第2話 チャンスと勇気
次の日は昨日よりも、うんと早く家を出てしまった。昨日の出来事を引きずっているのだ。学校に着くやいなや少々駆け足で階段を昇り、自教室を構える3階へと向かった。
3階に着き、自教室の目の前までやってきた。ドアに手を掛けると昨日の記憶が蘇った。
………
しかし、鍵は閉まっていた。
こんな早くに着いたのだから栄くんはまだ来ていないと分かっていたのに、内心少し残念だった。
主事室で教室の鍵を受け取り、自教室の目の前に立ち直した。主事室で鍵を受け取る行為も、3ヶ月経った今では日常のパターンに組み込まれているため、億劫なものではなくなっていた。
あ~あ…… 他の人との会話も鍵貰うときと同じくらいパターン化されてればいいのになぁ…
そんな事を妄想しながら、鍵を回して教室に立ち入った。着席し、自分の鞄から読みかけの本を取り出し、付箋が挟まったページを開いた。
77p
偶然にも前回、付箋を挟んだページがラッキーセブンというやつだった。この数字を眺めていると"今の悩みも明日には吹っ飛んでいるかもしれない"なんて淡い期待もチラついた。きっと、何かいいことが起きるに違いない。
それは、偶然にもすがりたくなる程に複雑でモヤモヤしている頭の中からの一種の祈りだったのかもしれない。
77pから3p程読み進めた辺りだろうか、おもむろにガラガラと音を立て教室のドアが開いた。
ドアに向けた目線の先には案の定、栄くんが立っていた。
気まずくなり目をそらそうとした瞬間、栄くんが口を開いた。
「おっはよう!ほずみさん!」
驚いた。まるで記憶を消したか、はたまた4月からタイムトラベルを果たしたかのような、元気で雲一つ無いような挨拶だった。約3ヶ月ぶりの元気な挨拶に少々懐かしささえ覚えた。
「お…おはよう」
私も無意識に挨拶を返してしまった。
そして、気がついた。今がまさに友人にするための第一歩を踏める絶好のチャンスということに。不思議と勇気は間に合っており、唯一の悩みどころは切り出す話題であった。トークデッキなんてものは生まれてこの方持ったことはなかった。もう後にも先にもない!今話題を考えるしかないのだ。何か無難で面白い話題はないだろうか。今にでも話しかけないと今後一切勇気が出る保証なんてないぞ!和奏!
何としてでもこの千載一遇のチャンスを逃すわけには……!
「き…きょうはいい天気だね」
自分を今すぐにでも殴りたかった。
確かに無難ではあるが、無難なことが逆に難となった使い古されたused話題。何故私の口はこんなにも言うことを聞かないのか…
もし今、"チャンスを棒に振った"と赤の他人に煽られても、息を吐くことすらできないほどにド正論なのは自分が一番分かっていた。
いつの間にかうつ向いていた重たい頭を上げ、栄くんのいる方を向いた。
栄くんはまるで私が透明になったとでも言いたそうに目を見開き、口をあんぐりと開けていた。
「え!?あ…うん……確かに!うん…めっちゃいい天気だね!」
私でも分かった栄くんは動揺している。
その理由は今すぐに分かるものではなかった。