02
「やあ、影山君」
「おう」
俺にも挨拶をしてくれるなんて優しい人間だ。
「高橋君昨日ずっとぎこちなくて……」
「あいつは初だからな」
こうして一緒に教室まで行ってくれる人間なんて高橋しかいなかったぞ? なんだこいつ、昨日はあんなことを言ったが十分人気者になれるやつだ。
「月見里」
「うん?」
「ありがとう」
「えっ? な、なんで急に?」
「俺と話してくれるやつなんて高橋みたいなお人好ししかいないからな」
素でやっているのだとしたら相当凄い、尊敬できる。俺もそんな感じの人間になるようにと母から言われたいたが、できていないのが現状と言えるかもしれない。
「も、もう、びっくりしたなぁ……そんなこと言う人がいると思わなかったよ」
「そうか? ま、高橋と仲良くしてやってくれ。俺には朝の日課があるからこれで失礼する」
「え、朝の日課って?」
ま、まだ付いてくるだと? こいつ、やっぱりいいやつすぎる。
「翠ちゃんの胸を拝む」
「あぁ、そういう……」
「え、翠ちゃんのことが分かるのか!? 特にいいよなあの胸!」
「え、いや、知らないけど……影山くんが胸にこだわっているのは分かるよ?」
「ま、悲観するな、お前は十分魅力的だからな。それじゃあな」
でもそろそろ新しい子を探さなければならない。ひとりに固執すると引退などをした場合に喪失感に見舞われるからだ。
「んー、でかけりゃいいってもんでもねえしなぁ」
「お、おはよ……うございます」
「んー、形が悪いなぁ」
「あの、朝からなにを見ているんですか?」
「んー、これはいいけど小ぶりだなぁ」
ようやっといい子を見つけたタイミングでスマホが奪われる。おまけにガツンと後頭部を叩かれて呻く羽目になった。
「いってぇ……」
「木村さんが挨拶をしているでしょうが!」
悪友のおかげでやっと隣に木村がいることに気づけた。
「よお木村」
「え、は、はい……おはようございます。それで朝からなにを……」
「ん? グラビア」
スマホの画面を見せたら「ふ、不潔ですっ!」と怒られてしまう結果に。
「失礼な、確かにスマホの画面は汚いかもしれないが俺もこの子も汚くないぞ!」
「巨乳は敵!」
「えっ!?」
こ、ここにも貧乳好きがいた……というか自分がそうだから嫌なのかもしれない。今だって服の上から見てもぺったんこ、高橋しか喜びはしないぞ。
「あ……」
「まあ気にするな、女は胸が全てではないからな」
それにこいつは俺に優しく教えてくれたいいやつだ。それくらいで評価を変えたりなんかはしない。胸は大きいほうがいいというだけで、全てではないのだから。
「影山が言うな!」
「そうだよ、影山君は胸大好きじゃん」
「わぁ!? や、月見里さん……」
「む、どうして僕にだけそんな反応なの!?」
「い、いや……ごめん」
「ちょっ、そこで謝られたらマジみたいじゃんかー!」
好かれてるな高橋のやつ。月見里も諦めずに付き合っているみたいだから本当にお似合いの組み合わせだと思う。
「木村、今日の昼一緒に飯食おうぜ」
「え、それはどうしてですか?」
「だってお互いのIDを知っている仲だろ?」
「別にいいですけど……」
「よし、それじゃあまた後でな」
グラビアアイドルを探していたのは単純な時間つぶしのためだ。なぜなら悪友は他にも友がいるからそちらを優先することが多い。そういう時に大きい胸を見て癒やしを求めていた。残念ながらひとりでいられる強さはないから。
『あの、昨日はありがとうございました』
『高橋や月見里だって同じことをする、礼なんていちいち言わなくていい』
真横にいるのにアプリを介して連絡なんて実に面倒くさいことをしていると思う。が、こういうやり方が彼女には合っているんだろう、だから特に文句を言うことはしない。
「あれ、ふたりともスマホをいじってなにしてるの? あ、影山君はどうせ胸でしょ、胸」
「今回は違う。高橋はいいのか?」
「うん、友達と話し始めちゃったから。菜乃花ちゃんはなにしてたの?」
確認してみるとせっかくチャンスなのに野郎を優先する悪友の姿が。あいつは皆にとっていい人間でありたがる、もうそろそろ誰かと特定の人間を決めるのが重要だと思うのだが。
「影山さんとメッセージでやり取りを――」
