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幕間  移居

「――のちの北魏ほくぎ道武(どうぶ)、か。成る程ね。聞くだに恐ろしい相手だよ」

 とか言いながら、五柳ごりゅう先生ァひょいとどぶろくを傾けた。

 もう、だいぶん回ってるはずなんだが、その手つきに覚束ねェところァねェ。どんだけのウワバミなんだ。

「己が先生と会ったなァ、だいたいそん頃だ。まったく、おでれェたぜ。しん国にその勇名を轟かした大将軍、陶侃とうかんさまの子孫がこんな酔っ払いで、けど、こといくさごとにゃめっぽう強えェときた」

「およしなさいよ」先生が手を振った。

「アタシゃ火の粉を浴びたくなかっただけ。我が身が何より大事なだけさね。だからこそ、こうして廬山ろざんの影に逃げ込んでんだ」

 柳と、ボロボロの門の向こう。霞にけぶる廬山を顎で指す。

 京口からァ、船で長江をさかのぼること二日。麓にゃ尋陽じんようの街を抱き、神仙の降り立つ山として名高い、廬山。

 先生が庵を結んだのァ、その廬山が一等見事に見える小高い丘の上だ。ちなみに都、建康けんこうは東北の彼方。ご丁寧にも、廬山を挟んだ真裏にある。

「けど、結局逃げらんなかったじゃねェの。現に今も、己なんぞに絡まれてよ」

「それでも、建康にいるよりゃよっぽどマシさね。あんな腐臭の漂う巷に身を置いてたら、アタシの鼻がもげちまう」

「容赦ねえなァ」

「けどね。ここでのほほんとしてるからこそ、こうして、の。アンタの話をゆっくり聞けるって思えば、悪くもないさ」

 さらっと言ってくれやがる。

 聞いてるこっちがこっぱずかしくなってくらァ。

「――あんがとよ、先生」

 風にそよぐ柳を眺める。

 まるで薄墨でも垂らしたみてェな、山川の景色。

 絵心がねェのが、ちっと惜しまれた。



 昔欲居南村

 非爲卜其宅

 聞多素心人

 樂與數晨夕

 懷此頗有年

 今日從茲役

 弊廬何必廣

 取足蔽牀席

 鄰曲時時來

 抗言談在昔

 奇文共欣賞

 疑義相與析


  南の村に移り住みたかった。

  風水がよかった、と言うわけではない。

  素朴な人たちが多い、と聞いたからだ。

  彼らとちょくちょく顔を合わせるのは、きっと楽しかろう。

  どれだけ、その思いを募らせただろうか。

  そして今日、ようやくその願いが叶った。

  この庵は、決して広くはない。

  だが、臥所の雨風さえしのげれば、それでよい。

  時折やってくる隣人と、

  共に些細なことを語り合う。

  善き詩を共に楽しもう。

  語り合い、詩心を味わうのだ。


 春秋多佳日

 登高賦新詩

 過門更相呼

 有酒斟酌之

 農務各自歸

 閑暇輒相思

 相思則披衣

 言笑無厭時

 此理將不勝

 無爲忽去茲

 衣食當須紀

 力耕不吾欺


  日々、これ佳き日。

  丘の上にて、新たな詩を読む。

  庵にやってきた友人を呼び止める。

  酒があるなら、飲み合おう。

  畑仕事は、おのおので。

  仕事が済めば、よき時を思う。

  衣を引っ掛け、さぁ集まろう。

  談笑の時は、いつまでも飽きることはない。

  これほど素晴らしいこともない。

  決して、この時を忘れたくないものだ。

  衣食は自力で調達しよう。

  畑仕事は、我々を欺かない。



 調子ッぱずれた琴に合わせて、先生が朗々と歌い上げる。

 いつまでも続く、平穏な時。

 そいつが叶うなら、どんなに心穏やかでいられたろうな。

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