雅と夏海とリンとおまけのちひろ
今回はほんの少しだけ後書きがあります(その後の話で、次回の前ふりです)
「なっちゃん……ナチュラルにふうの家にいるよね」
「うん、学校の宿題難しいんだもの」
「僕が見てあげようか」
いつものようになっちゃんは雅の部屋で宿題をやっている。彼女は雅の上の階に住んでいる社長たちと一緒に住んでいるのだが、普段から行ったり来たりをしているようだ。
「まあ、このマンションのセキュリティーはしっかりしているからいいけど、マスコミ対策は頼んだぞ」
「大丈夫。こないだみーくんが社長の家で一緒にご飯を食べた時の写真ブログでアップしたの」
ああ、そういえばそんなこともあったっけ。彼女のブログでは社長の家に下宿していると既に明かしているので問題はない。確かのあの日のブログは家庭教師役を雅が買っているってことになっていたっけ。
「週刊誌の問い合わせもなかったから問題はないけどね」
「でしょう?澤田さん、ここってどういう意味なの?」
彼女が見せてくれたのは英語の和訳。単語は難しくはないのだが、構文と熟語がしっかりと詰め込まれているからどこから訳していいのか分からないのだろう。
僕は線と波線を引いて構文と熟語を区分けした。
「これで少しは見やすくなると思うけど……どうかな」
「あっ、なんとなく分かった気がする。ありがとう澤田さん」
「ふうん、さわっちの方が俺より上手に教えるみたいだね。俺家庭教師役卒業してもいい?俺大学は出たけど、国立じゃないしさ」
俺が教えたのを見て、雅が拗ねだした。こいつは一度拗ねるとなかなか元に戻らないからなあ。ああ、厄介なことが増えた。
「仕方ないだろう?なっちゃんが今やっていることってさ、俺の兄妹もリアルに学習しているんだから」
「そうだ、双子さんお元気ですか?」
「元気だよ。元気過ぎてお兄ちゃん倒れそう」
「いいなあ。お兄ちゃんって。まあ事務所にいればお兄ちゃんもお姉ちゃんもいっぱいいるけどさ」
なっちゃんは素直に僕に感謝を示してくれるけど、その行動が更に雅が拗らせるんだからさ。
「なっちゃん、これからは勉強は事務所でやってくれない。僕も家業の方で忙しくなるしさ」
「みーくん、そういうつもりで言ってないって」
「本当に?」
「本当。嘘ついてないもん」
ん?この二人なんか変じゃないか?それとも僕の目がおかしいのか?
「二人って……いや、まさか……なんでもない」
僕は雅に資料を私に来ただけだからもう帰ってもいいはずだ。
「じゃあ、僕はこれで」
「そう、ありがとう。お疲れさまでした」
「澤田さんありがとうね」
かなり釈然としないまま僕が玄関に向かうと、玄関の前にリンちゃんがちょこんと座っていた。
「なあ、あの二人っていつもああなのか?あれでなんでもないというのか?」
僕の問いかけにリンちゃんが答えてくれるわけもない。猫だもんな。
「それとも僕もおじさんになったのかな。お願いリンちゃん、おじさんをちょっと癒させてくれない?」
三和土に鞄を置いてリンんちゃんを膝の上にのせてみる。柔らかくて暖かくて……僕自身がかなり長い間忘れていた感触をゆっくりと思い出す。
「やっぱり人寂しいのかな。真面目にお見合いでもしてみようかな」
ちょっと心が弱っているせいか、最近人寂しいと思う時が増えてきた。社長がお見合いどう?って聞かれたから受けますって答えちゃおうかな。こうやってリンちゃんを膝の上に抱いているだけでこんなに癒されているんだから。
リンちゃんの体に顔を埋めてみる。細いけが鼻を擽るけど、これはこれでまた気持ちがいい。
「モフモフってこういうことなのかな。はあ、癒される」
「澤田さん、うちのリンで何をしているの?」
冷ややかな声がして振り返ると雅が仁王立ちしていた。
「ちょっと、癒されていただけだよ」
「ふうん、さわっちお見合いするんだ。良かった。女の人が好きだったんだね」
なんか今変な言い方したよな。僕は最初から女性が好きなんだけどな。
「女の子が好きに決まっているだろ?」
「嫌、高校が全寮制の男子校だったし。女性との浮いた話なんて一度も聞いたことがないから……オネエまではいかないけど、そっちの人かと思ってた」
「勘弁してくれ。僕はそんな趣味は持ち合わせてない。女の子が肉食に豹変するのが嫌なだけだ」
「それがだめなんです。リン、これ以上いると危ないからパパの所においで」
むりやり僕からリンちゃんを引きはがす。ちょっとだけリンちゃんの爪が腿に当たる。
「はい、僕もこれから忙しいのでとっとと帰ってくださいね。お疲れさまでした」
急に追い出されるように外に出されてしまった。今日の僕……何か遣らかしてしまったのだろうか。
おまけ 後日のちひろ
「澤田君、お見合いの事なんだけど」
「はい、社長」
ある日、事務所で作業をしていると背後から社長に呼ばれた。
「ふうからも聞いたんだけど、お見合いしたいんだって?君何かしている?」
「何かって……何でしょう」
「お見合いパーティーとか、合コンとか」
「ああ……最近はお誘いすらありませんね。見事なまでの売れ残りです」
「そっか……売れ残りか。どんなお嬢さんがいいんだい?」
「普通の方であれば……できたらこの仕事に理解がある方がいいです」
「分かったよ。それなら僕がいい人を探してあげるからちょっと待っていてくれないか。そんなに業界の人はダメかい?」
「ダメというか……できたら僕はフルタイム勤務をして欲しくないんです。自分のお小遣い程度のお仕事をしてもらって外の世界も見ていて欲しいとは思いますけど」
「澤田君……君の今の総資産はいくらだっけ?」
社長にも投資指導をしているからある程度は知っているはずだと思うけど……。
「奥さんが六本木の億ションがいいというのなら、引っ越せる位には。後、できたら子供も欲しいですが、動物が飼いたいです」
「動物……ね。具体的には?」
「猫とかうさぎでしょうか。散歩が必要としない動物がいいですね」
「そこのところも考慮しておくよ。でも今なら思うんだ。私があの時にハローワークで君に会わなかったら君の人生はどうなっていたんだろうかってね」
うん、それは僕も思う。あの頃に社長に拾われなければ僕も社会労務士にならなかったし、社内で保険担当とマネージャーの兼務なんてなかったと思う。
「弁護士とか考えなかったのかい」
「先輩や同期達で一番多いですね。逆になりたいとは思いませんでした」
「成程な。持っているスペックは高いからそんなに悲観しなさんな」
社長に一通りの質問をされて思った通りに答えたことがかなり後になってから僕の身に返ってくるだなんて思いもしていなかった。