これは政略結婚だったはず
『これは政略結婚ではありません!』(Nコード:N4978HZ)のスピンオフのようなもの。
https://ncode.syosetu.com/n4978hz/
読まなくても支障はないようになってます。
「それでは後は若い人たちで親睦を深めなさい」
「アーサー、きちんとエスコートするのよ」
そんな言葉を暢気に残して両親とコール伯爵夫妻は席を外した。無情にも扉の閉まる音が部屋に響くと俺はゆっくりとその視線を目の前に座る令嬢へと戻す。
マーガレット・フォン・コール。糸のような細い金髪がウェーブを描いて腰まで伸びている。そこから垣間見える瞳はこの辺りでは珍しくルビーのように真っ赤であり、一切崩れない姿勢がどこか近寄りづらい雰囲気を醸し出している。同じ伯爵家ではあるが歴史のあるコール家とは違い、代々騎士の家系とはいえ成り上がりで漸く伯爵の称号を得たエヴァンス家とは天と地ほどの格差があるのだが、何故か今回その両家の間に婚約話が舞い込んできた。
(これはどう考えてもあれだよなぁ……)
新参者のエヴァンス家に箔をつけるため、そして軍事的な力をつけたいコール家。どちらの家にも利があるが故の政略結婚だ。
(コール嬢も可哀そうに……歳が離れていれば俺なんかと結ばれなくて済んだものを)
俺たちの歳の差は二歳。貴族の結婚に年齢差などあって無いようなものであるが近いことに越したことはないのだそうだ。
(それに……)
さりげなく相手の様子を窺っていると、ティーカップを手に持った彼女としっかり視線が絡む、がすぐに気まずそうに逸らされるとカップを口元へと運んでいった。
(どうも嫌われてる気がする……)
とはいえ俺が勝手にどうこうすることの出来ない話なのも事実なので一つ咳ばらいをするとなるべく丁寧な言葉と態度で彼女を散歩へと誘った。
散歩とは言いつつ俺の家の庭は小さな庭園がそれはもう控えめにあるだけで、残りは訓練場や走り込みをするための何もない地面が広がっている。幸い庭園には母が管理している薔薇が咲いており少しはマシだろうと向かっていると途中で騎士団の連中から声をかけられる。父の配下にある者たちは幼いころから俺のことを知っており、そんな奴らに見つかれば最後、面白い玩具を見つけたようにキラリとその鋭い眼光が光った。
「最悪だ……」
「……なにかおっしゃいましたか?」
「いえ、何でもありません」
「これはこれは、お邪魔してしまいましたね坊ちゃま」
「おや、麗しいご令嬢とご一緒でしたか……あんなに幼かった坊ちゃまが……立派に女性をエスコートしているなんて……!!」
「坊ちゃま、僭越ながら庭園には行かれない方がよろしいかと……先程庭師が水を撒いているのを見かけました」
「っ……黙って聞いていれば坊ちゃま、坊ちゃまと……!!!!ここ数年聞いたこともないのに、わざとだろう貴様らぁ!!!」
「これは失敬、昔からの癖でつい」
「いや、なに、猫をかぶっていては坊ちゃまの魅力は何一つ伝わらないと思いましてな」
「余計なお世話だとは思いますが、坊ちゃまのためにも早いうちに素を曝け出していた方が良いかと」
その言葉にふと我に返る。大声も、乱暴な言葉遣いもコール嬢の前では厳禁だということが羞恥心に負けてあっという間に頭から抜けたことに冷や汗が湧き出る。恐る恐る横を見れば驚きの表情のまま固まるコール嬢がいた。
(やっちまった……!!!!!!)
