07
「――ということがあってさ、昨日は驚いたよ俺」
「へえ、蜜柑ちゃんが告白かぁ、しかもお兄ちゃんにしちゃったと」
もしかして異性の友達を作っていないのは俺のせいでは? なんてところまで考えてしまったくらいだ。あまりに悪影響があるのなら少しだけ距離感を改めることを考える。
「女の子は何歳からでも恋する乙女ってことだよ」
「そういうものか? 俺が小学3年生の頃は遊びのことしか考えてなかったし同級生も恋愛とかに興味抱いてなかったぞ?」
「え、僕のクラスメイトは恋してたよ?」
「お前は?」
「ふっ、ひとりでいた僕にそれを聞くのは違うだろう?」
小学生の頃に目立たない生活をした分、今めちゃくちゃ高身長で目立つ生活を送ることになっているのではないだろうか。
「君が僕に初めてを教えてくれてもいいんだよ?」
「お前に相応しいのは他にいるだろ、それこそ高橋とか東城なんてどうだ?」
「高橋君は可愛いし東城君は格好いいよね、そう考えると身近に魅力的な人ばかりいるなぁ」
おまけに女子は基本的に選ぶ側、月見里くらいの見た目の良さなら相手の候補のレベルだって必然的に上がる。
「月見里さん……可愛いは男に言うべきことではないと思うんだけど」
「え、だって高橋君は可愛いじゃん!」
「影山、月見里さんを説得しておくれよ……親友だろう?」
「この際潔く髪を伸ばしたらどうだ?」
「この裏切り者ぉ!」
いいじゃねえかよ、そのどちらでもない人間はなにも言われないんだぜ? こちらは顔の話を出した時絶対気まずくなるような人間だぞ。
「僕は菜乃花ちゃんでもいいけどねー!」
「…………」
そもそも見向きもしなかった。実はこのふたりってまだ喧嘩したままなのではないだろうか。
「あれ……どスルー」
「…………」
「って、本を読むのに集中しているだけじゃない?」
高橋がフォローをする。まあでも1日のほとんどを本とにらめっこして過ごす木村のことだから有りえないことではないか。
「なんだそっか! 僕のことを無視するわけないよね! 菜乃花ちゃーん!」
「――ひゃっ!? あ、秋っ、どこ触ってるの!」
「え、お胸だよーん」
「もう嫌いっ」
「えぇ……ごめんってばー」
本気で嫌な顔はしていないし嫌っているとかではないようだ。
「み、みんなでなんの話をしてたの?」
「恋の話かなー」
「聞いてよ木村さん、月見里さんが僕に可愛いって言うんだよ? 男に言うことじゃないよね?」
「え、高橋くんは普通に可愛いけど」
残念だがこれが現実。勿論、本当の女子である木村や月見里には勝てないが女装などをしたら輝くと思う。何事も挑戦してみないと分からないぞ。
「うわーん! 木村さんも裏切り者だぁ!」
「え……でも影山くんが――」
「ちょっと校内を散歩してくるわ」
別に木村のことを避けているわけではない。だが、信用できない人間といたくはないだろう、だからこう退席することにしただけ。
いちいちこんなことにならなくて済むように席替えをしてくれないだろうか。考えてみたら今のクラスになってまだ1度も席替えをしていない。今度担任に言ってみよう。
「よう、影山」
「おう」
同性から見ても格好いい奴だと思う。なにより俺のことを馬鹿にしたりしない、それは中々できることじゃないので素晴らしい存在だと考えている。
「東城は廊下によくいるけど友達がいないのか?」
「いや、昼休みは静かなところで過ごすって決めているんだ」
「ここだとあんまり静かじゃないだろ? 屋上とか行ったらどうだ?」
「姉がすぐに来るからな、待っておかないとまたあの菓子地獄……うぷっ……考えただけで胃が……」
寧々子さんとはあまり話したことがないから分からないが、家族にしか見せない一面ってのがあるんだろう。
「お疲れさん」
「それよりこの前から世話になっているな、ありがとう」
「世話になってるってなにもしてないだろ俺は」
