08
木村や月見里は東城や高橋と高頻度でいるようになった。そうなると必然的に近づきにくくなるので、ひとりでテスト週間を乗り切り、テスト最後まで特に虚しさを感じることもなくやり過ごした。
テストの結果も平均以上を取れたので特に母親から怒られるなんてこともなく、蜜柑のいい兄で継続していられている。
「影山さん」
高橋達が盛り上がっているのでひとり帰ろうとしたら丁度彼女が上の階から下りてきたところだった。普通に挨拶をして一緒に昇降口へと向かっていく。
「最近はどうしたのですか? ひとりでいることが多いようですけど」
「寧々子さんってよく見てますよね」
「当然です、ひで君のことも見なければいけませんから。あ、敬語でなくて大丈夫ですよ?」
「そういうわけにはいきませんよ」
仮に敬語をやめるにしてももっと親しくなってからだ。それまではこのままの形でいかせてもらう。というか対女子の場合は絶対後に悪いことになることが分かったのであまりいたくはなかった。
「あ、私はスーパーに寄っていくのでこれで失礼します」
「荷物持ちましょうか?」
「大丈夫です、気をつけてくださいね」
「そちらこそ気をつけてください」
家に帰っても蜜柑は友達と遊びに行くと言っていたしやることもない。なので意味もなく河原に行って石でも投げることにした。
「川に入ったら涼しそうだな」
もう暑くなってきたし暑がりの俺としては最適な場所かもしれない。必ず日陰になる場所もあって飲み物なども持ってきていれば最高の場所だろう。問題は座る場所も凸凹していることだろうか。
「よいしょっと……ふぅ」
石は悪くないので適当な場所に座ってこれまた適当に探してみることに。だが、やる気の問題なのか範囲の問題なのかいい石なんか見つからず恐らく30分くらいが経過。
「なにしてんだ俺……」
なにを言われても構わなかったはずなのに気づけば自分から距離を作っている。親友である高橋との時間も東城との時間も減っていて、また昔のような生活になっていた。
「なにしてんの」
「いや、本当にな――って、お前っていつも急に来るよな」
大きいくせにステルス性が高くて、でも本人が隠すつもりがないからすぐに見つかるようなそんな存在だ。
「蜜柑が遊びに行ってるから暇つぶしだ」
「ふぅん、ゲームセンターとかに行くんじゃないんだ、男の子なのに」
「金が勿体ないからな。できる限り残る物にしか使わないんだよ俺は」
寧ろこいつこそなんでここに来たんだろうか。あれだけ盛り上がってて誰かと喧嘩して鬱憤を晴らすために、なんてことはないだろうし、理由が分からない。
「なにしに来たんだ?」
「ただの暇つぶし」
「そうかい。俺はそろそろ帰るわ、ここにいても虚しさしか出てこなくてな」
「付き合ってくれるんでしょ?」
「ははは、それなら最初から言えよ。見てるだけでもいいのか?」
「うん」
自分が言ったことくらいはきっちり守る。木村みたいに拒むのではなく本人が求めてくるのなら自分の感情はどうでもいい。
「あのさー、なんで最近全然来ないのー?」
「なんでって、月見里達が嫌だろ?」
「えー?」
「月見里達が嫌だろー?」
同じ場所にいるのにどうしてこんな大声で会話をしなければならないのか。このままこの距離感での会話は面倒くさいので彼女の近くで休むことにした。
「単純に月見里達が嫌だと思ったからだよ、最後があんなんだったからな」
「んー、そういうのじゃないんだけどな……」
「じゃあどういうのだ? というか月見里が『がっかり』って言ってくれたんだぞ?」
「……細かいことはいいでしょ」
「いや、お前らのせいで初めて女子といたくないって思ったんだが……」
流石にこっちは細かいことはいいかって今回ばかりは割り切って行動することはできない。