「あ、いや、これは……ですね」
慌てて取り繕った笑みと言い訳を繰り出そうとして失敗している間に、コール嬢は腕を組んでいる反対側の手で器用に扇子を開いて口許を隠した。これはまずい。
「……お気になさらず、少々驚いただけです」
「……申し訳ありません、突然大声を出してしまい」
「……本当に、驚いただけですから。それより」
しでかしてしまったことを反省していると身長差で上目遣いでこちらを見上げるコール嬢としっかり目が合い、そのまま言葉の続きを待つ。しかし何故かその視線も右に左にと動いており、もしや俺の目付きが怖いのかと少しだけ視線を外した。
「……エヴァンス様、は……そちらの方が素なのでしょう?」
「えっ……まぁ、はい……すみません、早いうちに矯正して……」
「……まで……」
「え?」
「……そ、そのままで、と言ったのです。私はあなた様より年下ですし、変に気を遣われるのは好きではありません」
「……しかし」
「少なくとも、二人の時にはやめていただきたいと思います」
言うだけ言ってプイっとそっぽを向いてしまったコール嬢にどうしたもんかと頭をかく。素の自分を受け入れてもらえたようだが、果たしてそれは彼女の本心なのだろうか。かといっていきなり態度を変えるのもおかしい気がする。悩んだ末様子を見ながら徐々に変えていこうと決心した。
「それでは、少しづつ戻させてもらう」
「……」
「……コール嬢?」
「っ!いえ、何でもないです」
今日のためにと慣れないのに堅苦しくセットした首元を緩めて、敬語を外し少しくだけた口調で声をかけると一瞬呆けたように反応がなかった彼女にまた不安が募る。
(……正解が分からねぇ……)
今まで考えたことのない悩みの種に心の中で暴れまくっていると、存在を忘れていた騎士団の連中がにやにやとした笑みを浮かべていたのに気が付いて思いっきり睨みつけてやった。
―――――
「で、結局庭園に入ることが出来ずに街に出たってわけ?アーサーにしては気が利いたね」
「両親と向こうの伯爵夫妻が物凄い乗り気なんだよ……流されるままいつの間にか馬車に乗ってていつの間にかカフェに入っていつの間にか家に着いてたわ」
「ふぅん……君たちの恋愛事情には一切興味ないけど一応親友の悩みだから真面目に考えてあげるよ」
「その上から目線腹立つな……少し前にはあんなに落ち込んでポンコツになってたくせに」
「今考えるとあれも愛の試練ってやつだったんだよ、きっと。おかげで前よりもっとアイリスと仲良くなれたし」
「うわぁ、素面でそんなこと言えるやつこの世にお前だけじゃねぇ?」
例の顔合わせから暫く後、我が家に来た(一応)親友のルパートにこれまでの出来事を話す。いくら政略結婚とはいえ、出来るならば良好な関係を築きたい。それには目の前にいる男が一番頼りになるだろう。ルパート・ユーバンク・ロイドは侯爵家の長子であり、爵位こそ差があれど同い年で昔からの付き合いがある所謂幼馴染である。彼にはアイリス・オブ・ターナーという婚約者がおり、彼女をそれはもう溺愛している。少し前にルパートに横恋慕した令嬢のあることないこと囁かれた噂によってぎこちない関係になっていたが、それもお互いの誤解が解けたようで良好な関係に戻っている。その時に少し手伝ってやったのでお礼に『なんでも言うことをきく券』を貰っていた。正直それをこんなことに使いたくは無かったのだが、アイリス嬢に全ての優先順位をつけているコイツを留まらせる為にはこのくらい強力な拘束力がないと無理だったので致し方無い。それとは別に飯を奢られることになっているので我慢しよう。
「ほら、その考え方がダメなんだって。君のご両親だって政略結婚だったけど関係は良好だろう?表立った愛情表現は無くとも、お互い嫌悪している様子もないしこれまで浮ついた話も聞かない。先ずはそこを目指してみたらどうだい?」
