第1話 始まりは自己紹介から
私の名前は八月一日 和奏驚くほどのコミュ障だ。
アニメや漫画で見るような才能持ちの陰キャとは違い、何か秀でたものがあるわけでもない。勉学も二元論で答えることは難しい程に平均的であった。
「いっそのことなら、"できない"に振り切ってキャラクターを立ててくれよぉ……」
中学では3年間という年月の中で自分なりに努力を怠りはしなかったが、友人の数は片手は愚か、指3本に収まった。これ程コミュ力に欠けた人間がいたのだろうか…?
いたなら友達になりたいね!
いや、お互いコミュ障だから無理じゃん…
そんな激痛自虐でさえも披露する相手が不在なため、頭の中で行っている。
正直悲しい。
3月
「高校に入ったら女の子も男の子もお構い無し!両手に収まらないくらいに友達を作ってやるんだからっ!」と意気込んでいたのに、カレンダーは4月から3枚もめくれていた。4月病、新学期病とでも形容するべきかもしれない。中学ではギリギリ友人の数を数えられていたはずの指も数えるものを失い、しぶしぶ月日を数えるに至った。
「4月、5月、6月、7月……」
7月かぁ………ん?7月?
「えっと、あともう少しで終業式か……終業式!?」
自虐ムードや悲しみが一気に焦りに豹変した。背中を伝う汗も暑さのせいではない。
「もし夏休み突入したら、長期休みを最大限利用した、一般高校生達の友達付き合いが加速し、今まさに固まりかけている友達グループが確固たるものにっ……」
絶望した。
「はぁ……」
内心諦めも入ったため息だった。
翌日
目覚ましの音で目を開けると、まばゆい光に目が打ちのめされた。もう一度目を閉じると、数秒後に母親が私を呼ぶ声が聞こえた。仕方なしに再度目を開けた。目を細めていると段々と光にも目が慣れ、見えた光景はいつも通りの私の部屋だった。捨てられずにいる少女漫画雑誌、最近ハマっている漫画、私に似合わない可愛いぬいぐるみ達。他人の部屋を拝見したことがないため何とも言い難いが、女子の部屋としては65点くらいかもしれない。偏差値はギリギリ50といったところだろうか。
いつも行っている朝の支度を手際よく済ませ、いつもと同じようにクラスメイトが来るよりも前に登校し、いつもと同じように自分の教室へと向かった。自教室のドアに手を掛けると、いつもと同じではないことが起きていた。
あれ鍵が開いてる?
少しゾクッとしたが、ドアを開けるとその感情はすぐに消え去った。
よかった…私の席占領されてなかった。
いや、こんな早いから当たり前だよね。
いつも誰よりも早く登校をするのは、自分の席をクラスメイトに占領されないためである。
いやいや、れっきとした理由だよ?
クラス内で私が唯一認められた居場所。
それは自分の席であった。
椅子一つ分の私の居場所をクラスメイトに占領されてしまうと、私のありもしないコミュ力を使い、クラスメイトに立ち退いてもらう事になる。それは棒きれで戦車に立ち向かうようなものだ。
そんなことは私にできるはずもなく、結果として始業までトイレに籠ることになってしまう。
あまりにも惨めだ。
れっきとした理由でしょ?
さて、今日も無事に自分の"居場所"に着席し、ぐるりと教室を見渡した。隣の席に、いつもは見ないものをまたもや発見した。
あれ?鞄がかかってる
隣の席は確か栄くん?
栄 日向
栄くんはドが付くほどのコミュ強だ。私が説明するのもおこがましいくらいだが、栄くんはクラスの大半とは仲が良く、毎回グループ行動では自ら先人をきりにいっている。"校内で彼が1人行動をしている瞬間を見たら勝ち"なんて主旨のゲームがあれば、難易度はMAXだ。
私も4月頃は栄くんに挨拶されていたのをハッキリ覚えている。嬉しかった。
何故か今は挨拶されないんだけどね。
またもや視界をグルグルと動かし始めると、今度は黒板に止まった。
右下に「栄」の文字……
あぁ日直か
しばらくすると栄くんが教室に入ってきた。先程のゲームは私の勝ちみたいだ。参加者1人で私の独り勝ち!
だが、私の顔をみるやいなや栄くんは目を背けた。
まるで、神様から直々に「参加者が1人のゲームではお前が最下位だ」と告げられてるようだった。
ガーン!いや、待てよ…… 2人きりだし、挨拶するチャンスじゃあないかな? やるんだ!八月一日和奏!ここで私の中学時代に培ったコミュ力を総動員しろ!
あれ、集まらないな……
塵が積もっても塵のままだった。
だが、今日の私は今までの私とは違うのだよ!
「……お、おはよう……栄くん」
不思議とスッと声が出た。
栄くんはまるで虚空から挨拶が聞こえたかのように驚き、こちらを向いた。私が恥ずかしくなり下を向く と、声が返ってきた。
「お、おはよう 八月一日………さ…ん」
挨拶すらできないと結論付けた人間から突然挨拶が聞こえたら、そりゃこうなるよな。自分を納得させると同時に足は既にトイレに向かい動きを始めていた。
顔熱い
始業を知らせるチャイムが鳴った。戻りたくはなかったが、渋々教室に戻り、着席した。たが正直、挨拶という快挙を成し遂げた私にとって今日の授業はちっぽけな存在だった。
挨拶!できた!
しかし、少しすると嬉しいという感情の後ろから気恥ずかしさが顔を出した。
終業のチャイムが鳴り、HRを終えると無心で家へと歩き出した。家の玄関扉に手を掛ける頃には、嬉しさより恥ずかしさや不安が勝っていた。
「嫌われてないかな……」
漫画のキャラクターがこのセリフを呟くとき、私は決まって"こんな些細なことで嫌われるはずないだろ"と嘲笑していた。だが、いざ自分の身になってみると想像を絶する苦しさと不安感だった。いつも嘲笑ってしまって申し訳なかったです…
気を紛らすために動画配信サイトでいつも視聴している配信者のページを開いた。普段なら22時からのリアルタイムでしか視聴はしないが、今日ばかりは耐えられずに17時にアーカイブを開いた。聞き慣れた声が頭を揺さぶった。
…………
やはり、アーカイブに集中できない。配信の声もまるで道順が決まっているかのように右から左へと流れてゆき、部屋に響いた。
本当に嫌われてないだろうか……
嫌われる、嫌い、嫌悪、気持ち悪い
ネガティブな言葉が連結し、頭の中をぐるぐると走り回った。
「ーそうそう!あれ?もう2時間経ってるじゃん!時間速すぎww んじゃ、そろそろ配信閉じようかな!
明日も配信する予定だから絶対来てね~ お疲れ様~!」
配信から聞こえた言葉で我に返った。
あれ?もう2時間経ったの!?
途中からネガティブワードで配信なんて上の空だったが、どうやらもう2時間が経過したらしい。
いても立ってもいられず、今日はやることを済ませてから早めに目を閉じた。
配信は明日見ればいいや
いつもリアタイしている私がこんなこと思ったのは初めてだった。