04
「……返信、できなかった……」
明らかに木村が打ったのではないと分かったからだ。
あそこで普通に返すと恐らく木村はぺこぺこしてまた敬語に逆戻りだろう。でも、スルーするのもなんか申し訳なくてずっと悩んでいたら朝になってしまったという形になる。
蜜柑を起こし、もしゃもしゃと朝食を摂って、珍しく少しだけ気が乗らない重たい足を引きずりながらの登校となった。
「おはよ」
「お、おう」
しかも今日に限って木村が早く来るという運の無さ。
「――? どうしたの?」
「いや、昨日返信しなかったからさ」
こちらを不思議そうな顔で見てくる彼女になんとか普通に返せた。俺がどもるなんて本当に珍しいことだ、自分でも少し驚いている。
「別に気にしなくていいよ、あれ送ったのお姉ちゃんだから」
「やっぱりな」
「え?」
今度は困惑したような顔で見てきたので「いや、あのまま返信したら木村が嫌がると思ったんだと答え視線を外し正面を向く。
「やっほー」
「おう、さっきから気づいてたぞ」
流石にこれだけの巨人が側にいて気づかない人間なんていないだろう。気にしているだろうから直接は言わないが。
「話すようになってから毎回来るようになったが、俺のところに来て面白いのか?」
「やだなー、別に面白くないから行かないとかってことはしないし」
「面白くないんだな」
そりゃそうだ、一緒にいても敬語を使わせてしまうくらいの人間だからな。家でまで敬語ってわけではないだろうし、笑わせるどころか気を遣わせてしまっている、非情に残念だ。
「違うって、いちいちそんなの気にしないってこと」
「いや、別に傷つくとかってことはないぞ? 言われ慣れてるし」
「なんかプラス思考なのかマイナス思考なのか分からないなぁ……」
しっかりと自分のいい部分も悪い部分も把握できていると考えれば悪いことばかりではない。流石に俺だって己の全部が悪いなんてマイナス思考をするつもりはなかった。ただただ相手にとってはそうだろうなと考えているだけで。
「今日気になったのはさ、影山君と菜乃花ちゃんが友達なのかってことなんだけど、どうなの?」
「分からねえな、それは木村に聞いてくれ」
「どうなの?」
「私も分かりません」
しっかり言ってからではないと自信を持って友達だ、なんて言えない。そもそも俺は世話になったのでそれを返しているだけ、対等の立場じゃないからな。
「えぇ……ふたりともそんなのでいいの? え、もしかして僕のことも友達じゃないって思ってる?」
「いえ、月見里さんは友達になろうと言ってくれましたから」
「そうだな、お前と友達でいられて嫌だってことはないしお前は友達だ」
こいつが友達だと言ってくれている限りはそうでありたいと思う。でももしやめたいというのなら月見里の友達だとは言わないようにしようと決めていた。
「それは嬉しいけど、だったらふたりとも友達でいいじゃん」
「全部木村に任せる」
「私は影山くんに……」
「ああもうっ、じゃあ僕らはみんな友達ね! 分かった!?」
「木村がいいならいいぞ」
「ふたりがいいなら私も大丈夫です」
「もう!」
こいつはなにをひとりで張り切っているんだ? 俺と木村が友達でないと困る理由でもあるんだろうか。あ、高橋を狙っていて身近にいる魅力的な人間である木村の意識を逸らしておいてほしいということなら協力してやるが。
「月見里さんどうしたの? 今日は大声を出しているけど」
「あ、聞いてよ高橋君! このふたりってば友達になりなよって言ってもさぁ」
まるで普段と立場が逆になったようだ。高橋は冷静に「そうなんだ」と聞いていて、月見里の方は逆に「おかしいよね!」と勢いを抑えられずにいる。ちらと確認してみたら木村は本を読んでいるしで、マイペースな連中ばかりだった。
「しょうがないよ、だって影山は過去に――」
「余計なこと言わんでいい。ただひとり張り切って相手を友達認定していたら相手にとっては違ったというだけだ」
「って、結局自分で言ってるじゃん……」
「誰かの口からバラされるくらいなら自分で言う、そういうものだろ」
その時から恐らく人間関係に対しては慎重になったと思う。あと、友達というものに固執しなくなった。まあそれができたのは高橋のがいてくれたからではある。
