04-01 孫恩の乱 序幕
会稽って町ァ、はっきり言や奥地も奥地だ。
鮮卑どもから見りゃ、まず長江がでかでかと道を阻んできて、更に京口と建康が行く手を遮る。よしんばそこを抜いたとしても、山と沼とが盛大に馬の足を取る。仮に奴らが攻め込んできたとこで、簡単にゃ近付けねェ。
いちおう海にゃ面してっから、水軍でも編まれりゃ話ァ違ってくる。が、そんなんわざわざ編んでまで攻め落とすほどのうま味もねェ。
だからこの町にゃ、北から逃げてきた名族どもがこぞって家を構えた。戦火にさらされる恐れもなく、のほほんと暮らしてられる場所。そう見立ててたんだろうな。しかも船さえありゃ、海づてに長江に入って、建康にも出られるしな。
そんな都合が、却って災いしちまうんだからな。まったく物事ってな見通しが利かなくっておもしろ……じゃねェ、むつかしいモンだ。
五胡どもにゃ馬って足がある。が、五斗米道はそうじゃねェ。だから奴らァ船を足にして、沿岸を荒らし回りやがった。ってこた奴らにとっちゃ、会稽ァお宝の山にしか見えなかったろうな。何せ襲われんのが恐くて奥地に引っ込んで来たような奴らの根城だ。そんなとこの守りにつきてェ奴なんざ、同じように戦うのが怖ェ奴らばっか。野良犬放しといた方が、まだマシってもんだったろう。
ここで、ざっとこの戦いの陣容について話しちまおう。後からうだうだ言うよか、その方が話が早えェだろう。
五斗米道軍。孫恩を首領にこそ据えるが、もちろん奴が前のほうに出てくるなんてこたァねェ。陣頭に立つなァ盧循。その両脇を張士道、姚盛が固める。また、ここがこの乱のやべェとこなんだが、地元の豪族のうち、晋に冷遇されてた口の奴らは結構こいつらに合流してた。金も武器も、大分そっちの方からも流れ込んでたみてェだ。その総兵力は、こん時で七、八万くらいにゃなってたって言う。
対する、われらが晋軍。わざわざ北府の総大将たる王恭さまが出向かれ、その軍事顧問に劉牢之将軍。将軍の下にゃ四軍がつく。謝琰将軍、孫無終将軍、劉毅、それから西府から出向してきた、桓謙。それぞれが五千ずつを率いる。劉牢之将軍直轄が一万で、合計三万。数だけでいや結構な差だが、農民あがりとおさむれえとで、この差はそれ程大した苦境でもねェ。
で、寄奴ァ何だかんだで劉牢之将軍の直属になった。そん時ゃ徐道覆将軍と同じこと言われてたな、「目を離すと何をしでかすか分かったものではない」ってよ。つっても少しばかし笑ってらっしゃったから、からかい半分だとは思うんだが。
「劉裕。貴様は五斗米道と接触しておったな」
馬首を並べたところで、劉牢之将軍がいきなり寄奴にぶっ込んできた。広陵での大立ち回り、さすがに上のお方にゃバレねェはずもねェ。
しかし、将軍も真っ正面から切り込んでこられる。駆け引きなんぞあったもんじゃねェ、なら、寄奴だって引いても仕方ねェ。
「ええ、頭目の孫恩にも会いましたよ。正直、あれが敵に回りやがんの、ご勘弁願いたかったんですが」
「それは、顔見知りのよしみという事かね?」
しれっと聞いちゃきたが、圧がやべェ。ヌルいことほざいたら叩っ斬んぞ、って言外に匂わしてきやがる。表向き寄奴もしれっとしてみちゃいたが、裏側じゃその圧を前に張り詰めてたし、けどまァそのヒリつきを楽しんでもいた。
「まさか。あの手合いは厄介だって思うんすよ。ちょっと話しただけで人の心食い尽くす口だ。ああ言うのん所にゃ、喜んで死ぬ奴がうさうさ集まりやがる」
「賀也汝便登仙堂(おめでとう、きみは仙堂に辿り着いたのだ)、か」
「よくご存知で」
「あれだけ物見の報せにあればな。五斗米道の哨戒隊との接触あり。こちらを見つけるなり襲ってきたため迎撃、精強さにこそ欠けるものの、決して怯むことがない。こちらが一人を斬り伏せれば「賀也汝便登仙堂!」を唱え、むしろ勢いを増す。結局は全員を殺すことになり、寧ろ躊躇したこちらに損害が出た、とのことだ」
ん、って思う。
寄奴ァ将軍を見る。
「一応、一つだけいいすかね」
「何だ」
「己が聞いたその文句っすけど、孫恩の奴、くたばりかけのガキに言ってたんすよ」
ふむ、と将軍が興味深そうに笑われる。
「何だかんだ言ってみても、彼の者への弁明かね」
「よして下さいよ。そうじゃねえです、己が言いてえのは、頭にちょっとした裂け目があるんじゃねえの、って事で」
「ほう?」
将軍が、さも何ほざいてんだコイツ、とばかりの顔で寄奴を見る。
「それが何かね。裂け目ごと殲滅すれば良かろう」
「ま、確かにそうなんですが」
当たり前だが、将軍は孫恩をご存知ねェ。
だから、上手く寄奴も説明できねェでいた。
何かが、違う。
だが、そいつァ何か、としか言いようがねェ。そいつを上手く言い表せる言葉は、寄奴ん中にゃなかった。
寄奴の様子に、将軍も何かがありそうだ、たァお考えになったんだろう。しばらく寄奴を見た後、ふ、と微笑まれた。
「戦場では、理に適わぬ流れが趨勢を決することもある。劉裕、貴様の抱く違和が善きものであることを願うぞ」
器、ってやつなのかね。
将軍からのお言葉は、そこで終わった。軍の幹部どもが将軍の元に群れてくるのを見届けて、寄奴ァゆっくりと将軍の元から離れる。
それから、受け持ちの所に戻る。虞丘進、孟龍符、孫季高。どいつも五橋沢の怪我はすっかり治り、新しくしつらえられた敵に巡り逢うのを心待ちにしてる節すらあった。
で、そんな中に、二人がいた。
諸葛長民と、檀道済だ。




