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夜の覇者  作者: Orje
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高嶺の花の中身はゴリラ


序章


堕ちたが勝ちだと思います。

機械が低く唸る音が響く細い通路。申し訳程度に備え付けられた蛍光灯が弱々しく床を照らす。鈍い銀色の床をブーツのヒールが高らかに鳴らす。

女性が一人、怠そうに歩いていた。

栗色の髪は耳にかかるかどうかのショートで、手入れが全くされておらず、あちらこちらへ飛んでいる。前髪もバラバラの長さだ。それでも少しも気にしない彼女はひどく整った顔をしている。大きな目に長い上向きの睫毛、薄い紫煙色の瞳にすっと通った鼻筋、それと小さく真っ赤に熟れた唇。まるで作り物のような美しさである。不必要なほど胸元が大きく開いた黒のライダースーツに黒いロングブーツで平……華奢な体を包み、右手には黒い皮手袋が一式握られている。彼女が男性に見られないのは、顔の美しさではなく男性に見られる角張った部分がないからだ。女性に見られる丸みがあるとは言い難いが。

程なくして彼女は突き当たりにある扉の前へ着いた。中央に大きなハンドルがついた重厚な扉。ハンドルに左手をおき、軽く回してすっと手前に引いた。静かに扉が開く。15センチの厚みがある鉄の扉で、標準の男性が数人で引かなければ開かないくらいの重さがある代物だ。

部屋には窓が一つもなく、換気口があるだけだ。奥に一人の男が座っていた。スーツを着た、小柄でふくよかな初老だ。目が白い眉毛でほとんど隠れている。彼は部屋に入ってきた人物に顔を向けると、ゆっくりと手を動かした。

彼女は非常に怠そうに彼に目をやると、眉間に皺を寄せた。

「来たかなかったよクソジジイ」

それはそれは可愛らしい声で毒づいて、部屋の中央に置かれた黒い革のソファに体を投げ出した。

彼は楽しそうに手を鳴らすが、表情は変わらない。いや、わからないのだ。黒い包帯のような布で鼻から顎下までぐるぐると巻かれているため、表情が読めない。その上話すことが出来ないので会話は基本手話で行われる。先ほどの手の動きも手話だ。

『おはよう。来てくれないかと思ったよ、ティカ』

ティカ。ライダースーツの女性の名である。

「よくわたし呼べたよな。まさかジジイ、前のこと忘れたのか?」

彼は耳は聞こえる。

『忘れちゃいないさ。だがなぁ、あんたしか適任者はいないんだよ。わかってるだろう?』

「わかった上での確認だ、くそッ。」

ティカは髪をかきあげると勢いよく立ち上がり、彼の机の前へ行った。

「契約内容を確認する。仕事の詳細を述べ、契約書を提示しろ。その後こちらの条件及び仕事遂行の上での規定を口上で確認する。いいな、今度こそ守ってもらうぞ。」

『もちろんだ。

今回の仕事はあんた1人。相手は平凡なサラリーマン。だが裏で[海]の情報を嗅ぎ回ってる。ま、国家の犬だな。こいつにゃ家族はいねえし社会でも重要な立場じゃねぇ。勤め先の経営が苦しいらしくてなぁ、生活が厳しい社員が多いんだとよ。だからまあ、いなくなったって逃げたぐらいにしか思われんだろう。このご時世、黙って逃げ出すやつはわんさかいるしな。』

「名前が抜けてんぞ。場所の指定はあるか?」

『ああ、すまんな。名前は───』


契約が済むと、ティカは一つため息を置いて部屋を出た。去っていく足音に老爺はただ目を細めた。



ティカは見た目の割に年が若い。まだ十代であるが、仕事上それを知るものは少ない。そして彼女は今、その事実を知る者の所へ向かっていた。街から離れた丘の上、コンクリートの塊にドアが一つついた建物。完全な人工物だと主張するように大きく構えている。

一応インターホンはあるのだが、ティカはチラリとも見ずにドアを蹴破った。…蹴破った。当然、大きな音がする。周りに障害物がないため音は遠くへ飛んでいった。しかし、家主は出てこない。普通なら怒って出てきそうなものだが、ティカが来る前とてんで変わらず静かなものである。

