02-01 宗族内訌
叫ぶより、止めたほうが早えェ。
王謐のオッサンに懐刀を突き付けようとしてた奴の頭をふん捕まえ、そのまま引き倒す。寄奴ァさくっとやって見せちゃいたが、そんな芸当、どんだけ腕力ありゃできんのか、正直己にゃ見当もつかねェ。
寄奴に躊躇はねェ。ぶっ倒したそいつの手首を踏みつけ、そのまま、へし折った。
「が……っ!」
「情けねえな、ひとを殺ろうって奴が」
脇腹に蹴りを一発、そんで手前ェの帯をほどき、ふん縛る。
「おいおっさん、怪我ねえか?」
「あ……いや、大丈夫だ」
いきなり殺されそうになったとこを、いきなり助けられたんだからな。オッサンにしたって、そりゃ目を白黒するしかなかったろうぜ。
見りゃ刺客とおぼしき連中の一人ァ魏詠之が押さえ込み、一人ァ何無忌が斬り殺してた。
「おいおい無忌、そいつが頭目だったらどうすんだよ」
にやにや顔の寄奴に「うっ、うるさい!」って何無忌が返す。
「こうも粗末な闇討ちなら、誰を締め上げたところで変わらん!」
「だといいが、ねぇ?」
「っく……!」
寄奴と何無忌が戯れてる間に、まだ死んでねェ二人を魏詠之がまとめてふん縛り上げてた。
「お前ら。戯れは、ことが済んでからにしろ」
何無忌で遊ぶ寄奴にせよ、うっかり失態をキメた何無忌にせよ、魏詠之のこの正論にゃ返す言葉もねェ。寄奴は軽く肩をすくめ、何無忌は「むっ……ぐ……!」ってあわあわしてた。
それ以上の茶々は入れず、魏詠之はオッサンに向き直った。跪き、頭を垂れる。
「粗野な連れの無礼、ご寛恕下さい。作法には疎いが、御身、並びに御身のご主君を危地より護るに当たっては、万億の信に足ること、お約束致します」
ソツのねェ口上を前に、ようやくオッサンは少し冷静さを取り戻したようだった。魏詠之の言葉に対して「う、うむ」って頷いて、その後ろに控えてた青年貴族どのに目配せ、耳打ちをする。
その貴族どのは、まだ少し動揺の色を残しちゃいた。
が、それでもオッサンをよけさせ、しっかりと寄奴らの前に顔を見せる。
「貴公らがおらねば、我らは凶刃の錆となっていたことであろう。我は司馬休之、ここな侍従は王謐と申す。この大恩に報いたいところだが、今は感謝の言葉しか持ち合わせがない。許されよ」
へえ、と寄奴が小さく感心した。
お貴族さま、しかも司馬姓ともなりゃ、どう考えても半端ねェご身分のお方だ。そんなお方にもかかわらず、努めて、こちらと同じ立場に立とうとなさってた。
命を狙われるようなお立場で、しかもその気になりゃ、簡単に手前ェらを締め上げられるような奴らを前にしてんだ。仮に取り乱してたとしたって、決して笑われるような状況じゃねェってのにな。
建康のお巡りも、それなりに仕事はしてるみてェだった。数人連れの兵士たちが、なにやら騒ぎたてながら向かってきた。
その様子を認め、ようやく司馬休之どのの緊張が少し緩んだみてェだった。が、すぐさま顔を引き締めると、寄奴らの方に向く。
「慌ただしくなりそうだな。改めて礼の場を設けたい。貴公らの名を伺ってもよろしいか?」
己か?
あの場にゃいなかったぜ。後で話すが、もうこの頃にゃ西府に向かってたからな。だから、この辺は全部寄奴を通して見聞きしてたことだ。
淝水の論功行賞の後、寄奴らと魏詠之ァ当たり前のように意気投合した。あのメチャクチャな戦場を同じように生き抜いた絆、って言うとちょっと臭せェけどな。
三人ァちょくちょくつるむようになった。そんでお互いの夢なんか語ったりした。寄奴ァ戦場で成り上がってやると、何無忌ァ劉牢之将軍を盛り立て、北府軍を支えると。そんな中魏詠之の志は、「中原を夷狄から取り戻し、晋室の威光を旧に復す」だった。寄奴にせよ何無忌にせよ、魏詠之の揺るぎねェ目途に、軽くのけぞってた。
休之どの、それから王謐のオッサンを刺客から護ったのは、そんな呑みの帰り道の事だった。
にしたって、いくら刃傷沙汰を防いだっつっても、ひとを殺しちゃ当然お調べもお咎めもある。寄奴ァゲラゲラ笑っちゃいたが「劉裕、貴様が捕らえた相手も相当な大怪我だぞ」ってお役人に釘刺されたもんだから、軽くすねてたな。
で、お調べがあった日の夜。寄奴らァ司馬休之殿のお屋敷に招かれた。
「下手人は判明したのですか?」
休之どのの杯に酒を注ぎつつ、魏詠之が問う。
対する休之どのは「うむ……」って言葉を濁しなすった。
そんで、魏詠之に目配せをする。
「それにしても、魏詠之どの。貴公が注ぐ酒は、実に美味だな」
あ? って前のめりになりかける寄奴を、何無忌が抑える。「いいから黙って聞いてろ」って、寄奴をして有無を言わさせねェだけの強さで言い切った。
「朝廷で振る舞われるのは美酒ばかり、と伺いますが?」
「風評ばかりが先走りしているものも多くてな。幻滅を禁じ得ぬこともあるよ」
ふむ、と魏詠之が一息つく。
「では、季預、と言う銘柄はいかがでしょうか」
「ほう、貴公の舌にそれほど叶っていると?」
「誠に」
こん時、寄奴ァ相変わらず二人のやり取りの意味を分かってなかった。まァ後でいきさつを聞いたら聞いたで、「何でそんな回りくどい事してんだよ」って苛ついてたんだけどな。
「良き酒に巡り逢い、良き酔いにたゆたいたいものだ。それに引き替え、過日味わった元馬顕には、ひどく悪酔いをさせられた」
ぴく、と何無忌もその酒の名前に反応した。
――季預。
そいつァ、休之どのの字だ。つまり魏詠之ァ、酒の話になぞらえて「貴方に全力で協力します」って休之どのに伝えた。ってこた、その休之どのが持ち出してきた酒の名前が、刺客の黒幕。
ただ、誰が黒幕か、なんてな突き止めたところで大した意味ァねェ。軽々しく動いたとこで、相手ァ簡単にこっちの動きを握りつぶしちまえる。どころか、「誰に命を狙われたか」なんて話が洩れたら、あっさりこっちを潰すことだって出来る。それほどの相手だった。
だから、その名前を直接言うわけにはいかなかったんだ。
諱を二つに割ってきた辺り、休之どのも相当腹に据えかねてたんだろうな。そいつの名前は司馬元顕。
当時の帝、孝武帝の、実の甥っ子だ。




