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五百デナリの男〜炎天下と上司と課金〜  作者: 地野千塩


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上司のスウェアジャー

「なんか地震がくる気がする」


 上司がそう言った瞬間だった。事務棟がミシミシと揺れはじめ、本当に地震がきてしまった。


 震度は三だった。たいした事は無かったが、上司は「こわい、こわい!」と怯えていた。もっとも五十過ぎのハゲ&デブおじさんが怖がっていても、何の同情心ももてなかったが。


 上司の隣の席にいる私は、何気なく思い出した事を話す。


「言霊ってあるらしいですよ。聖書でも言葉は大事って書いてますし、放った言葉が現実化するとかしないとか。オカルトな人達は呪文を使って地震や災害なんかを呼び寄せてるそうです。宣言儀式っていうらしいです。だから地震予言が当たったりするんですって。一言でいえば呪いですね」

「ひー、怖いんですけど!」

「私も『働かないで隠居生活したいなー』って言ってたら、病気になったり失業して踏んだり蹴ったりでした」


 そしてギリギリ拾われたこの会社で事務職をしていたが、社内ニート化し、毎日隣にいる上司とつまらない雑談を繰り返していた。噂によるとここは社内でも無能の吹き溜まりらしい。怖がっている上司を見ていると、色々察する。


「どうしたらいいんか?」

「悪い言葉を言わなきゃいいんじゃないですか。クリスチャンなんかは聖書の言葉を使って悪い言葉をキャンセルしてるらしいですが、課長は無宗教ですし」

「そっか、そっか」


 素直な上司は、この事を信じ、悪い言葉を言わないようにしていた。


 もし悪い言葉を使ったら、瓶の中に十円玉を入れるというルールも作っていた。よくアメリカのドラマや映画に出てくるスウェアジャーだ。汚い言葉を使った時に入れる罰金箱で、スウェアは罵り言葉、ジャーは瓶という意味らしい。上司はアメリカのドラマを見て思いついたようで、彼のデスクの上には小さな瓶が鎮座するようになった。


「エクセルの数字ずれてるぞ、無能」

「課長、スウェアジャーに課金してください」

「うぅ……」


 上司は渋々財布から十円玉を出し、瓶に入れた。


 こんな事が繰り返され、上司のスウェアジャーは、みるみるうちに小銭でいっぱいになった。一度「この無能、本当に使えないなぁ」と暴言を吐いた時は、五百円玉を入れさせた事もあったので、そこそこの金額が溜まっているはずだ。


 いくら悪い言葉を使わないように頑張っても人間の性質など、そう簡単には変えられないようだ。むしろこんな上司を見てると、綺麗な言葉しか使わない人間は、胡散臭く見えるようになった。そんな人がいたら、きっと詐欺師に違いない。


「このスウェアジャーは、どうしますか?」


 私は小銭で埋まったスウェアジャーを指差す。


「お札に変えてアイスでも食うか」

「グッドアイディアです」

「でも銀行行くのめんどくさいな」

「めんどくさいって言いましたね? 十円玉課金してください」

「あぁ、もう!」


 スウェアジャーの中身をお札に変え、上司と二人でアイスを食べに行った。


 炎天下の中、会社の近くの公園に行く。お祭りでもあるのか屋台やフードトラックも出ていた。アイスの屋台もあり、私は一番高いサンデーパフェ、上司はアイスモナカを注文した。


「ところで課長、地震ってくるんですかね?」


 暑さで焦げつきそうなアスファルトの上を歩きながら、二人で冷たくて甘いものを食べる。舌の上だけは天国だ。ここには神様がいるのに違いない。


「いや、地震なんてないさ。絶対無いさ」

「ええ。無いといいです」


 元々は上司の罵詈雑言の結果だが、このアイスは美味しい。アイスには何の罪もない。


 本当に地震も何も起きなかった。平凡な毎日が繰り返され、相変わらずスウェアジャーの中は小銭が降り積もっていった。

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