昨日見た夢4 倫子と直の場合
「今日は暇か?」
「直君ほど暇じゃないです」
「そんなことを言う減らず口はこの口か、おりゃあ」
私の口を思い切り横に引っ張る直君の表情はしてやったりといった表情が丸分かりだから気に食わない。
「気分が変わりました。忙しくします」
「悪かったってば。ちょっと可愛くなかったからお仕置きしただけだ」
私が言いきると、急に焦って答えるけどお仕置きにしては十分に痛すぎます。
「痛かった……」
「ごめん悪かった」
顎を持ち上げられて顔が近づくのでそっと目を閉じる。ちょっとだけかさついている暖かい唇が私の唇に重なる。
「これで許してくれないか?」
「ちょっと足りません」
「最近のお前はちょっとどん欲だな」
「直君だからもっとして欲しい。そう思うのはダメなことなの?」
「喜んでお受けしますとも」
ちょっと喧嘩になりそうになると結局キスを重ねることで喧嘩は有耶無耶になってしまう。元々相手を思いやることに長けている直だから通じること。学校では俺様生徒会長様であるけれども、その実態は根回しを徹底して行うから反論する人が誰もいないだけだ。
今日は姉妹校の受験日で学校が会場校になっているので私たちは二日間学校が休みだ。
生徒会は休みだけど、野球部だけは駆り出されて二日間学校だと高橋君が嘆いていた。確かに野球部の稼働率は半端ない。雪が降ったら下半身強化と称して皆で雪かきをしてくれる。
そこそこ試合で勝っているので積極的にお手伝いをしながらトレーニングをしてくれているのだろう。
「じゃあさ、明日出かけようぜ。たまにはショッピングもいいだろう?」
いきなりの提案は悪くないなあと思える位に私も暇なのだ。
「もう、人に見られても大丈夫なんだろう?」
「うん」
「だったら、お洒落さんで行くからな。分かっているよな」
直君が言いたいことが分かったので私は頷くことしかできない。
「あっ、でも勝負下着でなくていいぞ。そこまでは考えていないから」
不意打ちで言われた一言で私が真っ赤になってしまったのは仕方ないと思うんだ。
翌日、滅多に履かないブーツを下駄箱から取り出す。二年前に買ったハイウエストのワンピースにワインレッドのタイツ。チャコールグレーのコートにオフホワイトのトートバッグ。
待ち合わせは私の家の前で午前9時。時間になったら直君が車を運転してきた。
「免許証は?」
「もちろん取った。夏休みにな」
「車の所有者は」
「オヤジの。普段は使っていないから、まあ乗れよ」
彼に促されて助手席に座ることにした。
「じゃあ初めてのドライブデートにでも行くか」
「うっ、うん。なんか大人になったみたい」
「そうだな。中学生では絶対無理か。これならあんまり人に見られないだろ?」
「そうだね。ではドライバーさん、よろしくお願いします」
分かったよ。とにかく行くかといってゆっくりと車は発車した。
デパートに着いたら直君は私の手をしっかりと握ってずんずんと進んでいく。
「ねえ、どこに行くの?ちょっと早いってば」
「もう少しだから……ほら着いた」
着いたところはおもちゃ売り場でかなりリアルな動物のぬいぐるみがあった。
「お前の部屋ちょっと殺風景すぎるから、本物じゃないけど欲しい動物を買ってやる」
「直君」
「今はこれで我慢してくれな。いずれは俺達でも飼える動物にするつもりだから」
「ありがとう」
私達は、あらゆる動物を抱き上げたり、抱きしめたりしながらたっぷりと吟味をして、最終的にゴールデンレトリーバーのぬいぐるみを買ってもらうことにした」
「ほらっ、今度はこの子に似合うリボンを用意したくないか?」
今度は手芸売り場に行ってさっきと同じように臙脂のベルベットのリボンを購入した。