「……前提条件として相手に嫌われていたら良好な関係もくそもないだろ」
「え、なに、嫌われてるの君?この前初対面なのに?もう?」
「いちいち腹立つ言い方しやがって……知らねぇが、どうも怯えているようでな」
「まぁ、君目つき悪いし言葉も悪いし、ごついし背も高いしね」
「お前……」
「でも誠実だし、まじめだし、意外と優しいし面倒見もいい。アイリスが言ってたけど騎士道精神はきちんとあるみたいだしね」
「……は?え、お前に褒められるのなんか気持ちわる……」
「僕だって好きで伝えてないよ。ただ事実として自分の良いところも知っておかないとね」
優雅にティーカップを口に運んだルパートを見やる。何だかんだ言いつつもそういう風に思われていたことは素直に嬉しい。やっぱりコイツに相談して正解だったなと、少しだけ肩の力が抜けた。
「でもさぁ、誰だっけ、コール嬢?本当に君のこと嫌ってるのかな」
「あ?」
「なんか話を聞いてる限りそうじゃない気がするんだよね……アーサーが変に思い込んでるっているか」
「んなわけ……」
「君だけの話を聞いてもわかんないし、いっそ会ってみる?」
「は?」
「予定合わせてダブルデートしよう」
「はぁ!?」
そうと決まれば連絡しなきゃね!と満面の笑みで立ち上がったルパートを俺は絶望の表情を浮かべて見上げていた。
―――――
「今日はこのバカの思いつきに付き合ってもらって大変申し訳ない」
「いえ、私もアーサー様にはお世話になりましたし……今日はルパート様が色々と考えているようなので気楽に楽しんでください。それにアーサー様の婚約者様にも会えて嬉しいですわ」
待ち合わせ場所でそれぞれが合流すると軽い自己紹介が始まった。何故か俺の少し後ろに隠れるようにいるコール嬢にルパートとアイリス嬢を紹介する。
「こちらがルパート・ユーバンク・ロイド、俺と同い年で侯爵家の跡取りだ。そして隣が婚約者のアイリス・オブ・ターナー嬢、俺たちより一つ年下で伯爵家の次女だな」
「初めまして、コール嬢。ルパートと言います」
「はじめまして、アイリスと申します」
「……はじめまして、ロイド様、ターナー様。伯爵家長女、マーガレット・フォン・コールと申します」
「歳は俺たちの二つ下、アイリス嬢より一つ下だな……まぁこれから付き合いが増えるかもしれないし余り気を遣わなくていい……特にコイツには」
「やだなぁ、僕が何するっていうのさ」
「お前はアイリス嬢しか見えてないからいつの間にか勝手に単独行動していくだろうが」
「今日はしないよ、アイリスにも言われてるしね」
そう言って緩く回した腕がアイリス嬢の腰に回り自然と引き寄せるとその頭に口を寄せる。アイリス嬢も照れながらそれを受け入れる……といういつもの流れなのだが、こいつらはここにコール嬢がいることを忘れているのではないだろうか。
勝手に気まずさを感じコール嬢の様子を窺うとどこか羨ましそうな、切なそうな顔で二人の様子を見つめていた。その表情に今まで悩んでいたことが馬鹿らしく感じるくらい何かがストンと腑に落ちた。
(……まぁ、俺なら他の奴らよりコイツの近くに居られるからな)
もともと政略結婚の相手だ。その相手が誰を想っていようが家門に影響がないならどうだっていい。相手がルパートなら万が一の間違いなんてものもないだろう。変なところに信頼がある親友に感謝しつつ、慣れない悩みに時間を費やしたせいかなんだか一気に疲れてしまった。
「あ、あの、よろしければ私のことはアイリスと呼んでください」
いち早くこの現状に気づいたアイリス嬢がルパートの腕から逃れコール嬢に近づく。差し出したその手を暫く見つめた後、コール嬢はしっかりとその手を取った。