カレーを作っただけで大袈裟な奴だ。こっちは親友以外に話せる男友達的存在ができて喜んでいるっていうのに。
「いや、姉が影山のことを話している時は俺が対象に選ばれないからな」
「いいじゃねえか姉弟仲が良くて」
「違うんだ……影山は見たことがないからそんなことを言えるんだ、姉の恐ろしさを影山は知らないから――」
「ひで君、余計なことは言わないでくださいね?」
「ぎゃ――」
あ、東城が固まってしまった。というか寧々子さんっていつの間にか現れるのが好きなんだなと変な知識を得る。
「影山さん、こんにちは」
「はい、こんにちは」
「あの、今日はあの大きい子とはいないのですか?」
大きい子? ああ、月見里のことか。
「そうですね、多分教室で盛り上がってますよ」
「眼鏡をかけた可愛い子もですか?」
「あぁ……」
それはどうだろうか。月見里の声にだって反応できないくらい集中していた木村だったし今もまた本を読んでいるような気がする。皆で集まっていても本を離さない少女だ、「そうなんですよー、あの子って意外とノリが良くて!」なんて冗談でも言えない。
「ところでなんでそれを知っているんですか?」
「細かいことは気にしなくていいです」
だけどあれだ、こうして普通に年上らしく話してくれるようになったのは地味に嬉しかった。年上にまで気を遣わせているようでは母の理想通りに育成成功したとは言えないから。
「か、影山」
「ん?」
「また家に来いよ、今度は友達としてな」
「おう、ありがとな」
って、姉を放置して教室に戻ってんじゃねえ!
「それでは俺もこれで失礼します」
「待ってください」
「はい……」
帰ろうとすると逆効果だということを最近は体験しすぎている気がする。
「これ、良かったら食べてください」
「あ、お菓子ですか? ありがとうございます」
「あ、お礼はいいですからね。それではこれで失礼します」
ちょっと行儀が悪いとは思いつつも手作りクッキーを食べさせてもらうと、
「なにこれ美味すぎだろっ!?」
正直に言って店レベルの品物で驚いた。だが、確かに甘く1度に多量は食べれないなというレベルでもあった。
それにしても俺を餌付けしてどうするんだろうか。
「廊下で大声出さない方がいいと思うけど」
「いや、寧々子さんが作ったクッキーが美味くてな」
「ふぅん」
何故ここにいるのか、どうして俺に話しかけてきたのか、そんな細かいことはどうでも良かったし、話しかけられたからといって別に無視をするなんてことはしない。白々しく驚いたりもしなかった。
「じゃ、俺は教室に戻るわ」
「待ってよ、なんで逃げるの? さっきだって同じように教室から出ていってさ」
怖いと言ったり話しかけてきたりと実に難しい存在である。一応完璧に嫌われているとかではないことは分かるが、もう少しはっきりしてほしかった。
「それはちょっと自意識過剰ってやつなんじゃないのか? 俺は元々東城と約束していたんだよ、そこに寧々子さんが現れてこれをくれたというだけだ」
「そんなことまでは別に聞いてないよ、なんで私が話しかけたのに答える前に出ていったのかってことが気になるの」
「それはお前がそう望んでいると思ったからだ」
なるほど、ここで自分が考えていることをはっきり言わないから悪いことをしているわけではないのに怖がられることになるってことか。
だったら言おう、それで受け入れられないとなったのなら今度こそ距離を作りたいと思う。
「私が?」
「そもそもお前は本を読むのが好きだよな? 仲のいい月見里の声が聞こえなくなるくらい集中していた。それに加えてお前は俺を信用できないんだろ? だったらそれを汲んでやるのも男の役目だと思ってな」
「信用できないなんて言ってないけど」
「似たようなものだろ、大体お前は否定しなかったしな――って、別にいいんだよそのことは。もうそろそろ授業も始まるし早く戻ってこいよな」
