11
「菜乃花ー……」
「あーもううるさいよ秋」
夜に部屋にやって来たかと思えばずっとこんな調子だ。せっかく陽大くんが最新巻を買ってくれたというのに集中して読むことができない。
「なんであんなこと言っちゃったんだろう……」
「え、やっぱり嘘だったの?」
「うん……それに高橋君は寧々子先輩のことが気になっているようだったしさー……せっかく券だって貰ったのにぃ……」
「なんでそれなら高橋くんが好きとか言ったの……」
「だって陽大が……抱きしめたくないとか言うから……」
それだって秋が正直なところを言えばしてもらえる流れだったのに直前でヘタレたからでしょうがと内心でツッコむ。
「陽大くんのこと好きなの?」
「うん……」
私も好きだ。結局あそこまで優しくしてくれたのは陽大くんくらいだった。高橋くんや東城くんも優しいけど私の心は確実に彼へと向かっている。が、あんな面倒くさい絡み方をした上にとことん自分勝手だった自分では選ばれないだろう。だから言うこともしない、今度こそ秋にははっきりとしてほしい。
「だったら素直にならないとね」
「……でも菜乃花だって陽大のこと好きじゃん」
「仮にそうだとしても秋はちゃんと素直にならないとね?」
「駄目っ、菜乃花もちゃんと告白して!」
またこの子は……小学生の頃もこれで喧嘩したんだ。臆した私は結局できなくて、彼女も私がしないならということでしなかった。なのに私のせいでできなかったとか言いだしたからぴしゃりと言って言い合いになったというのが現実だ。
「絶対ないけど、それで陽大くんが受け入れちゃったらどうするの?」
「あの時の約束を菜乃花が守ってくれるんだから問題ないよ」
「そもそもなんで私が陽大くんのこと好きだって……」
「幼馴染なんだよ? 見てれば分かるよ。あれだけ慎重になっていたのも心の底から信じたかったからでしょ?」
ああ……だから秋は嫌なんだよなぁ。でも、私が自分勝手で彼を傷つけたのは変わらないんだよ? だけど彼はあんなに優しくて、気にかけてくれて、気持ちが抑えられなくなりそうで、それでも身近にこんな強力なライバルがいるから言わずに終えようとしたのに。
「ここに呼ぼ?」
「え、だってさっきもいたんだよ?」
「えぇ、なんで泊めなかったの!」
「で、できるわけないでしょ、付き合ってるわけじゃないんだから」
「もういい、私が呼ぶー! ――あ、もしもし? いまから菜乃花の家に来て! え? いまはお風呂だから無理? それなら券使うから出たら必ず来てね、うん、じゃあね! ――ふぅ、告白してよね菜乃花!」
えぇ……まあ私が潔く告白し振られれば彼女だって素直になれるというものだろう。
ドキドキを隠すために本を読んで過ごす。下でインターホンが鳴っても自分から動く気にはなれなくてお姉ちゃんが出てくれるのを待った。
廊下にお姉ちゃんの声と彼の声が聞こえはじめる。ドアがノックされ秋が勝手に「どうぞ」と返事をしてしまった。
「お邪魔するぞー……って、秋は?」
「えっ? あ……」
気づいたら窓が開いていて彼女は逃げたようだとすぐに分かった。その俊敏さは見習いたいところではある。
「それで用ってなんだ?」
「とりあえずそこに座って?」
「おう」
お姉ちゃんが入ってこないのは空気を悟ったのだろうか。
私も彼の前に座って目を真っ直ぐに見つめる。
「陽大くんのことが好きなの」
「え……それって……友達として、じゃないよな?」
「うん」
意外なくらい言ってみたら楽になった。私はベッドの上に移動し断られるのを待つ。が、某クイズ番組みたいに変な間があって改めてもどかしくなり始めた。
「最近まで微妙だっただろ? でも、変わったのは俺を名前呼びした時からだよな。それってなんでだったんだ?」
「分かったの、陽大くんが信用できるってことを」
「そうか。あ、返事ってした方がいいんだよな?」
「うん、できればそうしてくれると助かるかな」
ベランダで聞いているであろう秋のためにも。
「いいぞ」
「は――」
「「おめでとー!」」
いや、お姉ちゃんが楽しそうなのは分かる、私が男の子を家に連れてきたことなんて初めてだから。これまでずっと相談していた子だから……だけど、なんで秋もなの?
「実は全部秋に聞いたんだ、そういう風に振る舞っていたということを」
「え、じゃあ陽大くんと秋は仲良くなかったってこと?」
「仲は普通にいいよ? でも、特別視していないのは確かだったってことだよ。だって言ったでしょ? 神様に誓ってもいいって」
「じゃあなんでさっき……」
「ああいうことにしないと菜乃花は自分の気持ちを抱え込んだまま終わりそうだったからだよ。お節介だったかもしれないけどさ、あの時は一方的に菜乃花のせいにしちゃったから罪滅ぼし……としてみたいなかんじかな」
で、まんまと告白して陽大くんも何故か受け入れてしまったと。
「ちょっと待ってよ、陽大くんは私なんかでいいの? 優しくしてくれていたあなたに酷いことを言ったりしたのに……」
「別にいいんだよそんなことは、そんなこと言ったら1度も約束を守れなかった俺の友達でいてくれただろ菜乃花は」
「陽大くんって馬鹿だね」
「え……ま、馬鹿だけどさ」
あれ、珍しく照れたような顔をしている。なんかそれを見たら一気に可愛いと思えてきてしまった。で、この子は私の告白を受け入れてくれたんだよね?
