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1 赤い頭巾のオオカミ少女

 狼族は森の略奪者と忌み嫌われている。

 なぜなら、自らと同じ二本足の種族(翼のあるものは含まない)を食べるからだ。

 彼らは屈強で、森に暮らす生き物たちは皆怯えて暮らすより他なかった。

 彼らの牙や、ピンと伸びた耳。そして遠くの匂いまで嗅ぎ分ける鼻や鋭い爪から、逃れられる動物などいなかったのだ。

 それを憐れんだ神様が、他の種族は沢山の子供が産めるように、そして狼族は女が少なく年に一度の発情期に一人の子供しか産めないようにした。

 他の種族の者達が森を出て街を造り国を築いた後も、狼族は森に残って獲物を狩り続けた。

 そして今、その嫌われ者の狼族の中で、更に一番嫌われている一匹の狼が、群れを追われようとしている。


「ウル。釈明があれば聞こう」


 重い口調で言い放ったのは、狼族の長である屈強な隻眼の男だった。しかし長と言うには存外若い。狼族は強さこそが全てなので、代替わりが激しいのだ。

 周囲を狼族の男達に囲まれ、俯いているのは小柄な一人の少女だった。

 ピンと立てた焦げ茶色の耳と、同じ色の四方に跳ねた長い髪。垂れ下がった黒毛混じりのふさふさとしたしっぽ。目が覚める様な真っ赤な頭巾を肩にぶら下げているのが、より一層彼女の小ささを引き立てた。

 彼女の名前はウル。生まれてすぐに両親を失い、群れの中で育てられた少女だった。

 けれどそれも、今日までの事。

 一族の中で一番のウソツキと呼ばれる彼女は今日、その積りに積もった嘘の代償に、群れを追い出されることが決まった。

 言い訳一つせず、彼女は包囲された広場の真ん中で、俯いたまま黙り込んでいる。

 長はその沈黙に一つ、溜息をついた。

 ウルよりも三つ年上の彼にとって、ウルは良く見知った少女だった。

 親がいないせいで、雌とはいえいつまでも大きくならない彼女を、今日までそれとなく庇っていたのも彼だった。


「では、群れの掟によりウルを追放する」


 長が高らかに叫ぶと、周囲を取り囲んでいた男達は続々と雄たけびをあげた。

 テントで様子を窺う数少ない雌たちが、密やかに成り行きを見守る。

 ウルは最後まで、俯いて沈黙を守り続けた。



  ***



「お腹減った」


 さくさくと草を踏む足音がした。

 群れを追い出されたウルは、このひと月ほどの間で群れから遠く離れた小高い丘にまで来ていた。

 丘と言っても木が生い茂っているのでどちらかと言えば小山か。

 見渡す傾斜の下には、森の中にぽっかりと湖が見えた。

 狩りが下手で一匹では碌にゴハンも食べられないウルは、あの日よりだいぶやせ細っていた。それでもとにかく水だけは飲もうと、一路湖を目指していた。

 四足で地に張り付き、湖から直接水を飲む。

 澄んだ水は冷えて驚くほど美味だった。

 ウルはむさぼるように水を飲み続けた。ちょうど一日前に飲んだ岩場にしみ出した水以来、久々の水分補給だった。いくら屈強な狼族の生まれとはいえ、こんな生活を長く続ければ無事で済むはずがない。

 胃袋がいっぱいになるまで水を飲むと、ウルはそのまま仰向けになった。

 湖部分ぽっかりと開けた空に、薄い雲が千切れて散りばめられている。

 ヒューン、ヒューンと死肉を狙う猛禽類の甲高い鳴き声。

 あれはあたしを狙っているのかと、ウルはなんとはなしに思った。

 しばらくそうしていたが、ウルは覚悟を決めると再び立ち上がった。

 目指す場所なんてないが、このままあの場所に寝付いていればいずれあの鳥の餌食になってしまう。

 今はとにかく、できるだけ群れを離れなければ。

 死んでなんて、やるものか。

 たとえ犯してもいない(・・・・・・・)罪で裁かれ群れを追われようと、一人で強く生きてやる。

 その想いだけが、やせ細ったウルを支えていた。


「なんだ、あれ」


 しかし湖に沿って歩いていたウルの目に、飛び込んできたのは驚くべき光景だった。

 見たことのない、木を組み合わせて建てられた様な家。

 基本簡易的な布のテントで暮らす狼族のウルにとって、それは初めて見る本格的な家だった。

 そして四角く区切られた扉が開き、中から長身の影が現れる。

 一瞬警戒してしっぽを立てたウルだったが、中から出てきたのは今までに見たこともないような美しい生き物だった。

 白くて長い耳と、銀色の髪。そして切れ長の真っ赤な目。丸くふわふわとしたしっぽ。

 ウルは狼族以外の、二本足で歩く動物を見たのは初めてだった。

 かつてはどんな動物も森の中で暮らしていたのだが、皆とっくの昔に狼族を恐れて森の外に出てしまったのだ。

 ウルは悩んだ。

 長老の話では、アレは食べられるらしい。

 しかし、体の小さいウルがはたして、自分よりもずっと大きいあの獲物を無事にとらえることが出来るのだろうか。

 ウルはしばらく悩んだが、背に腹は代えられないと木陰から一歩踏み出した。

 仮令ガリガリに痩せていようと、一匹きりの雌だろうと、あたしは誇り高い狼族だ。

 ウルは自分にそう言い聞かせ、足音を殺してその生き物に近づいて行った。

 しかし、その時だ。

 ウルは地上に張り出した大きな木の根を踏み越えた瞬間に、か細い小枝を踏んでしまった。

 ポキリと小さな音が響く。

 途端、長い耳を左右へ向けて警戒し始めた獲物に、ウルは思い切ってとびかかった。


「ガルルルルルゥ!」


 獲物は逃げなかった。

 逃げなかったがウルの思い通りにもならなかった。

 決死の想いで飛び掛かったウルを、彼は見事に空中でキャッチしてしまったのだ。


「ちょ、離せ!」


 ウルは驚き、その手から逃れようと必死で体をよじった。

 しかし自分よりも大きな男の力は大きく、ウルはいくらもがいてもその手から逃げ出すことが出来なかった。


「お前は…狼族か?」


 男が、乾いた声で呟く。

 初めて見る赤い目にじっと見つめられて、ウルは気まずい思いを味わった。

 武器も持たない獲物に、易々と捕まる狼族なんて聞いたことがない!

 長老たちに知られれば、厳しいおしかりをくらうだろう。

 ああ、でももう群れには戻れないのだから、自分は叱られることもないのか。

 そう改めて認識すると、もうダメだった。

 もうどうにでもなれとウルは体の力を抜いた。

 正直、空腹が酷過ぎて体力はもう限界に達していた。


「お腹…空いた」


 ぼろぼろ涙をこぼしながら、ウルはそのまま気を失った。

 あとに残されたのは、狼族の少女を抱えたまま、途方に暮れる兎族の青年一人きりだった。



 

 

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