第2話 学校へ行こう!
──14年前
子供部屋に積み木や人形が散乱している。
部屋の中心にいるのは3歳になるかという少女とその母親だ。
2人は幸せそうに様々な玩具で遊んでいる。
「ママこれはなーに?」
少女が動物の人形を手にして母親に尋ねた。
「それはね、カバさんっていうのよ。」
母親は少女の問いに優しく答えた。
「カバさん!」
母親の答えを反復する少女。
どこの家庭でも見受けられるような幸せを具現化したような光景だ。
少女はまだ他にも教えて欲しいと、部屋の隅の玩具箱から他の人形をいくつか手にもって母親のもとへ、トテトテと走る。
「じゃあ、これは?」
「それはねぇ、キリンさん!」
「えっと、じゃあじゃあこれは?」
「それは、ゾウさん!」
一通り聞いて満足したのか、少女はうわーい。と子供らしく飛び跳ねながら、人形に空を走らせたり、人形同士を擦り合わせるようにして遊んだ。
部屋を人形と共にちょうど一周し、やがて飽きがきたのか、母親のもとへ駆け寄る。
「ママー」
「ふふふ。明は本当にそのお人形さんが好きねぇ」
慈愛に満ちた顔、幼い少女にとってそれは間違いなく安心の象徴だった。
「うん。お人形さん。大好き。」
少女にとって母親は世界の絶対的なものだった。
自分にはわからないことを沢山教えてくれた。
だから、この時、彼女は尋ねたのだろう。
自身が先ほどから見えてしまっている奇妙な緑色のナニカを
「じゃあママ、この部屋にいーっぱいある緑色のこれはなーに?」
「え?」
母親の顔から微笑みが崩れる。
「ママにも、私にもひっついてるこれってなーに?」
──現在
「いってきます。お母さん」
現在時刻は八時ちょうど。朝のホームルームが8時半だから、まぁいつも通り間に合うと思われる。
「いってらっしゃい明」
母が見送りに来てくれた。珍しい。何か連絡することでもあったのかな。
「そうそう、昨日はちょっと遅かったけど今日も遅くなりそう?」
「うーん、昨日は久しぶりに笠音ちゃんと帰ったから遅くなっただけだし、だから笠音ちゃん次第かな」
「そう、ならいいのだけど。ほらお母さん、昨日も明に何かあったんじゃないかって心配で」
「それは心配しすぎ、遅くっていってもいつもより30分くらいじゃん」
「うん、そうね。ごめんね心配性で。ほら学校遅れないように早くいってらっしゃい」
「もう、引き留めたのはお母さんじゃん」
あはは、と二人して笑いながら家を出る。
外に出ると、ちょうど寒風が吹いてきた。
家の中と外で、気温はかなり差があった。
まだ11月だというのに今日はやけに冷たい空気だ。
しかし空を見上げると真夏のように雲一つなく晴れ渡っているときた。
曇りや雨でないのにこの寒さとは、来週にはもう冬にでも突入するのかな。
なんてことを考えながら、学校には遅れないようやや早足で歩く。
校門に近づくにつれ続々と登校する生徒の数が増えてくる。
この分だと遅刻は大丈夫だな、と歩くペースを元に戻す。
そういえば、昨日の天気予報では朝から雨だといっていたのに、実際には雨が降るどころか、雲一つない。
一応、鞄に折りたたみ傘を入れてきたというのに、取り越し苦労になりそうだ。
案外、昼からドバァと降るのかもしれないが、現在に限ってはそのような予兆は見当たらなかった。
現在時刻は8時25分
周りに制服姿の子達が大勢いたから油断していた。
校門まであと100メートルもない。
しかし、学校の敷地に入ってから教室まではどれほどかかるだろう。
ここはきっと生死を分ける境目だ。
今からでも間に合うと、少し走ってみる。
周りにも足を急がせている者は結構な数だ。
とりあえず、私だけが走っているというような自体にはならなくてよかった。
「あ、明ちゃんおっはよー」
息を切らしながら校門に着くと、見知った顔がそこにいた。
何してるんだろう。始業まであと3分とないのに、立ち止まって。
どうやら私を待っていたらしい笠音さんのもとへ駆け寄る。
「おはよう。笠音さん。急がないとホームルーム始まっちゃうよ」
遅刻ギリギリの者が言うセリフではないが、このままではギリギリではなく本当に遅刻な為
そういう体面は気にしないことにする。
「そうだね。じゃあ急ごっか」
栗色の長髪をなびかせる笠音さんと共に、教室まで一直線に走る。
「あれ?」
「どうしたの明ちゃん?」
「いや……」
なんか今一瞬屋上に誰かいたような
二棟に別れている三甲高校の三年生の教室がある方で
人影らしきものが動いた気がする。
「……何でもないよ、ごめん、急ごう」
仮に誰かいたところで、私には関係のないことだ。
今は何より、教室に遅れないようにするのが先決だ。
「今、あいつに気づかれたような」
本来教師だろうが生徒だろうと誰も居ないはずの屋上
しかしそこには確かに1人の女生徒がいたのだ。
「けど、ほっといても大丈夫でしょう。あの様子だと別にこちらに来るという訳でもなさそうですし」
その女──昨日、明に夜儀夜月と名乗った女は閑散としたこの場所で一つの儀式を開始しようとしていた。
「それに、もしこちらに来たとしても問題などありませんし」
女は片手で空を握る。
そこには何も無いはずなのに、女の手にはいつの間にか一つの武器が具現していた。
それは、あまりに場違いで、時代錯誤で、されど女にはこれ以上ないほどに似つかわしい。
170はあるであろう女の身長ほどはある、血の如き真っ赤な、
弓であった。




