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私は凡人である。
容量が悪いわけではない。かといって良くもない。そんな人間。
毒にも水にもならない。そんな人間。
だけども、多分、私は浮いていた。
高校生にもなって悲しいことに友達が出来ない。容姿は悪くない方だと自負している。覇気は無いけども、卑下するほどの容姿では無い。
けども、どうしても独り言は多い、目つきが怖い、愛想の悪い私は周囲から煙たがれていた。
「さ、帰ろ。」
あの日もいつものように一人で帰る準備をして、誰とも会話せずに帰宅していた。
毎日通る公園と、ケーキ屋と、毎朝のように私に挨拶してくれる優しい夫妻の家を経由して家に帰る。
「ただいま。」
お母さんはこの時間はパートで、お父さんも働いているので、誰もいない家に帰ってくる。一個下の妹と弟は友達が多いのでもちろんこの時間には帰ってこない。
私は自室へと向かおうとして、この世界から突如として消えた。
いきなり。そう、本当にいきなりだけど、私は異世界へと渡った。
兆しだとか、フラグとか、召喚陣とか一切なしに転移した。
信じられない。せめて、『あ、これよくある設定の異世界転移じゃん。』くらいの準備は欲しい。
あと、家の中にいたのだからせめてでもお母さんは欲しい。
私は別に親が嫌いって訳じゃないし、というか家族は愛している。私に友達が出来ないのを案じて、一緒に遊んでくれるお母さん。気にしなくていいぞ、と笑うお父さん。デザートとか、お菓子を私がお姉ちゃんなのにくれる優しい弟と妹。
そんな家族との訣別は嫌だ。せめて、一筆書かせて欲しかった。
けども、現実は違う。私は一人で、異世界へとやって来た。
あぁ、怖い。どうなるんだろうと恐怖した。
きっと死ぬと恐れおののいた。
たとえ、こんな摩訶不思議な移動をしといて、海外だとしても帰れる訳がない。
周りには木しか無い。富士の樹海だとかなら、ワンチャン帰れるかもしれない。そんな事を考える。
「帰らせろっ!!!!!!」
なんか知らないけど叫んでみた。もう駄目かもしれない。訳の分からない現実に直面して、精神が参ってしまっているのかもしれない。
ガサガサッ
「ひっ。」
何かいると思い私はみっともない声をあげる。そこには一メートルほどの蜥蜴のような、紫の鎧のような外骨格を携えた化け物がいた。四本の脚は太く、大きな刀のように綺麗なほれぼれするようなかぎ爪が生えている。
終わった。死んだ。怖い。
そんな化け物が木々をかき分けて出てきたのだ、恐怖なんてのは当然で、身体が硬直するのも当たり前であった。
「おい、そこの小娘。迷っているのか?」
……ん?
「帰りたい、そう叫んでおったであろう。全く、こんな森の中で大声を上げるなんて馬鹿げたことをしおる。」
……んん?
「何を固まっておるのだ。ほれ、儂についてこい。人の都市はこっちじゃぞ。」
……ん?んん?
いやいやいや。いやいや。え、いや、それは無いって。
え、異世界は異世界でも不思議の国のアリスパターン?トランプの兵隊さんとか出る感じ?お茶会とかしちゃう感じ?
あ、なら、うん。全然いいよ!!
メルヘン、メルヘン。喋るデカい芋虫とか、紫の猫とかと喋るだけ喋って帰ろう。
「ありがとうございます。」
私はそう言って、蜥蜴に近づく。
わぁ、近くで見るとでかぁい。かっこいいぃ。
「おい、小娘。常識がなっとらん。儂が人間を喰う魔物であればどうする。言葉を話し、巣に連れ帰るような悪い魔物であればどうするんじゃ。全く、親の顔が見てみたい。」
顔の表情とかはよく分からないが呆れられている。
「すいません。」
「大丈夫か?心ここに非ずといった感じじゃぞ?」
「全くもって仰る通りで。」
「よほど森が怖かったのか。幼いのぉ。」
そこからはよく覚えていない。二時間くらい歩いて、舗装された道に出ると「儂は森に戻るから此処でお別れじゃ。フェメルタに着いたら、まずは家族の人を安心させるんじゃぞ。それと、お礼が言いたいのなら儂の家が二丁目の三番館にあるから、受付に聞いてくれ。お礼は干し肉でいいぞ。種族は問わん。」と言い残して蜥蜴のおっちゃんは森に消えた。
まず、フェメルタってなに?家族?二丁目?干し肉?種族?
