第10話 ~報告~
―――魔道歴五一八年
「……フィ? ソフィ?」
「……! な、何かしら?」
自身の記憶を懐古していたソフィアはアルフレッドに声をかけられたことではっとして、意識を現実へと引き戻されました。足下では心配そうにネイスが彼女のスカートの裾を握っています。
「調査も終わったし、そろそろ行こうかと思ってね。……思い出していたのかい? あの頃のことを」
アルフレッドはソフィアから視線を外して、横にある何かを見上げながら小さく笑いました。彼女もその先を目で追ってみると、そこには錫杖を頭上に掲げている立派な彫像が屹立していたのです。
それは遠い昔、【淡いの箱庭】で招かれざる者を葬った勇敢な彼の姿そのもので、ソフィアは心が温まる感覚を覚えました。
「……えぇ」
「あの頃のソフィアは本当に楽しそうだったね。あ、別に今がつまらなそうってわけじゃないけどね」
遠い目をするソフィアに、アルフレッドは笑いかけました。それを受けて彼女もつられて笑みを零し、彫像へと手を翳しました。
(今の私は、あなたのように偉大な魔導師になれているでしょうか? 糸の大賢者として、少しは魔法で人々の生活を豊かに出来ていたら、それ以上の幸せはありません)
ソフィアは彫像に手を翳しながら、心の中で彼に報告するように自身の現状を語ります。
(今の時代はあなたが願った平穏な時代になっているでしょうか? 【悪鬼の黎明】は五年前の大戦で事実上壊滅したと言っても良いくらい、近年はその鳴りを潜めています)
(私はあなたの理想を守ることは出来なかったけれど、大切な人を守るために魔法を使い、今こうして隣に立てている……)
(あなたの教えが無ければ罪の意識に押しつぶされてしまっていたかもしれません。あの頃あなたに、あなたたちに魔法を教えてもらって、本当に良かった……)
翳した手を下ろしながら隣に立つアルフレッドに視線を遣ると、ソフィアの目頭がじわりと熱を帯びました。今こうして愛する人と共に生きられているのは間違いなく【淡いの箱庭】での日々があったからだと、ソフィアは胸を張って言えるのです。
「さ、じゃあ次の調査場所に行こうかしらね」
「もういいのかい?」
「えぇ、近況報告は済ませたわ。それに来ようと思えばまた来れるし!」
彫像に背を向けて歩き出したソフィアに、アルフレッドは問いかけました。その問いかけに振り返ったソフィアは満面の笑顔で、それはどこかあの頃の彼女を彷彿とさせる快闊な笑みだとアルフレッドは感じました。
「そうだね……。また家族揃ってここに来よう」
アルフレッドは彫像を見上げているネイスを抱き上げ、ソフィアの後を追いました。
そして出口で二人揃って振り返って彼の、エドワード・メイザース卿の彫像に向かって小さくお辞儀をしました。それを見たネイスも不思議そうな表情ながらも二人に習ってぺこりと頭を下げました。
それを最後に、アレクシア一家は最初の調査箇所である、魔法時代の先駆者【エドワード・メイザース卿の墓標】を後にしました。