ストップ・ザ・レインボー
「ストップ・ザ・レインボー」
虹を止めろ!
虹のせいで、大気が汚染される!
虹のせいで、北朝鮮からのミサイルが日本国上空を標的として定めやすくなっている!
虹のせいで、七色の彩りの移り変わりに影響されて政権が長続きせず、政治が乱れる!
虹のせいで、雨が降り洪水が起きる!
虹のせいで、成田空港から外国人観光客が来襲する!
虹の名のつくモノを滅ぼせ!
虹から産まれたモノを滅ぼせ!
虹の名を下に!
虹の名を下に!
「何だ? これ。」
同僚の、戸田が見せたサイトに踊るレトリック文字。そのどれもが支離滅裂していて、見ていて考えるだけで頭が痛くなる。
「大学生が作った抗議団体なんだってよ。俺のサークルの後輩たちがな。」
「虹を止めろ? 意味わからないですよ。」
「卒業研究なんだとさ。『どれだけ支離滅裂で論も証拠もない理論でも、ネットと過激な活動のせいで大きな問題を作り出すのか』だったかな。
面白そうじゃないか? 明日新宿でデモするらしいぜ、お前も来るか?」
「お前は行くのか? 見物に?」
「いや、参加しに。ストレス発散出来そうじゃん? 虹の名を下に! だっけか? メガホンとか、ブブゼラとか使いながら叫び回るらしいぜ。」
「そんな理由でかよ。」
「いいだろ? 別に、これが辺野古移転だとか、豊洲問題とかリアルな奴だったら俺も参加しねえよ。武田課長に、またどやされる。お前たちはAIじゃなく、人間だ! モラルや立場を考えろ! ってな。」
「ちょっと似てる。」
「お前も来るだろう?」
戸田、悪いな明日は、秋子とデートなんだ。
今の日本では絶滅危惧種の週休二日制の会社員なんだぜ?
なんで、そのレアな1日を、炎天下のなか新宿を練り歩く行為に勤しまなきゃならないんだよ。
戸田に断りをいれ、缶コーヒーを投げ捨てた。
仕事が終わり、帰宅した俺は、秋子の作る煮込みハンバーグを食べたあと、もう一度『ストップ・ザ・レインボー』のサイトを開いてみた。
訪問数 1078
Facebook、インスタ、Twitter、ライン。
大学生なりに色々と宣伝しているらしいな。まあ頑張れ。
ネットニュースに取り上げられでもしたら、良い材料になるだろう。
俺はパソコンを閉じ、冷蔵庫のコロネ瓶を開けてその事を忘れた。
「戸田さんのこと何かしってますか?」
「え?」
後輩の、笑顔だけが取り得の西野ちゃん。色々と気まずいから笑顔を向けないでほしいが。でも、いつ時ものような戸田が、"コンクリートジャングルに舞い降りた天使"と揶揄した笑顔ではなく、ひきつった困り顔を浮かべている。
話を詳しく聞くと、今朝から戸田が連絡もいれずに休んでいて、アイツのプロジェクトについている西野ちゃんたちは朝から大騒ぎなんだとか。
「いや、何も。金曜にタバコ吸いながら話したのが最後だからな。」
「そーなんですか! えー、どうしよう・・・課長もカンカンで話しかけ辛いし・・・。」
「・・・。」
取り得の笑顔が見れないのは寂しいので、俺も今の奴が終わったら手伝ってあげると返事をしといた。
何があったんだ、戸田。
LINEにも既読がつかない、電話も電源から切れている。
・・・まさかな。
戸田の足取りがわかるのは、土曜日に新宿でデモに参加したということだ。
苛つく武田課長に見つからないように、コッソリと『ストップ・ザ・レインボー』のサイトを開いてみる。
訪問者 14.102.508
は? 1400万?
三日間でこんなに?
サイトのメニューバーから活動写真を探すと、
確かに、先日の土曜日に新宿通りを黒と白の2色に身を包んだ団体が練り歩く様があがっていた。
戸田もいた。
大きな黒地に白い日の丸国旗を振り回し、警察官に注意を受けている戸田の姿。滅茶苦茶やってるじゃねえかよ・・・。
まさか、あいつ捕まったんじゃないよな?
