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五百デナリの男〜炎天下と上司と課金〜  作者: 地野千塩


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8/9

一枚のドラクメ銀貨

 夏がきた。


 今年は、推しのライブに行くのが楽しみだった。推しはマイナーなロックバンドだったが、中学生から十年以上好きだ。


 毎年、夏は地元の千葉でライブしてくれる。ただ、コロナ渦の影響で去年と一昨年は開催されず、今年ようやく再開された。


 毎日炎天下で溶けそうだったが、この日を楽しみに仕事をこなし、ライブ会場に向かった。


 二千人ほど収容のライブハウスで、武道館とかと比べたら小さい。今回は整理番号も良くないので、前の方には行けないが、楽しみだ。


 開演は夜かただったが、仕事を無理矢理終わらせ、夕方に会場に向かう。ライブハウス周辺にはもう客が来ていて、グッズも販売されていた。もちろん、列に並び、グッズも買う。


 今回がグッズではガチャもある。300円の課金で、缶バッチ、キーホルダー、マスキングテープなどがもらえる。


 どれが出るかはわからないが、キーホルダーが欲しい。特にフィギア型キーホルダーが一番可愛い。ただ、ガチャだ。何が出てくるかはわからないが、何度も課金してしまった。周りのファンと交換し、なんとか目当てのものが引けたが、その代わり財布は軽くなった。推しの為にも頑張って稼がないと。


 ライブを楽しんだ。他のファンにももみくちゃにされつつ、大声を出し、汗まみれになった。


 ご機嫌で家に帰ったが、SNSに通知が届いているのに気づく。


 推しからファンへのメッセージがSNSに載っていた。


「は?」


 お知らせを見て真っ白になった。コロナ下の影響でメンバー同士で意見が対立、今年一年活動するが、来年は解散するという。


 信じられない。な、何で解散?


 ファン同士で慰めあったが、推しのロスは想像以上だった。毎日、ライブの映像も見ていたが、心の穴は埋まらない。こんなに悲しんでいるのに、映像で映る客席を見ると虚しい。自分はその他大勢のファンの一人。あれだけ推してもなんの意味もなかった。ファンクラブの会費やグッズの課金だって、何の意味もなかった気がする。


 こうして私は推しを失った。仕事もやる気が全く出ない。中小企業で経理事務をやっていたが、頭に数字が入ってこない。直属の上司にも怒られた。


「なんでこんな小学生でも出来る仕事でミスするんだ」


 そんな上司の言葉を聞いていると、自分の価値なんて全く無いのだろうと思う。その他大勢、いてもいなくてもどうでも良い存在。会社で仕事をしているのに、なぜかライブ会場の客席を思い出してしまう。自分は大勢の中のファンの一人。何の影響力もない。もちろん、推しの解散も止められない。


 俗にいうロス、推し疲れに陥っていた私は、体調も悪化した。この炎天下の熱さで熱中症になり、病院に運ばれた。


 朝、倒れたので会社の連絡できないままだった。この状況はかなり不味い。無断欠勤というやつか。


 病院のベッドで点滴を受けている間、とりあえず会社に連絡だけはしておいた。ただ、なんとなく直属の上司へと関わりたくなく、人事部の上司に連絡してしまった。たぶんクビも覚悟していたのだろう。入社前、面接もしてくれたバリキャリ風の女上司だったが、普段は全く関わりがない。それでも病院に見舞いに来てくれた。


 綺麗なパンツスーツに身をつつみ、明らかに仕事ができそうな上司を見ていると、肩をすくめてしまった。一方、私は推しの影響で体調不良をおこし、入院までしているとは、情け無い。仕事も出来ないヲタク女子。情けなくて涙が出てきたが、なぜか上司は話を聞いてくれた。


「高澤さん、聖書って読んだ事ある?」

「聖書? 無いですけど?」

「実は不眠症でね。クリスチャンでも無いんだけど、あの分厚くて家系図やカタカナ語の洪水なんか見てると、眠くなっておすすめよ」


 意外だった。しっかりしてそうな上司でも不眠症だったとは。


「その中で銀貨を無くした女の例え話があるの。ドラクメ銀貨っていうお金を十枚持っている女が、一枚を無くすのね。女は一枚を一生懸命探すの。今で言うとドラクメ銀貨は一万円ぐらいだけど、お金を見つけた女は大喜びして仲間と分かち合う」

「へえ」


 例え話? 何だかよくわからないが、耳を傾ける。


「一人でも神様の元に立ち返ると、神様も天使も大喜びって言いたい例え話みたい」

「そうですか……」

「大丈夫。あなたは、その他大勢ではないかもしれない。人間ではなく、全く別の視点では」


 励まされてしまった。つまり、会社も辞めなくて良いと言いたいらしく、福利厚生で焼肉を食べに行く話題に変わっていく。


 何だか急に気が抜けてきた。


 推しが活動する最後の一年、全力で応援しようと思う。その為にも会社に行って稼がなきゃ。


 仕事も直属の上司も、実は推し活もストレスが溜まるが、今は心は少し軽くなっていた。

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