「大丈夫、僕は君を友達だと思っているから」
「月見里が友達だと思ってくれているのなら友達だって考える」
「うんっ、それなら許してあげる!」
今まで許されてなかったようだ。
「というわけで、今週の土曜日――つまり明日! みんなで河原に行こう!」
「河原になんかこだわりでもあるのか?」
「丸く綺麗な石を集めるのにハマってるんだ、この前は行けなかったからさ」
「あ、悪い、月見里が蜜柑と遊んでたからさ」
「のんのんっ、謝る必要は一切ないよ! だって僕が1番はしゃいじゃってたもん……蜜柑ちゃんが可愛くて仕方がなかった、はぁはぁ……」
「その顔はやめた方がいいと思うよ月見里さん……」
読書を再開している木村も誘う。
別に迷惑そうにするでもなく寧ろ自分もいいの? という顔をしていた。
「私もいいの?」
「ははは、だって月見里が望んでるんだぞ?」
「それなら行かせてもらおうかな」
「おう、月見里よりいい石見つけ出してやろうぜ、俺とお前のタッグで!」
どうせやるなら真剣にやりたい。なんらかの目標があった方がだらだらせずに済むだろう。
「え、別にそういう競い合いとかじゃないんだけど……ま、いっか! なんらかの目標があったほうがいいもんね! じゃあこっちは高橋君と組むから! 高橋君、一緒にこのふたりを倒そう!」
「う、うん、月見里さんが1番ノリノリだけど……」
よし、いいのを見つけたら全部木村に譲渡だ。俺はまだまだ木村に返していかなければならないからな。
「祝っ、快晴!」
ひとり両手を広げてはしゃいでいる月見里を放置し俺らはちょっと距離を置いた場所にいた。理由は単純にあのうるさいのと仲間だなんて思ってほしくないからだ。
「兄ちゃん、もうはじめてもいい?」
「いいぞ」
家でそれっぽい話をしたら「石さん集めならまかせて!」と蜜柑もはしゃいだため連れてきた形となっている。
「うぅ……陽射しがきつい……」
「木村は休んでいていいぞ。俺が代わりに探してやるから」
「そ、そういうわけには……」
「いいよ、日陰で本でも読んでればいい。よっしゃ蜜柑っ、探そうぜ!」
「うんっ!」
――で、最初は嬉々として探していた俺達だったが、
「……なんかたいくつぅ……」
「分かる、モチベーションが失いつつある……」
日陰に移動し座って石を集めるのではなく適当に持っては投げるを繰り返していた。ちなみに、高橋は石集めガチ勢に巻き込まれ今も黙々と探している、偉い。
「か、代わろうか?」
「いや、月見里は楽しそうだし俺らは最初から見ているだけで良かったんだ」
「兄ちゃん、帰りにアイス買ってー」
「いいぞ、木村にも買ってやるからなにが欲しいか考えておけよ?」
「あのさ」
妹から横の彼女に視線を移動すると、いつもは読書大好き少女が珍しくこちらを向いていた。目を合わせるタイプでは全然ないのでかなり珍しく俺は少し驚く。
「なんでそこまでしてくれるの? ただ月見里さんのことを教えただけなのに」
「なんでって、別に特別なことはしてないだろ。友達なんだから友達=こういうことをするだろうなって思っているだけだが」
「正直に言って優しすぎるのも怖い」
「んー、これが俺の生き方だからな、それを怖いと言われてもどうしようもないというか。つか別にいいんだよ、俺のことを信用できないままでも。受け入れられなかったということで片付ければいい。関わるなって言うならもう2度と近寄らない。授業とかで一緒の班になったらそこは我慢してもらうしかないけどな」
結局のところは月見里がああ言ったからということでしかないんだ。月見里抜きで一緒にいられないということなら普通に距離を置くし、しつこいようなら月見里の方を説得する。そういうことをしてやらないと返せないまま関係が消滅しそうだから。
「兄ちゃんとなのかちゃん、なかが悪い?」
「いや、そもそも仲がいいとか悪いとかって領域にいないんだよ俺らは」
「ん? どういうこと?」
「えっと、クラスメイトでも関わんない子だっているだろ?」
「あー! そういうことか、友だちなのかどうかも分からないってことだよね?」
「それだな」
理解力が高くて助かる。
