千紘が休んだ日のビビットの場合
千紘が婚姻届けを出して、ラブラブな新婚初夜(入籍前に同棲しているから厳密には違うのだが)にビビットのラジオの生放送があったようです。
「あれ?さわっちは?」
「澤田さん、今日は絶対に休むって言っていたでしょう?」
「そうだよ。今日が入籍日でしょう?」
「そういうこと。だから今日は私が一緒だから」
いつもは僕たちのマネージャーがメインである澤田さんが今日は休暇という事で久しぶりに里美さんがマネージャーを務めてくれる。一人だけ樹のテンションが高いのが一目瞭然過ぎておかしくて仕方ない。
「樹、お前ら夫婦だろ。一緒の現場だから嬉しいのは分かるけどさ。里美ちゃん、ヘタレ旦那……どうしたらいい?」
「皆でもっと鍛えてあげてって言いたいけど、今は各自の仕事が増えてきたものね。皆でやっているのはこのラジオの生放送と体験型バラエティー位よね。他に皆でできる仕事やりたい?」
確かにここ数年は季節の変わり目の頃にシングル出して、秋にアルバム出して大きな会場でコンサートして最終日の公演をDVDで販売するというペースが出来上がっていた。
「うーん、ファンの子達との交流もできるタイプの番組がいいなあ」
「例えば、ふうが講師になって淑女養成講座とかさ」
「それいいな。ってことは各自が得意な分野でファンの子の才能を伸ばしてあげるっていいかもな」
「成程ね。この企画の原案は持ち帰って澤田さんと話し合うわ。とりあえず今日の台本は?」
僕らの番組は生放送の二時間枠。基本的にメインコーナーのテーマは当日の打合せで決めていくのでシナリオの時点のノープランだ。
「里美ちゃん、どうしてさわっち今日の入籍に拘ったの」
「あっ、それ知ってる。今日ってさ、一年前にさわっちが奥さんとお見合いした日なんだよ。それと、今日は家族の日なんだって。そんな日に奥さんに出会って運命を感じたらしいよ」
「うわあ……何、その乙女思考」
「さわっちは昔からじゃん。でもその家族の日って東京都限定のローカル記念日らしいんだ」
「それはそれとして、今日は何の日拡大版ってことで俺達らしいさわっちの入籍祝いをしてやりたいと思わない?」
「それ賛成。じゃあ番組の公式のホームページとツイッターとラインのアカウントで告知をしないとな」
「さわっちの親しい人からのお祝いコメント欲しくない?」
「まずは社長のコメントだ。誰が頼む?」
「分かったよ。俺がそれをやるよ。ちょっと出てくる」
ふうが打合せブースから離れて電話をかけに行った。社長にコメントも貰いながらさわっちに近い人からコメントが貰えないかと相談をしているようだ。
「じゃあ俺たちからのコメントを考えようぜ。それとさわっちの今までの今日は何の日のコーナーで好評だった回を編集してもらえるように、プロデューサーに打診して」
「俺がそれをやるよ」
昌喜もブースからプロデューサーさ~んなんてのんきに探し出した。
「後は……公式ページ等の更新依頼か……そろそろ担当さんが来る時間だよね。ここでオッケーがもらえないとダメだろうなあ」
「大丈夫。さわっちの今日は何の日はかなり好評じゃないか」
「そうね……確かにあのコーナーは意外に知られていないけど、知ると納得できる記念日が多いからね」
「たまに記念日じゃないこともあったじゃないか」
「ああ、うるう秒とうるう年か」
「うるう年の話は男としては恐怖モノだよな」
「ああ……確かに。あの時代に生きていなくて良かったよ」
とりあえず、番組開始まで後3時間。それまでの間にどれだけのメールが届くのかはその時は未知数だった。
「ねえ、マネージャーさんのお祝いメールが凄く来ているんだけど」
いつも公式でテーマ披露した後にもかなりの量のメールは届くんだけども、その量の三倍の量が届いている気がする。
ファンにも愛されているさわっちだから、大半がお祝いメールだったりするんだけど……その結婚にショックを受けているとみられるメールもちらほら見える。
番組が始まる直前に届いてきたメールはファンからの他にもどうもさわっちの知り合いだと思えるものが混じるようになった。
「なあ、さわっちって……学生時代にニックネームがあったみたいだな」
「俺も見て思った。俺らも知らない話が多いから番組からそのニックネームの由来が知りたいって投げかけてみようか」
「とにかく一番多いのが、オカンとオカン先輩な。後会長さんってのもあるし、助手ってのもある。分かりやすいのはちーちゃんか。あの人って千紘だもんな」
「それにしても全寮制の超進学校だろ?さわっちの出身校って」
「それと超有名な国立大学の法学部な」
「サーバーはパンクしないよな」
「多分……大丈夫だろうよ。後、さわっちの所の双子ちゃんからもツイッターが来てたよ。二人の連名で」
「それはやっぱり披露しないとダメだよな」
「まずはメールがどういう内容なのか区分けしようか」
「運が良ければ本人からもメールが来そうだよね」
ノリノリで作業をしている僕らを里美さんは茫然としてみていた。
「さわっち……何気なく人気者じゃん」