俺と違って○○だからいいかと片付けるのが苦手なのだろうか。色々なことが引っかかって気になるということなら仕方のない話ではあるが。
「影山くんっ」
「えっとさ、0か100で考えればいいんだよ、自分にとってこの関係が必要か不必要かってな」
「だから私は別に信用できないなんて言ってないし、影山くんのこと嫌いでもないけど」
「あ、そうなのか? ま、俺はお前が迷惑だって言ってこない限りは関わりを続けるぞ。全部お前次第だ、だから好きに選択しろ」
ぶっちゃけ今は自分のことはどうでもいい。1番気になっているのは蜜柑のことだ。友達と上手く付き合えていればいいが……。
――結局その後の授業中も放課後前の掃除中も気になって仕方がなかった。
蜜柑は当然ながらスマホなんて持ってないし使えもしないので途中で連絡を取ることすらかなわないのが俺のソワソワ状態に拍車をかける。
「影山くん――」
「悪いっ、蜜柑のところに行くから!」
正直に言って今他のことに気を割いている場合ではない。だから急いで教室から出ようとしたら「嘘つきっ」とその背中に言葉をぶつけられ足を止める。当然クラスメイトだってまだ全然残っているわけだから皆で彼女の方を見ることとなった。
「――っ!? ……なんでもない」
彼女がそう言ったことによって皆の意識が普通に戻る。
しかしなんだろうな、今日はやめに絡んでくる。普段は本ばかり読んでいて一緒に帰ろうと言ったところで相手にもされないというのに。
「影山君、蜜柑ちゃんのことが気になるのは分かるけど席に座りなさい」
「え、いや……」
「いいから」
「おう……」
これ以上残ったって有益な時間を過ごせるってわけでもねえのに。
「さて、どうして菜乃花ちゃんはこの子に『嘘つきっ』って言ったのかな?」
「……だって他のことばかり優先するから」
あぁ、なるほどな、確かに俺は1度も木村のことを優先してないな。
だけどそれは彼女のためでもあるんだ、今のこの距離感が最適だと思っているから。
「有罪、影山君は犯罪者、嘘つきですね」
「1発レッドかい……」
「だって口先だけでしかないんだもん、そりゃ菜乃花ちゃんが信用できなくても無理はないよ。ちなみになにか言いたいことはある?」
「木村が信用できないなら信用できないままでいい」
努力して無理やり信用なんてしなくていい。そういう権利が木村にはあるのだから行使すればいいのだ。
「うっわ最低……普通『なら信用してもらえるように頑張るよ』とか言うでしょうよー」
「そうか? 無理な相手に無理に合わせるのなんて無駄だろ?」
というかなんの時間だこれは。
「高橋ー」
「うん?」
「代わりに蜜柑のところに行ってきてくれないか?」
困った時は親友頼み。高橋も嫌そうな顔を一切せず「いいよ別に、たまには可愛い蜜柑ちゃんと話したいからね」と受け入れてくれた。俺の周りにはいい人間しかいないようだ。
「ありがとな、今度礼をするから」
「別にいいよ、それじゃあねみんな」
「じゃあねー」
「ばいばい」
つか俺も帰れば良かった。木村といると毎回同じ話にしかならない、もうこの時点で合わないんだと決まったようなものなのに木村はどうしてまだ関わり続けようとするんだろうか。
「もういいか?」
「駄目です、椅子の上に正座!」
「残ってなにになるんだ? 木村や月見里にとって有益な時間になると言うのならいくらでも残ってやるが」
「あーもう、なんでこういう時はいつもみたいにできないんだか……」
月見里は呆れた表情で俺を見るが、自分は自分らしく発言し行動しているとしか思えないので変えるつもりは一切なかった。
「で、木村の用事ってなんだ?」
「いい」
「もういいのか?」
「だってどうせ聞いてくれないし」
「そうか、木村がいいなら別にそれでいいんじゃないのか?」
「こらっ、なんで今日はそんな感じなの影山君は!」
