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婚活ガチャお見合い。イースター記念だからってこんなのありです?


  「間宮さんお願い。あなたが社長の相手と言うことにすればここは何とか切り抜けれるから…」

 間宮さやかはいきなり今回の婚活ガチャイベントの責任者の鈴原さんから言われる。

 鈴原さんはネオザウルスと言う企業グループ会社である婚活サイト、ネオマリッジの代表をしている。

 それでここはその会社の中で今日は婚活ガチャで選ばれた人たちのお見合いがあるのだが…

 えっ?どうして私が???

 「で、でも、そんな事言われても私誰とも結婚する気はないんですけど」

 さやかは大学の時初めて付き合った男がひどいクズオだった事で男とは二度と付き合いたいと思っていなかった。

 実際29歳になるこの日まで男には一切かかわってこなかった。

 なのに。


 さやかが眉をひそめたのを勘のいい鈴原さんが見逃すはずがなかった。

 何とかさやかに引き受けてもらうためなら何でもするわと言わんばかりに鈴原さんの猛攻が始まる。

 さやかの両手を握りしめた鈴原さんはあなたしかいないのとすがるように見つめる。

 そして話を始めた。

 「間宮さんったら真面目だわ。でもそんな仕事に真摯に向かい合っているあなただからこそお願いするのよ。今日ここにきている人達って真剣に婚活している人ばかりじゃない。あなたのような真面目な人じゃないとだめなのよ。間宮…ううん、さやかさんは真面目だから深く考えすぎじゃないかしら?いくらここが婚活ガチャのイベント会場だからってこの後相手と付き合うかなんて誰にもわかるはずないじゃない。とにかくお相手の佐々木さんが断るなんて…オホホホ。思ってもいなかったのよ。何しろ相手は我がネオザウルスグループの社長でしょ。あんなイケメンなのに佐々木さんおかしいわよね。ネッ、さやかさんお願い。この会場で社長とお見合いしてくれるだけでいいから、適当に気に入った顔をして笑顔を振りまいてくれればそれで終わり。お付き合いなんかしなくていいの。だからいいでしょう?お願い。そうだ。無理を言うんだものいっそうちで働くことも考えてもいいわよ。どうかしら?」


 機関銃のように説得力のある言葉を次々に繰り出されてさやかの脳はいっぱいいっぱいになっている。

 「ちょ、ちょっと待って下さい。少し時間を…」

 さやかは前に乗り出している鈴原さんにまあまあと両手を広げる。


 順番に整理してみよう。

 ここでお見合いしたからってお付き合いはしなくていい。

 ただにっこり笑っているだけでいいらしい。

 鈴原さんの顔を立てれば仕事が…正社員の道が開けるかもしれない。

 これっていい事ばかりじゃない。

 さやかは思わずごくりとつばを飲み込んだ。

 「ええ、そういう事でしたら…あっ、でもほんとにこの会場で終わりなんですよね?」

 「もちろんよ。葛原社長だってきっとそのつもりだから安心して…さやかさん恩に切るわ。今日あなたがいてくれて本当に良かったわ。派遣会社にもよく言っておくから、さあ、そうとなったらあなたは今日の司会は無理だから、そう、うちの宮原と変わってもらうから」

 鈴原さんはすぐに段取りを脳内で立て直すと司会を鈴原さんの部下の宮原さんに裏方のしごとをさやかに変えた。

 素早い。さすが鈴原さん。

 さやかは鈴原さんの見事な仕事ぶりに目を見張る。

 何度か派遣会社からここの仕事に来たが40代初めらしい鈴原さんは独身で自立していて、いわゆるさやかから見れば憧れ的な存在だった。

 