「じゃあ言うけどさ、僕はあの流れでも普段のように行動してくれると思ったんだよ。メリットとか考えないで行動できる影山君がいいと思っていたから」
「蜜柑が喧嘩したって言った次の日だったんだよ……それになにかと木村が絡んでくるからそれならもう無理するなって言いたかったんだ。分かってる、俺が好かれないことくらいこれまで生きてきたんだから嫌というほど知っているからな。だけど悪口っぽいことを言われるのはやっぱり堪えるんだよ」
思うのは勝手、なにかしらの媒体を使って愚痴を吐くのも勝手、だけど直接は言わないでほしい。それ以上は望まない、嫌われたままでも別に構わないから。
「やっぱりマイナス思考じゃん」
「そうか?」
「相手の子が友達だと思っていなかったこと以外になにかあったんでしょ」
「ないよ。月見里こそどうしてひとりだったんだ?」
母の教えを活かして生きていたのに高橋だけしか友達がいなかった。なので周りがおかしいと言うよりも高橋がお人好しすぎるのではないかという疑問が生じてくる。
「あれ、言ってなかったけ? 人見知りだったからだよ、だから菜乃花ちゃんがいないと駄目だった。だけど小学生の時に喧嘩をしてそこからずるずると仲が悪いまま経過しちゃってさー」
「俺らが話すようになった時から普通に話してただろ?」
「あれは影山君のおかげー、えへへ」
「おい、そういうお世辞はやめろ」
俺と関わるやつは大袈裟がすぎるんだ。何故ちょっと関わっただけですぐに俺のおかげだとか言うんだよ。自分が1番他人の役に立ててないって分かっているから気持ちが悪いんだ、正直に言って。
「それはお前が頑張って木村の方に歩み寄ろうとした結果だろうが」
「あははっ、なにに怒ってるの?」
「怒ってねえよ別に……お世辞を言われるのが嫌ってだけだ」
彼女は石を探すのをやめて俺の横に座る。
「そういうのだよ」
「え?」
なにが言いたいのか分からなくて困惑していたら月見里が俺の手を掴んできた。俺より大きいくせにやはり女子の手! って感じで少しだけドキッとしてしまい、離すこともなにかを話すこともできなくて固まる羽目になった。
「あのさ、なんで合わないならそのままでいいなんて言ったの?」
「い、いや、どうせ引き止めたところで他人は他人なんだから去ろうと考えたら勝手に去るだろ? それを深追いしたら相手を不快にさせるだけだし、自分が苦しい思いをするだけだと思ったからだが……」
「はは、ちゃんと苦しいって感情はあったんだ」
「当たり前だろ、俺は弱い人間だからな。と、というか手……離せよ」
「嫌だー、だって珍しく影山君が困惑してるんだもん!」
た、質が悪いなこいつ!?
「ね、菜乃花ちゃんと仲直りしたい?」
「別にいい、木村はやっぱり駄目だ、合わない」
「じゃあ僕とは?」
「別にお前はなにかを言ってくるわけでもないからな、急に手を繋いできたりして質が悪い存在ではあるが」
彼女の握力が馬鹿みたいに強いのもあって抵抗することはもう諦めた。もうこんなことはほぼ0と言っていいほど起こり得ないことなので堪能しておく。これで女子と手を繋いだこともない哀れな男ではなくなったのだ。
「菜乃花ちゃんと仲直りして! そうしたら陽大って呼んであげる」
「はぁ? それって報酬としてどうなんだ?」
「はぁ!? 聞き捨てならないよそれはぁ!」
「なら俺は今から普通に秋って呼ぶかな」
月見里って漢字だけで見たら全然やまなしって感じがしなくて紛らわしい。おまけに俺はいい人間なんかではないので彼女が自由にやるのなら俺もやらせてもらう。蜜柑の前では絶対に見せられないことだ。
「えぇ……ちゃんと菜乃花ちゃんと仲直りしないと駄目!」
