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06

「か、影山ぁ……」

「ど、どうした東城、今日も暗いな」


 教室に訪れたかと思えば陰気な雰囲気。が、クラスの女子はざわざわとしていた。見た目がいいのはいいのか悪いのか分からなくなってくる。


「あ、姉が影山を連れてこいって何度も何度も――う゛っ……」

「あのさ、寧々子さんって怖いのか?」

「ち、違う……俺が言うこと聞かないと自分が作った美味くて甘い菓子を沢山食べさせてくるんだ……」


 なんとも可愛らしい姉弟だ。とはいえ、自分が進んで食べるのと食べさせられるのは全く違うか。


「でもなあ、俺は特にしてないだろ? 東城に礼をしてやってくれって言っておいてくれ」

「駄目だ、なにを言っても納得しない。それどころか食べさせてくるくらいだ」


 特に予定があるとかってわけでもないが他人の家に入るって結構緊張するんだよなあ、おまけに寧々子さんは小さいし俯くことも多いことから苛めているような気分になる。


「あ、学校で、でもいいのか?」

「おう、大丈夫だ。というか廊下にいるからな」

「寧々子さんってそういうスタイル好きだよな」


 東城と廊下に出てみると教室の壁に張り付くようにして彼女はいた。こちらを見るなりぱぁっと顔を輝かせたが、いつものようにすぐに顔を俯かせモジモジとしはじめる。


「あ、寧々子さんって名前で呼んじゃってすみません」

「だ、大丈夫です。ところで、どうしてメッセージを送ってきてくれないのですか?」

「あぁ……直接話す方が好きなんですよ」


 やり取りをはじめると何回もスマホをタップする羽目になるし結構疲れるからあまり好きではなかった。木村はともかく月見里は沢山送ってくるのでその度に電話で良くね? と思ってしまうのが常となっている。


「それに俺は別に感謝されるようなことはしていませんから」

「いえ、そんなことはありません。あなたは私たちのために美味しいカレーを作ってくれました、してくれたことに対するお返しをしたいと思うのはおかしいことですか?」

「おかしくはないです。ですが少なくとも俺にはしなくていいです、見返りが欲しくてやっているわけではないですから」


 母さんは全く知らない人にも優しくできる。傍から見ている奴は偽善とかお節介とかって言う奴もいるだろう、でも俺はそんな母を尊敬していた。もっと小さい頃はただただ厳しい母親だとしか思えなかったが、格好いい過ごし方をしていたってそこそこ大きくなってから気づけたんだ。


「弟さんに優しくしてあげてください」

「あ……はい」


 頭を下げてから教室に戻り席に座る。


「ふぅ……」


 それでも対年上というのはどうにも疲れる。ただただ未熟者だというだけなんだろうが……。


「お疲れ様」

「ありがとな。木村は本を読んでいたから全く気づいてないと思っていたが」

「横で話してたら読書中でも気づけるよ。それにカモフラージュみたいな側面もあるんだし」

「あたかも聞いてないように見せかけて実は聞いているみたいな?」


 俺が眠たくないのに突っ伏している時も似たようなものだ。寧ろ目の前の茶色しか見えない分、その他の感覚が鋭敏になる。


「うん、だから気をつけた方がいいよ。私の悪口を言う時は他のところで言った方がいいよ」

「悪口なんか言わねえよ、お前には優しくされてばっかりだし」

「…………」


 難しい顔で黙る木村。俺にその気がなくてもこの前言ったことにこれが当てはまるんだろう。ま、信用できないならしなければいい、そこから先は彼女の自由だ。そしてその自由を奪っていない限り非難される謂れもない、と。


「なに読んでたんだ?」

「『隣の席の男の子がよく分からない』」

「え、俺ってそんな分かりづらい人間か?」

「本のタイトル」

「えっ、木村ってラノベも読むのか」


 見せてくれたページには文字がびっしり。そんなタイトルの本があるのかという驚きと、いつもはもっと小難しそうな本を読んでいる木村が? というダブル

の感情が俺を襲う――は大袈裟だが、とにかく意外なことには変わらない。


「俺は自分らしく生きているつもりなんだけどな」

「下心とかないの?」

「んー、特にねえな」

「胸、見たいとかって思ってない?」

「思わねえな、最近はそもそも見てねえし。身近な人間で妄想したりもしない」


 なるほど、関わり始めであんなことしていたから信用できないということなのか。


「でも、関わる人は女の子ばかりだよね?」

「高橋も東城も男だし、寧々子さんはたまたまだぞ?」

「本当は東城くんにお姉さんがいるから優しくしたんじゃないの?」

「おいおい、どれだけ俺を欲望まみれの人間にしたいんだよ……まあ別にいいけどさ」


 友達が沢山いてほしかったし、彼女がいてほしかったし、勉強では100点を取りたかったし、お小遣いがもっと欲しかった。そういう欲深い時期と無欲の時期を繰り返して今まで生きてきた。

