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「こんにちは、影山さん、高橋さん」

「こんにちは」

「こ、こんにちは」


 寧々子さんと関わっている時にだけ見られるレアな親友の姿である。どうしてか最初の対秋の時にようにどもるようになるのだ響は。

 勿論理由は聞いたことがあって、彼は「だって寧々子先輩が可愛いから」なんて言っていたが、そういう反応をしている内は好かれないと俺的には思うわけで。


「む、高橋さんはいつもそういう反応をされますね、なにか理由でもあるのですか?」

「い、いえっ、別にそういうわけでは……」

「だったら普通にしていてください、嫌われているのではないかと不安になりますから」

「わ、分かりました」

「できてませんっ、ちょっと来てください! 空き教室でみっちりと話し合いましょう? 大丈夫です、それが直るまでずっと付き合ってあげますから」


 そして元来の性格もあるのか律儀な寧々子さんは彼に付き合ってあげているというわけだ。それがおもしろ――微笑ましくてある意味幸せな時間だろうなと考えている。


「高橋、ありがとう!」


 この通り対象に選ばれなくなった英明は大はしゃぎだ。


「陽大くん、ちょっと図書室に行こ」

「別にいいぞ、それなら行くか」


 こっちはこっちで急に菜乃花の態度が柔らかくなり積極的に関わってくるようになった。本人に聞いても全然答えてくれないので、あくまでポジティブに考えることにしている。


「これとこれとあ、これもかな」

「ん? なんか料理でも作るのか?」

「もうすぐで秋の誕生日なんだ、メインは秋のお母さんが作るからお菓子でも作ろうかと」

「へえ、菜乃花は凄いな。俺は飯しか作れないからな」

「こういうのを見なければ分からないから凄くないよ、それに秋はなんでも『美味しいっ』って言ってくれるから」


 謙虚な人間だな。そりゃ押し付けがましくないから秋だって喜ぶだろう。それにあいつはお世辞を言うようなタイプではない気がする。仮に相手が菜乃花であっても言うときははっきり言うだろうし本当に美味しいんだろうから自信を持てばいい。


「自信を持てよ、俺だったらそんな親友がいてくれたらめちゃくちゃ嬉しいけどな」


 どこかの親友さんは他の友達を優先して「忘れてた! 申し訳ないからチョコで我慢して?」とか言い出すくらいだからな。しっかり把握しなにかを作ってあげようとするだけで俺だったら涙を出しながら感謝をするぞ。


「陽大くんの誕生日は? ちなみに私は3月10日なんだけど」

「俺のは7月10日だな」


 同じ16歳でも人によって全然違うんだから面白い話である。大人しかったり騒がしかったり、頭が良かったり悪かったり、その日の内にはなんてこともなく感じるというのに。


「それならまだ期間があるね。その時は今回みたいにお菓子を作ってあげるよ」

「ああ、楽しみにしておくわ」


 急に人が変わるような感じになるのも不思議な話だ。俺とだけいる時でも笑顔が多くなった――というか色々なものが柔らかくなった気がする。


「よし、これ借りてくるね」

「おう」


 その後は持ってやろうと決めて先に図書室から出た時、


「奇遇だねぇ」


 なんて白々しく笑っている秋と遭遇。

 菜乃花はお前の誕生日のために参考にできる料理本を探してたんだ、なんてことは言えないのであくまでこちらも偶然感を出しておくことにした。


「最近欲しい物とかってあるか?」

「んー、服かな、陽大に貰われちゃったし」

「すまん……」

「別にいいよー、だって陽大が私のを使ってくれてるって考えたらこう、ね」


 こう、なんなんだ? こいつらはいつもそう、大切なところだけ言わないようにするのが好きだから困る。


「ねえ、そろそろ私の誕生日なんだけどさ、どこかの誰かさんはプレゼントくれないのかなーって」

「だから今聞いたんだよ」

「えっ、私の誕生日なんで――あぁ、だから菜乃花ちゃんと行動してたんだ」

「違う、俺はただの荷物持ち。なあ?」

「うん、沢山借りちゃったから男手が必要だなって」

「ふぅん、なんか小難しそうな本ばっかりだね、菜乃花ちゃんらしいや」


 あれ、料理本はどこに行った!? と真剣に困惑していた。菜乃花を見てみても普通に笑みを浮かべているだけ、しかし持ってみてすぐにその笑みの理由が分かって俺は自分で自分を落ち着かせる。