「そもそも喧嘩か? まぁお前が言うならそうするか」
「お前も禁止っ」
「うるせえなあ馬鹿秋!」
「なっ!? 馬鹿は陽大だからっ!」
馬鹿なことは分かっている。それなら馬鹿なりに言わせてもらおうじゃないか。
「ふははっ、結局俺のことを呼び捨てで呼びたかっただけだろ? な? そうなんだろ?」
「違うもん! そっちこそ私の名前を呼びたかっただけでしょ! 蜜柑ちゃんが名前で呼んでいるのを見て羨ましかったんでしょ!? はっきり言えー!」
「おいおいおい、僕から私になってんぞ!」
「元はそうだったんだもん! でも身長が大きくなったから男っぽいって言われて……別にいいでしょ馬鹿陽大!」
「はぁ……はぁ……疲れた、ちょっと休憩」
「はぁ……そう、だね……」
なにをやっているんだろうか俺らは。結局、お互いがそうしたかっただけなんじゃないかって思えてくる。でも素直になれなくてきっかけがほしかったみたいなそんな感じだ。
「秋」
「ん……」
「身長が大きいからっていちいち気にしなくていいんだよ、普通に顔は女らしいんだから堂々としてればいいんだ」
「女らしいって……どういう風に?」
こちらを伺うような形で見てくる彼女。ここは男らしくはっきり思っていることを口にするべきだろう。
「最初に響も言ってたけどさ、普通に綺麗だと思うぜ。笑った顔は可愛いし、こんなやつが俺の友達でいてくれているのかって嬉しくなるしな」
「誰にでも言ってるんでしょ」
「あのなあ、こういうことは気軽に言わないぞ」
そこまでチャラ属性ではない。それは俺と関わっていれば分かるはずなんだがな、男=で考えているのだとしたら偏見は良くないぞ。
「とにかく菜乃花ちゃんとは仲直りして、分かった?」
「分かったよ、元は秋が友達認定して始まった仲だしな、秋がそうしろって言うのなら従う」
「あとさ……」
「ん?」
彼女は少しだけ逡巡するような様子を見せた。しかし意を決したようにこちらを見て言う。
「今週の土曜日、ちょっと距離が離れてるところの川に行かない!?」
「落ち着け、それはふたりきりか?」
「陽大が連れて行きたいなら菜乃花ちゃんたちもいてくれていいけど」
「いや、秋が決めろ」
一瞬決めかけたが決定権はやはり彼女にある。だったら彼女の意思を尊重するだけだ。
「みんなでわいわいもいいんだけど……」
「あいよ、それじゃあ今週の土曜日な。それまでに木村と仲直りしておく」
「うん」
秋を送ってから家に帰る。
蜜柑だって頑張った結果友達と和解できたんだ、ここは兄として頑張ろうじゃないか。
「それで、話したいことってなに?」
「本当にあいつが言うように口先ばかりだった。悪かった」
せっかくチャンスをもらったので堂々と真っ直ぐに。
頭を上げると木村はこちらをじっと見たままなにも言わずにいたのだが、
「はは、どうせ秋に言われたからでしょ?」
「そう……だな」
向こうも真っ直ぐに動機を見破ってきた。
「やっぱ凄えな、本を読んでるからそういうのが分かるのか?」
「ううん、だって秋が直接言ってきたから」
「そうか」
自分が喧嘩して長期間一緒にいられなかったからこそ、他人や俺にもそうならないようにって行動してくれているのだろうか。
「今週の土曜日、秋と出かけるんでしょ?」
「そうだな、なんか遠くの川に行くらしいぞ」
「本当は私も行きたいけど駄目だよね、だから楽しんできてね」
「言ってやろうか?」
「そんなことしたらまた嘘つきになっちゃうよ」
そうか、今回のは秋とふたりきりで行くと言ったのだから破っては駄目だよな。それなら次の機会に木村も行けるよう秋に相談しようと決めた。
「……ごめん、勝手ばかり言って」
「ん? 別に行きたいってくらい言ってもいいだろ?」
