7.御子と巫女と皇子
「先生、お客様です」
昼休憩で微睡んでいた俺に、エコデが棒読みで声をかける。
最近気付いたけど、この手のトーンの時はエコデの機嫌がすこぶる悪い。
俺はシャキッと背筋を正し、涎をささっと拭う。
「誰だ?」
「僕は知りません。でも、先生のお知り合いだって言ってましたよ」
俺の知り合い?
人見知りの俺には訪ねてくるような知人はいない……はず。
「こちらにお通ししますね」
「ああ、分かった」
頷いた俺に、エコデはぷいっと背を向けて診察室から出て行った。
いいなー。
あんな感じの可愛い嫁さんそろそろ欲しいよなー。
実に残念だ。
それにしても誰だ?
腕を組んで椅子の背もたれに体重を預ける。
ぎし、と軋んだ音。
天井を見上げて目を閉じ思考をしていると、
「相変わらず冴えない場所で冴えない生業やってるわね。リリバス」
「なっ……!」
ばっと目を向ける。
シスター風の衣装に身を包み、女性のステータスであり、男のロマンを詰め込んだ平均を上回る胸を装備した女。
ぱさっと長いオレンジ色の髪を手で払って、笑みを浮かべたそいつを、俺は知っている。
「さ……サチコ?!」
「お久しぶりね、腑抜けさん」
すとん、と患者用の丸椅子に座るサチコ。
俺は紳士だから、サチコの胸揺れには興味ない。
見てないったら見てない。
「おやすみ中ごめんなさいね」
「思ってないだろ」
もちろんよ、と微笑むサチコ。
シスターっぽい服は着てるけど、サチコはシスターとはかけ離れた奴だ。
服はただのコスプレに過ぎない。
ちなみにサチコの本名は、
サンディミン・
チルルスクード・
コートナー。
長いからサチコ。
この街に来る前の、俺の知り合いだ。
「で、何の用だ?」
「仕事の話よ」
仕事ねぇ。
俺は一応医師として慎ましく生きてるんだが。
町内会の害虫駆除の手伝いしたり、
居候の男の娘に飯抜き食らったり、
患者の不倫に目をつぶってやったり、
深夜番組をチェックしたり、
首から上が土気色の患者の治療をしてやったりと、
忙しいんだが。
「まぁ、半分は冗談よ。様子見に来ただけ。面白い噂を小耳に挟んだもんだから」
「噂?」
首を傾げると、サチコはずいっと身を乗り出す。
おー、目がミラーボールみたいにキラッキラしてるな。流石サチコ。
「そうよ! 可愛いお嫁さん貰ったんでしょ?」
ガシャン。
ガラスが割れた音に、俺とサチコは揃って目を向ける。
――呆然と立つエコデの足元に、ガラスが液体と共に散乱していた。
「大丈夫か? エコデ」
「は……はいっ! だい、大丈夫です! えと、すぐ片付けますっ、から、あの」
「うん、まぁ、落ち着け。茶はいーから」
こくこくと真っ赤な顔をして頷くエコデ。余程、失敗が恥ずかしいのか。
ぱたぱたと走っていったエコデを見送っていた俺に、サチコがにんまりと笑う。
怖いな、サチコ。
「なーんだー、そーいう事かぁー。いやいや、流石ミコ様」
「御子言うな。お前だって巫女だろーが」
「ミコ違いよ」
頭痛くなりそうな会話だ。
はぁっと軽くため息をつくと、俺はサチコを見据える。
「で? 今日はこの辺りで仕事か?」
「ふふふ。まぁ似たようなものね」
いつ見ても、怖い女だな。
全身武器女だし、俺は正直絡みたくないタイプだ。
あー、早く帰ってくんないかな。
「とりあえず一晩泊めて貰おうと思って!」
あぁ、そうです……何だと?
「いいじゃない。私と貴方の仲でしょ? ね、み・こ・さ・ま?」
鼻をつつくな。
大体どんな仲だ。
説明してみろ。
と叫びたいのは山々だったが、腹にナイフ突き付けられたら、誰でも頷くしかないだろう。
またひとつ、事件である。
◇◇◇
「エコデ、サチコが泊めて欲しいらしいんだけど……どーする?」
ガラス片の片付けに戻って来たエコデに俺はそう声をかける。
エコデは目を丸くして、俺の背後にぴたりと寄り添うサチコを伺った。
いいんだ!