「ありがとうございます。私のこともマーガレットとお呼びください」
「僕もルパートでいいよ、でも親しい人たち以外の人がいる時はロイドと呼んでほしいかな」
「承知いたしました」
「……で、どこにいくんだ?」
「アーサーったらせっかちだなぁ、先ずはあったかいところでお茶でもしようよ」
そういって流れるようにアイリス嬢の手を取って進行方向へくるりと身体を回して進んで行くが慌てたようにアイリス嬢が足を止めた。
「あぁ、言い忘れてたけどアイツは絶望的なほど方向音痴だから気を付けるように」
大抵その逆に進めば正解だ、とコール嬢に声をかけるのと同時にこちらに戻ってくる二人を溜息とともに迎える。
「ごめんごめん、こっちだった」
「……アイリス嬢、案内を頼む。では、我々も行きましょうか」
コール嬢、と腕を差し出せば、ねぇと横槍が入る。
「なんでまだそんな呼び方してるの?俺たちが名前で呼んでるのにアーサーが呼んでないのおかしいよね」
「……」
「アーサー?」
「……まぁ、確かにな……名前を呼んでも?」
「はい……!あ、えっと……」
「あぁ、俺のこともどうか名前で」
「……はい、アーサー様」
改めて差し出した腕にマーガレット嬢の手が乗せられる。一連のやり取りを見ていたルパートは一人納得したように小さく頷いた。
―――――
連れてこられたのは植物園の中にあるカフェで、一つ一つの席が離れており、花壇で囲まれているため周りを気にしないですむ作りになっていた。マーガレット嬢は来年俺たちと同じ学園に入学するべく勉強中で、アドバイスなどを求めアイリス嬢と話していたがすぐに打ち解けたのか年相応の笑顔が見られた。俺といる時には見られないその笑顔に「不思議と胸の奥が痛むように感じる」
「おい、勝手に人の心情を捏造するんじゃない」
「えー、でも当たらずとも遠からずって感じじゃない?」
「……ただ、ああいう表情も作れるのだな、と思っただけだ」
「……まぁそういうことにしといてあげる。それより、やっぱりマーガレット嬢は君のこと嫌ってなんかないし、怖がってもないね、寧ろ君好かれてるよ、よかったじゃん」
「はぁ?何を見てその結論に至ってんだ?今日だってお前を見て……!」
「え、何?僕?」
「……いや、なんでもない」
「……なんか勘違いしてない?マーガレット嬢が見てるのは僕じゃなくて“僕たち”だよ」
「たち……?」
「そう、僕とアイリスのことを見てるの。それも羨ましそうにね……僕が思うに、君ともっと近づきたいんじゃないかな?今変に距離とってるでしょ、主に君が」
「それは……けどそれを抜きにしても好かれてるってのはないだろ」
「決めつけはよくないよ、もうちょっと歩み寄ってみたらどうだい?変な思い込みも先入観も全部取っ払ってさ、等身大のマーガレット嬢自身を見てあげなよ」
「……」
反対側の席で楽しそうに会話をしているマーガレット嬢を見つめる。視線に気づいたのか不意にこちらを見た彼女と視線が合うが、あえて逸らさずに見つめ続けているとまたどこからともなく出てきた扇子が顔ごと隠してしまい、そこで漸く視線を外した。軽く溜息を吐いている間にアイリス嬢がマーガレット嬢を抱きしめて、まるで犬でもかわいがるように撫でまわしていて驚いたものの、隣から聞こえる羨ましい……という声に冷静さを取り戻す。その後は終始和やかな雰囲気で話も弾んでいった。
―――――
『じゃあ、ここからは自由散策ね!あ、ディナーの店もとってあるから時間になったら入口の所で合流しよう!』
そう言い残したルパートがアイリス嬢を連れて去ってから三十分。俺たちは噴水近くのベンチに座り、微妙な空気の中ただただ時間を過ごしていた。カフェが入っている植物園はかなりの広さがあり、展示されている植物も多種多様で、特段興味がない俺も見ていて楽しめるものだった。暫く散策したのち小休憩をとるためにベンチに座ったのはいいが、何を話していいか分からず困っている。
