#記念日にショートショートをNo.15『母への贈り物』(Gift to My Mother)
2019/5/12(日)母の日 公開
【URL】
▶︎(https://ncode.syosetu.com/n9496ic/)
▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n59482a2d5b8a)
【関連作品】
なし
お隣りさんは、今日も留守だった。マンションの最上
階の15階の92号室に住む鐘井詩音のお隣りさんは、有
明さんといって、93号室に住んでいる。お母さんと娘
さんの2人暮らしだ。現在大学1年生の娘の和蘭子ちゃ
んがまだ小さい時に旦那さんは亡くなったそうなので
、和蘭子ちゃんは父親の顔をあまり覚えていないらし
い。お母さんは毎日働いているから家にいないのはい
つものことだけれど、和蘭子ちゃんは何かのバイトで
もしに行ったのだろうか。この間話をした時には何か
新しくバイトをはじめたと言っていたから、数学の確
率的にそれはそこそこの値を示すだろう。
ガチャッ、と、鍵を開ける音が壁越しに聞こえた。お
隣りさんが帰ってきたようだ。2人のうちのどちらだろ
う。 束の間、破裂音と同時に、女性の短い悲鳴が響く
!
しかし、すぐに、楽しげな笑い声が壁越しに伝わって来る。壁が薄く、会話が漏れ聞こえている。耳をすます。
「びっくりした。いたのね。」
「今日は母の日だから、サプライズしようと思って。もう遅いよお母さん。帰るってlineが来てから、時間がかかりすぎだよ。暗闇で息を潜めて待ってるのに疲れちゃったよ。」
「ごめんね、和蘭子。」
「楽しかったからいいの!はい。これ、プレゼント。」
「あらまあ、カーネーションとそれにハンカチまで。高かったでしょう?あら、このハンカチ、私の名前の刺繍が入っているわ。」
「そう、アルファベットで〝Anje〟って入れてもらったの。」
「でも和蘭子。私の名前は杏樹だから、最後は〝e〟じゃなくて〝yu〟か〝u〟よ。まさかそこまで英語が出来なかったとは思わなかったわ。」
「わざとよ!だって、日本ではカーネーションが輸入された時、〝アンジャ〟って呼ばれてたじゃない?そのスペルはオランダ語で〝anjelier〟なのよ。だから、それと掛けてみたの。お母さん、いろいろカーネーションが好きだからね。」
「なるほどね。そう、あなたの名前もカーネーションから取ったものね。カーネーションの和名は〝オランダナデシコ〟で、オランダの漢字表記は〝和蘭〟。ナデシコは日本女性を形容する言葉だから、〝和子〟。この2つを合わせて〝和蘭子〟。あなたも私と同じようにお父さんに似て、何か仕掛けることが好きになっちゃって。」
「この部屋を選んだのもお父さんなんでしょ?なんで?」
「あの人、私を好きになった理由の一つに、自分の母親と顔立ちが似ているから、っていうのもあるらしいの。それでね、〝母〟っていう字は、〝苺〟から草冠を引いたものでしょ?15階の93号室は、〝15-93〟って表記されるから、らしいわ。室番号が階ごとにリセットされないマンションなんて、ここのマンションくらいしか無いから、即決だったらしいわ。少し壁が薄いのが気になるけど、お隣さんは良い人だからよかったわ。」
「そうなんだ、私、お父さんの血を確実に受け継いでいるのね。」
「もちろんよ。ところで和蘭子。これで仕掛けてあるのは全部なの?」
「さあね?」
少女はニヒルな笑いを浮かべた。
【登場人物】
○有明和蘭子(ありあけ わかこ/Wakako Ariake):娘
○有明 杏樹(ありあけ あんじゅ/Anju Ariake):母
○鐘井 詩音(かねい しおん/Shion Kanei):語り手/隣人
【バックグラウンドイメージ】
【補足】
①隠されたメッセージについて
最初の段落(行間前までの段落)の最左列の文字を縦読みすると、「お母さん、いつもありがとう!」というメッセージが読み取れる(最左列の文字が漢字の場合はその漢字の読みの最初の文字のみを読む)。
②登場人物の名前について
○[15階92号室]鐘井詩音:カーネーションから
○[15階93号室]有明さん
➡️[娘]和蘭子:カーネーションの和名が〝オランダナデシコ〟であり、オランダを漢字で表記すると〝和蘭〟,また日本女性を形容する言葉であるナデシコを〝和子〟と表記し、この2つを合わせた。
➡️[母]杏樹:日本ではカーネーションが輸入された時〝アンジャ〟と呼ばれていたため。また、ハンカチの刺繍が〝Anju〟ではなく〝Anje〟なのは、そのスペルがオランダ語で〝anjelier〟であったため。
【原案誕生時期】
公開時