こいつはなにを言っているんだろう。木村がいいって言ってるんだから俺もそうかと返しているだけだぞ。
「これは信用されなくて当然かなぁ」
「帰ろ秋、この人の言うように残っていても意味はないよ」
「そうだね、なんかがっかり」
おぅ、そういう月見里はきっぱり言うんだな。木村もこれくらいきっぱりと言ってくれりゃ分かりやすいんだが。
「じゃあな」
という挨拶にも答えてはくれず、ふたりはふたりだけで出ていった。
「影山」
「お、東城か、どうした?」
「影山はいっつもそういう生き方をしてきたのか?」
「そうだな、相手が望むなら仕方ないって片付けて生きてきたぞ?」
自分を拒んでいる相手に好き好んで近づこうとする人間なんていない。何度も言うが合わなかったんだなって片付けて気持ち良く生活してきた。悪く言われたって言い返すこともしない、疲れるだけだし確実に相手を不快にさせるから。
「変えた方がいいんじゃないのか? そんなことを繰り返していたら友達がいなくなるぞ」
「そしたらそれまでだろ」
結局高校を卒業すれば離れ離れになって関係の自然消滅だ。相手は嫌な奴を思い出さなくて済むし、メリットしかないと思うが。
「い、いいのか?」
「おう、相手が嫌がることをしたりはしねえよ。相手が友達をやめたいって言うなら認めるしかねえだろ?」
驚く理由が分からない。
「これまでで心から大切だと思った人は?」
「蜜柑とか両親だな」
「そのみかんって子は?」
「妹だ」
例え身内だとしても俺の近くにいてくれる人は貴重だ。家族だからって当然のように仲がいいというわけではないのだから大切だと思ってるし、これからも大切にしていきたい。
「はははっ、身内はカウントなしだ」
「じゃあ高橋だな」
「ならその高橋と接するみたいに他の友達とも接してみろよ」
「え、同じように接しているつもりだったんだが……」
相手が○○だから気に入られるよう態度を変えようなんて考えたことはない。誰が相手でも俺は俺らしく接しているつもりだ。
「ま、ありがとよ、東城は寧々子さんにたまににしてくれって自分で言わないとな。あれはめちゃくちゃ美味しいけど高頻度で食べるとちょっとな」
「姉さんから貰ったのか?」
「東城が逃げた後にな」
「はっはっは! はぁ……影山がいてくれて本当に良かったよ……」
こいつもいちいち大袈裟な奴だな。俺がしたことなんてただカレーを作って寧々子さんと話をしただけだというのに。がっかりなんて言われる奴なんだぜ俺は。
「それこそ東城こそ変な遠慮しなくていいんだよ。しっかり言わないと分からないだろ、例え実の姉でもさ」
「いつの間にか結局俺が相談に乗ってもらってしまっているな」
「気にしなくていい、だけど離れたかったら遠慮なく離れろよ。それじゃあな」
「ふっ、影山はあのふたりと仲直りしろよ」
「そもそも喧嘩ですらねえよー」
高橋と蜜柑のところに行こう。きっとあの可愛い妹は俺のことを待ってくれているはずだから。
「あれ、兄ちゃんなんで来たの?」
「そうだよ影山、僕だけで十分だったのに」
「ガーン……そうだな、もう兄ちゃんは必要ないんだな蜜柑……高橋響、後は頼んだ……ぞ」
連絡してみたら近くの公園にいるとのことだったので行ってみた結果がこれである。
「嘘だから! ねえ蜜柑ちゃん」
「うんっ、だって兄ちゃんすきだもん!」
「いいなぁ、こんなに可愛い妹がいて」
「きょう兄ちゃんもすきだよ!」
なるほど、蜜柑は誰にでも言うんだなぁ、分かっていたがなんとも悲しい。
そりゃそうだ、俺が蜜柑くらいの時も高校生は大人に見えたしな、無理もないか。
「うっ、影山、蜜柑ちゃんを連れて行ってもいい?」
「なんか高橋が言うと犯罪臭がやばいな」
「冗談だよ、蜜柑ちゃんは1番影山が好きだもんね?」
「うん!」
あぁ、癒やされるなこれは。
ズタボロに言われたことを地味に気にしていたので大変助かったのだった。