 「さすがです。鈴原さんて素敵です」

 「間宮さんったら、そんな事言ってる間にさあ早く」

 「はい、私は宮原さんと入れ替わればいいんですね」

 「ええ、あっ、それから時間になったらお願いね」

 「でも、今日の服装ってお見合いって雰囲気じゃないですけど…いいですか?」

 さやかは緊張を隠そうとくすりと笑う。

 だってお見合いって言うだけでやっぱり。

 派遣会社からイベントの司会だと言われてさやかはグレーのスーツ姿で来ていた。

 婚活会場と言うことであまりきっちりしたスーツではなく短い丈の上着とフレアースカートにパンプスという格好だった。

 「そうだ。これ使って!」

 鈴原さんが渡してくれたのは、淡いピンク色の花柄のスカーフだった。

 インナーは白いシャツ。鈴原さんがそこにすっとスカーフをあしらえば不思議と甘い雰囲気が醸し出された。

 「いい、すごくいいわ。間宮さんってすごく可愛い顔だからとっても似合うわ」

 可愛いって?29歳ですよ私。あまりおだてないで下さいと言いたくなる。

 そこはにっこり微笑んで…ね。

 「そうだ。髪、下ろしてサイドに流したら…さやかさんって元がいいから」

 鈴原さんの手がさやかの束ねた髪を外して行く。

 「そんな!鈴原さん適当でお願いします。私そんなつもりまったくないので」

 さやかは鈴原さんがしてくれた髪をくしゃっとまた結び直す。

 「いいからさやかさん。髪は下ろした方がいいわ。絶対!」

 もう鈴原さん口がうまいんだから…そんな事を言われてうれしくないはずがないが、恥ずかしさで首をフルフル振りながら急いで舞台の横にある控え室に入る。


 時間になり葛原社長が登場。イケメンの成功者の出現に場は一気に盛り上がる。

 今日のために作られた舞台の上に上がり、お相手を待つ葛原龍人は座る姿までため息が出るほどかっこよかった。

 会場には婚活サイトに登録している人たちが所狭しと入っている中でさやかは緊張しながら舞台に上がった。


 「えっ?龍人?」

 さやかは初めて見る葛原社長にぎょっとする。

 社長の顔は見てはいなかった。そう言えば名前、葛原龍人だった。あのクズオ?

 一瞬卒倒しそうになる。

 今頃気づいても遅かった。

 思わず目を擦る。いや間違いだ。彼はこんなに身ぎれいな人ではなかった。

 人違いに決まっている。でも名前も同じなのはどういうことだろうか?

 とにかく今はそんな事を考えている暇はない。

 笑顔を取り繕うと会場の人に頭を下げて向かい合わせになっている椅子に座ろうと。

 もちろん向かいには葛原龍人が座っている。

 もちろん彼は高級スーツだ。革靴はつま先が眩しいほどきらめいている。

 ま、眩しいとさえ思ってしまう。

 距離にして1メートルほどだろうか、椅子の前には小さなテーブルがあってちらりと目があってさやかは相手に会釈して椅子に座った。

 座ると目の前に葛原社長の顔があって知らないうちにその顔を凝視している。

 きれいに整えられた髪は前髪がほんの少し眉にかかっている。涼やかな切れ長の瞳はすっきりと瞬きをしている。


 途端に脳内で大学時代に付き合っていた龍人との対比が始まった。

 私の知っている龍人は確かにこんな目だった気がするけど、いつも眠たげな目をしていた。

 鼻筋はしゅっと通って唇は艶やかで愛を囁くためにあるような整った形だ。

 私の知っている龍人は…???いつもキスすると唇ががさがさしていた。

 服だっていつもだらしない格好で、食事に行けばいつもお金の支払いはさやかだった。

 無精ひげを生やしていて髪もぼっさぼさで…まあそんな事はどうでもいいが。

 大体付き合っていたと言っても彼にとって私はきっとただのセフレだったんだし…

 たまたま大学内で足をくじいたのを助けてくれたのが龍人だった。それから何となく話すようになって気づけばバージンをなくしていた。

 それからは会うのはいつも水曜日と土曜日って決まっていたし、会うのは決まってさやかのアパートでデートなんかしたこともなかった。

 挙句、卒業したら彼はアメリカに行くと言ってそれっきりだった。


 「初めまして葛原龍人です。あなたは…嘘だろ。間宮さやか?さ、ん…えっ?まじでさやかなのか?」

 龍人が驚愕の顔でさやかを見つめた。

 じっと顔を凝視されてたまらず顔が火照る。やめてもらえません。そんな事言うなんてまさか…まさか、ほんとに龍人なの?

 さやかの脳はピーピーケトルみたいに噴き上げそうになる。


 「ち、違います。何の事だか知りませんがきっと人違いだと思います!」

 さやか完全否定。

 「でも名前。間宮さやかだろう?それに顔もさやかだし」

 「他人の空似です!」

 司会者の宮原さんもどうなっているのかと声を掛けて来ない。

 宮原さんいいから始めて下さいよ。さやかは心の中で叫ぶ。

 いや、もしかして…「婚活ガチャなんて言って、これってもしかしてびっくりカメラとかじゃないんですよね?」いや、ひょっとしたら行方不明の人を探す公開捜査?ううん、私龍人を探してなんかいないし…いや、龍人が私を探してたとか?まさかとさやかは宮原さんを見る。


