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シロアリのマネして家を壊そう(リライト版)

作者: 一兎

「お前のモラルハザードっぷりにはホントに呆れるよ」

 主体Aは「モラルハザード」という言葉が使いたいばっかりに友人をそのように注意したが、友人は路上喫煙、いわゆる歩きタバコをした上に吸殻を道端に捨てたのだ、注意されてしかるべきである。しかし、友人はふてぶてしくも口答えをした。

「俺は自分の行動の一切に責任を持っているわけではないが、今の行動には自分に否がないって言い切れるよ」

 Aは彼の少々気取った口調に「なんてクールな物言いなんだ」と感嘆することは全くなく、不快感いっぱいに「このカス野郎」と悪態をついた。すると友人は聞いてもいないのに自分の考えを述べ出した。

「俺が今捨てたゴミはいくつかの作用で経済を循環させるトリガーなんだ。例を挙げれば、ゴミが無ければゴミを片付ける人は職を失うということだ」

 Aは友人の予期せぬ反応にまごまごとしてしまったが、彼を思いやる優しさからとりあえず相槌を打った。すると彼は続ける。

「俺らが一生懸命働いているのに、ゴミ掃除の奴らが仕事をあまりせずに賃金をもらうのは腹が立つ。それに俺が捨てたのはタバコだ。ホームレスが拾ってくれるよ」

 Aは眉根にしわを寄せる。友人の言葉がどうもしっくりと来なかったのだ。かと言って、「お前は間違っている」と明確に反駁出来そうにもないので、友人に質問をしてみた。

「でも、ゴミ拾いって無償でやってる人が多いと思うんだけど」

 友人はそれに間を置かず、答える。

「そいつらの贖罪や自己満足に繋がればいい。やつらはゴミを捨てた人間を見下すことで健全な精神状態を保とうとしているんだ。もしくは地域貢献活動って名目で企業がゴミ拾いをしイメージアップを図ろうとするだろう。いいじゃないか、ノビシロになるよ」

 Aは友人の言葉を一生懸命噛み砕こうとした。彼はAが黙っているのを見て、別の視点からの説明を試みた。

「社会ってのはサービスとか言ってやたらと金を取ろうとする。でもそうでもしないと、金がまわって行かないんだ。皆が幸せに生きていくには金がいる。金を稼ぐ必要がある。便利がある一定のところで飽和するだろうと思ってはいけない。飽和したら生きていけない人間が増えてしまう」

 Aはそれに対し、意見がどうというよりも友人が自分に酔いはじめていると感じた。(彼のいつものくせだ。ただの言い訳が普遍的な善を主張するかのような大きな物言いに発展していく)

「誰かのために貢献している、生きている価値があると自覚しなければもはや人間は自らを生かすことが出来ず病み苦しんでしまう。だからわざと不便な部分を作ってやる必要がある。それを便利にしようと人が努力し、自らの価値を見つけ、賃金をもらい生きていくんだ」

 Aは友人の哲学を聞きながら、自らの過去へと思考を遡らせていった。



「ディスコミュニケーションを主題とした私の脳内が出した結論『言葉≠コミュニケーション』、口は災いの元。それでいいのかはこれから検証していけばいい。違和? 自己完結? 自己中心的だから嫌い? 独善? それらの言葉からどのような感情を取得すれば正常なのかはもうどれだけ考えさせられた? 誰の主観で誰の言葉なの? 誰が正常?」



 学校のチャイムが鳴る。子供たちは息をつき、整列された配置から抜け出して、教室中に散らばっていく。


「シロアリ? そんなのがいるの?」

 Aは胸が熱くなった。

「なんで嬉しそうなんだよ。そう、それで、駆除の人がウチに来るんだって」

 Aは級友たちの話声が耳に入らないほどに興奮していた。熱は全身、特に顔周りに伝播していく。Aはアリの定義の中に「黒い」というのが含まれていると思っていた。Aはシロアリと聞いて、透明でクリアなボディの美しいアリを想像し、喉元に篭った熱を吐き出すように、

「シロアリかぁ」

 とため息をついた。


 Aは幼少の頃から熱心にアリを観察してきた。巣からワラワラと溢れ出るアリは見ていて飽きない。その気持ちは青年になっても変わらず、あるときは飴玉を与えることによって行動分析をし、あるときは巣をコーラで浸水させた。虫メガネで焼き殺したこともある。その都度アリは健気に「勘弁してくださいよ、ははっ」と笑う。Aも笑う。その様は種族を越えたコミュニケーションの可能性を示していた。


 Aはイメージの俎上で涎を垂らした。垂れた粘液は地面に衝突するたび白いアリに変わっていく。白いアリはAの足に群がり、しだいに全身に至り、Aを覆い尽くす。Aはこれでいいと思った。「この感覚はある種のノスタルジィと脳内で結びつき、ムズ痒い」、Aの思考の中で感覚が現象へと移行しようとしていた。


 友人の家を白い服を纏った大人が囲んでいる。壁にドリルで穴を開け、得体の知れないスプレーを噴きかけている。家が破壊されていく。

 Aは思った。

「シロアリは亡霊だ、私が殺した黒いアリの怨念だ」

 Aは呆然とその破壊活動を眺めていた。

「シロアリがかわいそう」

 誰に言うわけでもなく、Aは記憶にそう付け足した。


――そこでAの思考は途切れた。



 しばらく二人の間に続いた沈黙のあと、Aはふと声を発する。


「だいぶバイアスがかかってるみたいだけど、お前、疲れてないか」

 Aはあたかも友人を思いやるような優しい口調で言ったが、本当は自分を思いやろうとした。すると、友人は思い出したように言った。

「そういや、新しい彼女ができたんだよ」

 Aは笑った。

「飲みにでもいこう。いつもの面子も呼んでさ」

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