 今はたまたま今が無欲の時期だというだけだ。木村の言っていることは間違いとは言えないし言うつもりはない。


「木村が俺を信用できないのは分かった。だけどこれが俺の理想とする生き方なんだよ、そこを否定されたら複雑だからそれこそ俺のいないところで言ってくれ頼むから。違う場所でならいくらでも好きに言えばいいんだからさ」


 母の教えと他人を不快な気分にさせるべきではないと俺は動いている。それはこれからも同じこと、そりゃ感情があるのだから合う合わないは当然ある。その場合、木村にとって俺は合わない存在だったと切り捨てればいいんだ。

 彼女はこちらから視線を移動させ紙面に向けはじめた。ただ読書がしたかったのか、こちらを切ったのかは分からないが、それでいいと内心で呟いて俺も正面に視線を向けたのだった。




「あぁ……」


 本を読むのをやめて窓の外に視線を向ける。

 視界いっぱいに広がるオレンジ色、また今日も遅くまで学校に残ってしまったということを明白に伝えてくれていた。

 本を片付けて図書室をあとにし静かで薄暗い廊下を歩いて。


「やっほー」

「まだ残ってたの?」


 思いがけない遭遇に少しだけ驚きつつも一緒に歩いて昇降口へ向かう。

 そこから先も同じこと、靴を履き替えただ家へと向かって歩くだけ。


「んー」

「どうしたの?」

「なんで菜乃花ちゃんってそうなのかなって」


 言われた意味が分からなくて即答できなかった。本を読んで遅くまで残ってしまう癖のことなら自分でも悩んでいるところではあるが。


「あのさ、別に優しいなら気にしなくてもよくないかな、ってこと」


 言われた瞬間に影山くんのことだとすぐに分かった。


「別に嫌いってわけじゃないよ」

「そりゃそうだろうね、なんたって菜乃花ちゃんは嫌いなら完全に無視するタイプだし」


 彼女は自分の短い髪に触れつつ「僕もされてたし」と呟いた。その瞬間に影山くんの気持ちがよく分かった。思っててもいいけど直接は言わないでほしいということが。ただただ反応に困るんだということが。


「なにを気にしてるの?」

「人間は誰だって欲があるものでしょ? なのに全然影山くんは求めようとしてこない。それどころか、もう終わった話を出してきてまだ返せてないからって言う……今まで関わった男の子と違くて困惑しているというだけ」

