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昇龍、扶翼を喪ず――南朝宋武帝 劉裕伝  作者: ヘツポツ斎
6   五斗米道と桓玄
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06-02 劉興弟     

 薄暗い室内にゃ、蕭文寿しょうぶんじゅ様、だけじゃねェ。近所の奴らも一緒だし、もちろん臧愛親ぞうあいしん興弟こうていの姿もあった。ちっと汚れてたりもしたが、ひとまずケガとかはなさそうだ。

 寄奴が来たとこで、先んじて動いたのが向靖しょうせい、それから沈田子しんでんし

 手にしてた棒を寄奴きどにすばやく突きつけたが、その顔に、すぐさま驚きが浮かぶ。

「――寄奴! お前、無事だったのか!」

「無事じゃねえお前が言うな。まぁ、生きててくれてよかったぜ」

 言って、肩に手を置く。

 目の下に、クマがある。寝ずの番でもしてたんだろう。いつ、何に襲われるとも限らねェ一晩だ。二人の疲労も、想像するにあまりある。

「もう大丈夫だ、たあまだ言えねえ。なら、交替で少しでも寝とけ。いざって時に動けるようにしろ」

 見た目だと、沈田子のほうに疲労がでけェ。向靖がうなずくと、沈田子ァのろのろと拱手し、部屋の片隅に引っ込んでった。

「田子、親父のこともあるのにな。だいぶ参ってたろうに。よくやってくれたぜ」

 感心したように、向靖が言う。

「あいつの素性のことは?」

「伏せてある。早いうちに偽名で呼んどいた。でねえと、ここにいるやつにだって何されるかわかんねえしな」

「そうか、助かる」

「ご提案は蕭文寿様だぜ」

 言われて蕭文寿様の方を見てみりゃ、いかにも苦言を言いたそうなお顔になってらした。

 っが、ここじゃあ、ため息をひとつ。

「寄奴。おまえのような子でも、いまは京口けいこうの人々に求められているのです。細かい話は後にしましょう。今は、すみやかに戦場に戻りなさい」

「ああ」

 それから愛親を見る。目が合ったとこで、二人しておんなし間でうなずき合っちまった。思わず、苦笑が漏れた。

 それから愛親の後ろにいる、興弟。

 寄奴と目が合う――そこに、あからさまな怯えが走った。

「!」

 そのことに興弟自身、すぐ気づいたんだろう。

 慌てて、深々と頭を下げてくる。

「この国、京口の人々のため、命をお張りになる父上を、この興弟、誇りといたします」

「――おう」

 そう言ってくるんなら、寄奴だって踏み込んだこた言えやしねェ。

 もう間もなく、十二になる。早いやつなら、そろそろ子供が産める身体にもなる時期だ。年ごろのメスガキがオヤジから距離を置こうなんて、そう珍しいことじゃねェだろう。

 っが、興弟の反応ァ違った。

 明らかに、そういうやつじゃねェ。

「そか。興弟、戦帰りの寄奴見んの初めてだったか」

 その様子に臧愛親も気付いたか、伏せる興弟の背中に手を回した。びくり、その背中が小さく震える。

 余計な考えが、ぐるぐる回る。

 興弟が生まれたんなァ、己らが龍に食われたあとのことだ。なら、興弟にだって何らかの影響があってもおかしかねェ――なんてことまで。

 っが、すぐに頭を切り替える。

 ある程度の食料だ何だを預け、寄奴ァ改めて、外に向かう。

穆之ぼくし

「ん?」

 相変わらずせわしなくしてる穆之の背中に声を掛ける。返事こそあれ、その手ァ止まっちゃねェ。

「一応耳に入れといてくれ、もしかしたら、興弟にも見えてるかもしれねえ。己に見えてるような、何かが」

