レプタ銅貨二枚
一言でいえば依存だったのだと思う。色々と上手くいかない事もあり、スマートフォンでゲームばっかりやっていた。
ゲームをやっている時間は、最高に楽しく、ガチャにも課金をしまくり、月何万円もかけるようになってしまった。金額をかければかけるほど幸せになれるんじゃないかと思っていた。
ついには生活費もゲームに消えていき、食べるものも犠牲にしていた。これでも一応正社員として働いていたが、公園に行き、水で腹を満たす。
ちょうどお盆休み中で会社は休みだったが、暑さで蒸発しそうだった。炎天下の公園は、さすがに子供も大人も誰もいない。ゲーム依存性の冴えないアラサー男がいるだけだった。
「きみ、岡崎くんではないか」
てっきり誰もいないと思っていたが、一人の男に声をかけられた。男といっても六十過ぎぐらいのおじさんだった。シャツに短パンというラフな格好だったが、グレイヘアは上品でダンディな雰囲気もある。
誰だかすぐに思い出せない。
男のニコニコした顔を凝視し、ようやく思い出す。上司の羊野さんだった。といっても元上司。もう定年退職している。直属の上司ではなかったので、あまりよく知らない人物だが、いつもニコニコとおっとりした人という記憶がある。声も穏やかで落ち着いている。確か退職後は、実家のキリスト教会を継ぎ、牧師をやってると聞いたが。
「どうしたんですか? 公園なんかの水を飲んで。具合、悪い?」
あまり良く知らない元上司だったが、穏やかな声で気を使ってもらい、なんか泣きたくなってしまった。
その後、羊野さんの家に向かった。ご飯をご馳走してくれるという。最初は断ったが、あまりの空腹に逆らえなかった。
彼の家は公園のすぐ裏にあった。同じ敷地にキリスト教会があったが、地味な建物で何のオブジェもない。宗教自体に何の知識もない俺は、図書館や公民館のような印象を持つ。規模もちょうど小さな公民館といったところだった。
連れて行かれたのは、その教会にある多目的室のような場所だった。テーブルと椅子があり、隣にキッチンもある。二階には礼拝堂があるそうだで、ピアノの音や誰かの歌声が響いていた。羊野さんによると、奥さんと孫が讃美歌の練習をしているらしい。確かに綺麗な歌声ではあった。
「レプタ銅貨二枚を捧げた〜♪ 」
歌詞は何を言っているかはわからないが。
そこだけが教会っぽいなと思ったが、連れていかれた多目的室は、イスラエル、ギリシャ、ローマあたりの地図やイエス・キリストの家系図なんかのポスターも貼ってあり、確かに普通の家とは違うようだ。
やっぱり宗教はわからないなと逃げたい気持ちもあったが、羊野さんがサンドイッチやスイカを出してくれた。空腹に負けた自分は逃げられそうにない。特に勧誘とか洗脳もやってこないし、まあ、大丈夫だろう。
ありがたくツナマヨやハムチーズのサンドイッチ、真っ赤なスイカも頂いた。炎天下にいたので塩をかけたスイカがうまい。部屋も涼しく、生き返る思いだ。
それにしても。
教会の中は綺麗に片付いていたが、特に金があるような雰囲気もない。羊野さんも元部下の自分に飯をあげて何の得になるのか。さっぱりわからない。
「綺麗な歌声ですね。レプタってなんですか?」
食後に出してくれたアイスティーを飲みながら、聞く。上から聞こえてくる讃美歌の歌詞からは「レプタ銅貨二枚」と聞こえてくるが、何の事だが気になった。
「ああ、レプタ銅貨ですか。レプタとは古代ギリシャの銅貨です。聖書では貧しい女性の献金の事を示しています。このレプタ二枚は貧しい女性の生活費全額だったんですよ」
「献金? 生活費?」
というと、カルト問題が反射的に頭に浮かんでしまった。
「ええ。彼女は生活費を全部献金しました」
ますますカルトっぽいではないか。
「金持ちがちょっと入れた献金より、貧しい女性の生活費全部の献金を神様は評価したんですね。大事なのは、その心。お金を捧げても生活も神様に守られるだろうという信仰、すべて捧げる献身……。金額ではなく、心を神様は見られた」
「金額じゃない?」
驚きで声が出た。捧げた金額が多ければ多いほど、良いってものでもないのか?
「神様って心が見えるんですか?」
「もちろん」
だとしたら、今の自分の心はどうなっているんだろうか。ゲームに依存し、課金を繰り返し、挙句、生活費を潰し、羊野さんに奢ってもらっている。助けてくれたのにカルトじゃないかとも思ったりする。むしろ俺がゲーム教の盲信者だ。全く褒められたもんじゃない。
「俺、なんかもう、ゲームとかやめようかな」
あれだけ魅力に見えていたゲームも、なんとなく色褪せて見えてきた。もう課金も控え、生活費も普通にやりくりしよう……。
「レプタ銅貨二枚を捧げた〜♪」
まるで俺の今の心を見透かしたように、再び讃美歌が響いた。




