03
「お、重い……」
「貸せ、持ってやる」
なにかと俺の行く先に木村がいる気がする。
にしても重いなこれ、女子に任せる量じゃねえだろ教科担任よ。
「どこに持っていけばいいんだ?」
「えと、化学実験室」
「あいよ。お前はもう帰れ」
この後の予定は蜜柑を連れて近所の公園に行き遊ばせる、その後は蜜柑を家に送ってから何故か河川敷に来いと月見里から言われているので川に行く――ってユスリカじゃねえんだぞ俺は。
「ふぅ、これで役目終了か」
「あ、ありがと……うございました」
「って、帰れって言ったろ?」
「そういうわけには、係のお仕事ですので」
「つかさ、なんでお前敬語なんだ?」
月見里にもしていたから対俺だけというわけではないだろうが、引っかかるのは確かだった。同級生に敬語とかそんなの漫画の中の世界でしか見ないぞ。
「俺に変な遠慮はいらねーぞ? ほら、普通に喋ってみろ」
「影山くん」
「なんだ?」
「後ろに月見里さんがいる」
冗談も言うんだなと思って振り返ってみたら巨人がいた。こちらを見下ろし、なんとも曖昧な笑みを浮かべている。こいつの笑顔は純粋なのが一切ない。こちらをどこまでもからかうような感じがして微妙だな。
「僕との約束、ちゃんと守ってくれる気でいるのかな?」
「ああ、まあ妹を公園で遊ばせてからだけどな」
「え、妹さんがいるの? 見てみたいから付いていくね」
「好きにしろ。木村、それじゃあな」
「うん、ありがとう」
特に急ぐわけでもなくゆっくりと帰って蜜柑を彼女に紹介。
「うぅ、に、兄ちゃん……」
「そんなに怖がらなくても大丈夫だ、こいつはいいやつだからな」
こんな始まりだったというのに、
「秋ちゃんっ、かたぐるましてー!」
「了解っ、合体!」
「きゃーっ、たかーい!」
あっという間に彼女を信用しはしゃぐ妹の姿がそこにあった。
蜜柑が楽しそうで結構だが、なんとなく兄としては寂しい気持ちがある。いつもなら俺に「かたぐるまして?」って可愛く頼んでくれるんだ……。
「ふぅ、じゃあちょっと休憩ね」
「はーい!」
まあ、小さい子どもの相手をするのは疲れるよな。なんたって無尽蔵なスタミナがある、そのくせ疲れたらこちらに「だっこして!」とか言ってくるんだから大変なんだ。
「お前、小さい子どもの相手に慣れてるんだな」
「うん、親戚の子が小さいからね」
「将来便利だな」
「どうだかね」
珍しく困ったような表情。それから「僕と結婚してくれる人なんていないでしょ」とマイナス思考。実にこいつらしくない、身長が高いのを気にしているのだろうか。
「僕ってさ、格好いいとは言われても可愛いとか綺麗とかって言われないんだよね、格好いいって言われるだけ十分なんだろうけどさー」
「そうだな、俺はそんなこと言われたことないからな」
「いいじゃん、さっきみたいにお手伝いをしたりできるのは格好いいと思うよ」
今度は真面目な顔、見ていて飽きない。こいつが純粋に笑ったり怒ったり悲しんだりするところをチェックしているだけで時間がつぶせそうだ。
「ふーん」
「ふーんって……」
「どうせ誰にでも言ってるんだろ?」
「うわっ、面倒くさっ!」
なんでだよ……お前も同じことを言ってきただろうが。
「秋ちゃん」
「なーに?」
唐突だが蜜柑は足の上に座るのが好きだ。が、今日は靴を履いているからなのか我慢をしていた。あの鬼母の教えをきちんと活かせていて大変素晴らしい。
「兄ちゃんといつ知り合ったの?」
「えっと、昨日かな」
「なんだ、わたしに会わせたからこいびとさんかと思った」
蜜柑に会わせただけでそういうアピールになるのか。今度連れて行く時はしっかり「友達を連れて行くぞ」と言ってからにしようと決めた。
「違うぞ蜜柑、ただ友達を連れてきただけだ。そんなこと言ったら蜜柑が異性を連れてきた場合、そういう意味でってことになっちゃうぞ」
「でも、男の子のお友だちいないよ?」
「今はいなくても未来では分からないだろ?」
「む、たしかにそっか。そういう意味では秋ちゃんとのかんけいもかわっているかもしれないしね!」
「蜜柑と月見里の関係がか?」
「ううんっ、兄ちゃんと秋ちゃんのかんけいが!」