いや、よく分かんないし。というかもう現実をそのまま受け入れる術を身に着けた私って凄い。今なら、怪しい都市伝説とかも信じられる気がする。
まぁ、このまま舗装された道を行けば都市に着くだろう。
そう思って、私はどうにでもなれの精神で適当に歩いていた。すると前方に煙がいくつも見える。私は何故か分からないけど感動した。煙を見ただけで、温かさに包まれた気分になった。危ない薬かな?
「ねぇ、そこの魔力の濃いお姉さん。他所の人?」
真上から人の声がする。なんだろう?と思い上を見上げると、箒に跨った魔女が空を飛んでいる。めっちゃメルヘン。本当に箒に跨ってるんだ。しかも、あの三角帽子も。
あ、パンツだ。スカートの中が丸見えだ。
「パンツ見えてますよ?」
「ん?いいでしょ。見せパンよ。まさか、見せパンも知らないの?」
いや、知ってるけど。見せパンって。見せすぎじゃない?チラッとくらいがいいんじゃないの?
これが異文化交流か。なんか違う気がするけどいいか。
私と空飛ぶ魔女っ子は歩き出す……歩き出すでいいのかな?片方、飛んでるけど。
「それくらい知ってるよ。」
「なんだ。馬鹿にしてやろうと思ってたのに。で、お姉さんのファッションはなんて言うの?可愛い服じゃない。」
「あ、これ?学校の制服だよ。」
……なんで私、箒使って飛んでる人と当たり前のように会話してるんだろう。というかなんで会話出来てるの?言語は?まぁ、なんにせよ、驚かないあたり、私はもう限界かもしれない。
「あ、言われてみればフェメルタの学園でよく見るかもしれない。」
え、なにそれ。私は普通に今どき珍しいセーラー服だけど、そんな学園があるの?まさか、フェメルタって日本の別名?
いや、流石にそれはないか。箒で飛んでる人を私は地球で見たことがない。
「なんでお姉さんが驚いてるのさ。まぁ、いいや。……ん?この時間って多分、授業中だよね?」
そうなの?
「あ!わかった。お姉さん、学校サボってきたんでしょ?」
「そうだよ。授業がつまらなくて。」
サボってないけども、合わせてみる。
「だよね。私も授業がつまらなくて抜け出してんの。魔法、魔法と五月蝿いだよね。やれ、箒が遅いとか言っちゃってさ。ほんと嫌になる。」
それだったら、私はサボってない。魔法とかずっる。いいな、日本も義務教育に魔法入れろよ。箒が遅くてさ、とか私も言ってみたい。
「へぇ。」
興味なさそうに適当に返事する。
「お姉さんも合わないんでしょ?学校が。」
「うん、まぁ、そんな感じかな。」
合わないだったら代わろうぜ、私と。魔法だったら喜んでやりまーす。
「フェメルタの学園は貴族が多いからね。マナーの授業ばっかなんでしょ?あと交流会も。嫌になるのも分かるよ。」
そう言って魔女っ子は私に同情の視線を向ける。
それは嫌だわ。うん、それなら私に合ってない。サボってるに決まってる。なんだ、私は嘘ついてないじゃん。
「でしょ?嫌になるよね、ほんと。」
「ほんとだよね。……あ、お姉さん。此処で出会ったのもなんかの縁だし、街を案内してあげようか?」
「え?いいの?ありがとう。」
やったー。蜥蜴のおっさんに引き続き、優しい現地人ゲット。これ、やっぱりメルヘンな異世界だね。危険が無さそうだもん。
「じゃ、行きましょうか。」魔女っ子はそう言うと地面に降りて来て、箒の後ろをトントンと叩く。あ、乗れと?分かりました。
「失礼します。」
そう言って、私も箒に跨り、魔女っ子の腰に手を体が落ちないように巻きつける。お尻に木の硬い感触がする。普通に気持ち悪い。フワッと空中に上がる。
怖い。普通に怖い。
下を見ると足がプランと浮いてる。風も感じて、落ちるんじゃないかという疑問が凄い。ジェットコースターが怖い人なら分かるだろうけども、どんどんと魔女っ子を掴む手が恐怖からギュッと強くなっていく。
景色なんて見れたものじゃない。アラジン凄いな。空飛ぶ絨毯もこんな感じでしょ?絶対に私なら無理。