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無希望転生物語。  作者: 翡翠しおん
9/22

8.月一Xデー

「しくじったぁぁぁ!!」

朝から俺は発狂する出来事に気づいてしまった。

「先生?! どうかしたんですかっ?!」

先日の変態駆逐に意識を持っていかれすぎて、俺は肝心な出来事に気が回っていなかった。

どうしたらいいんだ。この失態は取り戻せるのか、俺は?!

「先生、大丈夫ですか?! しっかりしてくださ……」

がしぃっ、と俺は俺へと手を伸ばしたエコデの手を掴む。

「せ、先生……痛い、です」

「はっ! すまん、つい!」

思いっきり掴み過ぎた。でもまだ、加減できてたはずだ。出来てなかったら、今頃エコデの手首の骨は粉砕されてる。

エコデがさすっている手首が、赤くなっていた。

「うわ、エコデほんとにごめんっ?!」

「大丈夫です。それより、どうしたんですか?」

苦笑して許してくれた天使に、俺はほっと胸を撫で下ろす。

「いや、ちょっと忘れ物をだな……」

忘れ物?と小首を傾げたエコデに、俺は深く頷く。

赤くなったエコデの手首に触れて状態をチェックすると、何故かエコデは一瞬で赤くなっていた。

俺首は絞めてないぞ?

「せ、先生、大丈夫ですから」

「いや、大丈夫じゃない」

「えっ?」

「来月分のエコデの衣装発注締切昨日までだったんだよ! やってしまったぁぁ!!」

「なんだ……そんな事ですか」

「そんな事じゃないぞ?! 俺の月一の楽しみだ!ビクサムとの話し合いまで済ませてたのに!デザイン画を完璧に書き上げたんだぞ!」

「……僕、これでいいです」

「エコデが良くても俺が良くないっ!」

四季の変わり目に衣替えするのと同じだ。この寂れた診療所に季節感をもたらせるのは、エコデだけ。

そのチャンスを失うなど商業的な失敗が大きいに決まってる!

「先生……これ嫌いでした?」

「いや、最高だった! でもエコデならもっと上を目指せる。いや、俺は目指して欲しいんだ!」

拳を握りしめ力説する俺を、エコデは何というか、複雑な表情で見ていた。

でもどうせなら、俺を罵るがごとく冷たい目で見下ろしてくれたら最高なんだが。

この間サチコとロヴィが来てから俺は精神不安定が酷過ぎる。

やはり奴らは百害あって一利なしだ。

「仕方ないですね」

ふうっと息を吐いて、エコデはすっと俺に手を差し出した。

俺はまさか今、財布を握られている立場にも拘らずカツアゲをされそうになっているのか?

「金は持ってません」

「何馬鹿な事言ってるんですか。知ってますよ、そんな事」

そりゃまさにその通り。

「発注。掛け合ってきてあげますから。資料貸してください」

天使が降臨されました。

俺の日ごろの行いの良さがここに出たな、うん。

診察室の机の一番上。そこに仕舞った鍵を取り出す。次いで一番下の鍵付きの引き出しを解錠。

がらっと引き出しを開けると、ダイヤル式鍵付きのケースを取り出す。

丁度封筒が入るくらいのサイズだ。

「先生、何でそんなに厳重なんですか……」

呆れた、と言わんばかりのエコデ。

いやいや、分かってないな。

「エコデ……お前は自分で思ってる以上に、大切な存在なんだ」

「え」

「お前が居るから、俺はここでこうやって胡座かいて仕事してられるんだ。それは、忘れないで欲しい」

じゃなきゃ今頃俺は自力で街を歩き、患者を探さなきゃ行けなかっただろう。

全く、エコデに釣られて来る患者には助けられっぱなしだ。

「先生は、僕のこと……必要としてくれるんですか?」

「馬鹿、かけがえのない大事な存在だ」

途端に、エコデは顔を赤くして視線を伏せる。

照れ臭そうに。何でだろう。商業的価値が余程、嬉しいとか?

