邂逅
少年はそのまま校外のコンビニへと連行された。
そして、全員でコンビニに入る。
「なぁ、見ておいてやるから安心してやっていいんだぜ?なぁ?」
いじめっ子はそういうと、取り巻きは一斉に笑った。
店員は不快そうにその様子を眺めていた。
「だから、逃げられるだなんて思うなよ?」
彼はいじめられっ子の耳もとで醜悪な顔をさらに歪めながらそう言った。
「に、逃げないよ……」
そういうと、彼は目当ての焼きそばパンのコーナーまで最短ルートで進んだ。
そして、目当ての商品を彼は見つけた。
だが、そこで新たな客がひとり入ってきた。そしてその客は彼の方に向かってきた。
迷っている暇はなかった。
躊躇ったら、多分その客に告げ口されるだろうと少年は焦った。
だから。
すかさず彼は焼きそばパンをカバンの中に入れた。
幸い店員は気がついていないようだった。
そして、客の方も大丈夫そうだ。そもそも、目がギラついていて挙動不審なのだ。彼に構うほどまともな精神を持っているとは思えない。おまけに服は白いTシャツに赤いペンキをぶちまけたようなおかしなデザインで、彼の異常さを証明しているようだった。
店の中にいる連中に目を移すと相変わらずニヤニヤと笑っていた。
大丈夫そうだ。
このまま店の外へ出れば、無事に終えられる。
そう思って彼はまた最短ルートで進んだ。
だが。
「すいませーん、店員さーん」
何だ、といじめられっ子は一瞬怪訝な顔をした。
「あいつが万引きしてるの見ましたぁ!」
その瞬間に彼らの顔が気持ち悪い笑みに変わったのを見た。
少年は自分の無力さに歯をくいしばることしかできない。
ただ、嵌められたという思いと、どうしたらいいのかという戸惑いがぶつかり合って、意識がぐるぐると空回りを始めた。
「おい、君……。ちょっとそのカバンの中のものを見せてみなさい」
店員はまるで哀れむかのような目で少年を見た。
少年は焦った。
気が動転した。一刻も早くこの場から消えてしまいたいという衝動に駆られた。
そして、彼が取った行動は逃げるという最悪の選択肢だった。
だが、いじめっ子はそのことまで見越していた。
「おい、逃げんなよ犯罪者」
取り巻き全員で出口を塞ぎ、いじめられっ子を店の中に引き戻したのだ。
「そうだ!俺、警察に連絡してやりますよ!」
極め付けにその中の一人が携帯を取り出した。
そうやって事態はどんどん悪い方へと転がって行った。
電話は少年はを嘲笑うかのように繋がり、警察の急行が約束されてしまう。
もう、ダメだ。
少年はそう思った。
そんな時だった。
グチャリ。
と、水っぽい音が響いたのだ。
「え?」
その音源は取り巻きの少年からだった。
正確には取り巻きの少年の腹からだった。
いじめられっ子が恐る恐る視線を落とす。
そこには。
刃物が生えていた。
「ゴッポッッッ!!!」
刃物が無骨に抜かれると彼は盛大に血を吐いて倒れた。
「お、おい、何だよ!何なんだよ!!!!!」
いじめっ子はそう叫んだ。
何が何だか分からなかった。
とにかく分かったのは、一人の男が一振りの血まみれの日本刀を片手に恍惚とした表情を浮かべていることだけだった。
「に、逃げろぉぉぉ!!!!!!!」
誰からともなく叫ばれたその声を皮切りに、全員が一斉にドアへと殺到する。
いじめられっ子は突き飛ばされてコンビニの奥に引き戻されて尻餅をついた。
そして彼は全員が全員、外へ目指す無様な様子をはっきりと見た。
彼は、自動ドアを諦めてトイレの方へと隠れることにした。
一方いじめっ子達は相変わらず我先へと出入り口への道を奪い合っていた。
だが、そもそも、自動ドアは十数人もの人間が同時に出入りすることを目的に作られてはいない。
だから詰まるのだ。
そして、それは格好の標的となりうる。
「あひゃ!あひゃひゃ!!!くくふふふふ!!!死ね!死ね!偽りの支配者どもぉぉぉ!!!俺たちを散々こき使いやがったことぉ!後悔させてやるぅぅぅぅぅ!!!」
惨劇だとしか言いようがなかった。
