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一なる者と魔法の糸  作者: 夏芽 悠灯
第3章 恋多きエルフの女王
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第11話 ~銀の森~

 【エドワード・メイザース卿の墓標】を後にしたアレクシア一家はその後、二カ所の調査箇所を回って隣町の宿に宿泊しています。四カ所目の調査箇所は山を越えなければならないため、町で休息を兼ねて物資の補給を行っていたのです。


 ソフィアとアルフレッドは良いのですが、幼子であるネイスの事を考えるとあと二日ほどはこの町で小休止を挟むべきであろうということになりました。


 そんな考えを知らないネイスが町を見て回りたいと言い始めたため、結局町の観光をすることになってしまったのです。


 物資の補給と休息、そして予定外の観光を終えたアレクシア一家は次なる目的地へ向けて出立し、街道を馬車で走っていました。


「あかあさん! あの人たちなに!? お耳なが~い!」

「ん? あぁ、あれはエルフっていう種族よ。とーっても頭が良くて魔法が得意なのよ~」


 前方から接近してくる馬車に反応したネイスは、その御者と荷台に座る者たちを見て驚いたようでした。


 すれ違う馬車に乗っていたのはエルフの行商人で、ソフィアたちが住む村にはエルフが住んでいないためネイスにとっては未知との遭遇だったのでしょう。


「もしかするとあの紋章、僕たちの目的地から来た一行かもしれないね」


 アルフレッドの言葉の意味を理解するため、ソフィアは彼の視線を追いました。その先には馬車を引く馬の鞍に描かれた「銀の枝に七つの宝玉が寄り添っている」紋章でした。


 その紋章を見るや、彼女は懐かしい気持ちになり、小さな微笑みを浮かべました。


「そうね。あの森の行商人みたい」

「おかあさん、つぎはどこいくの?」


 両親の会話で次の目的地が気になったのか、ネイスはソフィアの袖を引いて問いかけてきました。


「次はね、あのお耳の長い人たちがたくさん住んでいる森に行くんだよ~」


 ソフィアはエルフの行商人とすれ違う際に軽く会釈をしながらネイスにそう説明しました。すると彼はぱっと表情を明るくさせ、通り過ぎようとしていたエルフの一行に手を振っていました。


 幼子に笑顔で手を振られたエルフたちは口元に片手をやりながら上品に笑い、手を振り返してくれました。


 その様子に、満面の笑みを浮かべたネイスは御者台まで歩いていってアルフレッドの隣にちょこんと座りました。それはまだ見ぬ地へ向かう冒険者のような顔つきで、先頭に座る彼はこの一行のリーダーのようでした。


「おや、随分とうきうきしてるね。けれどまだあと二日くらいはかかるよ」

「え~!! 二日もかかるの!?」

「ふふっ! 焦らなくても大丈夫よ、森は逃げたりしないわ」


 楽しみにしていたおもちゃを取り上げられたようにむくれるネイスの後ろに座り、ソフィアは彼の柔らかな金髪を撫で付けながら笑いました。




 これから彼女たちが向かうのは山の向こう側、その谷間に位置する【銀の森】にあるエルフの集落です。そこにある【妖精樹】と呼ばれる大樹の洞、その内部に作られた祭壇が四つ目の調査対象となっており、そこには歴代女王の聖遺物が納められています。


 それは世界に二つと無いエルフの秘宝であり、世界が守るべき財産でもあります。


 一昔前まではエルフは人間との関わりを拒んでいましたが、その森の一族は女王の方針によって人間と融和的な一族として、他のエルフと人間の架け橋となってくれたのです。


 その一族の尽力もあり、今では世界中で人間とエルフが手を取り合うような時代となっているのです。


 人間は数の少ないエルフを守るために様々な政策を執り行い、エルフは人間に魔法の知恵や技術を提供することでその関係性を成り立たせています。


 ソフィアにとって【銀の森】のエルフたちには小さな縁があり、その思い出は今アルフレッドと夫婦になれていることに繋がります。


 そのためネイスには負けないくらい、ソフィアも訪問できることを楽しみにしているのです。


   ◆◆◆


 小休止のために訪れた町を出立してから二日、山を越えたアレクシア一家は【銀の森】に差し掛かっていました。


「わ~、すごいすごい!!」

「ちょっ、危ないから座ってなさい!」


 声を上げて歓喜するネイスは馬車の荷台でぴょんぴょんと跳ねていました。しかしそれも無理はありません。何故ならある場所を境として、本来緑色であるはずの木々が全て灰色に近い銀色へとその色を変えているのですから。


「まぁ、驚くのも無理はないわよね。こんな景色が見られるのは世界中探してもこの場所くらいだし」

「そうだね、誰かさんも初めて来たときはネイスみたいにはしゃいでたもんね」

「そ、そんなにはしゃいでないわよ! あのときはもう十四よ? そんな訳ないじゃない……」


 アルフレッドはにやにやとした表情でソフィアに振り返りました。彼女はほんのりと顔を赤らめて反論しましたが、声が尻すぼみになっていたため思うところがあったのでしょう。


「おかあさんも、たのしみ?」

「えぇ、おかあさんにとって大切な人が眠る場所だから……」


 会話をしている間にアレクシア一家は【銀の森】に入っていました。ソフィアは陽光を反射する頭上の銀の木々を見上げながら、ネイスに笑いかけました。


「そろそろ里に入るから手続きをするよ」


 ゆっくりと進んでいた馬車を緩やかに停止させたのは立派な門の前でした。それを境にこの先はエルフの里になっており、門の左右にいる門衛に通行許可証を見せて手続きをしなければなりません。


