは愛と美と豊穣を司る女神の事を表さなくなるまで繰り返された。

 そしてマルの衣装に施されていた、愛と美と豊穣を司る女神を表す刺繍なども、いつの間にか消えてなくなっている。



 マルはサインし終えた誓約書を大神官長に差し出した。

 誓約書からはまだ光が零れ続けており、大神官長はその光に触れない様に注意しながら受け取る。


「こ、これにてこの婚約は、愛と美と豊穣を司る女神の認めるものと相成った」


 大神官長は裏返り気味の声でそう言って、誓約書を頭上に掲げて、参加者に示す。

 一拍置いて、気も(そぞ)ろな参加者から、まばらな拍手が送られた。



 大神官長が気を取り直して参加者に向けて「さて、引き続いて」と言ったところで、マルがサインをするのに使った台がガタンと傾いた。台の脚が光って消え細り、折れてしまったのだ。

 マルは咄嗟に倒れる台を支えた。台の上の壺が転げ落ち、零れたインクがマルの衣装に掛かって飛沫の模様を付ける。

 大神官長も壇上のマル以外の他の四人も、参列者達も、また目を見開いて声を失くす。

 台を受け止めたマルは、一旦周囲の様子を見回して、取り敢えず壇上の邪魔にならなそうな場所に、台を横たえた。台の脚は横にされてもまだ、光って消え続ける。


「大神官長。続きをどうぞ」


 マルに促されて、大神官長はやっと「ああ」と声を出す。


「引き続き、マレニリア殿の聖女判定を行う」

「いや、待ってくれ」


 侯爵が大神官長に向けて、流れを遮る言葉を掛ける。


「こんな汚れた格好で続けさせられない。マレニリアを着替えさせる」

「いいえ。直ぐに終わりますので、このままで大丈夫です」


 マルが侯爵にそう意見をした。

 これまでずっと言いなりだったマルが、侯爵の意見を否定する事を言ったので、侯爵はこれにも驚いた。

 マルは次の言葉を出せない侯爵から、視線を大神官長に移す。


「大神官長。続きをどうぞ」

「あ、ああ」


 大神官長は副神官長から聖杯を受け取る。そこに副神官長は聖水を注いで満たす。

 本来は台の上に置いて注ぐ予定だったが、台が壊れたので大神官長が持ったままだ。

 なみなみと注がれた聖水は、大神官長の腕が震える所為で、前後左右に少しずつ聖杯から零れた。

 大神官長が聖水を零しながら、その聖杯をマルに差し出す。零れた聖水がマルの衣装の裾に掛かる。


「これは聖杯。マレニリア殿が聖女なら愛と美と豊穣を司る女神の加護が映し出される」


 本当はもっと長い説明があるのだけれど、とにかく重たいので、大神官長は早口で短く纏めた。


 大神官長がマルに渡すために、もう一歩マルに近付けば、また聖杯から聖水が零れる。

 マルに意見を返されたショックで頭が良く回っていない侯爵は、その様子を見て、なるほど着替えても無駄だったのだな、などと緩く納得をした。


 マルは裾をかなり濡らしながら、聖杯を受け取ろうと手を差し出した。すると聖杯の愛と美と豊穣を司る女神を表す紋様が白けて光り、大神官長が持ったまま聖杯に穴が開いて、聖水は床に零れ出す。

 大神官長と副神官長はまた目を見開く。

 状況に慣れてきた国王はそれはそうかと思ったし、王太子もそりゃそうだろうと思った。

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