駄目だと、無理だと言えば!
背中に当たる、嬉しくない感触なんて気にするな。
最早今後の運命は、エコデに委ねられた。
『ごめんなさい』とエコデが返せば、俺の背中は蜂の巣よろしく、風の吹き抜けスポットと化すかもしれないけど。
多分、頑張れば治ると思うし。
あー、でも頑張るの嫌だしなぁー。
大人しく死ぬかぁ。
エコデはじっと俺を見つめてくる。
段ボールの捨て犬みたいだ……!
久々に興奮するな。
あ、いや、変態的な意味じゃなくてな?
こう手に汗握る状況になると、俺、テンション上がるタイプだから。
短いか長いか、しばしの沈黙が舞い降りる。
そして、エコデはぎゅっと手を握りしめて、ぽつりと言った。
「先生が、決めたらいいじゃないですか」
丸投げぇぇぇ?!
恐る恐る背後のサチコを振り返ると、
『何か文句あるのか、豚が』
みたいな笑顔を向けてきた。
その下民を蟻のように扱う目は、悪くはない。
ごりっと、腰椎に押し付けられる火薬で金属を発射するものがなければもっとな!
「でも先生、ゲストルームなんて無いですよ?」
ごくごく自然の発言に、俺は一筋の光明を得た。
まさにその通りだ、エコデ!
やっぱりお前はエンジェルだ!
「あら、構わないわよ。リリバスと一緒に寝るわ」
何故そうなる。
「そ、そうなんですか? 先生っ」
いや、エコデお前もだ。
何故さらっと飲み込む。
「診療所の患者用ベッドでいいだろ」
「嫌よ。私が一人じゃ眠れないの知ってるでしょう?」
知らねーよ?!
いつの間にそんな属性を追加したんだサチコ。
だが残念なことに、わが社は男性職員しかいない。どうしたもんか。
不意に、ぱりんっと薄いガラスが割れるような音が響いた。
俺はばっと音のした方をみやる。
「あら、早かったわねー」
呑気なサチコの声。
お前のせいか、サチコ!
「さーて、仕事しますかね!」
……マジかぁ……。
「どうかしたんですか?」
きょとんとした目で俺とサチコを見つめるエコデ。
耳が如何に良かろうとも、エコデの聴覚には引っ掛かってない。
サチコが気付いたのはサチコだからだ。
ややこしい問題だが、そーいうもんだ。
「行くわよ、リリバス」
「断るっ!」
断言してやった。
びきっとサチコ周辺の空気が凍りつく。
さっと素早く、全力加速を駆使して、俺はエコデの背後に回る。
「せ、先生?」
見上げて来たエコデの肩をがしぃっと掴み、不敵に笑うサチコへ叫んだ。
「俺はただの医者だっ!」
「黙れ家畜」
「危険な展開はごめ」
「撃ち抜くぞ」
「一般人巻き込」
「それがどうした」
嘘ぉ……。
サチコは目がマジ過ぎる。
多分、本気で殺される。
折角のエコデという盾を手にしたはずが、意味が丸でなかったという悲しい展開。
「すまん、エコデ。俺もう、死ぬらしい」
「えっ?!」
「本棚の医療関係の本に挟んであるへそくりと、俺の秘蔵の映像&書籍コレクションはお前に譲る。趣味に合わないようだったら、ビクサムにでもやってくれ」
「……」
「ゴミとして捨てないでくれよ。俺の愛蔵本の出演者達が憐れだからな……」
「……」
え、ちょっと。
何でエコデもサチコもそんな冷たい目で俺を見ます?!
「先生……最低です」
ふう、とため息をつくエコデ。
最低だなんて、この場合、褒め言葉か?
