神の望む闇の精霊王
これで、本当におわりです。
「あの、どうか、私が結婚式を上げてから二年は生かせてください」
この人間に意識がまだあったことに、我は驚いた。
「おい、まだ意識あったぞ」
土のが人間の顔の前で、手を振る。人間はゆっくりと、土のをの手を目で追っている。
「いやぁ、予想外だね」
「そう言えば来ました? 神からの内容が」
そういえば、あれから神からの声を聞いてない。しかしあの神のことだ、我は心配は毛ほどもしなかった。
『ごめんね、遅くなったよ。じゃあ、内容を話すよ。これを勝手に君で解釈して、少女に伝えてね』
我は目の前の人間に目線を向ける。その人間は朧気な、しかし強い眼差しで、我を見つめていた。
「貴女を生かすことに決まった」
『三つの約束を決めたよ』
「そこにあたって、条件がある」
『一つ目が、少女とその好きな人と心を通わすこと』
「一つ目が、貴女がその好きな人と心を通わすこと」
『二つ目は、期限は結婚式から二年後まで。自分で言ったんだし、いいよね』
「二つ目が、結婚式から二年までに好きな人と心を通わすこと」
『三つ目』
我にはこの時の神が、とても心が躍っていることなど、聞こえてくる声色で一目瞭然だった。
『一つ目と二つ目が成せなかったら、すぐに闇の精霊王になってもらうね。これで条件は終わり』
「一つ目と二つ目が成せなかった場合、貴女には新たな闇の精霊王になってもらう。達成した場合は、心を通わせた者と同じ寿命を与えよう。これは、私たち精霊王の総意であり、世界の意見でもある。どうだ、約束するか?」
目の前の人間はあまり深く考えずに。しかし、覚悟は決めてらしい。
「はい。約束します」
「そうか、約束してくれるなら、それでいい。必ず忘れるな。貴女が十八歳の結婚記念日に、貴女が住んでいるであろう邸の近くの森に、私はいる。そこが、約束の地だ。そこには、心を通わしても、通わせてなくても必ず来なさい。私たち精霊王との約束だ」
言いながら、約束の証である印を人間の体につけていく。
最後の言葉は、神が邸内に響かせろ。と、煩かったので、響かせて帰ってきた。
いつも通り神のいるところへ帰ると、神は仁王立ちに立っていた。
「どうして、僕の契約内容を勝手に付け加えたの?」
「契約なら、あれでは不十分だ」
「不十分とか、ね。僕が何の考えもなしに、あの契約にしたと思うの?」
この少年のなりをした目の前の者は、この世界の唯一の神だ。今までの狂った闇の精霊王の世界への成果を見てみても、考えがないわけもない。我はそう考えて、首を横に振った。
「そうだよ。あの少女は面白いくらい、運命が決まってたよ。僕が契約を持ち出さなかったら、少女は今頃死んでいたはずだよ。でもね、あの契約内容で契約してもね」
神はこんな話なのに、不気味なくらい上機嫌な笑顔で話を続けた。
「少女の好きな人――少女の婚約者が結婚式から二年後までに少女と心を通わすことなんて無理なんだよ。だってあの少年、とっても傲慢で人の心を考えない、碌でもない人間だもん」
後は興味もないと、神はいつも通りに地上を覗きこんだ。
我はこのまま約束の地へと向かったのだった。
約束の地はただの空き地だったが、我の力の影響からかいつの間にか花畑になっていた。
たまに他の精霊王がやって来たり、神なんてよくやって来る。
神は来る度に、少女の話をしてくる。それも、どのくらい狂ったかを。我も眷属を使って少女の様子を見てみたが、あまり変わりない気がした。
最初の頃、上手くいかないと愚痴っていたが、最近はあまりに上手くいくもので、高笑いしそうだ。と、神自身が言っていた。
「何で浮かない顔をするの」
「……それは」
「言わなくても分かっているよ。狂っているように、見えないからでしょ」
神はやはり我の考えなどお見通しのようだ。
「ふふん。あれは、難しいよ。分かるなら、とんでもなく観察力があるね。あれは、精神に異常をきたさずに、ゆっくりと狂っているんだよ」
それはある日神が言った、理想の狂い方である。
「予想以上に上手くいったよ。少女はあの婚約者に彼女ができてから、決められた自身の命の終わりに気づいたよ。日にちが過ぎて行く度、自身の命日に近づいていっている。さらに、お前があれを付け足してくれたおかげで、婚約者の愛が得られないから、死ぬんだと分かっている。それで、人は狂わずにいられると思う?」
限りある命を持ったことのない我でも、想像できることだ。狂わずにはいられないだろう。それが、どういった形であっても。
「分かっただろう?」
僕なら婚約者を憎むね。そう言い残して、神は帰っていった。
それからは、我にでも分かるくらいに狂い始めた。アルビドゥスの花に一方的な会話ではなく、そこに誰かがいるかのように接し始めた頃には、どうにもできないと思った。
結婚式から二年は経った。結局、あの神の言う通りにことは進んだのが、我は少し気にくわない。
少女は約束の地に来てくれた。それでも、真面目な気質は狂っても抜けないようだ。
しかし、あの頃のような、強い眼差しは面影もなく。今はただ虚ろな眼差しがそこにあるだけだった。
「契約の一と二の失敗により、今すぐに闇の精霊王になってもらおう」
