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09

「祝――」


 彼女はこの前みたいに両手を広げて天を仰ぐ。

 美しいカカシもいたもんだとぼうっと眺めていたらしゅんとし、


「雨じゃん……もー」


 こちらを見て涙目になっていた。

 でもまあ酷いわけではないし、俺らは実際にそこそこ遠い川まで来ているのだからあまり気にする必要はないと思う。


「濡れてた方が探しやすいだろ? 滑ると危ないが」

「うん……だけど傘さしながらは面倒くさ――きゃっ!?」

「――っと、気をつけろよ」


 別に俺は濡れても構わないので彼女を支えることに専念する。彼女は俺に支えられつつ「あ、ありがと」と礼を言ってくれていたが、正直に言ってこちらが支えられているように感じるのは彼女より背が小さいからだろう。


「は、離さないの?」

「いや、秋が体勢を直してくれねえと危ねえだろ」

「ご、ごめんっ」


 雨ということもあっていつもの彼女らしくない感じだ。いつもはこちらの顔を覗き込むようにして見てくるのに今日は1度もこちらを見てきてはいない。慣れない人間とふたりきりだというのがぎこちなさを生じさせているのだろうか。無理やり頼んで木村を連れて来るべきだったか?


「菜乃花ちゃんも連れて来るべきだったかな……」

「良かったのか? 木村も行きたいって言ってたんだよな」

「それならどうして誘わなかったの?」

「だって秋がふたりきりがいい的なことを言ってただろ? それに木村もまた嘘つきになっちゃうからって感じで断ってたしな」


 その後訳の分からないことを聞いてきたりもしたが。


「別に変な意味じゃないからね?」

「分かってるよ、これは俺が付き合うって約束していたからだろ?」

「うん、それ」


 これなら木村を普通に誘えば良かったか。そうすれば秋も満足するし、ふたりで楽しそうにやってくれていれば俺は十分だ。付き合うと言ってもなにかをしてやれるわけでもない、ただいることしかできない俺としてはいい目の保養になる。


「って、濡れちゃってるよ、拭いてあげるからじっとしてて」

「おう」


 距離が近くてドキドキとする――なんてことにはならない。


「秋って身長がでかいよな」

「えぇ……あんまり嬉しくない」

「いや、存在感があっていいんじゃねえのか? 少なくとも埋もれることはないからな」


 集団に埋もれて学校生活を終え社会人になっても同じ流れを送る、子ども時代をそう生きてきた者がいきなり社会人で人気者になんてことは恐らくない。


「偉い偉い」

「んー……陽大の身長が高ければもっといいのに」

「秋より高かったらプロバスケットボールチームに入れるよう頑張るわ」

「むぅ、あんまり高くないもんっ」

「いや、72ある俺より5センチくらい高いだろ」


 にしてもサラサラしている髪だ。こいつが女だということは見た目だけで十分分かっているつもりだが、手に触れたりこうして頭に触れたりすると強烈に女! という感じが伝わってきてなんとも複雑な気分に。


「悪い……気安く触れたりして」

「え、別にいいけど」

「そうか」


 どうせどんな形であれ絶対濡れないということにはならないで距離を取って傘をさしなおす。単純に季節が影響しているのか、自覚していないだけでドキドキしているのかは分からないが変に暑かった。


「あれ? 難しい顔をしてどうしたの?」

「石、全然探してねえなって」

「はっ!? そういえばそうだ! せっかく来たんだからちょっくらいは探さないと――きゃあああ!?」


 急な土砂降り、傘なんか無意味なくらいな上からの攻撃。単純に水かさが増しそうなのと、とてもじゃないが石を探しているどころではないため、彼女の腕を掴んで無理やり連れて行く。こうしないと「石~……」とうじうじして動かないからだ。


「これからどうする?」

「と、とりあえず雨宿り!」


 スーパーの軒下で休憩。いつもの河原ならとっとと彼女を送って帰るのだが今回は遠いためそれもできない。が、これだけ濡れてると店内に入るわけにもいかないわけで。


「っくちゅんっ! うぅ……風邪引いちゃわないかなぁ……」

「これでも羽織ってろ」


 濡れているからあんまり意味がないのは分かっている。それでも着ていたパーカーを脱いで彼女にかけてやった。


「うーん、重い……」

「もう帰るか」

「うん、どうせ待っててもやむことはないだろうし、帰ろうか」


 傘をさしているのと雨音が大きいというのもあって帰っている途中は会話がなかった。


「それじゃあな」

「待ってよ、上がってって。そうしないと陽大が風邪を引いちゃうから」

「いやいいよ、お前は風呂に入って温かくしろ」

「いいから入りなさい。入らないと襲われたって菜乃花ちゃんに言っちゃうよーん」


 質が悪い女だ。しょうがないのでできるだけ被害を出さないよう彼女と一緒に洗面所へ向かう。が、ここからどうしたらいいのか分からなくて行動できずにいると、


「よいしょ……っと」


 まず俺のパーカーを脱ぎ、上のシャツを脱ぎ、下も――ってなにやってんだこいつは!


