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3 一応狼なのですが

「私は兎族のヒースという」


 初めて見る足の長い椅子に腰かけ、ウルはテーブルを挟んで青年と向かい合っていた。

 部屋にはランプの炎が灯り、弱々しいが温かみのある光が青年の顔に揺れる影を作り出している。

 青年に促されて寝室を出たウルが目にしたのは、木の組まれた壁に四方を囲まれた広い部屋だった。

 そこは清潔によく片付けられていて、他にも木でできた家具が並んでいた。

 青年は―――ヒースの顔色は、先ほどよりも大分いいようだ。


「あたしは、狼族のウル」


 ウルは先ほどまで意識を失っていたヒースの事が心配だったが、彼がそのことには触れてほしくなさそうだったので敢えて何も言わずにおいた。

 ヒースの赤い目に見つめられて、ウルは肩を竦めた。

 彼はウルが名乗っても黙りこくるばかりで、それ以上何も言ってはくれなかった。


「ヒースは、どうしてあたしを助けてくれたの?」


 つい、そんな質問が口から滑り出ていた。

 ウルはヒースを食べようとしたのだ。

 なのにどうして介抱してくれたのか分からず、ウルは不思議だった。

 だって、二本足の動物は皆、狼族が恐いのだから。


「恐いだろう?あたし、狼族だぞ」


「その狼族が、なぜ一匹でいる?」


 ヒースはどこまでも落ち着いた態度を崩さなかった。その白い耳はピンと立てられたままだ。

 彼の質問はあまり答えたい内容ではなかったが、恩人に尋ねられれば言わない訳にもいかなかった。


「追放された。一族の掟を破ったから」


「掟?一体何をした?」


 再びヒースに問われ、ウルは黙り込んだ。

 自分でも、何があったのかなんてよく知らない。

 ただ気付けば、自分は『ウソツキ』だということになっていた。

 そしてその『ウソ』で、一族を危険に晒したと。


「分からない。気付けば掟破りだということになっていた」


「抵抗しなかったのか?」


「無駄だと思った。それに、引き留める人もいないのなら留まっても無駄だ」


 思い出しながら、ウルは俯き耳を伏せた。

 生まれてからずっと一緒に暮らしてきた群れの筈なのに、ちっとも帰りたいと思えないのはなぜなんだろう。

 子供の頃から、この群れから放り出されれば死んでしまうと思っていた。だから誰にも逆らわなかったし、何を言われても黙って従った。

 それでも結局、自分は群れを追い出されてしまった。

 そして死に損なった今、あの群れに執着していた自分が馬鹿らしく思える。


「それで、これからどうするつもりだ?」


 過去を回想していたら、ヒースの言葉で現実に引き戻された。


「分からない。とにかく群れを離れたくて、一生懸命ここまで走ってきたんだ。でも森の外の事は知らないし、多分どこかに洞穴でも見つけて、そこで暮らせればいいかなって思ってる」


「洞穴で?」


 ヒースの言葉が少なからず上ずった。どうやら驚いたらしい。


「うん。ここに来るまでに、別に肉じゃなくて他の食べ物でもどうにかなりそうだってわかったし。後は水場の近くで、四本足共に見つからないようなところなら、あたし一匹でも生きて行けるかなって」


 言いながら、ウルは不思議な気持ちになった。

 どうして、出会ったばかりの兎族に、こんな話をしているんだろう。

 ウルにとって、昨日までは狼族以外の二本足は全てが食べ物だ。

 だけれど、もうヒースの事を食べたいとは思えない。

 それよりも、今は向かい合って話を聞いてくれる彼の方が、ウルには大事だった。


「―――狼族は、もうこのあたりにはいないんだな?」


 ヒースはしばらく考え込むように沈黙し、そして確認を取るようにそう言った。

 ウルはこくりと頷く。

 そして同時に、分かったことがあった。

 そうか、ヒースはウル以外の狼族がこの家の近くにいるんじゃないかと思って、情報を得るためにウルを助けたのか。

 そう思うと、すとんと納得できた。

 彼の親切が嬉しかった分だけ少し辛かったが、当然だろう。何の理由もなしで、狼族の自分なんて助けてくれるはずがない。

 後は、出てけと言われる前に自分から出て行こう。

 ウルがそう思い立ち上がると、勢いよく腕を掴まれ引き留められた。

 ランプの炎が揺れる。

 初めて見た赤い目というのは、光に透けると宝石のようにつやつやと光った。


「ならば、しばらくここに住めばいい」


「え?」


 ヒースは何気ない口調で言った。

 ウルは驚きで呆気にとられる。


「だって、あたしは狼族だぞ?」


 確認するように、ウルはゆっくりと言った。

 しかしヒースは憮然とした顔をするだけだ。


「知っている」


「じゃあ、なんで?」


「なんでって…」


 ウルが尋ねると、ヒースは言いづらそうに言葉を濁した。

 彼の真意が分からず、ウルも困惑する。

 しばらくそうしてお互いに戸惑ったまま向かい合っていた。相変わらず、ヒースの手はウルの腕を掴んだままだ。


「最近…」


「最近?」


 ようやく口を開いたヒースの言葉を聞き逃さぬよう、ウルはただでさえいい耳をピンと立てた。


「この小屋の鼠がうるさいから、捕まえてくれないか?」


 そう言いながら、ヒースはウルの手首をぎゅっと握った。

 予想もしていなかった内容に、ウルは目を丸くする。

 どうやら、ネズミとウサギの相性はよろしくないらしい。



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