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03-06 喧嘩

 オレの拳が、寄奴きどを殴りつける。

 たとえでもなんでもなく、己もまた、痛てェ。正確にいや「痛てェことが分かる」なんだが、感じることと思い込むことにゃ、存外違いなんざねェのかもだ。

 己が全力で殴りゃ、いくら寄奴だってよろけはする。つってもこっちにゃまるで大木ぶん殴ったみてェな手応えが来るし、まァ正味のとこ、どう転んだってアイツのことなんざ殴りたかねェ。殴り損にもほどがあらァ。

! 手前、そんなへっぴり腰で撫でてきて、よくもまぁでけえ口叩けたじゃねえか!」

「っせェんだよ、この図体ばっかのクソガキ! また泣かしてやろうか!」

 淮河わいがの北岸、西府の連中が築いた渡河拠点。偶然鉢合わせちまった己と寄奴ァ、売り言葉も買い言葉、いきなりケンカをしでかした。

「何事だ、劉裕りゅうゆう!」

 騒ぎを聞きつけ、孫無終そんぶしゅう将軍が駆けつけてくる。

 だが、寄奴ァそんなんにゃ全くお構いなしだ。

「何もかにもねえ! 、この腐れモヤシが! いい機会だ、ぶち殺してやろうか!」

「おう、図体ばっかの泣き虫寄奴が言いやがる!」

 言うなり、己と寄奴が取っ組み合おうとする。

 だが、孫将軍の手配のが早かった。寄奴に、己に、それぞれ数人がかりの兵が掴みかかってくる。それでも寄奴の勢いは止まらず、防ぎようもねェ有様で、己ァ一発、いい奴をもらった。顎から、目頭から、お星さまがチカチカしやがった。

「経緯はあとで聞く! まずは二人を捕縛せよ! その上で引き離せ!」

 数人がかりでも、寄奴ァ止まらねェ。ムロン・チュイにさんざおっ立てられて、ろくに体力なんざ残ってねェにもかかわらず、だ。

 そんな寄奴を何とか押しとどめたのが、のちのち寄奴の元で手柄を立てまくった蒯恩かいおんだったってんだから、まったく、縁ってな面白れェもんだ。

 己と寄奴が、まるで重罪人みてェな有様で劉牢之りゅうろうし将軍の下に引っ立てられた。将軍の隣にゃ、西府軍援軍の総大将を務めてた、桓脩かんしゅう

 将軍ご自身も、無傷、とはいかねェでいた。ただ、こめかみをほぐしながらつかれたため息ァ、傷のせいじゃァなかったろう。

「俄に騒がしくなったと思ったら、貴様か、劉裕。聞けばそこな丁旿ていごとやら、貴様の旧知だそうではないか。何故このようなことになったのだ」

「何故もクソもねえですよ、この野郎、己んちから淝水ひすいの恩賞盗んで逃げ出しやがったんです。だってのにコイツときたら、テメエの正当な取り分だ、って開き直りやがる。だから仕置きしてやろうと思ったら、逆に殴ってきやがった」

「あ? なに適当なことほざいてんだ手前ェ、いいか、ありゃ手前ェだけに渡されたもんじゃねェ。どう考えたってだ。なのにそいつを独り占めしやがった。確かに手前ェは淝水の驍勇だ、だからってそれとこれとは別だろうが!」

「ぁあん? 盗っ人猛々しいたあ――」

「やめんか、見苦しい!」

 己と寄奴との言い合いに割り込んできたのァ、桓脩。

 まァ、その隣で劉将軍も割とやべェお顔にはなってた。劉将軍がブチ切れたら、さすがにシャレんなんねェ。桓脩ァきっと、そう判断したんだろうな。

 桓脩が、立ち上がる。

「両名の言い分は聞いた。なるほど、恩賞の按分にまつわる係争、と言うことだな。この点は、別に司直に諮るとしよう。だが、大いなる晋兵にあるまじき振る舞いを、敵影の未だ消失せるも認め得ぬ折に為すとは、言語道断である! 各方にはそれなりの仕置きが下るものと知れ!」

 桓脩の裁きに、劉将軍の顔つきも、和らぐたァ行かなかったが、なんとか峠は越えずに済んだみてェだった。

 大きく息を吸ってから、寄奴を見る。

「劉裕。貴様の此度の働き、特一級のものであった。それだけに、このような節の汚しぶりには、失望を禁じ得ぬ」

 そいつを聞く寄奴の胸中が、ちぃとだが、揺らぐ。

 そいつを感じて、改めて寄奴が劉将軍のことを重く見てたんだな、ってのを実感したもんだった。


 北府軍総大将代理の劉牢之さまを大いに助けたんだ。寄奴についちゃ、まァいくらおいたをしたからっつっても、そう無碍に扱われる訳もねェ。

 問題は、己だ。いきなり西府に転がってきて、しかも「淝水の驍勇」と一悶着あって、その上そいつと、敗戦で苛立つ奴らの陣中で、思いっ切りぶち当たった。そりゃもう咎人扱いになるしかねェわな。

「何だい、旿の。お前さん、思ってたよか莫迦なんだねえ」

 だから先生の呼び掛けにゃ、とことんふて腐れた体でいるっかねェ。

 西府軍の陣の片隅で、相変わらず縄にふん縛られたまんまですっ転がされて。さすがに先生以外ァ、わざわざ己に近寄ろうともしてこなかったっけな。

「うっせェな、だったら何なんだよ」

 あん時、なんだこのお節介野郎は、ってのが正直な気持ちだった。

 そうだろう? そもそも何の縁もねェ己にさんざ構った挙げ句、西府軍に引き立てて。しかもひでェ騒ぎを起こした奴に、それでもまだ構おうとする。何なんだこの面倒臭せェ野郎は、それ以外に、考えられるこたァなかった。

 だから、

「いやね、気になって仕方ないのさね。あんたぁ、どう転んでも仕様のない莫迦だ。にも拘わらず、なんでかは知らないが、あの寄奴、とか言うのとのケンカ、手心加えてたろ?」


 ――そりゃ、ギクリとするわな。

 わざわざ、お互い痛てェ思いまでしてやらかした芝居に、そんなあっさり気付かれちまえばよ。

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