「――っ、な、なんか暑いなー……」
「そうか? あ、ちなみに秋は響に告白したらしいんだけどさ、保留にされたってよ」
「お恥ずかしい限りです……もっと仲良くしてみせる!」
「もう、だったら高橋くんとだけいれば良かったのに」
「「あ、菜乃花にしては珍しく嫉妬してるー」」
「違うから……」
いや、本当はそうだ。なんだかんだ言っても彼は秋と一緒にいることが多かった。約束だって秋とのそれはきちんと守ってた、だから複雑でぶつけてしまっていたかもしれない。いま考えてみなくてもかなり恥ずかしい。
「よろしくな菜乃花」
「ちょっと待って、陽大くんは私のどこを好きになってくれたの?」
「それは菜乃花が誰かのために動ける子だからだ。自分の担当じゃなくても掃除したり運んだりしてあげてんのが素晴らしいと思ってさ」
「ちなみに秋のどういうところが好き?」
「そうだな、秋はノリがいいから合わせるのがちょっと楽だな。振り回されることも多いがこっちのことを考えてくれてるって分かるからさ」
「ふぅん、じゃあ秋で良かったじゃん」
「言うなよそんなこと、俺はちゃんと受け入れたつもりだぞ」
完全に振られると思っていたから実は告白する時全然緊張していなかった。実際にするってなるまではドキドキして仕方がなかったが。
「さて、お姉ちゃんはちょっと秋ちゃんの家に泊まってこよー」
「お、いいねっ、私もちょっと自分の部屋に泊まってこよー」
「なんだそれ……ほぼ対面だけど気をつけろよー」
「「うんっ、そっちはえっちなことはせず朝まで楽しんでねー」」
って、いつの間にか陽大くんが泊まることになってる!?
「ま、風呂上がりだし別にいいか。床、転んでもいいか?」
「う、うん、それじゃあ私も横に転ぼうかな」
眩しいから照明は豆電球にして床に寝転ぶ。近くにベッドがあるのにこんなことをしているのが不思議でなんかぽわぽわとした不思議な心地に包まれていた。
「なんか眠くなるわ……」
「寝ていいよ?」
「おう……」
その方がやりやすいことだってある。例えば手を繋いだりとか。
――なんだったんだろうあの時の私は。どうして素直に信じてあげなかったんだろう。そして受け入れられないだろうと考えて告白して、何故かすんなり受け入れられていて。秋にはハメられているし、お姉ちゃんは自分のことのように嬉しそうだった。
「菜乃花」
「うん?」
「俺でいいのか?」
「うん。だって陽大くんこそ素晴らしい、真似した生き方をできていたから」
「そうか、ありがとな。菜乃花には世話になりっぱなしだ、菜乃花にもあの券渡さないとな」
「それなら抱きしめてもいい?」
「待て、俺がする。だから他のを考えておいてくれ」
立ち上がってからかと思えば寝転んだままこちらを抱きしめてきた陽大くん。これはえっちなことなんじゃと内心でわーきゃー慌てるこちらには一切気づかず「温かいな」なんて呑気に彼は言っていた。
「じゃあ好きって言って」
「案外菜乃花も乙女だな、本にしか興味がないと思っていたが」
「女だよ?」
「分かってる。好きだ」
「ん……」
今度はかあと全身が熱をもつ感じがして慌てて目を閉じる。すると彼の息遣いが余計鮮明に聞こえるようになってきてどんどん落ち着きなくなった。
「やっぱり隣の席の男の子はよく分からないね」
「そうか? 隣の席の女の子は本好きでいっつも興味なさそうにしているけど友達思いでいい子だって俺は分かってるぞ」
「ま、待ってよ、どうして急にこんな私上げの流れなの?」
私が告白した途端にこれってなんか怖い。裏があるんじゃないかって素直に喜べない。
「そりゃ、別に秋のことをそういうつもりで見ていたわけじゃないからな」
「下着だって見たのに? 巨乳なのに? 可愛いとか綺麗とかって言ったのに?」
「あぁ……まあそれはな。別にそこだけで決めるわけじゃないが、実は秋に菜乃花のを見させてもらった――いや、見せてきたんだ」
「え、し、下着姿の写真を!?」
いつの間にそんな写真を撮っていたんだ秋! 陽大くんも「お、おう……着痩せするタイプなんだな」とかって馬鹿なことを言ってるし……。
「ま、まあ、ありがたく思ってよねっ」
「おう、菜乃花や秋と出会えて本当に良かったと思ってるぞ」
「うん……私も陽大くんや高橋くんと出会えて本当に良かった」
「寝るか」
「うん、おやすみ」
それからあっという間に1時間が経過し私は体を起こす。
隣でぐーぐー寝ている彼の唇に顔を近づけ少しだけ触れさせておいた。
「おやすみ」
小学生の頃のあれは思えばそういうのではなかった。臆したというより自分のその気持ちの曖昧さに小さいながらも気づいていたんだろう。
だから、初めてしっかりとしたこの感情をくれた陽大くんに感謝し、今日は幸せな雰囲気に包まれながら寝たのだった。
読んでくれてありがとう。