 慌てて宮原さんが話し始めた。

 「違います。これは真面目なお見合いです。婚活ガチャと言えば何だかふざけたように聞こえるかもしれませんが、思い切って全く次元の違う人との出会いもあっていいんじゃないかっていうコンセプトで今回の企画が成り立っていますから、真面目なお見合いと思っていただいて結構です」


 じゃあ、本当に偶然龍人と再会したって事。

 だからって何を焦る必要があるの。

 まあ、私にはもう関係ない事だし、この会場で顔を合わせたらもう二度と会うこともないんだから…

 さやかは何とか冷静さを取り戻そうと深呼吸してテーブルに会ったティーカップをに手を伸ばし紅茶を飲んだ。


  宮原さんがふたりがガチャでお見合いすることになったと葛原社長に説明するとお見合いは始まった。

 早速宮原さんが尋ねる。

 「葛原さん今日はお見合いと言うことでいかがですか?緊張されてますか」

 「いえ、緊張はしていません。ただ真剣なお見合いと聞いたのでもちろん真摯な気持ちでお相手の方と会うつもりでしたよ」

 龍人がさやかをじっと見つめる。

 いやだ。そんな目で見ないでよ。付き合ってた時だってそんなに見つめられた記憶はない気がする。

 「間宮さんはいかがですか、緊張されてませんか?」

 持っていたカップを取り落しそうになる。

 「き、緊張…してます。ね」急いでカップを置いて頭をかく。


 「気楽にお話をと言ってもこの状況ではと思って実はこれからイースターにちなんでゲームを行う予定になっていますので、先に一緒にゲームを楽しんでおふたりには緊張をほぐしていただこうと思います。他のカップルの方も一緒にまずはエッグハントです。この会場に隠されているイースターエッグを探して頂きます」

 ナイスな司会とさやかは感心する。私だったらこんなにうまく行かなかったかも。

 カップルは全部で3組。6人はそれぞれカップルになって会場内に隠してあるイースターエッグを探すことに。


 「さやか、こっちは。あの棚の下なんか怪しくないか?」

 「あの葛原さん、なれなれしく名前呼ばないでもらえませんか?」

 さやかはちゃっかり龍人に手を取られて会場内のイースターエッグの捜索に連れ出されている。

 まあ、繋がれた手はすぐに離されたので今はすぐ隣に彼がいると言う状態なのだが。それでも下の名前で呼ばれる理由がない。

 「悪い。じゃあ、さやかさん、ほら早くしないと」

 彼はちっとも気にする様子もない。

 さやかのすぐそばに来ると耳元で言った。

 「これって婚活イベントだし、昔付き合っていた二人が驚きの再会って言う場面でもないだろう。ここはこのイベントを楽しんだらどうかと思うけど?どう、さやか」

 「っだから、さやかって呼ばないで!」

 さやかは彼と距離を取る。

 「あっ、見つけたぞ」

 龍人が棚の下にあったイースターエッグを頭上にかざした。

 

