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かれらかのじょら。

「異世界に行こう!」

作者: 卯月咲也

「異世界に行こう!」

 私の親愛なる隣人こと、隣の席の安堂は唐突に紙束を積み上げ、声を上げた。

「資料は既に用意してある。だから加東、異世界に行こう!」

 安堂の理解出来ない行動はいつものことだし、それに私を付き合わせようとするのもいつものことだ。

「断る」

 まあ、だからといって私が付き合ってやる義理などないのだが。

「なんでだ!」

「今、いいとこだから」

 ペーパーバックから顔を上げもせずに言う。

「きっと本より面白いから!」

「本より面白いことなんてあるわけないだろう、却下だ」

 行くなら一人で行け、と言うと安堂は盲点だった、と衝撃を受けたように宣った。

「成る程、一人でも確かに異世界に行ける!」

「他人様に迷惑と面倒はかけないようにな」

「おう! 行ってくる!」

 まあ、あれでいて小心者なところがある安堂のこと、法を犯すことなどはないだろう。


 失敗した、と沈んだ表情の安堂がいた。

「朝からそんな表情しないでくれないか? 面倒臭い」

「加東の辛辣っ! !」

「はいはい、で、どうしたんだ?」

 愚痴愚痴と並べられる安堂の不平不満を流して、手早く終わらせようと、話を進める。

「昨日、あの後異世界に行こうと思って色々試してみたんだよ」

「例えば?」

「魔法陣みたいなの描いてみたり、出来るだけ速く走ってみたり」

 魔法陣は、ファンタジーモノじゃよく出てくるから、分からなくもないけれど、何故異世界に行くのに速く走るなんてことをするのか。いくら安堂でも、唐突過ぎやしないか。

「ああ、速く走るってのはな、ほら、超速く動くモノは過去に行けるってどっかで聞いたからさ」

 怪訝な顔でもしていたのだろう、安堂が補足した。

「成る程。……しかし安堂、確か過去に行けるのは超光速で動くモノとかじゃなかったか?」

 ヒトはそんな速さで動けないものだと思うけれど、と。

「それなんだよな〜。頑張ってみたけど、五十メートル五秒が限界だった」

「だろうな」

 それでもヒトが走る速度なら十二分に速いのだけれど。

「過去に行けたら、ほら、パラルルワールド、だっけか? そういうのに行けるかなって思ったんだけど」

「パラレルワールド、な。まあ、そもそも平行世界は確かに異世界ではあるかもしれないが、少なくともキミが行きたがっているファンタジー世界ではないだろうな」

「え? なんで? 異世界だろ?」

 ドラゴンいないのか、と安堂。

「いるわけないだろう。平行世界ってのは結局のところこの世界の分岐でしかないんだから。この世界に無いものがあるわけ無いだろう」

「なんか突然変異とか、そういうのは?」

「それが起こるとしても、何十年何百年先に起こるか、この世界でも起こるだろうな」

「そっかぁ……」

 意味無かったのか、と安堂は嘆息する。

 ……まあ、そもそも、異世界に行くこと自体、無意味だと思うけどな。

 落胆する安堂が彼らしくない程に消沈していて、普段なら間違いなく吐いたであろう彼の徒労を嗤う言葉を、私は吐くことが出来なかった。

 その言葉を吐けば、或いは、もっと違う結末になったかもしれなかったのに。

「ま、次はまた別の方法試してみるさ!」

 明るい、痛々しい声で安堂が言う。

「ふーん、まあ、テキトーに頑張れ」

「おう!」


「で、また失敗したのか」

 翌日、沈没船の如く消沈した様子の安堂に言う。

「おう……」

「今度は何やったんだ?」

「異世界人と交信しようと思って、呪文唱えながらぐるぐる回ってた」

「私服か? 端から見ると不審者にしか見えないだろうな」

「うん、私服。気が付いたらお巡りさんが来てて、恐い顔で『署までご同行願えますか』っていうから、つい逃げてきちゃった」

 思った以上に不審者扱いされていた。確かに、安堂の私服は不審者扱いされかねない全身黒コーデだが、人気のない所で警察官に職質される程ではない筈だ。

「何処でやってたんだよ」

「巳蘿公園」

「それはそうなるだろうな」

 せめて、屋上とか校庭なら、白い目で見られる程度だったろうに、ご近所の子供に大きな人気を誇る巳蘿公園を選ぶとは。

「むう……。……よし!」