荷物を手荷物預かり所に預けて、レストランの食堂で食べることになった。今の千葉の駅前はモノレールが乗り入れるための工事を行っている。出来上がるとレストランの下の方にモノレールが見えることになるという。
「本当にあの子で良かったのか?」
「うん、実際に犬を飼うとしたら散歩とか大変じゃない。それに大型犬って体力があるっていうから私にはきっと無理よ。でもぬいぐるみならそういったことは必要じゃないしね」
「そうだな。本物の動物は犬以外で考えるか」
「家の中で飼うの?」
「その予定だが」
「ハムスターとか?」
「好きなのでいいぞ。二人でお金を貯めて買うんだから」
「そうだね。その日が楽しみだね」た
「そうだな。飯を食べたら家に帰るか」
家に帰って直君がいそいそとぬいぐるみを取り出す。
「ほら、いじりたいだけいじれ」
そう言って私に渡してくれた。ぬいぐるみはのんびりと足を投げ出した形だ。まずはお腹に顔を埋めてみる。暖かさはないけど、柔らかい毛足が何とも言えない。
「どうだ?楽しいか?」
「うん。これが生き物だったらって思えるくらいには気持ちいいよ」
「そうか。俺も試してみようかな……貸して」
私がしたように今度は直君がお腹に顔を埋める。
「やばい、これは病みつきになる。本物の犬じゃできないな」
「そうだよね。相当穏やかな性格の子じゃないと無理よね」
「お前犬ならどんな犬が好きなんだよ」
「私?猟犬がいい。シェパードとかダックスフントとか」
「お前番犬というよりは一緒に遊べる遊び相手が目的か」
私は大きくうなずく。どちらかというと一緒になってゴロゴロと転がっていたいのだ。ダックスフントなら運動量は少ないかもしれないけどシェパードだと体力的に難しいと思っている。
「シェパードを買う時は、家族が増えた時に男の子がいたら考えようぜ」
「そうだね。だったら私たちの未来はきっと楽しそうだね」
「そうだぞ。絶対に楽しいはずだ。お前はもっと今以上に俺が幸せにしてやるからな。そこのところは覚悟しておけよ」
「それって今からってこと?それならいつでもどうぞ」
「早速のお誘いには乗らないとダメだよな。好きだよ。ちい。誰よりも好きだ」
「私も誰よりも大好き」
さっきまであれだけ毛並みを撫でて可愛がっていたぬいぐるみをちょっと雑において彼とイチャイチャしていたのは別に悪い事ではないと思うんだ。
おまけ
「ちょっ、お前。それは止めろ」
「直……無理だよ。諦めようよ。壊されたら修理してもらってクリーニングに出して押し入れに入れておこうよ」
「ああ……それが一番だな。なんでこんなに敵対心を露わにするんだ?」
「きっとね。リアルな大きさだからよ。それにこの子は猫だもの。嫌がっても仕方ないわ」
私達が一緒に暮らし始めて2年。今までよりも仲がいいと皆に言われるくらいには仲がいいんだけど……そんな私達も新しい家族を迎えることになった。それがミルク。真っ白な日本猫のメスだ。大学の構内で捨てられていたのを見かねて直が連れて来たのだ。
ミルクを車に押し込んですぐに動物病院に連れて行って体の状態を見てもらう。捨て猫だったけれどもミルクはこれといった問題はないという事だった。
その後ペットショップで必要なものを買って、自宅の中に入れた時に真っ先にミルクが行ったのは、あの日直が飼ってくれたゴールデンのぬいぐるみだった。
思い切り噛みつき、更にキックまでしている。子猫がやることだからって生暖かく見守ることもできるけど、大きくなったミルクが同じことをされたらぬいぐるみも壊れてしまう。
今までリビングのソファーの定位置だったぬいぐるみはこの日を境に寝室の押し入れが定位置になってしまったのは言うまでもなく、ミルクがいない時だけ寝室の中でだけ楽しむという新しいルールができたのだった。