 「おめでとうございます。まずは一つ目のイースターエッグゲットですね」

 宮原さんは会場を盛り上げるので精いっぱいだ。

 さやかはハッとする。そうだった。鈴原さんにも言われたじゃない。この会場にいる間だけって、だったらイベントを楽しんだらいいんじゃない。

 さやかは龍人に目を向けた。

 彼は子供みたいにイースターエッグを見つけたと嬉しそうに笑っている。

 切れ長の目が細くなって目尻にしわが寄って…

 そんな嬉しそうな顔を見てあの時もと思う。

 さやかは付き合っていた時スマホを失くして龍人と一緒に探して歩いてことがあった。

 駅からアパートに帰る間に落とした可能性が高いとふたりで夜の道を歩きながらスマホを探した。

 龍人は何度かスマホを鳴らしてはさやかのスマホの呼び出し音が聞こえないか耳を澄ました。

 そしてついにアパートに帰る途中の公園の植え込みの中で音が聞こえて来た。

 龍人は急いでその音のする場所に走って、ついにスマホを見つけた。

 あの時の龍人の顔ったら…誇らしげに笑っていたなぁ。

 な、何を。あいつなんか、クズオのくせに。

 おかしな気分になってさやかは顔を反らした。


 その後もイースターエッグを見つけるたびに龍人は嬉しそうな顔をした。

 胸がチクチク痛んだ。どうして胸が痛いのよ。あんな奴なんか大っ嫌いなのに…


 「さあ、エッグハントの結果です。一位は葛原、間宮チームおめでとうございます。おふたりには今見つけたイースターエッグとこちらのティーセットを差し上げます」

 さやかにティーセットが手渡される。

 見ればさやかの大好きな銘柄の紅茶やマドレーヌやジャムが入っている。

 またしてもデジャブが…龍人が泊った日の朝はいつもふたりでさやかの大好きな紅茶を飲んだ。ジャムは龍人が大好きなイチゴのジャムで。

 龍人がさやかにジャムをたっぷり塗ったパンを食べさせてくれて…さやかには甘い思い出だった。

 でもされた仕打ちでそんな思い出さえも辛かった。


 さやかはちらりと龍人を見た。

 「あっ、それ、さやか。さんが好きなやつだろう?良かったじゃないか」

 なんで覚えてるわけ?私の事なんかどうでもよかったくせに!!

 腹が立ったが、ここは大人の対応するべきよと思った。

 「ありがとうございます」そう言ったが彼にはつんと顔を横に向ける。

 

 

 「では、次はエッグハントです。人工芝が敷かれました。その上で卵の殻を割らないようにスプーンで転がしていただくゲームです。さあ、次はどなたが勝利するでしょう。皆さん応援よろしくお願いしますね」

 宮原さんは会場のお客さんを盛り上げた。さすがだ。

 

 位置についてスタート。最初は龍人がイースターエッグを転がす。

 丸いとはいってもいびつな卵は真っ直ぐにはなかなか進まない。それでも何とか向こう側転がして来た。順位は一位。

 さあ折り返しで今度はさやかの番。

 さやかは中腰になって必死でスプーンで卵を転がす。

 その横で龍人がスプーンはこんなふうに持ってとか、卵の細長い方にスプーンを当てろとか、頑張れとか。

 さやかはどんどん複雑な心境に追い込まれる。

 そう言えば付き合ってた頃も金を出さない割には、口は出していた。それに将来の事もよく考えていたようにも思う。

 あっ、だから今成功してこんな大手企業になったんだ。

 

 「はい、一位はまたしても葛原、間宮チームです。おめでとうございます」

 宮原さんの声がしてさやかは龍人に抱きつかれる。

 「やったな、さやか!俺達って息ぴったりだと思わないか」

 「な、何を言ってるんです。いい加減放して下さい」

 さやかは龍人の肩を押して離れる。

 龍人の手はだらりと落とされたが気にしない。

 どうしてあなたに抱きつかれなきゃいけないのよ。

 散々私をセフレにしたくせに。

 私の心を弄んだくせに。

 あなたなんか大っ嫌いなんだから。

 さやかはぎろりと龍人を睨んで唇を嚙みしめた。

 大好きだった。初めて出来た彼氏。初めての男。初めての朝。何もかも初めてだったのに…

 もう、早くイベント終わらないかな。家に帰りたい。

 さやかは大きくため息をついた。



 「さあ、今回の婚活ガチャイベントはこれで終わりです。それぞれのカップルの感想はいかがでしょうか?」

 まず最初のカップル。

 「最初の印象は少し違ってたんですが、一緒にゲームしてみると以外に共通点があったりしてお付き合いしようと決めました。これからも婚約ガチャやってほしいです」

 ふたりはもう手をつなぎ合っている。

 「まずは一組目のカップル誕生です。おめでとうございます。まずはお互いを知ることはすごく大切ですよね。このイベントの応援もありがとうございます。次はこちらのカップルですがいかがでしたか?」