「かげやま君? かげやま……あ、影山君」
「おう、きょろきょろ見たって俺しか影山という名字の男はいないぞ」
「ええぇぇえ!?」
う、うるさ……教室で叫ぶのは良くないと学ばなかったのだろうか。
「え、影山君と交換してるの!? いつっ? いつ!?」
「き、昨日……」
「ずるいっ、僕とも交換しろー!」
「いいから少し静かにしろ。自分の価値を自分で下げるな」
俺は分かっている、こちらに言っているように見えて木村に言っているのだということを。勘違いしない、俺はあくまでそこら辺のモブだ。
「だってさ、交換してやれよ木村」
「べ、別にいいですけど……」
「え、菜乃花ちゃんもそうだけど影山君もだよ?」
「かげやま? んー……あ、俺か。ま、別にいいぞー」
流石いいやつ、ここでどちらかだけだと角が立つが両方と交換することで少なくとも気を悪くさせない作戦か。
「月見里、お前は本当にいいやつだな」
「え、そうかな~?」
「おう、胸がなくてもいいやつだ」
なにより背が高いし格好いい。高橋が盛り上がりたくなる気持ちもよく分かる。うるさくすること以外は見習いたいそんな人物像。
「えぇ……女の子の部位について言及するのは良くないよ、影山君は最低な男の子だよ」
「当たり前だろ、俺がいい奴なわけない。じゃ、俺はスマホをいじるからこれで会話は終わりな」
「やらしいのは駄目ー!」
なんとかスマホを奪われる前にしまうことができた。男=なんでもかんでもやらしいのしか見ないという偏見は良くないし、水着=えろいと考えているのも偏見だ。今度しっかり教えてやろう。
「う、うるせえ……もう学校では見ねえよ、なんたってお前らみたいないいやつと話せるんだからな」
「ふぅん」
「は?」
からかうような柔らかいような、なんとも曖昧な笑み。
「そんなこと、誰にでも言ってるんでしょ」
「さっきも言ったろ? 俺に関わってくれるやつなんてお人好しくらいしかいないってさ。いいやつにいいやつだって言ってなにが悪いんだよ」
俺はこいつが嫌いじゃない。寧ろ人としてはかなり好きに入る部類だ。だからこそむかつくなんてことにはならないし、地味に友みたいな存在が増えるのも嬉しい。
「あはは、ごめんね、変なこと言って。影山君はちょっと最低でいい人だ」
「やめろ、俺がいい人なわけがあるかよ」
そういうのは木村に言ってやるか自分に言えばいい。
「菜乃花ちゃんもごめんね、急に話しかけたりして」
「い、いえ、月見里さんと話せただけで嬉しいですから」
「えっ、凄い嬉しいこと言ってくれるね! 僕も菜乃花ちゃんと話せて嬉しいよ!」
人によって態度を変えたりすることなく接する真っ直ぐさ、本当に心の底から見習いたい人間だった。
「――で、木村は眼鏡をかけてないと全然見えないのか?」
詳細が分かっていないから聞いてみた。
またドジをやらかしそうだしもし見えないのであればコンタクトを常備した方が俺はいいと思う。
「いえ、そこそこは見えるんですけど……眼鏡をかけている時よりかは見えないです」
「んー、コンタクトはどうだ? 眼鏡を使ったことがないから分からないが、疲労軽減とかに繋がるんじゃね? もぐもぐ……あ、このパン美味え」
んー、にしても蜜柑には弁当を作るのに俺に作ってくれないのはなんでだ? 前なんか無理やりにでも作らせたら金を払わされたし愛情の差を感じるぞ。ま、小学生の方に優しくしてやってほしいと思うし嫉妬はしないが、結局こうして昼飯代を渡していたらどっこいどっこいのような気がする。
「じー」
「ん? あ、月見里」
こいつは神出鬼没だ。悪友は――あ、どうやら男の友を優先しているようだ。なんでだ、月見里はこうしてフリーだというのに、彼女にだけあんな反応をするのにどうして積極的に絡んでいかない。
「そのパン美味しい?」
「おう、初めて食ったけど美味いぞ。もう1個買ってるからやるよ」
「え、いいのっ!? ありがとー――って、なるわけないでしょ! 流石に貰えないよー」
こいつもこいつで律儀なやつだ。俺がやるって言ってるんだから素直に貰っておけばいい。見返りなんていらない、ぶっちゃけ、1個だけで十分なくらいエネルギーを確保できる。
「ほら」
「え……」