日本刀が振るわれるたびに、人の体が飛び散って行った。
一太刀一太刀が人間になせるスピードだとはとても思えなかった。
だが、それは紛れもない事実だった。
そして、彼は取り巻きの最後の一人を追いかけて左右対称に切り裂いたあと、ふらりとした足取りでコンビニに戻ると、何気ない調子で店員の喉に日本刀を突き刺した。
「おがっ、こっ……コココッッッ」
人間はここまでも脆い。
そう確信させるほどの惨劇だった。
少年はコンビニのトイレの個室に逃げ込んでいた。そして、生々しい音を聞くたびに体が震えていた。
次は自分の番だと思うと息が上がり心臓はこれでもかというほどに拍動していた。
そんな時。
唐突に銃声が聞こえた。
「ゴッかっッッッ!!!???」
それは襲撃者の声だった。
そして乾いた銃声が何重にも何重にも響く。
「ヒュゴッ、グゾォ、ま、だ、マダァァァァ!!!」
直後。
少年の耳に入り込んだのはガラスが割れる音だった。
それに続いてトイレのドアが何かの衝撃で唸り声をあげていた。
そして、天井が軋んで砂埃が彼の視界を塞ぎ始める。
「この、ままじゃ……。天井に潰される……!」
そう言うと、少年はガタつく膝を一発叩いて気合を入れた。
そして、勢いに任せてトイレのドアを開け放ち、そのまま店内へと戻った。
商品は散乱し、陳列棚も所々倒れている。ガラスは全て破られ、そしてその外側には機動隊のような重装備の人々の残骸が転がっていた。
凄惨だとしか言いようのない光景だったが、少年は心を無にして出口を目指そうとした。
先ほどの騒ぎがなんだったのかと思うほどに静かだった。
例の狂人の姿は見えなかった。
「一体、どこに行ったんだ?別にいないならそれで構わないんだけど」
そう言いながら足を進めると、少年は先ほどの狂人が腹部に大量の風穴を開けて倒れているのを発見した。
瞳はあらぬ方角へ向けられており、口からはよだれが滴り落ちていた。
ピクリとも動かない彼を少年は気味悪そうな顔をしながら横を通り過ぎた。
その直後。
「ぁぁぁぁああああああああああっっっっ!!!!???」
「ひぃっ!?」
狂人が咆哮を上げながら再び立ち上がった。
少年にできたのは小さな悲鳴をあげることくらいで、あとは刃物が振るわれるだけだった。
景色がスローモーションに変わり、少年の記憶が走馬灯になって殺到した。
ギロチンのような彼の刃物は正確に自分の首を狙っていることが見て取れた。
棒立ちのままの彼を横薙ぎで殺そうとしていることがはっきりわかる。
腕が後ろまで振り上げられ、体全体を使って、体重移動を適切に使いこなしそしてこちらに向かってきている。
残念ながら、少年は武器を持っていないために受け止めることは不可能だ。
だから少年は無駄だとわかっていながらも、しゃがんで刃を躱そうと努力した。
少年が異変に気がついたのはその時だった。
このスローモーションの中で少年だけがまともに動けてしまっているということに。
つまりそれは自分の認識と自分のスピードが相手よりも数段早いということで。
今なら、ここから逃げ果せることもできるかもしれないということだった。
少年はそのままクラウチングスタートを切るように走り出した。
刃は虚しく空を切り、そして、ありえないことに起こったソニックブームに狂人は容赦なく叩きつけられた。
少年は必死で走り続けた。
気がつくと少年は自動車よりも格段に遅く足を回していた。
何が起こったのかさっぱりわからなかった。
今日見た惨劇は夢だったのではないかと、そんな気さえしてきた。
だが、靴裏にべったりとついた血の跡が少年に現実を提示していた。
だが、少年にそれを受け入れる勇気はなかった。
だから、少年は靴を洗って証拠を洗い落とし、そのまま家に転がり込むとVRゲームの世界へと逃げ込んだ。
朝に買った雑誌がなくなっていたが、なぜだかわからなかった。
きっと些細なことだろう。
そう少年は結論付けて、彼はゲーム機のスイッチを押した。