「欲しい物かー、お金?」

「現金はなし。ちなみに3000円までならなんか買ってやる」

「なんでも言うこと聞く券を発券でいいよ」


 それなら金だって浮くし自分にできることならなんでもしよう。友達でいてくれていることのお礼だと考えてくれればいい。菜乃花にはそれとなく好みでまだ持ってない本でも買ってプレゼントしようと思う。


「別にいいけど、正直に言ってあんまり叶えてやれないぞ?」

「いいからはい、これに書いて」

「今は無理だ、それに重いしさっさと帰ろう」


 とにかく黙って学校から木村&月見里家があるところへ。


「持ってくれてありがと」

「いや、気にするなよ。そうだ、なんか今欲しい本とかってあるか?」

「『隣の席の男の子がよく分からない』の10巻」

「なるほどな、案外気に入っているのか」


 案外ではなくかなり気に入っているようだ。だけど所有している本についてとやかく言われたくはないだろうか至って普通レベルの答え方にしておいた。


「うん。え、もしかして買ってくれようとしてるの?」

「まあな、菜乃花にも世話になったからさ」

「あー、なんかその言い方えっちー、この子は隠れ巨乳だからね、正に陽大好みだから想像して良くないことをしているんでしょ」

「ナチュラルにそういう思考になるお前がやばいことに気づけ。ほら、書いてやるから紙とペンを貸せよ」

「あーい」


 なんでも言うこと聞く券と書いて早めの誕生日プレゼントと手渡す。いやまあ相当痛い奴であることは変わらないが本人が望んでいるのだから仕方ないことだと割り切りたい。


「ほらよ」

「ありがとー! じゃあ早速いいかな?」

「別にいいけど?」

「私を抱きしめて」

「いや、自分のできる範囲で言うことを聞いてやるということでその券をやったのは確かだが、だからってそれはな……」

「え、券の効力ですよ効力」


 だと割り切ればいいのだろうか? 決して変な意味ではない、ただ純粋にこちらは抱きしめればいいということなのか? 確かに俺のできることの範囲内だ、今この場でぎゅっとしてやれば満足してくれるのならこれほど楽なことはないが。


「邪魔なら私は帰るけど?」

「いや、別に残ってていいぞ」

「そんなっ、見られながらするのが趣味だったなんて……」

「お前にその気がないなら悪いができないな」

「えぇ、なんでも言うこと聞く券じゃないじゃん! 詐欺だ詐欺ー」


 そもそももっと恥じらってほしいものだ。恥ずかしがってくれればぐっときてガバッ、ギューとする可能性だってあった。でもこの飄々とした態度のままでは気分も乗らない、おまけに気軽にするべきではないと分かった方がいい。


「変な遠慮はいらないよ陽大くん」

「いや、単純に俺がしたくないだけなんだ。少なくとも俺が好きとかってことじゃなければしない。券による強制力があったから抱きしめられたってのじゃ秋だって満足できないだろ」

「嘘つきー」


 このままだと延々平行線だ。


「秋は陽大くんのことどう思ってるの? ちゃんとそういう気持ちがあれば大丈夫だって言ってるけど」

「別にそういうのじゃないし……」

「ならどうしてなんでも言うこと聞く券なんてプレゼントしてもらったの? 普通興味がないならそんなの貰わないよね? それとも奴隷のように使いたかったの?」

「そのどれでもない……」


 好きでもない、興味がないわけでもない、俺をパシリとして使うつもりでもない、じゃあなんなんだ? それをプレゼントされた時のメリットって。


「あ、秋と付き合わせるためっ」

「「は?」」

「は嘘……」

「だろうな」「そうだろうね」


 なんだ今日のこいつは、大変煮え切らない態度だ。


「いや……秋がいるところで頼んだ私が馬鹿だったなって、だって恥ずかしい……」

「普通最初からそうするだろ……」

「陽大くんが秋と付き合い始める前に言っておくけどさ、陽大くんと友達になれて嬉しかったよ。最初は信用できなかったけどよく手伝ってもくれたし優しくしてくれたし一緒にいてくれたからさ」

