05-14 虚兵の計
慌てふためく海塩兵の生き残りどもを、どうにか諸葛長民たちが守る。その後ろにゃ、えれェ勢いになっちまってる五斗米道を引き連れてくる。
「おい見ろよ龍符! 己りゃ何のために正面切ってかち合ったんだっけな、台無しどころじゃねえ、ずいぶん盛大なおまけ付きだ!」
「そりゃ良かったじゃねえか! 窮地を乗り切る将軍様ぁ、きっと兵に愛されんぜ!」
「要らねえんだよ、余計な窮地なんざ!」
わいきゃい怒鳴り合いながらも、兵どもへの指示出しァ怠らねェ。みるみる間に、陣形が組まれてく。
「さっきと一緒だ! 槍を前に! 奴らは勢いづいてやがる、少しでもいなせ! 四隊に分ける、そっから、受け止めちゃ下がり、受け止めちゃ下がりだ!」
孟龍符、檀道済、寄奴がそれぞれ一隊ずつを率いる。残り一隊についちゃ傅弘之隊――つまり、もと王道隆隊を宛てた。槍隊を除きゃ、ほぼ真っ先に五斗米道とぶち当たる役回りだ。
「弘之、いきなりの死地だ、やれるな?」
「やってみせますよ」
言うと傅弘之ァ、背中の長弓を引っ張り出すと、瞬きする間も無しに矢を放った。駆け寄る五斗米道どものうち一匹がぶっ倒れたのが見える。
「へえ、凄えな」
「意味ないですけどね」
「ま、ここじゃな」
先頭の槍隊ァ二手に分かれ、駆け込んできた諸葛長民たちを受け入れた。すぐに隙間を埋めると、槍の尻を地面に埋め、穂先を腰くれェの高さに揃える。
「いいか! 支え過ぎようとすんな、奴らがぶつかってきたら、すぐ手を離せ! 後のこた、後ろに任せろ!」
寄奴が叫ぶのと、ほぼ同時。
五斗米道ァまるで勢いを緩めず、突っ込んでくる。
槍に対しても、まるで怯まねェとかな。いい調教の仕方してやがる。
突っ込んでくりゃ、めり込む、えぐれる、貫かれる。だが止まらねェ。「賀也、賀也!」と絶叫だ。こんなん、あらかじめどんな奴らと向かい合ってんのかを知らされなきゃ、とてもじゃねェが気が触れちまわ。
「槍隊、下がれ! 傅隊、出ろ!」
奴らの士気そのものが削れる、わけじゃあねェ。ただ、肉の壁ができりゃ、嫌でも勢いァ落ちる。そこに、改めて傅弘之らをぶち当てる。
それだって、焼け石に水みてェなもんだ。ぶち当たったそばからメリメリと削られ、殺される。こっちゃあホイホイ殺したくねェってんのに、あちらさんァいくらでもどうぞって首差し出してくんだ。で、その分こっちの首ももいできやがる。たまったもんじゃねェ。
「よし、傅隊! 全力で逃げろ! 今度あ孟隊が受ける!」
隊のほつれ、乱れを見極め、すぐさま寄奴ァ号令を掛けた。
取り返しようもなく崩れちまうよか前に、次の奴らに受け持たせる。そんで、それまで踏ん張ってた奴らにゃ、後ろを気にせず、思いっきり逃げさせる。
どいつにしたって、そんな長持ちするようなモンじゃねェ。五斗米道どもにゃどんどん押し込まれる。
が、そいつァさほど悪かねェ。
押される、勝てねェ。
どんだけそいつを奴らに印象付けられるか、こそが狙い目だ。でなきゃ、寄奴の仕込みゃうまく決まんなかったろう。
じわじわ前線を押し下げて、やがて死体どもを仕込んだ辺りにまでたどり着く。
「ここまでだ! 全軍、走れ!」
寄奴ァ自ら五斗米道どものまん前に立ち、剣を、槍を受け流しながらも、号令を掛ける。
あとに蒯恩、諸葛長民、その他数人が残り、一度敢えて思いっきし五斗米道どもに突っ込む。