んなこと言ったらこっちは調子のいいことばかり口にした形となる。
「違う……影山くんは私のためを思って行動してくれていたのに……ごめんね」
「いや、結局1度も守れなかったからな、約束は。木村の対応が正しいだろうから気にするなよ。寧ろありがとよ、それでもこうして謝罪をさせてくれてさ」
そもそも勝手に信用されてないと決めたのは俺だし、勝手に合わないなら無理するべきではないとか言って自分が傷つくのを避けようとしていた。本人の口からはっきりと信用してないわけではない、別に嫌いじゃないと聞いていたのに短絡的だったのだ。
「影山くんは秋が好きなの?」
「え? いや、そんなことはないが……」
なんでいきなりそっちへいくのかが分からない。誘ってきたことから秋が俺を嫌っていることはないだろうが……。
「『綺麗とか可愛いとかって言われた~』って秋が嬉しそうにしてたけど」
「それは事実だな、だってあいつが周りに言われたことを気にして一人称を変えてたからさ、あいつがどんなにでかくても魅力的な女子ということは変わらないだろ?」
「じゃあ特別な意味とかはないってこと? 影山くんが感じていたことを言っただけだと?」
「そうだな、直前に手を握ってきたのはまあ……でも、そういうのは一切ないぞ」
ああいう行為で男子は勘違いし、告白し、振られるんだろう。女子はもう少し自分が与える影響力ってのをよく把握しておいた方がいいと思う。そして身長が大きいからってだけで男っぽいと言ったアホ共は眼鏡でもかけた方がいい。
「とりあえず、土曜日楽しんできてね」
「ありがとな。今度は木村も行けるように言っておくから任せてくれ。あ、それはちゃんと守るから、破ったら俺になんでもできる、頼める券をやろう」
「ふふ、いいの? 本当になんでも言っちゃうよ?」
「あ、死ねとかはやめてくれよ? あと、犯罪行為とかも」
人様に迷惑をかけないことならきちんと守ろうと思う。そろそろ自分の言ったことくらい守られなければ駄目だ。
「そんなの言わないよ。楽しみだなぁ、一緒に行けるようになっても発券してくれるんだよね?」
「え……ん? なんか条件が――」
「楽しみだなぁ」
どちらにしても発券する形になってしまった。でも、こういう感じの方が接しやすいと思ってしまった俺は手遅れなのかもしれない。
「菜乃花ちゃん、早く帰ろー!」
「うん、それじゃあね陽大くん」
「お、おう……え?」
分かんねえ、木村がなにをしたいのかが全く。このタイミングで名前を呼んできた理由は? いつもは無表情の彼女がとてもいい笑顔でいる理由は?
「影山」
「お、東城」
「今日のは良かったな」
「東城っていつも見てるよな……ま、喧嘩別れじゃねえし別にいいか」
「というわけで家に飯を作りに来てくれ、俺は相談に乗ってやったからな。もう姉の菓子を沢山食べさせられるのは嫌なんだ、影山が来れば俺は被害に遭わない、くくく……」
こちらの笑みはだいぶやばいものだ。それこそ蜜柑なんかには見せたくないし、教育に悪いので見せられない。家での寧々子さんは違うみたいだし俺が言えるのは、
「大変なんだな東城も」
これ。
あんな可愛いお姉さんがお菓子を作ってくれるなんて羨ましいぞこの野郎――なんて決して言ってはいけないことだ。
「ああ……分かってくれるか!? はぁ、本当に影山がいてくれて良かったよ……」
「分かった、行くか」
「おう、行こう!」
妙にハイテンションの東城とスーパーに寄ってから家に向かい、今日はオムライスを作った。
「美味しいです、いつもありがとうございます」
「いえ、結局食材の費用は東城家の物ですから」
台所だって調理器具だって全部そう。
だからお礼を言われることではないと言い続けたのだった。