「なんだよ菜乃花も……」

「それなら私もはっきり言うけどさ!」


 本好き少女と大きな彼女を見る。


「神様に誓って、そういうつもりで陽大といたわけじゃないから!」

「はぁ……そこまで意固地になる必要あるの? じゃあその券はどうするの」

「無理してるわけじゃないよ。菜乃花こそ変な気遣いとかいらないから。これはずっと友達でいてもらうために使うよ、それならいいでしょ?」

「それはまあいいが……」


 だったらどうして抱きしめてなんて馬鹿なことを言ってきたんだろうか。本当は本音を隠している? 流石にそれは自意識過剰か?


「それに私っ、響君が好きだから!」

「え……そ、そうだったんだ」


 この微妙そうな顔を見るに菜乃花も響を狙っているのかもしれない。俺にではなくその券は響から貰えば良かったものを。


「響を呼んでやろうか?」

「よろしく頼む!」

「任せろ」


 電話をして秋が呼んでいるということを言ったら「すぐに行くよっ」と予想通りの反応だった。別に寧々子さんを優先するということではないらしい。

 菜乃花は家に帰ればいいのに動くことはせず、俺らは依然として3人で親友を待つことに。


「はぁ……ごめん待った!?」

「いや、早くて偉いぞ響は」

「あれ、名前呼びに戻したの?」

「まあな」


 用が済んだので俺は去ることにする。まああの券は捨てるなりしてくれればいい。あんな券がなくても俺は彼女の友達でいるつもりだからだ。


「菜乃花は帰らないのか?」

「あ、帰る」

「それじゃあなふたりとも」

「ばいばい」

「じゃあね、陽大」


 誰からも好かれないが誰からも嫌われていないというのは嬉しい。菜乃花からもあんなことを言ってもらえたわけだし誕生日でもないのにプレゼントを貰えた気分だった。


「それじゃあここだから」

「おう、今から10巻を買って持っていくから買わないでくれよ?」

「あ、それ本気だったんだ」

「当たり前だろ、それじゃあ一旦また後でな」

「うん」


 ここからすぐのところに中くらいの本屋がある。利用したことがあるので目的の物があるであろう場所まで一直線、無事目的の物を買い、また菜乃花の家に。


「はーい、あれ? あ、君が影山くん!?」

「えっ、あ、はい、影山陽大です。あの、菜乃花さんは――」

「上がって上がってっ、ほら上がって!」


 どうして関わる女子達は家に無理やりこうして入れさせるんだろうか。


「菜乃花ー!」

「そんなに大きな声を出さなくてもここにいるよ」


 彼女は心底鬱陶しそうな顔で恐らくお姉さんを見ていたが、そのお姉さんは全然気にせずハイテンションだった。


「影山くんが来てくれたよ! いまお菓子と飲み物を用意するからお部屋に行っててね!」

「あ、ちょ――影山くんごめんね……」

「いや別に大丈夫だぞ。これ」

「ありがと」


 袋から取り出すと優しい笑みを浮かべる。「これ何気に面白くてどんどん読んじゃうの」なんて言って本を抱きしめていた。


「俺がきっかけだからな、出会えたことにありがたく思えよ!」

「うん、そうだね」

「え、お、おう……」


 そこで認められてしまうと俺としてはどうしようもない。


「さあさあお部屋に行こうよ!」

「え、なんでお姉ちゃんがそんなに張り切ってるの?」

「あの、俺はもう用が済んだので……」

「え、そんなこと言わずに菜乃花のお部屋に行こ?」

「だからなんでお姉ちゃんはそんなに影山くんを引き留めようとするの……」

「いいからさあ! レッツゴー!」


 飲み物だって準備してくれているようだし俺はお姉さんに従うことにした。俺が従ったためか菜乃花も諦めて先に階段を登り始める。