壁に空いた、ではなく空けた空間から中に入る。すぐ横にある階段を下へ降りると、ひんやりとした空気に包まれる。真っ直ぐに伸びる階段を下まで行くと、重厚な扉が出迎えた。窪みに手を入れ手前に引くと、少し埃を散らしながら静かに開いた。これもまた大変な重さなのだがティカは片手で簡単に開けた。

中で白いモノがもそもそと動いていた。張り巡らされたコードの間にもこもこの白い塊。ところどころが灰色になっている。

ティカは薄汚れた白いそれに近づくと、耳元で少女のような可憐な声で叫んだ。

「来たぞじいさん!!!!!」

もこもこはぴくり、と耳を動かすと、もそりと振り返った。

「あぁ、もうそんな時間か…。」

掠れた老人の声でそう呟くと、ゆっくりと立ち上がった。しかしその頭はティカの腰にも届かず、着ている白衣の裾もまるで背と合わずに引きずられている(袖は千切られていた)。床の埃をくっつけながらティカの横をすり抜けて、部屋の真ん中、何かの資料と何かの器具と何かの…とにかくあらゆるものが乗った机に向かった。そして、なんの躊躇もなく全てを払い落とした。ガラスは割れ銅物も割れ紙は宙を舞って辺りに散らばっていく。舞い上がった埃にティカが顔をしかめた。

「適当に、そこ…そこ座れ。」

もこもこが目で示したのは薄汚れたソファだった。

ティカはちらりと目をやると何も見えなかったかのようにまたもこもこに視線を戻した。

「………まぁいい。」

もこもこは錆びた小さな丸椅子を引き寄せるとのそりと飛び乗った。

もこもこの動きが止まったのを見てティカが口を開いた。

「…相変わらず小汚い、いや、汚いとこだな。」

「誰も何もしてくれんからな。昨日なんざここから出なかった。」

「出なかったのと汚ぇのは関係ないだろ。」

「時間の流れがわからんってのが言いたかったんだ…。少しはわかれ、何年の付き合いだ。」

「何年だと思う?」

「…最初に会ったのは4、5年前だったか。」

「ふざけんな15年になるんだぞ。」

「お前そんなになるのか。随分長いこと浸ってるな。」

「おかげでな。もう戻る気はねぇよ…。」

「ふんっ…。それで?あの包帯男だって昨日言ってたよな。」

「言ったのは5日前だ。

にやにやしやがって気持ち悪かったぁ」

「嫌味は?ちゃんと言えたか?」

もこもこは体をもそっと前に乗り出して意地悪く言った。

「さぁな。思ったこた全部言ってやったけど?」

「ははぁ。多分嫌味にゃなってねぇなそりゃ。」

「あ、でもな、これは嫌味っぽかったぞ。『まさかジジイ前のこと忘れたのか?』」

「ティカ、そりゃ嫌味じゃねぇ。」

「まじかよ意味わかんねぇな…。」

「お前さんにゃ無理だな。」

もこもこは小さく鼻を鳴らした。

ティカは一つ舌を打つと、ライダースーツの大きく開いた胸元から紙の束を取り出した。バサッと机に叩きつける。

「仕事内容だ。口頭での確認も済んでる。」

「ふむ…?」

もこもこは小さな手をひょい、と伸ばし束を手に取った。何をどう読んでいるのかわからないほどのスピードで次々捲っていく。しかし途中でその手はピタリと止まった。

「……ティカ。この場所がどこにあるかわかってるか?」

「あ?どこってまだ調べてねぇけど…。知ってるとこ?」

「知ってる…まぁ知ってるな。おれぁここで死にそうになった。」

表情は隠れて見えないが、彼は苦しそうな声色で自虐的に笑った。

「は?死にそうにってこた、あれか?[海]とのあれか?」

「はは、そうだな、あれだ。」

喉で笑う小さな綿埃にティカは眉間に皺を寄せた。何年か前に本人から聞いた[海]との直接の戦い 。1人で10人相手することなど容易い彼だが、この戦いだけは死の間際まで追いやられた。ティカは彼が悲痛な表情で話していたのを思い出していた。


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