雅と夏海と時々リン
本編ねつ造ルートになります。
「みーくん、今はどこ?」
「家だよ。なっちゃんは?」
「スチールのお仕事終わったから、もうすぐでマンションに帰れる」
「時間は……そんなにないけど、宿題とかあれば持っておいで。ご飯はどうする?」
「制服着替えてから行きたいからその時に聞いてみる」
「いいよ。なっちゃんの分が増えるくらいなら」
「分かった。後でね」
なっちゃんの業務連絡かと思う位の短いやり取りをしてから通話が切れた。
今の電話は恐らく里美さんの車の中だろう。なっちゃんと俺の関係は恋人未満といったところ。この関係は社長も公認で節度のあるようにと二人して釘を刺されている。とは言っても、お互いに思い合っているのだから二人きりになるとちょっとだけスキンシップが深くなるのはしょうがないと思うんだ。まあ中学生のなっちゃんが相手だからソファーで手を繋ぎながらDVD見たり、ぴったりと寄り添って勉強を教えるとか……そんな程度だ。
遊びじゃないから俺は手を出していない。この気持ちが本当であるという事を証明したくて、既になっちゃんのご両親には結婚を前提にいずれは交際をしたいと話してある。
メンバーだとまだこの事は知られていないだろう。メンバーが揃っているときのなっちゃんの態度は分かりやすい。双子はゲーム相手、樹は歌のレッスンのアドバイス、昌喜はストレッチの相手(こいつ容赦ないんだ)、俺は勉強相手とピアノの先生。
先輩やモデルチームさん達が混じると皆で奪い合うといった感じ。うん、事務所の皆の可愛い妹キャラだ。先輩たちはひょっとしたら俺の気持ちが分かっているのかなと思う時もなくなないけど、悟られるわけにはいかないからしらばっくれている。
その度に「クールに見せている楓太がマジになったらどうなるんだろうな?なっちゃん、楓太がいけないお兄さんになったら逃げてくるんだよ」なんて洒落にならないことを言っていた。
時間を見ると、午後5時を過ぎた頃。5月にしては暑かったので今日は網戸を少しだけ開けている。ちょっと前までリンは傍にいたはずだったのだが、網戸に鼻をくっつけて体を伸ばしてリラックスしている。ゆったりとしなやかにしっぽがパタンと音をたてているので、どうも外にリンがお気に召した何かがあったようだ。
網戸を開けてバルコニーに出ることもない。かなりの臆病なので誰かが一緒じゃないとバルコニーには行ってはいけないと思っているようだ。
僕は鶏肉のソテーを焼くために冷蔵庫から密閉パックを取り出す。お昼を食べてから塩麹で漬け込んだものだ。その前にリンのご飯を用意してやろうと思って冷蔵庫から鶏のささ身を取り出す。すでに小分けに切ってあるので、小皿に移してレンジで火を通す。
余った時間で小鉢に入れてあるひじきの煮物とレバーの赤ワイン煮を取り出す。
とりのささ身を細かく裂いて、テーブルに移した。
「たっだいま。ご飯こっちで食べてっておばちゃんが言ってた」
「そうか。着替えて来たのか?」
「ううん。おばちゃん出かけていて、夕ご飯を社長と外で食べるって。だから夏海はみーくんとご飯食べなさいって」
成程。そういうことか。ご飯の支度を中断して僕は社長の奥さんに電話をすることにした。
「雅ですが。分かりました。栄養バランスをそれなりに考えて食べさせますので……ええ……それでしたら、こないだ頂いた赤ワイン煮を少量でいいので買ってきてもらってもいいですか?後で代金は払いますので……はい、お願いします。それとお願いされました」
レバーの赤ワイン煮は奥さんから勧められてあるデパートのお総菜売り場で買ったものだ。食べやすいので、定期的にストックしている。社長たちがデパートの方に行くというのでついでにお使いを頼んでしまったのだ。
「みーくん?」
「大丈夫だよ。リンと遊んで制服を汚すわけにはいかないから、僕の部屋着でもいいかい?」