「ば、馬鹿秋っ、なに俺の前で脱いでんだ!」

「だって廊下で脱いだらお母さんに怒られちゃうからね」

「つ、つかお前……む、ね……見えてんぞ」


 下着という最強の布で守れられてはいるがもうほぼ変わらない状態。つかこいつ……でけぇ……。


「おぉ、ここは顔を洗う、歯を磨く、体重計に乗って悲しい思いをする、服を脱いでお風呂場へ行くということしかしないからさー」

「帰るわ」

「あー、さすがに一緒には入れないかなぁ、恥ずかしくて無理だし」

「俺が入れねえよ!」


 駄目だ、こいつといると基本的にツッコミ役になってしまう。こういうのは基本的に高橋がやっておけばいいんだ。


「んー、それじゃあ先に入ってよ、それでいいでしょ?」

「着替えがないぞ……」

「私の貸してあげるー」


 あ、そういえばこいつの服は俺のよりも大きいんだよな――しゃあない、こいつが風邪を引いても嫌だしさっさと入ってしまうことにしよう。


「ほうほう、中々に引き締まったいい体だね」

「鍛えているわけではないけどな」

「そっか! あ、服を持ってくるねー」

「え、濡れるけどいいのか?」

「これは君と私のため、後で拭けば問題ないよ」


 いい笑顔だ、上が下着姿じゃなければもっといいんだがな。

 それでもしゃきっとぱきっと緊張しながらシャンプーやボディソープを使わせてもらって洗面所に戻ると、


「「あっ」」


 まさかのまさか、彼女はそこでスマホをぽちぽちといじっていた。俺の方は当然全裸なので全てを晒してしまった形となる。


「うーん、もうちょっと鍛えた方がいいね、その方が格好いいよ」


 でも彼女がこんなんなのでさっさと拭いて服を着ることに。あぁ、いややっぱりなんか気恥ずかしいものだな。


「お風呂入ってくるねー」

「おう、それじゃあ俺はリビングで待たせてもらうわ」

「うん」


 また馬鹿なことをやらかす前に洗面所から移動。


「いや違うだろっ、ノーパンで秋のズボン履いてるのおかしいから!」

「陽大くんうるさいよ」

「って、うわあああ!?」


 どうして木村までここにいるんだ!


「あ、それ秋がいつも履いてるやつだね」


 俺、死亡……もうこれは金を払って買い取った方がいいのではないだろうか。


「なのにの、ノーパン……なの?」

「び、びしょ濡れになってな……」


 せっかく風呂に入ったのに濡れたあれを履くのは嫌だったんだ。


「それを秋は知ってるの?」

「というか俺は全てをあいつに晒してしまったんだ、あはは、ははは」


 勿論、言ってない。バレたらやばい――が、その前に俺は恥の部分さえ見せてしまったんだよ……。


「秋はどういう反応だったの?」

「普通だったぞ」

「あちゃぁ……」

「え?」

「う、ううんっ、なんでもない! 


 あ、俺は分かった。ノーパンで履いているということが分かったらマジおこになるってことだろこれは。あぁ、ここに寄っていくんじゃなかった、襲われたって言われてもいいから家に帰っておけば良かった。


「ふぅ、気持ち良かった!」

「おかえりー」

「お、おかえり」


 具体的には言えないがなんとも可愛い服を着ている。先程みたいに下着姿でうろうろするような性格じゃなくて良かったと心底思った。


「あ、秋」

「ん? 菜乃花ちゃんどうしたの?」

「よ、陽大くんが履いてるのって秋のお気に入りだよね?」

「そうだね、スカートよりズボンの方がいいかなと思って貸したんだけど」

「よ、陽大くん今の、ノーパンっ」

「「oh……」」


 何故それを木村から言うんだぁ! この微妙な空気をどうしてくれる!?