イヤだけど、本当にイヤだけど。
もしかしたら戸田の居場所がわかるかもしれません。
本当にイヤだけど、でも俺は止めたんです。
戸田を。馬鹿なことするんじゃないって。
俺の話を聞いた武田課長が怒髪天をつき、自分のデスクをひっくり返して大騒ぎになった。
頭を強く打った俺は、早退した。
警察に問い合わせるわけにもいかず、1週間が過ぎても。戸田は会社に来なかった。
ちなみに戸田の受け持ってたプロジェクトは俺に押し付けられた。
「ありがとうございます! 大丈夫です! 私たちも全力でサポートしますから!」
西野ちゃんの笑顔が妙に腹立たしく感じたが、
いやそもそも戸田が悪いことだ。
急に増えた仕事のせいで、俺の週休二日制が無くなったのも全部、戸田が悪いんだ。
『Stop The Rainbow』
英語表記に変わった。
訪問者 00.000.000
0人?
おかしい先週まで1000万以上のアクセスがあっただろう?
誤表記かと思い
更新してみると、今度はNot foundと出てきた。
見つかりません?
一旦もどり、再度サイトをクリックしてもNot found 404
サイトが閲覧できない。
俺がサイトを開いた直後に、何の前触れもなく?
そんな馬鹿なことあるか。俺に見つけてほしくないのか?
そんなあり得ない陰謀めいたことまで考え出した。
なぜこうまで躍起になって『Stop The Rainbow』を探したのか、自分でもわからない。戸田の消息を掴むため。無断欠勤して仕事を俺に押し付けた戸田の顔を1発殴りたいから。西野ちゃんの笑顔の価値を下げやがったから。武田課長のデスクの上に置いてあった木彫りの熊が頭に当たって滅茶苦茶痛かったから。
いや、単純に素直に。
戸田のことが心配だったからとしよう。
会社から実家に連絡は、いっている。戸田のマンションの大家さんにも。家にも実家にも帰っていないらしい。御両親が5日前に捜索願を出したものの警察からも連絡が来ず。
ならば、直接団体側に聞くしかない。
そう思い、週休一日に減らされた大事な休日を、戸田が通っていたY大学に行くことにした。そのつもりで、秋子とのデートもキャンセルした。同じくY大学卒の西野ちゃんを連れて出掛けることは伏せておいたが。秋子は俺が戸田を探してるということを知って応援してくれている。
「先輩! ニュース! ニュース!」
秋子がシャワーを浴びてる時に、その西野ちゃんから電話がきた。
やめてくれ、今お前のことをどう説明しないか、考えていたところなんだ。
「何チャンだ?」
西野ちゃんは悪くない、西野ちゃんも純粋に、俺が戸田を探すことに協力的なんだよ。
たぶん。いや野暮な詮索はよそう。
疑心暗鬼に陥りつつも、秋子が好きな、くだらないドラマからニュース番組にチャンネルを回す。
「先輩言ってましたよね? 『ストップ・ザ・レインボー』という団体が関係してるかもって。」
「ああ。言ったな・・・。」
西野ちゃんが見てるのも恐らく、同じ報道番組だろうか。
『抗議団体『ストップ・ザ・レインボー』のメンバーと名乗る男が、群馬県庁を放火』
『『ストップ・ザ・レインボー』と書かれたTシャツを着た男が、登別駅前で丸太を振り回す。』
『『ストップ・ザ・レインボー』と名乗る集団が白昼堂々、○○銀行八王子支店へ強盗へ入る。』
『『ストップ・ザ・レインボー』と叫ぶ男が、ニューヨークのセントラルパークを全裸で疾走。』
『『ストップ・ザ・レインボー』の男、京都の清水寺から飛び降りる。』
『レインボーと名乗る韓国人女性が、ブラジル大使館に火炎瓶を投げ入れる。』
『『ストップ・ザ・レインボー』屋久島の大樹に伐採用チェーンソーを持ち・・・』
『謎のマスコットキャラ『ザ・レインボー』が全国のコンビニエンスストアで販売開始。』
『『ストップ・ザ・レインボー』・・・中国籍の女性を殺害・・・』
『東京駅の外壁に虹の落書き。』
『エジプトで虹色の雪が降る。』
『『ストップ・ザ・レインボー』・・・米軍基地のフェンスを・・・』
『女性の目にカラースプレーを噴射男。俺はレインボーの使いと名乗る。』
『『ストップ・ザ・レインボー』と名乗る武装集団が、メキシコ国境で警備隊と激しい銃撃戦!』
『『ストップ・ザ・レインボー』・・・富士山の頂上にダイナマイトを・・・』
『"レインボー"と名乗る男が、通り魔殺人。』
ストップ・ザ・レインボー。レインボー。
全て、今日。世界中で多発的に起きた事件である。
マスコミが勝手に関連付けて面白がってるのではない。確実に明確に『ストップ・ザ・レインボー』という団体が関与しているのだろうか。
全てY大学から始まったのか?
