三章:心を蝕む回想
それはうだるような暑さの夏の終わりのとある日のことであった。田中は上半身裸、下も下着だけというだらしない状態で寝そべっていた。それでも汗が滴り落ちてくる。冷房も扇風機も無い部屋では勉強どころではない。そんな中、田中の視線は虚空を捉えたまま微動だにしない。懐かしいような、それでいて心を蝕んでいくような思い出が嫌でも蘇ってきている。
「田中と中田、ひっくり返すとおーなーじ」
思い出したのは、そんなコール飛び交う学生時代の飲み会であった。正反対のいでたちから彼らは周囲から凸凹コンビとして親しまれていた。長身でやせぎすな田中、小柄で太めな中田。まるでお笑いコンビのようで彼らを知らない人でも一目で面白おかしく感じていたであろう。
その外見通り、田中は神経質で取っ付きにくい印象をその表情や仕草から与えていたが、田中は逆であった。性格も正反対に近かったが、彼らはコンビでいることで不思議とバランスが取れており、終始行動を共にしていた。大学で同じ学部学科であり、二人とも学業面でも好成績で競い合う仲であったのが影響したのかもしれない。
ともかく、彼らは学生生活のほとんどを一緒に過ごし、喧嘩なども皆無であった。二人は周囲の評価など気にもせず、愉快な思い出を数えきれないほど積み重ねていった。そう、大学生活が終わるまでは。
そして、卒業後に思いを巡らそうとしたところで、田中は現実に引き戻された。子どもの遊び声だった。どうやらかくれんぼをしているらしい。
一生見つからないような。ましてや、触れることなど到底できないような。罪。中田の笑う顔のイメージ。心象。
そもそも、今追いかけているのも幻なのではないか。
そんな思考が脳裏をよぎったところで、幾度となく繰り返してきた回想をやめにすることにした。今日はもう耐えられそうにない。
「コールといえば、喉が渇いたな」
気が付くと時はもう夕暮れ。この部屋には掛け時計や置時計はなく、時間は腕時計か携帯でしか出来ない。身をよじってようやく時刻を確認するともう18時過ぎである。夕食のことも思い出した彼はいつものコンビニへと向かうことにしたのであった。