『決めつけはよくないよ、もうちょっと歩み寄ってみたらどうだい?変な思い込みも先入観も全部取っ払ってさ、等身大のマーガレット嬢自身を見てあげなよ』
ふと、先程ルパートに言われた言葉を思い出しグッと唇を噛んだ。
「……マーガレット嬢は、何故、この婚約を受けたんでしょうか?」
何を聞いていいかも分からず、ポロリとそんな質問が口から出る。そしてすぐにその質問の愚かさに気づいて顔を上げた。
「っ、いや、政略的なものだとは分かっているが、俺でなくともあなたなら引く手数多であったでしょう。俺みたいな気も利かない者よりもルパートのような、もっと貴族然とした騎士もいただ……ろう、に…………マーガレット、嬢……?」
ふと、彼女の方を窺えばその綺麗な瞳に大きな水たまりが浮き上がり、それがポタポタと落ちていく。マーガレット嬢が泣き出してしまったことに全てが吹き飛んで頭が真っ白になった。泣かせたのは間違いなく俺だ。だがしかし、俺の何が彼女を泣かせてしまったのか。数秒ほど固まってしまい、その間も落ちてくる雫の数は多くなっていく。
「え、あっ、申し訳ない。無遠慮な質問でしたね。家同士の婚約は俺たちにはどうしようも出来ないことだというのに……だが、一応父には掛け合ってみるので、あなたが本当に想っているのが誰なのか……」
「……アーサー様です」
「はい?」
「私が……っ、私がずっとお慕いしていたのはアーサー様です……っ!」
「…………え?」
涙を湛え、真っすぐとこちらを見て言い放った台詞に頭が追い付かない。
(……マーガレット嬢は俺のことが好き…………好き??????)
「……やっぱり、私ではダメですか……二人きりなのに、また、他人行儀な口調に戻ってしまいましたし……そういう相手にはなり得ないということでしょうか……」
「え、いや、え?ちょっと待ってくれ……え?」
「アーサー様には隠しておりましたが、この縁談はコール家から……私からお願いしたものなんです……どうしても、あなたのそばに居たくて……」
「は……?だって、マーガレット嬢はルパートのことが……」
「ルパート様は私の好みではございません」
きっぱり、ばっさり言った後にハッとしたように、勿論一般的な感性としては素敵な殿方だと思いますが、と慌てたようにフォローを入れる。なんだろう、アイリス嬢への気遣いだろうか。
「勿論アーサー様に想っている方がいらっしゃれば秘かに消s……正々堂々と闘おう思いましたが、調べた限りそんな方もいらっしゃいませんよね……?お義父様とお義母様にも気に入っていただけるように私なりに何度もお伺いして努力したんですけれど……やはり、私をそういう相手には見られないということで……」
「ちょっと待て、なんか今サラッと凄いこと言わなかったか……?まぁそれは後で詳しく聞こう……っていうか、俺は別にこの婚約に不満があるわけでもマーガレット嬢が嫌なわけでもないぞ」
色々なことが気になりまくってはいるが、僅かに取り戻した落ち着きの中でハンカチを取り出し彼女の涙を拭う。まさか先程の質問一つでこんなことになるとは思わなかった。
「どちらかと言うと俺はマーガレット嬢のことを心配していたんだ。俺みたいなやつの相手になって、顔合わせの時からそんなにいい印象を持っていないと思っていたんだが……どうやら違う……んだな?」
「それは……その……は、恥ずかしくて……片想いを拗らせたせいか、素直な態度もとれなくなり……それに、アーサー様がかっこよすぎて目も合わせられませんし、私はすぐに顔に出てしまうので……」
「……」
「……アーサー様?」