「ここ、特に面白くもないところだけど」

「いや、普通に女子らしくて可愛いだろ。本棚に全振りなところが菜乃花らしくていいな」


 適当に床へと座らせてもらって、だけどきょろきょろと見るような無粋なことはしなかった。


「ところで影山くんはなんで本を菜乃花にプレゼントしたの?」

「それはいつもお世話になっているからです。でも俺は特に返せてなかった、物で返せばいいと思っているところが卑怯だと思いますがこういう確実な方法で少しずつ返していきたいと思いまして」

「なるほどー、ありがと! 会えて良かったよ! それじゃあお姉ちゃんはお部屋に戻りますので後は和解おふたりでごゆっくりどうぞ!」


 なんか秋みたいな人だな。明るくて振り回されるって分かっているのに関わるのをやめたくないみたいなそんな人。


「ふぅ、ま、俺は帰るわ、本も届けたしな。あ、またなにかしてほしかったらどんどん言ってくれよな。友達でいてくれてる礼としてできることはするからさ」


 友達でいてくれている限りは継続的になにかをしてやりたい。お姉さんだって嬉しそうにしていたし近づこうとすることはなにも悪いことばかりではないはずだ。


「良かったの? 秋のこと引き止めなくて」

「ん? ああ、まあな。秋が響のことを好きってんなら友達として応援するだけだぞ俺は」

「私、秋も陽大くんも無理しているような感じがする」

「向こうは知らないが、俺にはそんな感情はないぞ? ま、その本を読んで楽しんでくれ、じゃあな」


 彼女は真っ直ぐに生きるタイプなのでもう告白しているかもしれない。そうなったら響も迷うだろうから相談に乗ってやりたい。だから連絡をしつつ彼女の部屋、家をあとにし家へと向かっていく。


「兄ちゃん」

「はっ!? み、蜜柑……」

「ちょっとこっちに来て」

「お、おう……」


 なんでこんな中途半端なところでという疑問は尽きなかったが、俺は普段よりうつむきがちな妹に近づいた。


「あのね? 男の子にすきって言われた」

「蜜柑はどう思ったんだ?」


 またいきなり話題である。なんとなく前回からそのような雰囲気を感じ取っていたとはいえ、やはりというか衝撃が大きい。最近の小学生は3年生ぐらいからもう異性のことを特別視するんだなということが。


「その子のことはよく分からないし、その子よりは兄ちゃんの方が好き」

「俺を抜きで考えても駄目か?」

「うん、だって分からない」

「もっと一緒に過ごしてみたらどうだ? というかどんな感じの子?」

「うーん、わたしよりしずかな子! だけどわたしは話しかけるようにしてて

今日もさそおうとしたら『すきだ』って」


 なるほど、確かに優しくされたら自分のことが好きなんじゃないかって勘違いしそうになるよな。相手が優しければ、距離が近ければ近いほどそのように感じてくる。特に秋や蜜柑みたいな存在は可愛い男子君の心を揺らすことができてしまうわけだ。


「きらいじゃないけど兄ちゃんだったらどうする?」

「俺だったらもっと仲良くなれるようにって行動するかな。それで無理そうだったら改めてはっきりと無理と言うだろうな」

「……それならもうちょっと仲良くしてみる」

「おう、それよりなんでここにいたんだ?」

「きょう兄ちゃんがもうすぐ兄ちゃん来るよって言ってくれたから」

「なるほどな、悪いな待たせて」


 蜜柑はぶんぶんと首を振る。それから俺の手を小さな手で掴んできたので握ってゆっくりと家へと帰ったのだった。

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