そんな馬鹿な。元は虹を消そうとか大言壮語を謳う大学生の実験団体だろう?
「私、何か怖いです・・・。」
西野ちゃんの涙混じりの声が聞こえる。
俺もだよ、西野ちゃん。深く関わっちゃいけないものだよ。これは。
戸田とサークルの後輩は何をしてしまったんだ?
いや、二人というよりも、レインボーってなんなんだよ?
Y大学に向かわねばならないという決心が揺らぎだした。
きっと軽い気持ちで関わっちゃいけないことだ。
戸田はただ暴れすぎで警察に御用になっただけだよ。
・・・でも捜索願は受理されたんだよな?
そして最後に。
『Y大学の学生が、校舎の屋上から集団投身。』
翌日、余り眠れなかったのか、目を真っ赤にした西野ちゃんと大学最寄の駅で待ち合わせし、Y大学までやってきたが。
案の定、群がる人とマスメディアと。
それらの部外者を入れないために、Y大学は閉鎖されていた。
「私たち・・・どうすればいいんですかね・・・。」
「忘れよう。戸田のことも団体のことも。たぶん俺たちの様な一般人が関わりようもない事に、最初から巻き込まれていたのかもしれない。」
「でも・・・!」
ああ、知ってるよ西野ちゃん。
お前が戸田を上司や先輩以上に好意を寄せていたことも。
戸田が満更じゃなく、西野ちゃんの事を話していたのも、知っているさ。
でもね。僕にはまだ秋子がいるんだよ。西野ちゃん。
君にも、戸田以外の誰かと巡り会う可能性があるんだよ。
どうにかわかってもらえないかい?
「友達なんですよね。見捨てるんですか? 戸田さんのこと。」
「・・・そうだ。」
西野ちゃんの右手が俺の頬を叩いた。
秋子に怒られるより、戸田の馬鹿に巻き込まれて負った傷よりも。
何よりも西野ちゃんの方が重かった。
「私、帰ります・・・私は諦めませんから。」
とても不謹慎な話になってしまうが、
その時の、西野ちゃんが最後に話した相手である俺に。涙を必死に堪えながら、俺に諦めないと意思を伝える、その顔が1番魅力的だった。
翌日。
西野ちゃんが、昨夜自宅の風呂場で殺されたと、武田課長が教えてくれた。
呆然自失とした。頭が真っ白になるとはこの事なんだ。
最後に西野ちゃんと話した事は、警察にも直ぐにわかり、
俺は任意的に警察の取り調べを受けた。
勿論、俺は西野ちゃんを殺していない。
その事は、俺の心と、半同棲中の、虹原秋子と、帰りに寄った本屋の監視カメラが証明してくれた。
俺は出来るだけ食い下がるように、警察の人たちに西野ちゃんを殺した犯人についての情報を聞けないかと思ったが。
警察の人は案外あっさりと教えてくれた。
「"レインボー"だよ。被害者の側に虹色のペンキで文字が書かれてた。あの野郎のやり口に違いない。」
「何て書かれてたんですか?」
そこまですんなりと話した警察の人の口が突然重くなった。
そこから先は話したくない、いや聞かせたくないといった風に。
「君は、西野千加子の会社の先輩だったね。プライベートでも、仲良かったのかい?」
なんでまた、西野ちゃんとの関係を根掘り葉掘りと聞くんだと、西野ちゃんは俺の同僚の戸田が好きだったし、俺には、虹原秋子という大事な人が・・・。
「ニジハラ? 名字がニジハラで間違えないか?」
「え? ええ。俺の彼女の虹原秋子ですよ。写真も見ますか?」
「今どこにいる!?」
「え、あ・・・えっとたぶん、俺の家にいると思いますよ。彼女、ルポライターなので、昨日終えた取材の原稿を、部屋でおこしてると思います・・・。」
警察の人たちがざわめきたつ。
ニジハラ!