「確かにでも同級生とかはこれからの忘年会の会場は?とか飲み会は?とかのメールがあったよな」
「ああ6通位あった。あれだろ。さわっちのマンションで開かれるという男子会だろ」
「ああ……さわっちが作る料理をひたすら貪るというやつだっけ」
「本人は、楽しそうだったけどな……でも最後に俺にも春を寄越せって書いてある」
「そっか……エリート校出身だからって人生の春と掴んでいないのか……切ないな」
「俺達も先に結婚した樹に言われたくないけど……冗談だけど」
ふうがちょっとだけきつい皮肉を言った時にプロデューサーさんがやってきた。
「どうだい、メールは……たくさんあるね。かなりの人気者だったんだね。澤田さん」
「ただ、僕らも知らないことが集中してメールの文面にあるので、そのことに関して知っている人に呼び掛けてもいいでしょうか?」
「いいと思うよ。告知だけでこれだけ来るんだから。今週は本人不在でも聞いてくれているだろうね」
実質的に全面オッケーの声を聴いたので、更にさわっちのプライベートと迷惑にならない程度に暴いていくという方向になっていったのは誰にも責められないと思うんだ。
で、番組中もいつもよりも多くの祝福メッセージと本人が僕らに隠していた素敵エピソードがどんどん暴かれていく度に、ファンの子達からは澤田さん、ショックで倒れていないかしら?澤田さん、聞いていたら即刻電源落としてとか、今夜は初夜なのですね、お幸せにとか……学生時代のマネージャーさんとお友達になりたかったですとか、今まで結婚できなかったのは何か理由があったのですか?とかたくさん来た。
一番最後の質問に関しては、真相を知るメールが届いたのだけど、それを暴露するのはどうかと思ったのでそこだけは僕らの胸の内に秘めておくことにした。
さわっち……それだけのことをされたら……俺達も一般人の普通の女の子がいいって絶対に言うわと思ったことだけは内緒だ。
番組の最後にふうがサプライズゲストってことでなっちゃんが飛び入りでスタジオにやってきた。腕の中にはふうのペットであるリンを抱いた状態で。
「ご苦労様。なっちゃんもコメントしていくだろう?」
「もちろん。リンも声を出してくれるかな。ダメだった時の為に車の中で一度リンに語り掛けてみた音声があるんだけど……」
なっちゃんがスマホの音声再生を操作しているのを、プロデューサーが確認している小さく丸印を付けているので、再生しても問題が内容だ。
「では、最後のメールというよりは、ある音声を再生しますね」
こんばんは、ナツミです。私は今、楓太さんの家のリンちゃんをお預かりしています。ねえ、リン。澤田さんは結婚したんだって。良かったと思わない。
なっちゃんがリンに話しかけるとなあんとリンが甘えた声で鳴く。
リン、甘えても澤田さんは来ないって。ここは私が下宿している社長のマンションなのですが、澤田さんは社長の自宅にも来るので澤田さんというとリンは玄関に向かってしまうんです。今も玄関の前でかしこまってお座りをしています。お出迎えのポーズです。ふうの猫をこれでもかと構い倒した結果、今では澤田さんから離れることを嫌がる猫になってしまって楓太さんは本当の所ちょっとだけ困っているようですよ。以上、リンに現実を突きつけた現場からナツミがお送りしました。
「なっちゃん……これってマジ」
「うん。私の下宿先でこれだから、楓太さんの家だってそうでしょ?」
「そう、仕事にならない位にね」
「これはどっちが悪いわけ?」
「どっちだろうね?リンに聞いてみたらどう?」
最近はメンバーに慣れたのでたまにスタジオに連れてくることもあるからリンはパニックを起こすことはない。
「それは無理だろうけど、今日の最後に一声はリンに任せてくれないかい?最近覚えた芸があるからさ」
メンバーにああ……モフモフ最高。この毛並み本当にいいよ。ってか、相当お金つぎ込んでない?そんなことないよね……多分。なっちゃんどうして詳しいのかなってマイクに音が拾われないときに言いたい放題のことをいいながらリンを抱っこしてモフモフ~なんて言ってふざけていた。そろそろ番組のエンディングコールの頃だ。俺はリンを抱き上げていつものようにやればいいだけだよと語り掛ける。
「今日の最後の一言は特別参加の楓太の家のリンちゃんということで。ふう、よろしく」
「りん、皆さんにご挨拶は」
「にゃ、にゃあ~ん」
そう、最近のリンにご挨拶は?と聞くとちゃんと返事をしてくれるのだ。
「あっ、うちの猫はロシアンブルーだから普段は鳴かないんだよ。今夜は君にビビット!本日は僕らビビットと……」
「飛び入り参加のナツミとリンでした」
「また来週」
「にゃん!」
最後の最後でリンがもう一度鳴いたのがちゃんと拾えたらしい。今まで以上にぶっつけ本番だった今日の放送も無事に終わった。
番組的には凄く好評だったのに、後日僕らは澤田さんに泣きながら怒られてしまったのだった。僕らなりにお祝いをしたつもりだったのになあ……。
ちーちゃんはやっぱりこうでないとダメでしょう。