 沈痛に彩っていた表情を、毅然とした前向きさに塗り替えて、安堂は言った。

「次はもっと別の手でやってみる!」

「そうか、適当にやれば」

 安堂の底抜けに明るい声に、ガスの抜けた風船みたいな返事をした。


 それからも、安堂は失敗を繰り返した。

 その度に幽霊船と同等以上に落ち込みながら、持ち前の無駄なタフネスとポジティブシンキングにより直ぐに浮上し、次の試行を始めた。

 ……そうして、かれこれ安堂が試行を始めて二ヶ月程になった頃のこと。

「加東加東、聞いてくれ!」

「如何した安堂、やけに元気だな。またぞろ、何か良くないことでも企んでるのか?」

 普段からハイテンションな奴ではあるが、その日は輪にかけて酷かった。

水素の充満した部屋でマッチを擦るような、酸素の単体を多量に吸引するような、そんな危うさを内包した高揚感を、滲ませていた。

私が、安堂のこんな姿を見るのは、これで二回目だ。

その一回目は、安堂が家庭科室で起こした『安堂腹痛事件』、去年の初夏、私達が出会っておよそ二ヶ月程度の頃のこと。

『安堂腹痛事件』はその名の通り、当時高校一年生であった安堂が学園祭の食物模擬の準備中に腹痛を訴え、保健室に連行された事件だ。最終的に近くの病院へ救急車で搬送される程に事が大きくなったこともあり、安堂と同じクラスだった私達はよく憶えている。まあ、不幸中の幸いというか、腹痛の原因は安堂が道端で拾った草を生で摘み食いしたことであり、大変ではあったが、クラスの出し物を変更せずにすんだのはよかったのだろう。

勿論、安堂は調理班から外された。それどころか、食券販売班やホール班からも出禁をくらい、店内装飾や広告媒体の製作などの事前準備以外は一切関わらせてもらえていなかった。

当時の安堂曰く、ちょっとした好奇心で行ったそうだが、私にはそうは見えなかった。好奇心で、不衛生な食用でない野草を食べる程、安堂が考えなしの阿保であるようには思えなかった。

まさか、あんなことになるとは。そう言って笑う安堂は、腹痛から快復したのにも関わらず、思わず目を逸らしてしまいたくなるほど痛ましかった。

 きっと、だから私はあんなことを言ったのだろう。

安堂の高揚した雰囲気が、あまりにも『事件』のときのそれと酷似していたから。

「安堂、大丈夫か?」

 ポロリと、言葉が口から溢れた。

「え、何が?」

「いや、その、何というか……」

 漠然としたこの不安を、上手く言語化出来ない。私はこんなにも語彙力が無かったのだろうか。これでも、国語の成績は悪くない筈なのだが。

「? よく分かんないけど、まあ、大丈夫だって!」

 よく分からないなら、大丈夫じゃないかもしれないだろうに。

「そんなことより! 俺はついに見つけたんだよ、加東!」

 私の不安を他所に、安堂はハイテンションのまま続ける。

「……何を?」

「確実に異世界へ行く方法を!」

 私が今迄にみた笑顔の中で、そのときの安堂のそれは、一番純粋で、喜色に溢れていた。


 安堂は姿を消した。

 異世界に行く方法を見つけた、と言った翌日から、安堂は学校からも、自宅からも、姿を消した。

 無断欠席も無断外泊もしない、あの変人っぷりを除けば普通に「良い子」である安堂が、ぷつりと姿を消した。

当然、周囲は騒然とし、クラスメートである私も、安堂の居所に心当たりがないか、度々尋ねられた。

けれど、私にマトモな答えは返せなかった。


 安堂はきっと異世界に行ったのだ。

 友人にはなれなかったけれど、親愛なる隣人ではあった安堂は、きっと異世界に行ってしまったのだ。

 例えば、安堂がまだこの世界にいて、まだ私の隣人であったなら、若しかしたら、いつか私達は友人になれたかもしれない。或いは、そこが異世界であっても、隣人であったならば。

 けれど、私は異世界へは行かなかったし、安堂は異世界に行ったのだ。

 だから、私達が再び隣人になることはなく、友人になることもない。

「友人ではなかったけれど、それでもキミのことは好いていたよ、安堂」

 どうか、キミの道行に幸多からんことを。


ギャグコメディにしようとしてたのに気付いたらこんな話になってた。不思議。


タグ付けてるけど、一応こっちでも明記しとくと、安堂も加東も男。


18/01/30 修正

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