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05

 あんな会話をした俺達だったが関わらなくなるということはなかった。


「高橋くんは髪を伸ばしたりしないの?」

「し、しないよ、僕は男なんだよ?」

「ふふ、似合うと思うけどね」

「えぇ……」


 と、言うよりも、月見里も木村も高橋と仲良くなったと言うのが正しいかもしれない。そのおかげでなんとか関係が続いている、あくまで俺がおまけみたいな立ち位置なのは変わっていなかった。


「木村さんは月見里さんと仲いいよね最近は」

「うん、秋さんが優しいだけだけど」

「いや、木村さんも優しいからだよ」

「ありがとう」

「い、いや……」


 自分で言っておいて照れるな親友。ま、明らかに悪い人間と分かっていて付き合う人間なんていないし、高橋の言ったことは気に入っている理由のひとつではあると思う。


「ふふ、なんで高橋くんが照れてるの?」

「いや……だって女の子にこんなこと言うの痛いかなって」

「そんなことないよ、そう言ってくれて嬉しかったし」

「……そっか、ありがとう」


 だがな高橋、みんなとの時間を大切にしたいのは分かるが、女子全員にそんなことを言っていたら勘違いされるし後々に面倒が起こるぞ。最悪、痴情のもつれで刺されるかもしれないから気をつけろ。

 そこでスマホをいじるのをやめ教室を出る。まだ15分くらいあるので適当に歩くつもりだった。というか、高橋がこちらに話しかけてくる、なんて展開を避けたかったのだ。

 喧嘩しているわけではないしふたりとは普通に話せる。が、最近改めて分かったことではあるが気を遣われるのは複雑だ。


「はぁ……」


 教室から少し歩いたところで大きな溜め息をついてる男子に出くわした。勿論名前なんて知っているわけもなくスルーしようとした俺だったが、もう1度大きい溜め息をつかれ俺にも伝染、頭をボリボリと掻きながら話しかける。


「なあ、どうしたんだ?」

「え? あぁ……悪かった、大きかったよな」

「いや……俺でよければ話聞くけど」

「大した話じゃないんだ、今日の夕飯なにを作ればいいんだろうと迷っていただけで」


 ほ、本当に大した話じゃねえ……。


「今日は姉とふたりきりでな、飯なんかまるで作ったことないのに姉が頼む、なんて呑気に言ってきたんだよ」

「なるほどな、確かにいきなり任されても困惑するよな」

「ああ……」


 蜜柑に美味しい飯を作ってやれと言われたら俺でも悩む。油が多いのは食べさせたくない、でも育ち盛りだから腹いっぱい食わせてやりたい、そんな絶妙なラインを選び抜くっていうのは存外大変なんだ。


「カレーなんかどうだ? 市販のルー、じゃがいも、人参、玉ねぎ、肉を買ってくれば美味い飯が食えるぞ」

「カレーも作ったことがないんだ……小学生の時の自然教室は風邪で休んだ」

「カレーで姉ちゃんも納得するってことなら俺が作ってやろうか?」


 他人の家で作るのは緊張するが困っているのに放っておけない。


「いいのかっ? いい人なんだな……」

「ま、まあ、市販のルー使うしあんまり偉そうにもできないけどさ。大丈夫、作ったらとっとと帰るから迷惑もかけない」

「いや、十分ありがたいよっ。あ、俺の名前は東城英明とうじょうひであきだ、よろしくな」

「俺の名前は影山陽大だ、よろしく」

「あ。ID交換しないか? それと放課後は校門のところで待っていてほしい」

「了解」


 交換し東城と別れる。

 が、また少し戻った辺りでしたり顔の月見里と遭遇した。


「どうした? イケメンでも見つけたか?」

「うん、同じような感じ」

「そうか、良かったな」


 さっきの東城も格好良かったしな、というか身内にどんな飯を作ったらいいかで悩む奴とか絶対いい奴だろ。


「ところで、さっきの男の子のお家に行くの?」

「ああ、そういうことになった」

「へえ、それはどうして?」

「困っているような感じだったからだな。月見里だって同じような状況になったら絶対似た行動を取るだろ」


 木村がどうかは知らないが俺は月見里を信用している。そして彼女と同じくらい人に優しくいられるようにって真似して動いているのだ。それは母さんに言われたことでもあるし、なにより蜜柑にとっていいお手本になりたい――だから月見里と関われるのは凄くありたいことだった。


「それはどうかなぁ、僕は別にいい人ってわけじゃないし」

「いや、十分いいやつだよ。ま、俺は教室に戻るからお前も早く戻ってこいよ」

「はーい」


 放課後になったらスーパーで買い物だな。

 