要は誰かしらが「その子と友達だよ」と言ってくれないと一向に進まない仲だということだ。木村の性格もあるんだろうし俺の中にも原因がある、他の――それこそ月見里や高橋とは種類が全然違う。そして、誰かがそう言ったから友達だなんて考え方をしている限り、本当の意味で友達になれることはないと思うんだ俺は。
「ちょっとそこの人っ、なに休憩してるの!」
「え、俺?」
自分を指差しているのは分かったが敢えて聞いてみた。にしてもこいつの石への拘りようはなんだろう。
「影山君しかいないでしょうが! 蜜柑ちゃんや菜乃花ちゃんはいいけど影山君はやる気なさすぎ! こっちに来てっ、早く探そうよ!」
「仲間は高橋だろ? まさか俺の親友を役に立たないとか言うつもりはないだろうな?」
あれだけ一生懸命涙を流しながら探してあげているというのに可哀想だ。まず身近な存在を褒めてあげたらいい。そこから俺を誘ってくれればいつでも乗ろうじゃないか。
「違うよっ、だって勝負形式にしたのは影山君じゃんっ、いいから早く!」
「しゃあねえ、行ってくるか。木村、アイスのこと考えておけよ」
「え……うん」
「蜜柑もだぞ?」
「わたしは心配しなくてもだいじょうぶ! だってファミリーアイス買ってもらうもん!」
「それって兄ちゃんにも分けてくれるのか?」
優しく可愛気のある蜜柑なら大丈夫だろうが一応聞いてみた。すると不安も意味なく「うんっ、みんなで分けて食べよ!」と満開の笑みと共に妹は答えてくれて一安心。頭を優しく撫でてからガチ勢の元へ。
「影山ぁ……僕にもアイス買ってぇ」
「いいぞ」
するとすぐに高橋が俺にしがみついてきた。手には未だに石を持ったままなので地味に痛い。
「まさか僕だけ仲間外れに、なんてこと考えてないよね?」
「そういう言い方をしなかったら買ってやったのに」
木村にだって買うんだ、そもそも俺は今から聞くつもりだった。なのにこんな言い方をされると買う気も失せる。
「あ、嘘っ、嘘だから! ちょっと冗談を言ってみただけだから!」
「ま、お前にも世話になったからな、しょうがないから買ってやる」
「――なのに」
「え?」
漫画の主人公みたいになにかをしていたわけでもないし、俺は確実に彼女へと意識を向けていたのに聞こえなかった。
「ううんっ、ほら、早く探そ!」
「引っ張るなって」
しかし一転、俺を引っ張る彼女の笑顔は眩しい。
「ちなみにいいのは見つけたのか?」
「うん、これ見て?」
「おぉ、これくらい綺麗なら集めたくなる気持ちは分かるかもしれない」
見せてくれたのは語彙力がないから細かく言えないが、細長くもなく四角くもなく本当にまん丸で素直にそう口から出ていた。でもこれだけ綺麗だと割ってみたくもなる、我もしないのに素手でチョップしてみたりしても面白いかもしれない。
「でしょ? だからずっと仲間がほしかったんだ」
「ま、たまになら付き合ってやるよ、俺は見てるだけでいいのならな」
「ほんと? それでもいいから付き合ってほしいな」
「いいぞ、どうせ暇だしな」
にしてもあれだな、普通女子ってショッピングとか美味しいスイーツ屋に行ったりとかそっち系なのではないだろうか。
「なんで石集めが好きなんだ?」
「んー、ずっとひとりだったんだ、小学生の頃は。だからひとりで泥団子を作ったり、運動場で金色のブロックを探したり、こうして綺麗な石を探して時間をつぶしてた。寂しかったけど、どうしたらいいのか分からなくて多分逃避できる手段を探していたんだと思う」
「なのに今は凄えな、俺相手にだってぐいぐい来てさ」
「んー、なんか影山君は怖くないっていうか」
逆だろ、俺だから普通は怖がると思うんだが。木村なんかは俺のことを怖がっているみたいだしあれが正しい反応と言える。
「だって影山君は絶対馬鹿にしないじゃん」
「それは早とちりってやつだな、俺なんか学校の中の誰よりもドライな性格だぞ。自分にとって相手が不必要だと思ったら遠慮なく切るくらいだ」
「ふふ、嘘つき」
「いや、本当だって」
彼女は撤回することもなく蜜柑達の方へと歩いていった。
「うぅ……きゅ、休日になんで石集めぇ……」
「お疲れさん、そろそろ帰るか、アイス買ってやるぞ」
「ありがとぉ、今日ほど影山が友達でいてくれて良かったと思った日はないよぉ」
前とは真逆のことを言っているがまあそう言われて嫌な気はしない。よぼよぼの高橋を連れて蜜柑達の方へ向かったのだった。