「でも、こんな本だって読んじゃってさ」

「あ、いつの間に……」


 読んでみたら女の子には共感できたけどますます謎が深まるばかりだった。それでもこういうコミカルな内容の物も悪くないと思えたので無駄ではなかったのは嬉しい。


「この主人公ってギャップがあるよね。普段は欲望丸出しで女の子にドン引きされてるけど、要所で格好いいところを見せてドキドキさせちゃう、みたいな」

「え、読んだことがあるの?」

「うん、菜乃花ちゃんがトイレに行っている間にさささっとね」

「秋だったの……」


 栞がもう読んだ場所に挟んであって困惑していたのだ。まあそれ以外の人が自分の所有物に触れていることよりかはマシだけど。


「残念ながら創作物を読んでも参考にはならないかな。影山君の素はあんな感じだし」

「だけど胸が好きだって言ってたよ?」

「そりゃ好きな子は多いんじゃない?」


 それを女の子に言っちゃう辺りがちょっとどころかかなりマイナスだ。


「僕は別にいいけどね、むっつりよりはよっぽどマシ。それに人のために動けるのは格好いいもん」

「だからそれが謎なんだって、普通初対面の男の子の家にご飯を作りに行く?」

「んー、あんまりないかもしれないけど放っておけなかったってことでしょ?」


 駄目だ、そもそもの捉え方が違う以上、秋とこの話を続けても無駄にしかならない。


「もうこの話は終わり、秋は影山くんと仲良くすればいいじゃん」

「言われなくてもそうするよー」


 対男の子関係で大した問題が起きたことないからそんなことを言えるんだ。

 彼が自分の生き方を貫くように私も同じように己の生き方を貫いて生きる。

 ――なのに私が話しかける理由ってなんだろう。




「兄ちゃん……」

「ん? 珍しく元気がないな」


 いつもなら突撃してくるくらいなのに、今日は大好きなぬいぐるみを片手で持ったままのそのそと近づいてきた。


「友だちとケンカしちゃった……」

「そうか……理由はなんなんだ?」

「最近はオニごっこをしてたんだけど、わたしがオニの時はつまらないってい言われた……」

「つまらない?」


 友達と言えるのは高橋しかいなかったし鬼ごっこすらほとんどしたことのない俺にはよく分からなかった。鬼なのに追わず他のことに意識を向けてしまう、とかだろうか?


「足が速いからだって」

「それはいいことじゃないか」

「でも、すぐつかまっちゃうからって……」

「あれか、逃げる方になったら今度は捕まえられないからってなるんだろ?」

「ん……」


 難しいな、手加減をしたらしたで文句を言われるだろうしな。俺だったら間違いなくもう少し同じくらいの人間と付き合うが、小学3年生にそれを求めるのは酷というものだろう。


「足の速さが関係しない遊びにしたらどうだ? ドッジボールとか隠れんぼとかそっち系でさ」

「いまはオニごっこだもん……なかま外れにされたらどうしよぉ……」

「泣くなよ蜜柑、ほら」

「ん……兄ちゃんに頭をなでられるのすきぃ……」


 そのまま蜜柑はこちらに抱きついてきたがやめさせはしなかった。俺も小さい頃は他の友達と上手くいかなくて母に抱きついて泣いていたからよく分かる。


「大丈夫だ。前に月見里が言ってただろ? 笑顔でいれば問題ないって」

「だけど『みかんちゃんとしたくない!』とか言われるんだよぉ?」


 子ども特有のストレートさ、良くも悪くも遠慮がないからな。


「それなら一緒にやるのやめるか?」

「えぇ……きらわれちゃうよ」

「でも、変に手を抜くとそれはそれで嫌がられるものだからな」

「……秋ちゃんとやくそくしたしがんばってみる」


 俺ら兄妹にとって月見里の存在は本当に大きい。なのにどうしてひとりだったんだろうかと気になるところではあるが、詳しく言わないということはまだ信用されていないということなんだろうから聞くつもりはなかった。


「おう。困ったらいつでも俺を頼っていいからな、甘えてきてもいいぞ?」

「……兄ちゃんをさわってると落ち着く」

「そうか、俺にも癒やしパワーがあったんだな」


 蜜柑の柔らかい頬を優しく引っ張って無理やり笑わせる。


「俺は蜜柑の笑顔に癒やされてるから笑ってくれ」

「ふぁにゃしぃてぇ」

「あいよ。ほら、いー! だぞ」

「あははっ、兄ちゃんはあんまり上手にわらえてないよー!」

「いいんだよ、蜜柑が笑えているならそれでいい」


 家族にとっての癒やしだ。みんなを癒やすことはとてつもなく難しいのにそれを無意識でやってのける、中々できることじゃない。


「……すき」

「俺も蜜柑のこと好きだぞ」

「そういう意味……じゃない」


 おいおい、まだそういうのは早いだろ蜜柑よ。もしかして俺らの時代が遅れているだけで今の小学生はそういうものなのか?


「気持ちだけはありがたく受け取っておこう」

「……ばか」

「そうかもな、こんなに魅力的な女の子からの告白を断るのは馬鹿かもな」

「あほー!」

「ははは、その調子で頑張れよ。大丈夫だ、俺と蜜柑は違うんだから。蜜柑は上手くやれる、誰とでも仲良くなれる! だけど悪い子とは関わっちゃ駄目だからな?」


 悪そうな奴と付き合うことだけは避けてほしい。友達になることも彼女になることもそう。父親よりも蜜柑と関わる時間が多い分、俺が父になった気分でしっかり把握しておかないといけないのは確実だ。


「ん……とにかくがんばる」

「おう、応援してる」


 こっちは残念ながら関わる異性の誰からも信用されてねえけどな。

 本当に高橋がいてくれて良かったのでありがとうメッセージを連投してたら『気持ち悪いからやめて』というメッセージが送られてきたのだった。


「ふっ、照れてるな」

「ん?」

「いや、高橋がさ」

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