褒め言葉として受け取っておくべきなのか、俺は。
サチコはサチコで、やれやれと首を振る。
「大変ね、変態な旦那を持つと」
「だ、旦那じゃありませんっ!」
「そう照れなくていいわよー。変態な所を除けば、お似合いよ」
ウインクしてくるサチコに俺は鳥肌が立った。
エコデも絶句している辺り、同じように感じたのだろう。
全く、恐ろしい女だ。
「それより、お前の仕事だろ。とりあえず外まではついてってやる」
「仕方ないわね。鈍るわよ」
鈍り上等だ。
俺は平和主義なんでね。
「エコデはここに居ろ。危ないから」
サチコが特にな。
真っ赤になって固まっていたエコデは我に返った様子で、俺を見やる。
凄く心配そうに。
「心配すんな。すぐ戻……」
「ぼ、僕も行きますっ!」
「駄目だ」
断言すると、エコデは見る間に涙目。
泣き落としとは卑怯な。
巻き込みたくないという俺の気持ちも分かって欲しいもんだが、まぁ、エコデには何も知らせてないし。
「連れてってくれなきゃ、先生のご飯トマト塗れにしますからね」
「悪魔再臨?!」
◇◇◇
俺は押しに弱いらしいことを、つくづく痛感する。
いや、欲に弱いのか。
だが、生きていくうえで、食欲と睡眠欲を失うわけにはいかない。
あともう一つ。
ぐしゃん。
ぼこっ!
ばりん。
「危ねっ?! サチコ、おまっ、俺らごと殺す気かっ?!」
「あーら、誰かさんが手伝ってくれないもんだから、そうするしかないの、よっ!」
俺の耳元を熱風が通り過ぎる。
髪が微妙にかすって切れた。
危機回避能力なしでは、俺はとっくにもう、死んでる。
だからサチコとは関わりたくなかったんだよ!
どこから出したのか、大量の銃火器を周囲に散らかし、サチコは迫りくるそれらに発砲を続ける。
火薬と、腐乱臭がする。
「せ、先生……あの」
俺の後ろに引っ付いて隠れてるという可愛い状態で、エコデがやっと口を開く。
いや、うん。言いたいことは、分かるぞ。
「サチコは、あー見えても、巫女なんだよ」
しかも厄介な事に、サチコは退治専門。
穏便に済ます祓い専門とはわけが違う。
問答無用で消し去るのが退治で、
話し合いで解決するのが祓い。
しかも、サチコが異常にめんどくさいのは。
「うふふふふ。さぁさぁ、次はどんなタイプで殺されたいのかしらっ?」
嬉しそうに腐乱死体や骸骨を用意するサチコ。
ホントにこいつ、物理的に破壊するのが好きすぎて怖いわ。
悪霊が取りついた各種死体が動き出すと、ひときわ嬉しそうにサチコは銃器をぶっ放す。
ほんと、こいつ俺が張った防音結界とか人払いの術とかのありがたみ、分かってねーんだろうなぁ。じゃなきゃ今頃この街の警察に捕まって檻の中だぞ、サチコ。
しかもそのうず高く積まれた肉片や骨片、誰が掃除すると思ってんだ。
ああ、だから嫌だったんだ……。
黒い衣装を翻し、華麗なステップを踏んでいるようにも見えるサチコ。
まぁ、気持ち悪いほど笑顔で肉片と骨片を踏みつけてるから、怖いんだけど。
それにしても、こんな大量の亡霊どこから来たんだ?
そもそもこの街にはあんまり悪霊の類いないし、ヤバそうなのは俺がそれとなく祓っといたはずなんだけど。
「ラストぉ~!」
最後の一体がライフルで撃ち抜かれ、崩れ落ちた。
くるっと回転して、華麗な一礼をしてみせたサチコ。
「あー、はいはい。すげー」
気のない返事でぱちぱちと拍手してやる。
サチコは何故かはにかんだ。
パッと見、スタイル抜群なシスターが微笑む光景。
うわぁ。
死体の上じゃなきゃあ、俺サチコに惚れたかもしんない。
でもそんな事は太陽がこの世界を焼き尽くして、全生命体が死ぬときくらいしかなさそうだから、一生ないな。うん。
しかしまぁ、自然発生的なもんじゃなかったな。
でもって、これが出来そうなやつっていうと……
「その通りですよ、兄さん」
「やっぱお前かぁぁッ!」
頭痛い。
何なんだ。
俺の平和な日常に、変態どもが集結するなんて不幸要らねぇぇ!