「あの、影山くん」


 そんなことを考えつつ席に座ったら珍しく木村の方から話しかけてきた。


「ん?」

「今日の放課後って、暇?」

「あー……悪い、用事があるんだ」

「そ、そっか」


 なんともタイミングが悪いっ。でも、木村だって俺に優しくしてくれた、そのため必ず返していくつもりだ。


「あ、19時以降だったら空いてるぞ」

「い、いや、忙しいなら別にいいよ」

「いや、木村さえ良ければ何時でも行くぞ」


 この機会を逃したら彼女が言ってこなくなる気がする。とはいえ、東城との約束を反故するつもりはない。サクッと彼の姉さんが満足するようなカレーを作って彼女のところに向かおう。




「ほい、できたぞ。ちょっと味見してみるか?」

「あ、ああ、……うん、普通に美味いな、ありがとう」

「いや、それじゃあ俺はこれで」

「あ、ちょっと待ってくれ!」


 木村との約束があるから足早に帰ろうとした俺を東城が止める。


「あ……姉さんが会いたいって」

「俺とか? いや、ただのカレー作り人間だって紹介しておいてくれ」

「いや、そこにいるんだ」


 不思議に思ってリビングを見てみても誰もいない。もしかしてエア姉貴かと怖がっていたら机の下から小さい女の人が出てきた。


寧々子(ねねこ)って名前なんだ」

「初めまして、影山陽大です。勝手に台所を使わせてもらってすみません、これで失礼しますので安心してください」


 見ただけで分かった、この人は恐らく木村よりも人見知りだということを。


「影山、今日はありがとな」

「おう、困ったらまた言えよ、それじゃあな」


 と、出ていこうとした俺を今度は姉ちゃんが止めてくる。


「お、お礼、したいです」

「いや、別に食材の費用だって東城家の物ですから」

「そ、それじゃあIDを交換しませんか? なにかしてほしいことがあったら連絡をください」

「あ、まああなたがいいなら……」


 最近はよく異性のIDを獲得できるなと考えつつ交換して今度こそ東城家をあとにした。


「はぁ……はぁ……悪い、待たせた」


 集合場所に指定されたのはまたあの近くの河原。


「そんなに急いで来なくても大丈夫だったよ?」

「そういうわけにもいかねえだろ、木村とのことも約束事なんだから」

「ふふ、あ、そういえば用事ってなに?」

「東城の家でカレー作ってた」

「とうじょう……あ、東条英明くん?」


 頷いてから彼女の横に座る。

 砂利で凸凹しているが走ってきていたのもあって少し楽になった。


「ちょっと意外かも、高橋くんしか男の子の友達いないかと思ってた」

「今日の昼に出会ったんだ、困っているようだったからカレー作った」


 東城の姉ちゃんが作れって頼むようには見えないが。知らない人間が帰った瞬間に素を出す人とか? だったらお礼をしたいなんて言わないよな、とひとりで自問自答をする。


「それで木村の用事って?」

「秋さんのために可愛い石を探したいんだ、ひとりだと不審者に思われるから手伝ってほしくて」

「別にいいが高橋じゃ駄目だったのか?」

「秋さんと行動中なんだ」

「へえ、あいつもやるな」


 さて、そうと決まればとっとと探すとしよう。あまり時間的猶予がない、暗くなったら木村が危ないしさっさと見つけないと。


「あのね、それでもうそれっぽいのは見つけたんだ」

「そうなのか……悪かったな、返すとか言ってたのに他のを優先して」

「ううん、だってただぼうっと待ってたらそれこそ時間がもったいないからさ、ちょっと探してたんだよね。それでこれ、どうかな?」

「うーん、この前月見里が見せてくれたまん丸の石よりかは劣るな」

「だけどちょっと可愛くない?」


 ぶっちゃけそれを笑顔で見てる木村の方が可愛かったが、じっくりその石を見てたらそのように見えてきた。プラシーボ効果も案外馬鹿にできない、おまけに木村が探して持って来てくれたということになれば月見里だって喜ぶだろう。


「俺が月見里だったら自分のために探してくれたってだけで嬉しいもんだ、木村がそれでいいってことならいいんじゃないのか?」

「んー、でもいきなり石を渡したら変なやつだって思われちゃうかも、代わりに影山くんが渡してくれない?」

「いやいや、俺が渡すよりも木村が渡す方が喜ぶって。自信を持てよ、いいことをしているんだから」

「……そっか、ならこの後帰りに渡して行こうかな」


 彼女は石の表面を撫でて微笑を浮かべる。俺とふたりきりの時は全然笑わないやつなので今日の彼女は本当に珍しい感じだ。月見里の好きな石をプレゼントするという行為がテンションを上げているのかもしれない。