「こんにちは。【賢人議会】、魔法騎士団代表のアルフレッド・アレクシアです。今日は【七星の耳飾り】の定期調査のために参りました」


「こんにちは、遠いところからご足労いただきありがとうございます。通行許可証と来訪予定、確認いたしました。馬車はこちらの厩舎でお預かりいたしますので、貴重品だけお持ちになって里へお入りください」


 【銀の森】の紋章が焼き印された通行許可証を見せると、笑顔で挨拶を返した男性のエルフの門衛はそれに手を翳して魔力を通します。すると通行許可証の紋章が銀色に発光し、それが正規の許可証であることを証明しました。


「わ~! 今の何!?」

「これはこの巻物が本物かどうか調べる魔法だよ。私たち【銀の森】のエルフが魔力を通すとこうして光るんだ」

「すご~! もう一回やって!」

「こら、ネイス! お仕事の邪魔しちゃダメでしょ!」

「ははは、構いませんよ。可愛らしいお子さんですね。流石エルフに負けず劣らずの美貌を誇ると言われる【糸の大賢者】様のご子息だ」


 エルフの門衛は一度だけで事足りるはずの確認を、ネイスのために再び行いながら、ソフィアに向かって笑いかけました。


「エルフにも負けず劣らずの美貌なんてそんな……。恐れ多いです……」


 ソフィアは頬に手を添えて照れながらも、まんざらでもない様子です。そんな彼女をじっとりとした目付きで見つめるアルフレッドは、馬車の荷台から荷物を下ろしながらため息を吐きます。


「いい歳してお世辞を本気にしないように」

「なんですって!?」 


 荷物を背中に背負ったアルフレッドは、ネイスを抱きかかえて馬車の荷台から降ろしました。


「うわぁ、おかあさん怒ってる。怖いね~」


 抱き上げたネイスに向かってアルフレッドは舌を出しながら話しかけます。ネイスは地面に降ろされるとソフィアの元に駆け寄ってきて、その大きな瞳で彼女を見上げました。


「おかあさん、怒ってるの……?」

「お、怒ってないわよ~!大丈夫大丈夫!」


 ネイスの頭をわしゃわしゃと撫でながらも、ソフィアはアルフレッドの事を睨み付けます。その視線を受けた彼は肩を竦ませてエルフの里の門の方へと向き直り、ソフィアはネイスと手を繋いで渋々その後を追いました。 


「ごゆっくりしてくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 門衛に見送られたアレクシア一家は、【銀の森】のエルフの里へと足を踏み入れました。アルフレッドに追いついたソフィアはじっとりとした視線を彼の横顔に向ける。


「な、何かな……?」

「アルは私のこと可愛いと思ってないのかぁ、と思って」

「ちょっ、何本気でむくれてるのさ」

「つーん……」

「はぁ……僕たちもう三十近いんだけど……」


 そう言ったものの、ソフィアの機嫌は直りません。アルフレッドはため息を吐きながら仕方なく彼女の手を握りました。


「思ってないわけないでしょ。君が世界で一番可愛いし、ずっと一緒にいたいと思ったから今こうしているんだ」

「ぅ……」


 あまりに直截な物言いに、むくれていたはずのソフィアの方が頬を真っ赤に染めて俯いてしまいました。


「言わせた本人が本気で照れないでもらっていいかな!?」

「だ、だってそこまで言われるとは……」


 二人して頬を染める三十手前の両親を見上げたネイスは、指を咥えながら首を傾げた。


「おとうさん、おかあさん、らぶらぶ?」

「「!!??」」


 突然横から投げかけられた言葉に二人ともぎょっとしてしまいました。


「ネ、ネイス~? そんな言葉どこで覚えたのかな~?」

「あ! お耳の人いっぱい!」


 ソフィアの問いに、見えてきたエルフの集落に興味を移したネイスが答えてくれるわけも無く、謎のままとなってしまいました。


「遠路遙々、ご足労ありがとうございます。【魔法騎士団前団長】アルフレッド・アレクシア様。そして【糸の大賢者】ソフィア・アレクシア様、お待ちしておりました」


 集落の入り口に立っていたのは数人の女性エルフで、彼女たちはぴしりと揃ったお辞儀と共にソフィアたちを迎え入れてくれました。その流麗な動作に、二日前初めてエルフを見たばかりのネイスは惚けたように言葉を失っています。


「長旅で疲れていることでしょうから、視察の方は少し休まれてからにいたしますか?」

「そうですね……。そうさせていただけると助かります」




 エルフたちの気遣いによって視察の前に一休み出来ることになったアレクシア一家は、豪勢な宿に案内されました。


 初めはあまりに豪奢であったために断ろうとしましたが、女王の思し召しだと言われてしまうと引き下がるしかありませんでした。 


 宿で湯浴みや昼食を済ませると、満腹になったためかネイスがうつらうつらと船を漕ぎ始めました。なのでソフィアは彼を寝かしつけるため宿に残りました。


 先に女王の元へと挨拶へ行ったアルフレッドが帰ってきたら【妖精樹】に向かう運びとなったため、ソフィアもネイスに寄り添って一眠りすることにしました。


 決して安くない自宅のベッドよりも数段高級そうなベッドはあまりにも柔らかく、まるで雲の上に寝転がっているような気分になりました。するとすぐに眠気が瞼を持ち上げている力を奪っていき、ソフィアはうつらうつらとと船をこぎ始めました。


 【銀の森】のエルフは真っ白な肌に白銀の毛髪、透き通るような銀眼という希有なエルフで、彼ら彼女らの姿を見るとどうしてもあの人の事が頭を過ぎります。


 【淡いの箱庭】で出会った彼女はソフィアが出会ってきた中で最も美しく、そして優しい女性でした。

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