「――わかった。探りは入れてみる」

「済まねぇな、あれこれと」

「ほんとだよ」

 いつもどおりの憎まれ口にゃ、頼もしささえある。肩を軽く叩くと、寺の入り口に。

 穆之のとこに向かう奴ら、穆之が書いた手紙を手に、外に向かう奴ら。ひっきりなしの往来を避けながら進むと、門のそばにゃ、ぼとりと、ひとつ。人影が落ちてた。

 そう、呼ぶしかなかった。

 いつもそう明るい顔ってわけでもねェ孫季高そんきこうのツラが、この上なく、暗れェ。

劉郎りゅうろう。どこぞに行く」

五斗米道ごとべいどう共のたむろしてるあたりだ」

「そうか、――ワシも、連れてけ」

 家族はよ、聞きかけて、いったん口をつぐむ。

 ツラが、すべてを物語ってる。

「いいのか、荒れるぞ」

「そんくらいが丁度エエ。殺させろ」

 孫季高ァ、べつだん荒事に秀でてるわけじゃねェ。もちろん、人並み以上にこなしゃすんだろうが。ただ、正面切っての斬り合いにゃ、そう混じったこたァねェ。

「隊伍にゃ組み入れねえぞ。やりてえように動け」

「恩に着る」

 門を出てみりゃ、そこにゃ王元徳おうげんとく仲徳ちゅうとく兄弟の率いてる隊が揃ってた。寄奴が連れてきた兵どもを見るに、割とすんなりふたりの指揮も受け入れられたみてェだ。

 へえ、と寄奴ァ声を上げる。

「元徳、仲徳。今度教えてくれよ、指揮の色々」

「事態が落ち着かば、いくらでも」

「頼むぜ」

 それから、隊を見回す。

 そんだけで二人の持ってた指揮権が、手前のほうに戻ってきたのを感じる――ったく、武将の手腕って奴ァ、こうもお見事なもんなんだな。思わず寄奴も、感心の声を上げそうになる。

 たァ言え、惚れ惚れとばっかもしちゃらんねェ。

「お前ら! こっから、刁逵ちょうきんちに向かう! くれぐれも言っておくぞ、派手に勝て、いいな!」

 やや笑い声も混じったが、なかなかに鋭でェ応、の声が返ってきた。

 寄奴、孫季高を先頭にして、隊が動き出す。そう遠いわけじゃねェ、ひときわデカく、豪華な刁逵んちの蔵。そこにわらわらと有象無象どもが集る様子ァ、すぐに目に留まる。

 と、孫季高が口を開いた。

「ワシとて、これでそれなりに他人を殺めてきた。またワシのもたらした報で死んだモンを数えりゃ、とても数え切れるまい」

「だろうな」

「――だのに、どの面を提げて、奴らを殺そうというのかな」

「あん?」

 つい、間抜けな声を上げちまう。

 孫季高ァ、決して気持ちを高ぶらせたりなんぞしねェでいた。良く言や冷静沈着、悪く言やノリがわりィ。

 ならきっと、いくら怒りに包まれたとこで、我に返んのも早えェんだろう。だから、手前ェの抱いた怒りに、早くも疑問を抱いちまったのかもしれねェ。

 目端が利くやつってな、手前ェ自身についてもよく見えちまうんだな。まったく、厄介なこった。

 寄奴ァ言う。

「そんなもんだ。近けえ奴の面はよく見えて、遠い奴の面は見えづれえ。我侭なんだよ、己らは」

 戦場に立つどいつもに、連れ合いが、家族がいる。当たり前ェのこった。

 なら、こう思うしかねェ。

 そいつァ、己の家族じゃねェ。

「それと、だ。これまでお前が殺してきた奴らあ、崔宏さいこうが、己が殺そうとしてきた奴らだ。言ってる意味、わかるか?」

 わざと、遠回しな言い方をする。

 すると孫季高ァ、刁逵の屋敷を見据えた。

「――あいつらを殺したんは、孫恩そんおん

「そう言うこった」

 その眼差しに、力が戻る。

 そして、寄奴の隣から消えた。

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