婚約者
婚約者が決まったのは、俺が十三歳の時だ。
黒髪に紫の瞳の少女は、俺からすれば陰気くさい色合いで、透けるような白い肌に顔を俯けていると、さらにそれが増す。
俺はそんな婚約者に少しがっかりしながらも、それをおくびにもださずに挨拶をした。
「婚約者になった――」
顔合わせから、一年は経った。貴族はよっぽどの事情がない限り十四歳になると、王立の学園に通うことになっている。今年で十四歳になる俺は新たなる旅立ちに、期待半分不安半分な気持ちでいた。それ以上に、どこか面倒くさい気持ちもあった。
だけど俺は、この学園で運命と出会うのだ。
彼女は庶民のなかで最近まで生活をしていた、ある男爵の庶子。今まで接してきた貴族の令嬢方とは違う、ころころと変わる表情に素直な心根。
一番は、自分の婚約者とは違いその明るい色彩に雰囲気。そこに、やられたのだ。俺は瞬く間に彼女の虜となった。
俺が学園卒業後、側近をすることになっている第二王子の取り巻きも瞬く間に彼女の虜になっていた。
俺は彼女の魅力が分からない、仮面を被ったような令嬢や他の令息がたが馬鹿に見え、またどこかでほっとしていた。
こうやって彼女と過ごしていると、たまに会う婚約者がとても嫌になってきた。
「こいつがいるから、彼女と結婚できないんだ」「彼女さえ、いなければ」「なんでこいつはこんなに陰気くさい」
婚約者への、不平不満は尽きなくなっていた。それと、俺はどうしようもなく不幸な人間にも思ってしまった。
でもいつからだろうか、多分俺が彼女と一晩共にした頃からだろうか。
婚約者があまり俺に構わなくなった。婚約当初から、婚約者は俺に纏まりついていたのに、ぴたりとそれは止んだ。俺はそれに幸いと、婚約者のところへは殆ど行かなくなった。そのことに、何の疑問も抱かずに。
学園も卒業間近に差し掛かってきた。俺も十八になった。第二王子の取り巻きの連中は、彼女を得ることに必死になっている。それは、俺も同じことだった。何としても、第二王子が手を出す前に。それだけは、皆同じ心だっただろう。
だからだ。俺は砕ける覚悟を抱き、彼女に告白した。
「今の婚約者をどうにかする。だから、俺と一生を共にしてくれないか」
彼女は目を見開くと、花笑むような笑顔を見せてくれた。
これで、俺と彼女はいずれ夫婦になる、今はただの愛人関係になった。
それからは、俺はどうやって婚約者を貶めるかに悩んだ。
醜聞や暗殺など色々な方法はある。その中でも、醜聞は使えなかった。火のないところには、煙はたたない。そんな言葉があるくらいだ。火種でもないと、醜聞は世の中に出回らない。
すると、残ったのは暗殺だけだった。
俺は色んなやつに、婚約者の暗殺を頼んだ。暗殺者を雇ったり、金を握らせたり。
しかし、どんなことをしても婚約者は死ななかった。
終いには。
「あの女は化け物だ。傷つけたはずの傷が、幻のように消えていくんだよ」
「即死の毒を盛っても、美味しいと食べて、平然としているのですよ」
そんな暗殺者の言葉に、冗談半分恐れ半分に聞いていた。
暗殺者を送っても意味がないと分かって、送らなくなってから二日後。王家主催のパーティーが催された。
婚約者と一緒にご参加ください。
そう書かれていたものだから。王家主催のものをすっぽかす訳にもいかず、婚約者を連れて参加した。
この時の婚約者は濡れ烏のような髪を綺麗に結い上げ、紫の瞳は潤んでいてとても妖艶だ。
そんな婚約者に、俺はどこかどぎまぎしたが、気のせいにした。
会場に着いたら婚約者と離れ、第二王子に挨拶をしに行った。
「本日はお呼びくださって、ありがとうございます」
「ああ、挨拶はそのくらいで。堅苦しいのは、好きになれん」
最近の話題に盛り上がっていると、王子はふと壁際の方へ顔を向けた。
「ああ、あれがお前の婚約者か。美しい人だね」
「あれのどこがですか?」
王子は虚につかれた顔をすると、大声で笑いだした。
「そうかそうか。あの芋っ子阿婆擦れ女を好きと言うくらいだ。お前には、節穴が空いてるどころが、大穴が空いてるくらい見る目がないんだね」
他の人にも挨拶があるから。と言って、王子はどこかへ行った。
暇になった俺は婚約者へのプレゼントを渡した。婚約者の瞳と同じ色をした薔薇のコサージュに、綻ぶような顔を見せてくれた。
その表情に、独り占めしたい気持ちに駈られてしまった。
しかし、俺はどのみち婚約者を殺したいのだ。その為に薔薇のコサージュを、一ヶ月かけて対象者を殺す闇魔法つきのコサージュをあげたのだから。