 「ええ、私はあまり期待はしていなかったんですけど、見た感じより頼りがいあるって思ってお付き合いしてみようかと思ってます」

 「僕はめちゃくちゃ好みで、今回参加できてほんとに良かったです」

 男性は照れ臭そうに彼女の手を握った。

 「二組目のカップル誕生ですね。おめでとうございます。さあ、次はいよいよこちらのカップル」


 宮原さんがさやかを見た。こくんと頷かれて、えっ?何て言えばいいのと狼狽える。

 「私も今回、ほとんど期待していなかったんですが、実はお相手が大学時代に付き合っていた彼女で驚きましたよ。もちろんまた会うつもりですよ」

 「えっ?社長。本当ですか?元カノと言う事ですか?それで復縁…」

 宮原さん言葉途切れましたけど。彼女はじっと社長を見ている。


 葛原はうなずく。

 さやかもうなずくしかないの?と動揺する。

 どうしよう。困ったわ。ここでは付き合いますって言った方がいいに決まっている。

 この雰囲気断れる状況ではないような…

 「間宮さんいかがです?葛原さんとよりを戻すつもりはありますか?」

 更なる追走にさやかの心臓は爆発しそうになる。

 いやだ。嫌に決まっているじゃない。で、でも…ここでそれを言ったら、正社員の道が、いや、今度の派遣の仕事さえも危うくなる。

 我慢よ。ここは取りあえずうまく取り繕って後で断ればいい。彼だってセールススマイルだってわかるはずよ。


 さやかはぐっと口角を上げた。

 「はい、私も葛原さんとまたお会いしたいと思っています」

 やっと言葉を紡いだ。

 「ほんとに?さやか、今の言葉本気なんだな?」

 龍人が迫って来る。

 「いえ、ちょ、ちょっと待って、それは」

 さやかはしどろもどろになりながら舞台から降りると隣の部屋に走った。

 それを追って龍人も舞台から下りて走っていく。


 宮原はとっさにしゃべり始めた。

 「さあ、今回の婚活ガチャイベント、3組ともカップル誕生と言うことで素晴らしい結果になりました。婚活ガチャ成功と言うことでまたこんなイベントを行う事が出来るようネオマリッジはこれからもますます頑張りますので皆歳胃どうぞよろしくお願いします。今日は参加いただきありがとうございました。皆さんお気をつけてお帰り下さい」

 会場のお客は扉が開かれざわめきながらも去っていく。


 何とか無事にイベントは終わった。

 鈴原が舞台横の控室にいた。

 さやかは控室に飛び込むなり鈴原さんに言った。

 「鈴原さん私あんな事言いましたけど、あの場ではそう言うしかなかったので、もちろん葛原社長とお付き合いする気はありませんので、私これで今日は失礼してもいいでしょうか?」

 「ええ、助かったわさやかさん。これからもよろしくね」

 「はい、失礼します」

 さやかは鈴原にスカーフを返すとバッグを持つと急いでドアから飛び出した。


 二度と会いたくなかった。あんなクズオなんか。

 また会いたいですって?どうして?お金はたくさん持ってるじゃない。女だって好きなだけいるはず。

 私に何の用があるというのよ。

 

 エレベーターの扉が開いてさやかはエレベーターに飛び乗った。

 「待ってくれさやか。どうして逃げるんだ。俺がどれほど…」

 龍人の声がしたが扉が閉まってそれ以上は聞こえなくなる。


 いいのよ、どうせ相手にするつもりもないんだから。

 早く帰って酎ハイでも飲んで嫌なことなんか忘れてしまおう。

 さやかはエレベーターから下りると駅に向かう道を歩き始めた。


 両親は5年前車の事故で父は即死だった。母は生きてはいたがすっと昏睡状態が半年ほど過ぎた頃亡くなった。さやかは一人っ子で今では天涯孤独。 

 実家も売り払ってそのお金で市内に分譲マンションを買った。

 大学を出て働いていた会社も母の看病で辞めて、今では派遣会社で気ままに働いている。 

 ずっと結婚する気もなく一人でやって行くつもりだったからちょうど良かった。


 「さやか。さやか待ってくれ!」

 さやかを追う声がしてビクリとする。

 どうして追って来るのよ。あなたと関わるつもりなんかない。

 さやかは無視して歩き続ける。

 いきなり後ろから肩を掴まれて立ち止まるしかなくなる。

 「何するのよ。放してよ」

 「話がある。どうして待っててくれなかった?」

 「はぁ?」

 待つわけないじゃない!!


 「アメリカから帰って探したんだぞ。決まっていた就職先もやめてただろう?さやかの実家にも言ったがもう家はなかった。もう会えないのかって諦めてた。さやか、ずっと会いたかった」

 何を言ってるんだろう?思わず向き合っている龍人の顔を伺う。

 「どうして探すのよ。私の事なんかどうでもよかったくせに、会いたいですって?冗談はやめてよ!」

 「だって約束しただろう。アメリカから帰るまで待っててくれるかって聞いたら、さやかはうなずいたじゃないか!俺はアメリカで仕事のノウハウを勉強して帰ってきたら結婚するつもりだったのに…確かにいつ帰るってはっきり言えなくて悪かったけど。でも…」

 龍人の手はさやかの身体を引き寄せる。

 「な、何言ってるの。そんな約束した覚えはないから、一度だって好きって言ってくれなかったじゃない。まともなデートだってしたこともなかった。いつだって支払いは私で、私はあなたに利用されたんだってずっと思ってたわ。ただのセフレだったんだって。あなたなんか大っ嫌い!」