少女は青白い顔で、こくりと首を縦に振った。我は証の印を、するりと抜き取った。すると、少女は体を支えきれずに倒れていった。
何とか我は少女の体を支え、横たえらせた。
ふと、考える。後悔はないのかと。
「やり残したことは、ないか?」
少女は長いことうねると、我に満面の笑顔を向けてくれた。しかしよく見ると、その瞳には恐怖が浮かんでいる。
「そうか……なら、よかったよ。精霊になるために、貴女の記憶は全て消えるからな、精霊になってから伝えるなど、到底無理なんだ」
だけど、この場で無粋なことは言えないものだ。
少女はうわ言を呟いては、首を捻る。最後に愛していると呟いたが、その後には涙が頬を伝った。我にはよく分からない感情だが、神がいつだったか、言っていた。こういうときは頭を撫でたり、髪をすいたりするものだと。
我は神の言葉を信じて、少女の髪をすいていた。最後には安心したように、息絶えた。
それから三時間は経っただろうか、少女の夫が供を連れてやって来た。
我には言うことがないから消えようと思ったが、その前に我の精神に神が入ってきた。
「そこの男、俺の妻を返してもらおう」
「ああ、お前が次代の元夫か」
神は男の口調に苛立つこともなく、そっけなく返す。そんな神を見てると、我の方が目の前の男に苛立ってしまう。
「まだ離婚していない」
「離婚も何も、人ではない身で何ができるの?」
「人ではない?」
男は一瞬訳が分からない顔をしたが、すぐに神に怒鳴り散らした。
「どうなってんだよ!?」
「どうも何も、この人はもう人ではないよ。言ったよね、次代と」
「次代とは何だよ」
「次代の精霊王だよ」
神はにやりと嗤おうとしたが、我が何とか無表情を貫いた。
「お前がそのプライドを捨て、次代と心を通わせれば、違った未来があったかもしないね。しかし、それももう二度とない話」
それだけ言うと、神はにっこり嗤って続けた。我は無表情を貫けなかった。
「お前がプライドだけは無駄に高い傲慢で、過去を省みるこもない。他人のことを考えない人でよかったよ。僕が求めていた、狂った精霊王が生まれるのだから」
そう言うと、我と次代ごと神のいるところへと転移させた。
「なぜ、我の精神に入り込んできた。神が直々に、おいでなされば良かったではなないか」
「そんなの簡単さ。僕はほら、この体だろう。あの男、絶対に僕を侮るだろう。それよりなら絶対、光の体の方がいいんだよ」
くるりと、神は体を次代の闇の精霊王へと向けて、掌を翳した。
すると、闇の精霊王はゆっくりと目を開けた。
「あのここは?」
「ようこそ、神の間へ。僕はこの世界の神。後ろの無愛想な金髪は、光の精霊王だよ」
闇の精霊王は、よろしくお願いします。と、挨拶をした。
「君にはここ世界を侵略してもらいたいんだよ。君の眷属である、闇の精霊を使ってね」
「何でそんなことを、この世界はすでに貴方の物ではないですか」
「そうだけどね。僕はこの世界の発展を願っているんだよ。その為には君と光のが争ってくれないと、いけないんだ」
にこにこと言う神に対して、闇の精霊王は困惑していた。
「でしたら、私ではなくても……」
「そんなこと言うなら、僕は君を今すぐ殺すよ」
闇の精霊王はヒッ、と声を漏らすと、やります。今すぐやります。と言って、出ていった。
「今回は最高傑作だ。死を恐がる永遠の狂気。だから今までみたいに、自害はしないよ」
神の狂喜を端から見て、我は不思議に思う。少女は確かに死を恐がっていたが、死際は安らかなものだったからだ。
「そんなの簡単さ」
我は声が漏れていたのだろうか?
「苦しみがなくなって、これで終わりだと思ったからでしょう。その後、人間の死後の道に少し入ったはずさ。そこで見たんだろうね、世にも恐ろしいものを」
神は何をとは、断定はしなかった。しかし、あの異様な恐がりはそうなんだろう。と何とか自分を納得させた。
「いや、本当に今回は怪我の功名だったよ。あんな、素質のある人を捕まえたんだから。最後らへんなんて彼女、死への恐怖をたんとか誤魔化してたんだから。だけど、心の奥底では耐えきれなかったようだね。彼女の死への恐怖が、より一層膨れ上がったよ」
我はこの話が、とても長く続くだろうと、こっそり神の間から出ていった。
あれから何回、現闇の精霊王が魔王をしたのだろうか。精霊の死は、ただ消えるだけだ。しかし、精霊王には死というものに、ほど遠い造りをしている。なので、闇の精霊王は何度も砕け散り、何度も再生をした。我も経験があるから分かるが、痛みは全くない。彼女が両手では足りないくらいに再生したことは、我も覚えていた。
そんなある日、我は闇の精霊王に偶然会ったので聞いてみたのだ。
「この役目が辛くないのか」
すると、闇の精霊王は歪な笑顔を作って――
「死なないなら、死の苦しみがないなら、あそこに行くことがないなら、安いものです」
闇の精霊王は、また居城に帰っていった。次の魔王をするのは、後五十年後だろう。
我は今なら思う。あれを付け加えなければ、もう少し少女は、まともな人生を送れたのかもしれないと。
あとがき、活動報告に書きました。




