プロローグ
パチパチと火の音がする。
私もその焚き火の暖かい光を、涙目になりながら見ていた。焚き火を見ていると眼が涙目になる。不思議だ。
「あぁ、眠たい。」
空には満点の星が輝き、眼と口がある摩訶不思議な月が無機質なその眼で私を見下している。
時刻は午前三時くらいだろうか?時計がないから正確な時刻が分からない。
私は近くに置いた革細工のリュックサックを取り、柔らかいウールのブランケットを取り出すとなんとか地面にブランケットを付けないように身体に巻いていく。
「私にはないの?私も寒いわ。」
声の方を見ると此処は森の中だというのに真っ赤な破廉恥なドレスを着た美女な痴女がいる。真っ赤なドレスと同じように紅い長い髪に真逆な青い眼。全く持って森と釣り合っていない。
「え、そんな格好でそんな寒いとか真っ当な事を言うの?」
「当たり前じゃない。私は仕方ない事情があってこの格好なのよ?」
そう言って痴女はブランケットを寄越せ、というような顔をする。
「そんな厄介ごとの匂いを漂わせる痴女は此処から速攻で立ち去って欲しい。」
「嫌よ。こんな真夜中の森で一人になったら魔物に喰われてしまうわ。」
喰われとけ、とそう思った。
「あ、食われろと思ったでしょう。最低ね、貴方。」
「最低でいいから死んで欲しい。」
「こんな美女がいるのよ?ちょっとは優しくしようと思わないわけ?」
「いや、これが街中とか危険地帯じゃなきゃ、優しくするよ?ワンチャン狙って。でもさ、此処は危険地帯。どう考えても厄介ごとを抱えてんじゃん。」
痴女は確かに、と焚き火に両手をかざす。その姿は弱々しく、精神的に参っているのが分かる。誰かの支えがなければ多分、病むんだろうなとそう思う。
「厄介ごとは嫌いかしら?」
「好きな奴がいたら、それは自殺志願者か勇者ぐらいだろうね。」
勇者。私がその単語を言った瞬間に彼女の眉が一瞬、不自然に動いたのを見逃さなかった。
あ、これは本当の厄介ごとだ。多分、此奴はどっかの王女だろ。それで見た目がいいしね、勇者にでも嫁いで来いって言われたんだろう。それが嫌で逃げだしたってとこだろう。この世界だと、勇者とかくらいだもんね。男とか女がいいって気にするの。
「貴方はどちらでも無いのかしら?」
「無いに決まってんじゃん。殺すよ?」
私は割と本気で言う。きっと、此処で殺すのが一番ベストだと思う。
「……殺せるかしら?私が。」
私は彼女の唾を飲む音が聞こえた。
足を切った。痴女の健康的な右足をスッと切った。
なんだかよく分からないけど、舐められてる気がしたので切った。私の右手に握られたナイフが血を数滴だけ垂らしている。
「ごめん。殺す勇気もないでしょって煽られてる気がして。」
彼女は痛みなど感じさせない澄ました顔で「大丈夫。」と言う。
強い人だ。
私は切った、血をぼたぼたと地面に溢す右足を手に持ち、まるでターキーレッグを喰らうように食べ始める。
これには彼女も驚いたようで、そっと小さく口を間抜けに開けている。
「驚いた。人間じゃないのね、貴方。」
違う。そんなファンタジーな存在じゃない。いや、結構ファンタジーだ、私。
「違うよ。ただ若い女性の血と肉が好きなだけ。」
「……それだと人外の方がマシじゃない。」
確かにそうだ。というか、よく直視できるね。自分の足が切られて喰われているのに精神的なダメージを負った様子が無い。精神力の化け物かな?サイコパスかも?
普通に精神が強すぎて怖い。
怖いから、怖いので、殺そうかな、なんてことを考える。
私は自分がなんでこんなのになったのか?とふと疑問に思った。