「せ、先生っ。落ち着いてください?!」
あわあわと狼狽えるエコデが一番の救い。
遭遇したくない二人が一堂に会したこの現状がおぞましい。
ばっさと豪奢なマントを翻して、サチコに歩み寄るそいつも、俺は良く知ってる。
ていうか、一応『弟』。
「帰りますよ、サンディさん」
「仕方ないわねぇ。でもまぁ、ロヴィのお蔭で気分転換になったから付き合ってあげるわ」
「助かります。それから……」
すっと視線を俺とエコデに向ける我が弟ロヴィ。
今年で18だったか?
さらっとした髪を腐乱臭漂う風になびかせる、俺と違って美形男子。
その形のいい唇が動きかけた瞬間。
「俺は帰らないぞ」
ぴく、とロヴィの左眉が不機嫌そうに跳ね上がる。
うわ、やっぱサチコは囮かぁ……。
「何のために僕が出向いたと思ってるんですか、兄さん」
厄介。
こいつ実はサチコ以上に厄介なんだよなぁ。
どーするかなぁ。
「兄さんは、こんな辺鄙なところで、日陰に生きてるべき存在じゃないでしょう」
「俺は結構気に入って……」
「大丈夫です。帰りづらいだろうと思って、僕が迎えにきました」
うぉぉ……相変わらず聞く耳持ってねぇ……。
冷や汗がだらだらと流れる。
俺ホントに、こいつ無理なんだよ。
不意に、袖を引かれた。
視線を落とすと、エコデがじっと何か言いたげに俺を見ている。
捨てられるのを怯える犬みたいに。
「……ばぁか」
「ひゃ」
くしゃっと頭を撫でると、エコデがくすぐったそうに身を縮める。
そうそう。
俺は日陰でエコデと二人、変人どもの診療してるのがぴったりだ。
「サチコ、とっとと連れ帰ってくれ」
「しょうがないわね。ロヴィ、新婚さんの邪魔しちゃ、無粋という物よ?」
「な?! 新婚?! 聞いてないです兄さんっ?!」
余計な事言うなサチコ?!
目の色が更にやばくなってるじゃねーか!
サチコは散らかしていた銃器を回収し、服の隙間にあるらしい謎の空間へ格納する。
どう見ても、隠せるサイズを超えているのもあったけど、後が怖いからあえて触れない。
ぱんっ、とスカートを叩いて、サチコはロヴィの首根っこを掴んで歩き出す。
あ、首に入ってる。死ぬかもあいつ。
「ぜ、絶対に諦め、ませんからねっ!」
「二度と来るなよー」
ひらひらっと手を振ってやる。
あ、白目剥いた。まぁあとはサチコに任せよう。
しかし、疲れたな。
「あ!」
不意に声を上げたエコデに、俺はびっくりして目を向ける。
エコデはぎゅっと袖を握りしめて、言った。
「先生大変ですっ! 午後の診療始まっちゃいますっ!?」
「何ぃっ?! まだ飯食ってないしっ?!」
「掃除が先ですよね、明らかに」
くっ。
確かに肉骨片を放置するのは色々と倫理上まずい。
それは分かるが、
俺には昼飯が重要なんだッ!
昼抜きの刑を受けてから特に!
「よし、表は任せろ。エコデは飯の準備!」
「は、はいっ」
ぱっと踵を返して扉の向こうへ消えたエコデを見送り、俺は深呼吸。
さながら戦場の跡。
太陽燦々と輝く光景には相応しくない光景。
こういう時こそ、役立たずなチートな能力の活用だ!
即行で戦場が綺麗な舗装路へと元通り。
そしてエコデの時短メニューでかろうじて昼にありついて。
無事に、午後診療へシフト。
そうして、変態二人組の存在をすっかり洗い流して、俺の平穏な生活は守られた。
……あいつらが二度と来ないように結界張っとくかな。