まあ俺が悪友――高橋と親友になったようにそういう変化は確実にあるだろうな。マイナス面から考えれば関係の消失さえも有りうるが。
「蜜柑ちゃん、しっかりお友達と仲良くしなくちゃね!」
「んー、だけどむずかしい……それにみんなには他のお友だちがいるし」
あぁ、ここまで俺に似なくてもいいのに……身近にいるお手本がこんなので申し訳ない。
「いい方法があるよ」
「いいほうほう?」
「えっとね、こうして笑顔を浮かべる、いー!」
いや、こいつ普通に可愛いぞ。というか高橋には綺麗だって言われていたんだから不安感を抱く必要はまるでないと思う。それに周りはストレートに口にできないだけで心の中ではそう感じているはずなんだ。
「いー!」
「そうそうっ、蜜柑ちゃんは可愛いんだから笑顔を浮かべてれば大丈夫! だけど不安そうな感じを出していたらお友達も気になっちゃうからね、気をつけないと」
「うん……がんばってみる」
「だからそれっ、ほら、いー!」
「いー! あははっ、秋ちゃんもかわいいよ!」
おぉ、この歳でもう人間を落とそうとするなんて凄いな。ま、単純に純粋にそう思っているだけなんだろうが。個人的にはいつまでもピュアなままでいてもらいたい。
「影山君、蜜柑ちゃん連れ帰ってもいい?」
「ま、泊まらせるくらいならいいんじゃねえか?」
俺はこいつを信用しているし蜜柑だって「秋ちゃん!」って一緒にいる時楽しそうにしている。基本的には「兄ちゃん……」って不安がる感じなので相当なことなんだ。つまり相性がいい、だから預けてもいい。
「えっ、意外な反応……『駄目に決まってんだろ』って言うかと思った」
「蜜柑、月見里の家に行きたいか?」
「んー……いいかな、兄ちゃんといたい!」
「「うっ……い、いい子……」」
もっと自信を持って行動すれば友達なんてこれからいくらでも沢山できるだろう。現状を見て不安になる気持ちは大変よく分かるが、慌てるにはまだ早い。なんたって小学3年生だ、無邪気にいけばそれで十分、小難しく考えたりすることは必要ない。
「さてと、僕はそろそろ帰ろうかな」
「送ってやろうか?」
蜜柑だって家に泊まるつもりはないだけで月見里といられたら嬉しいはずだ。
が、彼女の返事は「いいよ、蜜柑ちゃんといてあげて」というものだった。
「そうか。ありがとな、蜜柑も楽しそうだったし」
「影山君ってすぐにお礼を言うよね。ま、悪い気はしないけどっ! じゃあね!」
「気をつけろよ」
「ばいばーい!」
「ばいばい蜜柑ちゃん!」
もうここに残っても仕方ないし手を離しているとどこかに行くということはしないが落ち着かないので蜜柑の手をしっかりと握っておく。
「帰るか」
「うん!」
いいな、この笑顔。単純に月見里がいい人だからというのもあるが、初対面の者同士でも楽しくやれるきっかけとなっている。
「蜜柑、月見里が言うように蜜柑の笑顔は大変いいものだ。だからありのままの蜜柑でいけばいい、分かったな?」
「うん。兄ちゃんに言われるとなんかうぉぉ! ってなるよ」
「そうか。応援してるぞ」
「まかせて!」
ありのままでいけばいいというのは自分にも当てはまることだ。人に言うからには自分も守れなければならない。基本というのを大切にしてやっていこう。
「菜乃花、そんなところで寝てると風邪引くよー?」
「んー……」
抱いていたクッションを離して体を起こす。
今日は頑張って本を読みすぎてしまった。そのせいでかなり目が疲れたので転んで休んでいた形となっている。
「そういえば今日は帰りが早かったね」
「うん、たまには図書室に寄らず帰ろうかと思って」
本当は放課後になるまでたくさん読んでいたのと影山くんに帰れと言われたからだけどそれは言わなかった。だってここで言ったら絶対に揶揄されるから。
「ふーん、そろそろ特別な男の子でもできたのかと思った」
「そんなわけないよ」
「だねっ」
「確かにって……そんな縁がないみたいな」
「いや、いまそれっぽいことを言ったの菜乃花でしょ?」