「いや、変な人だと思って……っ、くくっ」
「!?ど、どこがですか……!」
俺のことをかっこいいと言ったり、熱烈な告白をしてみたり、目の前で頬を赤く染めながらこちらを睨むマーガレット嬢に勝手に笑いが込み上げる。けれどもそんな彼女には好感が持てた。
「……マーガレット嬢のことは人として好ましいと思ってはいるが、正直に言えば今はまだあなたと同じ気持ちではないと思う」
「……っ」
「けれど、一緒に過ごしていくうちに同じような気持ちを持てればいいなとは思っている」
一瞬辛そうに歪んだ顔が希望を取り戻すように明るくなっていく。涙を拭き終えたハンカチをしまい彼女の手を取った。
「俺の勘違いで変な態度をとって悪かった。今の会話で気になる話も出てきたし、また時間を取ってゆっくり話をしたいと思う……いいだろうか」
「はい……っ、はい、勿論です!」
「よかった……さて」
再び笑顔が戻ったマーガレット嬢の頭を撫で立ち上がると、真っすぐに近くの植え込みに向かい後ろに回る。そこには楽しそうに笑うルパートと子供のいたずらがばれて泣き出しそうになっているような表情を浮かべたアイリス嬢が隠れていた。
「……盗み聞きとはいい度胸だなルパート?」
「やぁ、アーサー奇遇だね!」
「アーサー様……!わ、私たち何も見ておりません……!」
「まぁ、見てはいないんだろうな、見ては」
二人を立ち上がらせ腕を組む。チラリとマーガレット嬢の方へ視線をやってからルパートを睨んだ。
「お前、全部知ってたな?」
「何のこと?」
「マーガレット嬢から全部聞いたぞ」
「えぇ?そんな会話聞こえなかったけど……」
「やっぱ最初からいたんじゃねぇか!」
一発殴りたいところだが隣にアイリス嬢もいるので持ち上げた拳をすぐにしまう。ルパートはマーガレット嬢の事情を全て知ったうえでこの計画を立てたんだろう。毎回嫌になるほど優秀なスパイがいるものだと感心する。だが、コイツのおかげで良好な関係とやらになれたのは感謝しなくてはならない。不本意だが。
「……まぁ、頼んだこととはいえ助かった、ありがとな」
「どういたしまして。頼まれたのもあるけど、せっかくなら友人には幸せな生活を送って欲しいからね」
長い付き合いになるんだし、と笑うルパートにつられて口角が上がる。お互いいずれ立場のある位置につくことになり、見たくもないことを見て、やりたくないこともしなければならない時が来るだろう。そんな時に心を許せる人がいるというのは大きな強みになり励みにもなるはずだ。
三人でマーガレット嬢のもとへと戻り、ディナーを予約した店へと向かう。いつか大人になった時、この時のことを思い出して懐かしむ時が来ることを願いながら。
―――――
「……ママはなんでパパとけっこんしたの?」
「あら、急にどうしたの?」
「だって、ロビンくんのパパとママみたいになかよくないから……」
「……そうねぇ、確かにあそこと比べちゃうと仲良くなく見えちゃうかしら」
困ったように微笑んだ母親は駆け寄ってきた我が子を抱き上げその膝に乗せる。どこか拗ねたような顔をしている娘の頬をつつくと、一つ昔話をしましょうと言葉を紡いだ。
「ママはね、デイジーぐらいの時にパパに助けてもらったことがあるの」
「パパに?」
「そうよ、助けてくれたパパはとってもかっこよくって、ママはパパのことが大好きになっちゃったの」
「パパもママをすきになったの?」
「ううん、その時はパパはママのこと何とも思ってなかったみたい。そもそもその時助けたのがママだと知ったのはもっと大人になってからよ」
「……じゃあ、パパはママのこといつすきになったの?」
「それはね」
「内緒だ」
急に上から降ってきた声に母と娘はそろって首を上げる。その仕草があまりにもそっくりで思わず父親は笑ってしまうが、話を途中で遮られた娘はご立腹だ。