ニジハラは不味い!
次のターゲットか・・・。
直ぐに車まわせ!
「兎に角、急ぎましょう。気を動転させたくないですが、貴方の大事な人の話だ。車に乗って貴方の家に向かいながら話します。」
若い警察官の男が、そう言って事情を説明してくれた。
"レインボー"は最初は普通の、という言い方もおかしいが。何の規則性もなく無差別に人をナイフで切りつける通り魔殺人の容疑者だと思っていた。神出鬼没で犯人の容姿が全く捉えられないままに起きた3件目の殺人。二梶朱美の倒れていた路地の壁に、虹色のペンキで文字が書かれていた。
『虹の名を下に!』
-----ストレス発散出来そうじゃん?-----
・・・そんなわけない。
「我々はそこから、今までの被害者を再度調べ直したんです。一人目は祖母の名字に虹が入っていて。二人目は死んだ母親の旧姓が、虹村だった。三人目の、二梶朱美。四人目は、雨宮多華代。五人目はレイン・ボールドウィン。六人目は、赤紫美和。」
二梶さんはアイツの高校の時の元カノだよ。
雨宮多華代は、アイツの行きつけのバーテンだ。
レイン・ボールドウィンは、俺と一緒に無料期間中だけ通った英会話教室の講師。
赤紫美和は、会社の受付の子だ。
「虹に関連づいた殺人事件だと。"レインボー"は虹の近く。西野千加子まで辿り着いたんだ。そして西野さんのに書かれた文字は『虹を見つけた!』だ! 君の彼女。虹原秋子が危ない!」
戸田に秋子を紹介したとき、そういえば・・・夕立のあと虹が出ていたかな。
いやいやいや・・・。
そんなバタフライエフェクトあり得るものか!
「戸田ぁぁあ!」
お前が、俺に仕事をほうり投げたのも許す!
課長の八つ当りを受けるのも。
でも、西野ちゃんと秋子に手を出すのは許せない!!
若い警察官の的外れさを指摘することもせず、俺の乗るパトカーから、マンションが見えた瞬間に、逃走犯よろしく扉を蹴り開けた。
警察官たちを置き去りにして、2階の自室へ。俺はターン鍵の鬱陶しさを初めて感じながら、力づくで廻したキーがひん曲がり毎日2度行う閉める、開けるという行為さえ・・・ええぃ! 構うものか!!
戸田がいた。秋子がいた。
秋子の口を押さえてナイフを振りかざす戸田の、その手を、のし掛かる身体を突き飛ばし馬乗りになる。
戸田!
戸田!
戸田!
戸田ぁ!
とだぁぁ!
ドゥだぁぁあ!
どだわぁぁあ!!!
死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!!
西野ちゃんを!
お前も。西野ちゃんを!
そして俺の秋子までもぉぉ!!
「死んじゃうよ!」
「離せ、秋子ぉ!!」
秋子の静止も聞こえない。
戸田が何かを呟きだした、黙っていろ秋子ぉおおォォオ!
「虹を、虹を消さなきゃ。虹を消さなきゃ。ストップ・ザ・レインボー。離してくれ、お願いだ。明日にはレインボー星人が惑星条例を破って、結社が動く前に俺たちは、茨木さまと共に虹ヶ丘にて祈祷を済ませねば・・・離してくれ。離してくれ。巫女が必要なんだ。お前の秋子ちゃんが必要なんだ。
お願いだぁ・・・お願いだぁ・・・。」
どうして・・・どうして。
戸田の顔を殴っていた拳は、いつしか床を殴っていた。
拳の痛みも感じない。視界が滲んで徒だの顔が見えないのが幸いだった。
お前をこんなにしてしまったのは、誰なんだよ・・・。
「ストップ・ザ・レインボーってなんなんだよ!!? とだぁぁぁぁ・・・」
「・・・それはね。」
パッン!
パッン!
い・・・ビックリした・・・秋子・・・ぉ?
「レインボーの名の下に・・・行きましょう皆さん。茨木様もレインボー総帥も待ってます。」
・・・秋子? 何をいっているんだい?
秋子? 俺の愛する虹原秋子。何をしたん・・・?
頭が落ちた、床に。うったのか?
痛くない・・・痛くない・・・。
滲んだ秋子の顔も、動かなくなった。俺の下で静かになった戸田の顔も・・・。
見えない、見えなくなっていく・・・。