「貸してくれるなら嬉しいかも。ここに置いておくわけにはいかないか」
「当然。恋人じゃないでしょ。俺らは」
「同じようなもんじゃん。かっこ仮が付く位には」
恋人(仮)なのか。どっかのゲームみたいな軽いノリだな。ちょっとだけ納得がいかない気がするのは、やっぱり男の方がガキなのだろうか。
「将来的には、俺の嫁のつもりなんですけど……でもそれを実行するにはいろいろ問題があるだろう?」
俺は年齢的には問題はない。夏海の方には問題があり過ぎだ。義務教育中だし、婚約はできても婚姻はまだできない。こんなことを公表した日には、マスコミのいい燃料になってしまう。そんなことを俺は望んでいなかった。
「よっ、嫁?」
「そう、奥さんね。俺そのつもりだし、逃がしてあげるつもりもないから。でもね、年齢相当の経験はちゃんとして欲しい。俺はそれなりに経験したことを俺が隣にいることで経験が出来ないっていうのはアンフェアだと思わない?」
「なんかみーくんの掌で転がされている感じがしなくもないけど、今の状況嫌いじゃないからいいや」
早く洋服貸してと言うので、クローゼットからなっちゃんでも着られそうなものを渡してみる。洗面所で着替えて来たなっちゃんはいつもより少しだけお姉さんに見えた。
なんてことはないシンプルなチェックのシャツにスリムパンツ。流石にパンツの裾は長いようで折り返してあった。
「男性でもかなり細いものだよね。みーくんってスリムなの?」
「きっとね。水着の仕事が来なくてホッとしているよ」
「そういうものなのね。私今度水着の仕事がきたの」
ふうん、水着ね。衣装選びは里美さんがイメージを壊さないものを絶対に選んでくれるから心配なんてしていないけど。
「大丈夫だよ。なっちゃんらしさが引き立つ衣装だと思うよ」
実際に現場で里美さんが容赦なく口を出しているらしい。もちろんそれは悪い意味ではなくて結果的にはいい仕事につながるものだ。流石元トップモデル。なんでもパリコレからお誘いがあったらしいんだけど、短大を休みたくない&資格検定を取れなくなるとごねてオファーを自ら断ったという噂がある。本人は私に務まる訳ないじゃないって言っているけど、絶対に断りに行ったんだと俺は確信している。
「なっちゃん、夏休み限定のマカロンの企画があるんだけど一緒に取り組む?」
高山さん達と夏休み限定でマカロンのCMを作ってみないかって話が出ている。いつもはじれじれペースの展開をひと夏でカップルになるって方向で進んでいる。方向性は決まっているけれども、ヒロイン役のなっちゃんの意見が欲しいという事で話が止まっている。
「そうなんだ。里美さんも知っているよね」
「知ってるよ。マカロンの打合せの時は僕が一緒に行くから……ドライブデートしませんか?」
「寄り道なしだけどね」
「まあ、いいだろう。さあ、ご飯の支度をしよう。リン……なっちゃん来ているよ」
俺はバルコニーに鼻をくっつけたままのリンを呼ぶ。リンは大きくパシンと大きな音をしっぽで鳴らしている。うーん、これはリンを無視していたって怒っているのかな。
「みーくん……飼い主さんらしくない。リン、おいで」
なっちゃんが呼びかけるとリンはすくっと立ち上がってにゃあんと鳴いてなっちゃんの足元にやってきた。
「リンは大切な家族だよ。忘れてないわよ」
そういって、額にチュッとキスを落とす。目を細めたリンはゴロゴロとのどを鳴らしている。
なんか、今の俺のポジションやばくないか?抱き上げて高い高いなんてしてもらっているリンは本当になすがまま。完全に納得いかない。
「みーくんは、優しいけれども……もっと女心をお勉強したほうがいいと思うの。そうしたらリンとももっと仲良くなれると思うんだ」
ん?女心を理解しなさいですか、それは難しいなあ。でも、二人が仲良くしてくれているのは俺としては有難い事だしさ。嫁と娘が仲良くしてくれないとお父さんは肩身が狭いっていうもんね。