解錠して取り出した封筒をそっと取りだし、俺は両手でエコデに献上した。

「お願いしますっ! エコデ様っ!」

「は、はいっ……」

慌てて頷いたエコデはやっぱりそこらの女子より可愛いよなぁ。

勿体無い。


◇◇◇


「へー……こんな所にお店があったんですねぇ」

感心の声をあげるエコデ。診療所の面する通りから、一本裏へ入り込んだ路地。退廃的な気配漂う場所を、俺はエコデと共に歩いていた。

考えてみれば、郵送じゃ絶対無視されるわけで。エコデについてきて貰って、直接交渉が望ましいと、エコデから提案を受けたのだ。実に賢いな。

一人で行かせるのは、とても無理だし。

治安最下層、入り口不鮮明、そして店主が面倒。

俺だって普段は手紙と電話のやり取りくらいしかしたくない。

「あぁ、ここ」

「え? えぇっ?」

エコデが驚くのも無理はない。

『アリジゴク』とでっかく赤いペンキで書かれた看板のしたにある入り口は、高さ三十センチ、幅五十センチくらいの隙間しかない。

「ど、どうやって入るんですか、先生?」

「例の物を出せ、エコデ」

不安げな表情を浮かべ、エコデは持っていた鞄を開ける。そして、それを取り出す。

組立式の竿と糸。糸の先に結ばれたのは、ヒトデ。

「それを、この中に垂らす」

「先生がやってくれるんじゃないんですか?!」

「大丈夫! 俺がエコデをきっちり守ってやるから」

「うー……」

エコデは唸りながら、複雑そうな顔をする。

俺信用ないなぁ……。へこむわ。

恐る恐る、エコデはヒトデを結び付けた糸を入口へ。

若干傾斜した入口は、穴と形容するに相応しい。緊張の面持ちで竿を握りしめているエコデも何か面白いな。

カメラ持ってくればよかった。ビクサムに高値で売りつけてへそくりにしよう。

この間の一件で全部没収されたし。

ふと、

「せせっ、先生っ! 引いてますっ!」

「おー、来たか。さて、じゃあリールを巻いて……」

「ひっ……!」

引き攣った悲鳴を上げて、固まったエコデに、俺は首を傾げる。

どうかしたのか?

穴へ視線を落とすと、いた。ヒトデ口にくわえてる、頭が蛇の女。店主。

うねる蛇が、エコデの足に絡みついていた。

「……よっと」

「ぎゃうっ?!」

だんっ、と蛇を踏みつけると、奇怪な悲鳴と共に、エコデの足にまとわりついた美味しい思いをしてた蛇が緩む。

好機を逃さず、竿も放り出してエコデは俺の後ろへとすぐさま逃げた。

小さく苦笑して、俺は震えるエコデの頭を撫でながら、変人店主を見下ろす。

「俺の大事な居候怖がらせんな」

「リリバスはワタシの大事な髪、踏むな」

ぎろりとお互い睨み合って、俺は足をどけた。

しゅるしゅると蛇がひっこみ、女はその蛇を優しく指で撫でる。蛇頭の、しかし目が合っても人を石化できない不完全なメドゥーサ。こいつが、『アリジゴク』店主ポアロである。