「なんでないしょなの!」
「そうだなぁ、デイジーがもう少し大きくなったら話してやるよ」
「やだ!いまがいい!!」
「こら、そこで暴れるな」
駄々をこね始めた娘を父親が慌てたように抱き上げるも娘は嫌がってその手から逃れようとする。
「パパとママがなかよくなきゃヤなの!おうじさまとおひめさまみたいにならなきゃだめなの!!」
「あーーーーー今度は何の本を読んだんだ?」
「……仲の良い恋人の仲を引き裂こうとする魔女の話です。最終的に邪魔された恋人たちの仲が円満であれば魔女は逃げていきます」
「なーるほどなぁ……ってなんだその本は!?」
控えていた娘の侍女に問えば戸惑いの声で返ってきた返事に父親は盛大に頭を抱える。以前にも読んだ本に影響を受けていたことがあったが、まさかそんな内容の本を読んでいるとは。
「その内容は早すぎやしないか……?」
「あら、女の子は早いうちに恋とは何たるかを知っていくものですわ」
「マギー、お前も少しは止めてくれ……」
面白そうにその様子を見ていた母親は自分の隣を叩くと座るように促し父親は素直に従った。そして袖を引き顔を近づけた父親の頬に唇を寄せる。その瞬間をばっちりとみた娘は大いに喜び、父親は不意をつかれたせいで大いに慌て始めた。
「っ……!?」
「ほら、デイジー、パパとママは悪い魔女なんかにやられないわ」
「うん!あ、パパは?パパもママにして!」
「なぁっ……」
期待の眼差しを向ける娘と、微かな希望が垣間見える母親の視線に父親はきつく目を閉じる。暫しの葛藤後、ぎこちない動きでその頬にキスを落とした。娘は満足したのか満面の笑みで父親の腕に抱き着いている。
「……なんかどっと疲れた……」
「相変わらず誰かがいるとスマートではなくなりますわね」
「いや、ルパートたちのせいで感覚がおかしくなってるけど普通はこんなもんだろ」
「デイジーはルパート様たちのように私たちがなることを望んでいるようですよ」
「嘘だろ……あれは無理だ……勘弁してくれ」
「子どものうちは分かりやすい表現じゃないと伝わらないですからね」
そっとお腹をさする母親の顔は、ちゃんと理解しているとでも言っているようなもので、父親は少し安堵する。
「デイジー」
そろそろいいか、と腕の中にいる娘を呼び顔を合わせる。
「デイジーはもう立派なお姉さんだよな?」
「うん、もうひとりでできるよ」
「じゃあもう少ししたらやってくる兄弟にも優しく出来るよな?」
「……きょうだい?」
こてん、と首を傾げる娘を自分たちの間に座らせると今度は母親が娘を呼びその手を自分のお腹の上に乗せた。
「ここにね、デイジーの弟か妹になる子がいるの……まだもう少し先だけど赤ちゃんが生まれて来るのよ」
「……赤ちゃん」
幼いながらも何かを感じ取ったのか、キラキラとした瞳にはしっかりと姉としての自覚が芽生えたようで興奮気味にその顔を上げる。
「おねえちゃんになるの?」
「そうよ」
「……」
ゆっくりとそのお腹を撫でる姿に両親は微笑みあう。きっと優しい姉になるだろうと、そうどこか確信めいた気持ちを持ちながら。
「だからこれから暫くはママの近くで走ったり危ないことしちゃだめだぞ」
「わかった!!」
しっかりと頷く娘の頭を撫でると父親は立ち上がる。
「そろそろ仕事に戻るな、マギーも無理はするなよ」
「えぇ、分かってます」
ふとマーガレットの前で立ち止まったアーサーは娘がそのお腹に気を取られている隙にキスを贈る。さっきの仕返しだ、と呟いたアーサーはマーガレットの頭も撫でて今度こそ仕事に戻っていった。
残されたマーガレットは赤くなった顔をデイジーに指摘され不思議がられることとなった。
お読みくださりありがとうございました。