そうは言っても中々に複雑だ。自分だって一応女、友達はもう彼氏を作って楽しそうに自慢をしてくるわけだし、結構気になっているというか焦っているところではある。けれど焦ったからって急激に変化するわけじゃない、だからそこには直視せず本を読み続けているのが現状で。
「お姉ちゃんはちょっと心配だな、菜乃花って本ばっかりしか読んでないから」
「その本だってそこまで詳しく語れるほどでもないんだけど」
「それっ、だから心配なんだよ。お姉ちゃんなんてもうお付き合いをはじめてから4年目だよ?」
「人を好きになるってどんな感じ?」
「そうだね――」
聞いておいてなんだけど聞いた私が馬鹿だった。散々惚気られているだけだったのでお風呂に入ることに。
「ふぅ……やっぱり男の子は大きい胸が好きなのかな」
直接言うような人は影山くんくらいしかいないだろうが、根本的なところでは大は小を兼ねる的な意味で求めてそうだ。
「うーん、お姉ちゃんより大きいねぇ」
「お姉ちゃん……」
「男の子が求める理想の大きさだよ、着痩せするタイプだね菜乃花は」
でも、こんなのあっても肩がこるだけだし読書の時邪魔だし困るだけ。だから正直巨乳は敵、と言うよりも大きいのは面倒くさいと言うのがベストだった。
「クラスの男の子に貧乳だと思われてそう」
「その方がいいよ、中学生の時は酷い目に遭ったもん」
体育で走ると揺れるし見られるし揶揄されるし真面目にやっているだけなのに悪口を言われるしで大変だったのだ。
「形だって綺麗だしハリもいい、いいね!」
「妹の胸で遊ばないでよ……というか濡れちゃうよ?」
「大丈夫、これから入る予定だし」
「はぁ……私は被害に遭う感じしかしないからもう出るね」
ささっと拭いて服を着て自室へ。
本を読む気にはならなくてベッドに寝転んだ。
なにも連絡がきていないスマホをいじっていたらあっと思い出した。
「そういえばどんどん連絡してこいよって言ってたけど……」
ただ月見里さんの方を指差しただけで大袈裟なような気がする。おまけに眼鏡を探す時だってわざわざ付いてきてくれて――いや、無理やり連れて行ってくれて、お醤油とお砂糖までくれて、でもまだ本人は返せてないって思っているらしくて、持っていくのを手伝ってくれてと、大きな胸が好きにしてもそれを公言して回るのをなくせばいい人ではあった。
「こういう時どういう風にメッセージを送ればいいんだろう」
月見里さんが来る前に影山くんが送ってくれたメッセージが最後となっているけど……。
「んー? スマホを眺めてどうしたんだい?」
「お姉ちゃんは同級生の異性とID交換してる?」
もういきなり部屋に入ってきたくらいで驚いたりはしない。
「うん、5人くらいだけど」
「その人達にはどういう風にメッセージを送る?」
「おやおや? 異性のお友達でもできたの?」
友達、と言えるのだろうか。月見里さんとは月見里さんのおかげで友達になれたけど、影山くんとは友達とは言えないような気がする。
「えっと――」
少々複雑な繋がりなので流れを説明。お姉ちゃんはその間、「へー」とか「ほー」とか分かっているのか分かっていないのかよく分からない返事をしていた。
「うーん、律儀な男の子だね」
「うん」
「というかさ、菜乃花がしたことよりもその子の方がしてくれてるよね」
「そうだね」
メッセージのやり取りはしていないが関わりがあるし消すのも申し訳ない。ただ、あの時の私もよく素直に登録したものなと今更ながらに思った。
「多分菜乃花がなにか返そうとするとループになるから、あくまで普通に接すればいいんじゃない? メッセージも同じで、普通に『今日の下着は白色よ』とかって送れば――じょ、冗談だって……好きな食べ物の話とかでもいいじゃんってこと」
それは些か脈絡がなさすぎではないだろうかと、私のスマホをいじっているお姉ちゃんを見て顔がどんどん青ざめていくのを感じた。ニヤニヤと良くない笑みを浮かべているのが最高に嫌な予感がする。そしてこういう時の予感ほど当たってしまうのだから質が悪いというものだろう。
「お姉ちゃん!」
慌ててスマホを奪うと『やっほー』と実に私らしくない感じでメッセージが送信されていたが、まだ普通の感じだったのでちょっとホッとしたのだった。