 さやかは龍人の身体をぐっと突いて身体を離す。

 自分の両手をぐるりと回して自分を守るようにして彼を見つめる。


 「嘘だろ。あの約束覚えてないのか?あの朝俺聞いたよな。俺はお前と一緒になるつもりだってだから待っててくれるかってつもりで聞いたんだ。さやか、こくんとうなずいて、真っ赤になった顔が可愛くて唇腫れあがるほど激しいキスしたじゃないか」

 あの朝?いつの朝だろう?それって水曜日だった?土曜日?そんなこと関係ある?でも私にそんな事があった記憶はなかった。

 

 「あれは、さやかが風邪ひいて熱を出して珍しく日曜日も俺、泊まったじゃないか、さやか月曜日の朝、熱は下がったから大学行くって言い始めて、俺はその週大学に顔出す予定なかったから言うなら今しかないって思って…俺口下手だからいつもさやかに甘い言葉の一つも言えなかったんだ。でもあの時は覚悟して言ったつもりだった…」


 さやかの脳にあの日、あの朝が蘇る。

 確かに一度風邪をひいて龍人が珍しく二日続けて泊って行った事があったような…

 月曜日身体がだるかった。でも講義が朝からあってこれを逃すと次はバイトに間に合わないからって急いでてそのことばかり考えてた。

 前の夜、龍人は1週間就職活動で忙しいから会えないって言われてて。

 すごく痛いくらいキスされた気はしたけど、あの時そんな大切な事言ったなんて思っていなかった。

 頭はぼんやりしてたし、龍人に1週間会えないってすごく気落ちしてたし、講義に行かなきゃって思ってたし…うん?待っててくれって言われたかも、でもまさかアメリカから帰るまでなんて言った?

 それにいつアメリカに行くって決めたのかさえも知らない。

 あの時、さやかは1週間会えないから待っててくれと受け取ったのだった。

 あれがそうだったの?

 「龍人って私の事好きだったの?」

 「あ、当たり前じゃないか!好きな女としかあんな事するわけないだろう。俺、そんな奴に見られたのか。ったく!」

 「だってアメリカ行くって聞いてない」

 「まだ迷ってたんだ。でもさやかが待っててくれるって言ったから決心がついた。なのにお前。俺が帰ったらどこにいるかもわからなくなって、俺がどんなに焦ったかわかってるのか。ずっと探してたけど行方は分からなくて、俺、もう諦めかけていたんだぞ。そしたらいきなり。今日のイベントだって何がこんな婚活ガチャだって思ってたんだ。そしたらいきなりさやかが現れて、俺どんなに嬉しかったか、でもさやかはいやな顔するし、もうどうしようかって…さやか今恋人いるんじゃないだろうな?」

 「はっ?どうしてそんな事聞かれなくちゃならないのよ。散々…」

 さやかはそれ以上何も言えなくなる。

 本当は待っていてくれと言ってたと。

 ずっと探してくれてたと知ってしまうと。

 今も好きだと見え見えなところも知ってしまうと。


 「俺、もう待てないから。さやかシングルなら今すぐ俺と結婚して欲しい」

 さやかは耳を疑った。

 今日は体調悪かった?耳鳴り?妄想?勝手に自分の都合のいいことが聞こえてくる。

 さやかは思わずよろめく。

 「さやか。大丈夫か?今、俺の言った事聞こえたよな?」

 さやかはこくんとうなずく。

 「さやか、同じ過ちはもう二度としたくない。はっきり答えてくれ。俺と結婚してくれるのかどうなんだ?」

 「これって幻聴じゃないわよね?龍人がここにいて私と結婚したいって言ってるのは現実なのよね?」

 「おい、本当に大丈夫か?どこかで頭でもぶつけたのか?」

 「だって、信じれないんだもの。あの龍人がこんなに素敵になって私の前に現れてまるでシンデレラみたいで…いいからもう一度言ってくれない?お願い龍人」

 「ったく。ああ、何度でも言う。間宮さやか、俺と結婚して欲しい。愛してる。ずっとずっと愛してた。もう二度と離したくない。さやか返事は?」

 さやかはやっとこれが現実で信じてもいい事だと理解できた。

 「ええ、もちろん葛原龍人あなたと結婚する。したいから、私も愛してる。二度と離れないから覚悟して」

 「ああ、二度と離さないさやか」

 こうしてやっとふたりは抱き合い熱いキスをした。





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