奴らだって、人だ。じわじわこっちが粘ったおかげで、だいぶ勢いそのものは衰えてきてやがる。そこに一度、寄奴ァ長剣を握り、
ブチかます。
敵味方が入り乱れちまってりゃ、長モノなんざとてもじゃねェが振り回せたもんじゃねェ。っが、一通り他のやつが逃げちまったあとなら。
ただのひと振りで、五人か六人かが一気に吹き飛ぶんだ。いくら奴らだって、ひるもうってもんだ。
寄奴の腕にゃ、ぶん回した重みと手応えとが残る。だから、そいつを振り払うためにも、もうひと振り。
「来いよ! 吹き飛ばされたきゃよ!」
そこで、怒鳴る。
初めて、先頭の奴らの足が止まった。
そのあと諸葛長民、蒯恩を残し、寄奴ァ手綱を取った。馬を、思いっきり走らせる。五斗米道共が気を取り直した頃にゃ、もう遅せェ。奴らのほとんどが歩き。対してこっちゃ、みんな馬に乗ってた。そうそうすぐに追いつけたもんじゃねェ。
馬を飛ばしてみりゃ、死体どもの向こうで孟龍符らが改めて隊列を組み直してる。どいつの顔にも疲労がいちじるしい。そりゃそうだ、敵に背中を見せて走んなきゃいけねェときゃ、普通に走んのの億倍ァしんでェ。
「無理させてんな、お前ら!」
だから寄奴ァ、開口一番に言う。
「もう、日も暮れかけてる。あとひと踏ん張りしてくれ。そしたら一息つけっからよ」
返事もまばら、だが、目つきそのものァ死んじゃねェ。
隊列を見て回る寄奴ンとこに、虞丘進がやってくる。
「言いつけどおり、こちらの配置は動かさずに置いたぞ。だが、いいのか? 元気な兵と、少しは交代しておいたほうがいいのではないか?」
「そうしてえとこだがよ、ぼろぼろでなきゃだめだ、今んとこな。そいつで初めて、伏兵が意味をなす」
間もなく、諸葛長民たちも戻ってきた。負った矢傷に切り傷が、奴らの役割を物語る。
「すぐに来んぞ、備えとけ!」
言うが早いか、もう先頭ァ見えてきやがった。
そいつらが、あからさまに足を止める。
なにせ奴らの向かう先にゃ、のんびりとくつろいでるみてェな兵が、二つ。まァどっちも死体だが、ぎょっとさせんにゃ十分だ。
が、ほっときゃすぐにバレちまう。だから、すぐさま次の策だ。
戦いが始まってこっち、道そばの茂みン中でずっと伏せさせてた、虞丘進の隊。改めて、奴らに旗を振り、鐘を鳴らせた。
向こうの大将らしきやつが、あからさまに戸惑ってやがる。っが、さすがだ、崩れねェ。
なら、追い討ちだ。
「手前ら、行くぞ! ここで奴らを潰す!」
寄奴ァ大剣掲げて、生き残りどものいっちゃん前に立ち、五斗米道どもに突っ込んでく。そこに、兵らが続く。
死体の偽装、ハッタリの伏兵。一つずつなら大したこたねェ。っが、そこに改めての寄奴の突撃だ。ついさっき、一刀のもとに五斗米道どもを吹っ飛ばした、寄奴の。
「ひ……引け、引けっ!」
敵大将の判断ァ、やっぱり早えェ。いい大将だ。
寄奴ァそのまま、うまく逃げの体勢になり切れねェでいた奴らを大剣で撫でてやった。血と肉くれとが飛び散りゃ、さすがに悲鳴も上がる。
もう、出し惜しみする必要もねェ。虞丘進の隊にも横から食い付かせる。五斗米道どもも、攻め手が挫かれちまや、後ァ逃げ惑うだけだ。
しばらく追ったあと、ようやく寄奴ァ止まった。
こん時ばっかにゃ、安堵のため息が漏れる。
「日が暮れる前に、こっちの死体を拾って回れ! 特に鮑嗣之だ! 奴の死体だきゃ、必ず見つけ出せ!」
命令を飛ばしたあと、寄奴ァひとしきり、案じる。
さて、今晩と、明日。
どう乗り切ったもんか。