もりもりヒトデを喰らう蛇頭女ポアロ。

半眼で俺を睨んでくるが、石化させないメドゥーサほど怖くないものはない。

まぁ、それが原因でポアロはこんな風に隠れて生活してるんだろうけど。

「締切過ぎた。また来月のご利用お待ちするよ」

片言で俺を全力で拒絶するポアロ。

顔しか見えないけど、無能力でもメドゥーサ。綺麗な顔立ちで、多分スタイルもいいはずだ。

くそ、穴から引きずり出して、髪の毛全部蛇から普通のサラサラにしたい。

そしたら完璧なのに。

不意に、悪寒が背筋を這い上がる。何となく背後のエコデを振り返ると、

「……どうかしたんですか?」

「今、一瞬だけすごく冷たい目してませんでした?」

「いいえ?」

くすっと微笑むエコデ。

残念だ。俺、どっちかっていえば、冷たく見下ろされたいタイプなんで。

さて、気を取り直して。ひょいっとしゃがみこんで、俺はポアロに封筒を差し出す。

「期日過ぎたのは悪い。だから詫びにヒトデ献上した。来月も頼むよ、ポアロ」

「……それ用?」

目線でポアロはエコデを示した。

それとはまた、怖いもの知らずだな。俺だったら飯抜きにされてるぞ。

「そう。エコデ用。今月も可愛いから完璧だっ!」

断言した俺に、冷たい目線が背後と前から突き刺さった。

ご褒美だな。最近つくづくそう思う。

「まぁ、暇だから」

すっと入り口から白い腕が伸びて……しゅっと引っ込んだ。

海底生物の捕食を彷彿させる動き。しかしどーせなら蛇で取った方がインパクトはデカイよなぁ。

かさかさっと封筒を開けて、中をあらためるポアロ。

「ところで先生?」

「ん? どした、エコデ。心配しなくても来月も集客効果は抜群だ!」

「いえ、もうそれは良いです。それより、そのお金どこから出てるんです?」

「なんだ、そんな事かぁ。毎月の小遣いからと、後は……」

あ、まずった。途端にだらだらと汗が流れ出す。

エコデは俺の異変に敏感に気付き、綺麗な微笑みを向ける。

それは俺が通称堕天使の微笑(ルシファースマイル)と呼ぶもの。

俺の食生活に多大なる影響をもたらす魔王アンゴルモア襲来の合図。

「後は……、何ですか? 先生?」

さーっと血の気が引いて真っ白な俺に、エコデは尋問をやめない。

「先生はどうやってへそくり貯めてたのか、考えてみれば、不思議ですねぇ」

うぉぉ、どうしよう。どうしたら良いんだ俺は!

「リリバス、不足分はいつも体で払うよ」

しれっと答えたポアロに、俺は救いの神を見つけた。

そうそう。材料運んだり、食料援助したりな。ポアロは基本的に店から出て来ないから。

あ、いや、エコデ? そこは感動の涙を流す場面じゃないと思うんだが。

「先生、ごめんなさい……! 僕が先生の気持ちも分からないで、倹約を迫ってるばかりにっ……」

「いや気にするなよ。俺、そんな気にしてないし。ポアロもこんなんだからさ、俺くらいしか知り合いがいないし。ちょーどいいんだよ」

「じゃ、じゃあっ、先生は望んでしてるんですか?」

「え? うーん……それは違うけど」

難しい問題だな。うん。世界は等価交換で出来ている。

金を払えば物が買える。人に親切にすればきっといつかは自分に返ってくる。人に後ろ指さされて生きてけば、最後は孤独。何かすれば、お礼くらいあるかも。

唯一そうじゃないのが、人の気持ち。好きになれば好きになってくれるわけじゃない。

それは、ある意味俺の救いだ。

「ん?」

唐突にぎゅっと抱き付いてきたエコデに視線を落とす。

何だ? どうかしたのか? 別にもう、ポアロの蛇は迫ってきてないと思うが。

「大丈夫です、先生っ! 先生の事は、僕が全力で守りますから!」

「えぇぇ?!いいって、俺エコデに守られたら、かっこ悪いだろ?!」

「そんな事ないです!たとえかっこ悪くても、僕は先生がす……」

「す?」

エコデの発言は、変な所で停止した。

「す……、何?」

「う、あ、えと……」

見る間に顔を赤くしたエコデは上目づかいに俺を見やる。

出た反則技! だが俺は騙されたりしない。立派な理性ある紳士だからな。

「す……捨てたりしませんからっ!」

「捨てないでエコデさん?!」

酷い。そんな事をちらりとでも過ぎったってことだろ。

へこむわー。最近へこまされること増えてきたなぁ。

「……帰れ痴話喧嘩夫婦」

ぼそっとポアロが下から言い放つ。

開いていた資料をかさかさと畳みながら、つんとそっぽを向くポアロ。何でまた機嫌が悪くなるかな、こいつは。

「まぁ、よろしく頼むな、ポアロ」

「承知」

「また今度、ヒトデ持ってきてやるからさ」

こくんと頷くポアロに苦笑して、俺は何故か目を合わそうとしないエコデの頭に手を置く。

「さ、帰るぞエコデ」

「……はい」

ひらひらと頭の蛇が首を振っているポアロを背後に、俺たちは帰路についた。

約二週間後には、新しいエコデの衣装が届くはずだ。

……ていうか、俺一人で来たのとあんま変わらなかった気がする。

まぁいいか。

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