「秋、これいくらしたんだ?」

「えっと……2500円くらいかな」

「分かった、月曜日に払うからこれは俺が買い取ろう」

「えっ!? やだやだっ、恥ずかしいよそんなの!」


 む、中々どうして女子らしい反応だ。こういう部分を全面的に出していけば身長が高くても男っぽいなんてことは言われなくて済むと思うんだ俺は。


「じゃあお前これ履くのか?」


 だが今はこっち。このまま放置すると申し訳なさが計り知れない。


「それもなんか無理っ!」

「だったらどうするんだよ? タンスにしまってても意識することになるだろ? だったら俺が買い取った方がいいだろ、責任取って」

「ならあげる」

「そ、そうか? なら貰っておくわ」


 って、これじゃあ俺が必死こいて彼女のズボンを欲しがったみたいじゃねえかよ……。


「陽大くん」

「どうした?」

「今日はここに泊まったらどうかな」

「秋の家にか? いや、蜜柑とも話したいし別にいいかな」

「僕の方は菜乃花ちゃんとの約束が優先だからいいかな」


 そりゃそうだ、そこまでは約束に含まれていない。結局石が探せなかったのは残念だが、それはまた今度木村も含めて行けばいい。


「どうして急にそんなことを言ったの?」

「んー、ふたりが仲良さそうだから」

「余計なことをしなくていいよー! 僕は別に陽大を特別視しているわけじゃないし」

「そうだぞ木村」


 俺らの仲は順調に深まっているのは確かだ。それでもそこから特別の領域に入ることは絶対ない。なにより裸体を見て恥ずかしがらないのが男として見られていない証拠。それではなにも始まりはしない。


「菜乃花、って呼んでよ」

「お前がいいなら別にいいけど」

「よし、それじゃあ私が代わりに秋の家で満喫しようかな」

「おう、楽しんでいけ。それじゃあ俺は帰るわ」

「あ、陽大っ」


 足を止めて振り返ると今日1番の笑顔を浮かべている秋が。


「ん?」

「今日はありがと! また今度行こうね!」

「ああ、いつでも言ってくれ。でも、蜜柑を優先する時があるからその時は我慢してくれよ?」

「うん!」


 最初からこう言っておけば菜乃花にも誤解されなくて済んだのか。こういうまだまだ足りないところは母みたいはなれていない証拠だな。


「菜乃花もじゃあな」

「うん、気をつけてね――って言いたいところだけど、濡れた服とかはどうするの?」

「しゃあないから秋にやるか!」

「いらないよっ!」

「分かってるよ。袋くれ、持って帰る」


 びしょびしょのそれをビニール袋にしまって、なんとなく見回したらそれを見つけてしまった。


「あ、いま私のブラジャーを見たね?」

「み、見てない」

「しょうがないなぁ、はい、これお土産ね」


 俺の服やズボンの下に彼女はそれをしまってしまった。触れることは無理、つまり投げ返すことも無理、これを置いていくのも無理、と。


「い、いや、と、取れよっ」

「大丈夫、月曜日に3000円くれればいいよ」

「これ持って帰ってどうしろって言うんだ!」


 俺も男だからかそっち方向でしか考えれない。同級生の、それも毎日関わる女の下着を貰う? そんなの俺が落ち着かないだろうが。


「うーん、観賞用として壁に飾る?」

「馬鹿言うなよお前……か、返す!」

「あー、触ったー」

「貰えるわけねえだろうが! じゃあな!」


 最初から家に寄るんじゃなかった。何度後悔すればいいんだろうか。


「あれ、兄ちゃんその服は?」

「秋のなんだ、外でびしょ濡れになってな」

「おぉ、秋ちゃんとなかよくなれてていいね!」


 大体あの女子達はよく分からないんだ。こっちに微妙な反応をしたかと思えば平気で近づいてきて名前で呼んできたりする。確かに信用できないとは言ってなかったが似たような行為、言動をしていたのに名前呼び……秋はまだいいが問題なのは菜乃花だ。


「蜜柑は友達と仲良くできてるんだよな?」

「うん、足が速くていいねってほめてくれたよ!」

「いいな、その子は格好いいな」


 自分にはないものだから拒むのではなく認められる強さがあって大変素晴らしい。なのに俺の友は……はぁ……大変だなぁ。


「その子は男の子なんだ!」

「うっ、そ、そうか……」


 頑張れよ蜜柑っ、悪い奴には騙されてくれるなよ!

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