「いいから受け取っておけ。こいつだって女子に食われた方が嬉しいだろ。俺は腹ごなしに散歩してくる、また後でな」
ちょっとあの悪友をしばいでから行くとしよう。
「でね、今日の夜すき焼きでさー!」
「え、いいなっ、俺の家なんかもやし炒めだぜ?」
「俺の家はカレー」
いや分かる、男友達といた方が楽な時もあるから分かる。だが、ああしてチャンスがあるのに野郎を優先するのは違うだろう。
「こら高橋!」
「おわっ!? ど、どうしたの影山……」
どうしたのじゃねえ、あれだけ露骨な反応を見せておいて結局はチキンか? ヘタっていたら誰かに取られて終わりだぞ。
「月見里のところに行ってこい!」
「月見里さん? えっと、あれ、なんで影山の席に座ってパンを食べてるの?」
「あいつは木村の友達になったからな」
あくまでこっちはおまけか社交辞令、真に受けては危険になる。
「――ま、今はいいかな、僕はみんなとの時間を大切にしたいからさ」
「あっそ、ま、一応言いたかっただけだから、じゃあな」
「って、どこに行くの?」
「散歩だ」
いつもは昼休みもスマホを見て時間をつぶす。だが、今日はなにかと月見里が近づいて来るから少しだけ距離を置きたいのだ。理由は単純に、
「気恥ずかしいからでしょ」
「お前……なに付いてきてんだ」
しかし図星。
女子に付きまとわれるなんてこれまでは一切なかったから困惑している。
「いや、だから言ったじゃん、みんなとの時間を優先したいって。その中には馬鹿――影山のことだって入ってるよ」
「お前は悪友やヒロイン、色々あるけどな」
「ヒロインって僕は男なんだけど……」
「同じ僕でも全然違うな」
ぐいぐい積極的に行ける辺りは俺も高橋も見習うべき。
「そりゃ月見里さんと一緒にされたら誰だって霞むよ」
「いや、そういう言い方をやめろよ。あいつは多分努力をしているだけだ、お前だってもっと自信を持てばいいだけだからな、比べて勝手に自分を下に見るんじゃねえぞ」
とはいえ、急には変われないから少しずつ行動していくしかない。積極さはないがこいつにだって素晴らしいところがある。
「悪友呼びしておいてそれ……」
「いや、これでもありがたいと思っているんだぜ? これまでずっとお前は一緒にいてくれた、中々できることじゃねえよ、それこそ月見里と同じくらい素晴らしいよ」
「え、なんか普通に褒められると気持ち悪い……どうしちゃったの? グラビアを見ないとか言うしさ。胸のことだけしか考えていないのかと思った」
「胸はあくまでおまけだ」
いや、誰だって話せる仲間が増えたら嬉しいだろうに。こいつには友達が沢山いるからひとりでも増えた喜びが分からないんだろうな。
「そういえば昨日、木村さんと一緒にいたよね」
「見られてたのか。まあな、あいつが眼鏡を失くしたって言うもんだからさ、わざわざ学校に行ったんだぜ? そしたら図書室の机の上に置かれててさ、普通そんなところに置いてて忘れねえよな」
急いでたにしても直前まで図書室にいたということだ、使いがあってもそんな大切な物を忘れたりはしない。高い物なら尚更のこと。
「誰かが拾って置いてくれたのかもしれないよ? にしても、ふふふ」
「は? 気持ち悪いな……」
その笑い方は女子だけがしていいもの、男がしてもただただこちらに複雑さしか残らない。できるやるなら他人にこういう感情を抱えさせないようにしないとな。
「いや、わざわざ学校に行ってあげるなんて優しいんだなって、昔だったら『巨乳以外興味がない』とか言って絶対スルーしてたよ」
「え、お前木村の胸を念入りにチェックしてるんだな、気持ち悪いな」
「ちょっ!? 人聞きの悪いことを言わないでよ……そうじゃなくてさぁ」
「分かってる、褒められるのは慣れてないだけだ。いつもありがとよ、一緒にいてくれて助かってるぜ」
「え、やっぱ気持ち悪い……」
「はいはい、気持ち悪くて結構だ」
お礼をしっかり言えて、謝罪をしっかりできる人間になりたい。そうすればもしかしたら鬼母が弁当を作ってくれるかもしれない。こういうひとつずつ、小さな積み重ねはきっといい結果となって返ってくる――と信じているから。
「そろそろ戻ろうか」
「だな」
気づいたらそこそこ遠くまで来ていた。早くしないと5時間目に遅刻するし、さっさと親友と戻ることにしよう。