「送ってやるよ」

「え、いいよ、まだ明るいし」

「別に家を知って悪用しようなんて考えてねえよ。いいから送られろ、俺はまだまだお前に返していかなければならないからな」

「それなら……」

「おう」


 河川敷から歩いて10分くらいだろうか、少しだけ大きい家の前で彼女が足を止めたため俺も止める。


「ここが秋さんの家」

「なるほど、俺の家からもそう遠くないな」

「で、斜め前が私の家」

「え、幼馴染かなにかなのか?」


 流石にそれには驚いたが、たまたまなんて可能性は低い。なにより月見里はずっと彼女のことを名前で呼んでいた。だから聞いてみたら「実はそうなんだ。だけど小学生の時に喧嘩しちゃって……」と余所通りの返答。少しだけ嬉しかったが複雑そうな顔をしていたので「ま、深く聞くつもりはねえよ。それよかインターホン鳴らすぞ」とだけ言って特に気にならなかったフリを心がける。


「はーい――あれ? どうしてふたりが一緒にいるの?」

「たまたまそこで会ってな」

「いやいや、そんなこと言って僕の家が知りたかっただけでしょ?」

「はは、そうかもな。ま、木村を送り届けるという任務は達成したし帰るわ」

「え、どうせなら上がってよ、菜乃花ちゃんもね!」


 数十秒後、俺は何故か彼女の部屋にいた。


「はいお茶」

「あ、ああ、ありがとな」


 おかしい、別に彼女達の家を知りたいわけではなかったのだ。このままだと木村に嘘を言ったことになってしまうじゃないか。


「すんすん……んー、影山君からカレーの匂いがする!」

「悪い」


 せっかくいい匂いの部屋なのに異臭を加えたら最悪だよな。やっぱり俺がここにいるべきではないと帰ろうとしたら勿論止められた、残念だ。


「菜乃花ちゃんとふたりきりで食べに行ってたな!?」

「いや、東城の家でカレーを作っただけだ」

「とうじょう……また女の子?」


 なんでだよ、月見里は普通に見てたんだろうが。


「違うよ秋さん、3組の東城英明くん」

「あぁ! お昼休みに話してた人か! というか菜乃花ちゃん、そのさん付けやめてくれないかなって、呼び捨てでいいよー」

「秋、これなんだけど……受け取ってくれる?」

「え、可愛い形! あ、もしかして探してくれたの!? ありがとっ、すっごく嬉しいよ菜乃花ちゃん!」


 めでたしめでたし、さて俺はこれでけえろう――なんで俺をこいつは引き止めてくるんだ。


「なんで逃げようとするわけ? もしかして女の子の部屋に入ったのとか初めてでドキマギしちゃうとか? にしし、影山君も可愛いところがあるんだねぇ」

「そうだな」

「うぇ!?」

「異性の部屋に入るとかもっと仲良くなってからじゃないと駄目だろ」

「全然ドキマギしてないじゃん!」


 いや、そうでもない。普通にいい匂いだったしぬいぐるみとかあって可愛らしい部屋だしで結構女子だということを意識してしまう。いつもは大きいこともあるしノリがいいやつでもあるので男友達のように扱ってしまっているからギャップというのがあるんだ。


「良かったな木村、俺の言う通りだっただろ?」

「うん、ありがと」

「いや、俺はなにも役に立てなかったからな、礼なんていちいち言わなくていいぞ」


 寧ろ他を優先して申し訳ない。今度木村が頼んできた時は1番に優先しようと俺は決めたから安心してほしかった。


「もー! なんでふたりだけで仲良くしてるのさー!」

「静かにしろ、心配しなくても木村はここにいるだろ」

「ふんっ、もう帰ってよ!」

「元からそのつもりだ、それじゃあな」

「あ……」


 帰れって言ったり意味深に声を漏らしたりよく分からないやつだ。


「どうした?」

「ID交換……」

「あれ、俺らは交換しただろ」


 それでふたつ目の異性のIDをゲットできたんだし忘れない。どんな形であれ手に入れられたのは事実。


「そうじゃなくてっ、交換したのに全然送って……こないから……」

「ああ、月見里が送ってきてくれれば返信するぞ」

「じゃあお風呂に入った後に送るからちゃんと返してよ?」

「ああ、木村も遠慮なく送れよな、いつだって駆けつけるぞ」

「う、うん」


 月見里家から出て帰路に就く。


「可愛気があるなぁ」


 男心を揺らすには必殺の口撃だ。変な気持ちを抱かないよう気を引き締めてやっていこうと決めたのだった。

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