6.プラリネ
目覚めは、いつも朝日が昇る前。
この街は太陽の出ている時間が短いから、朝は遅くて、夜が早い。
慣れてしまえば、大したことはないけど、昔はよく寝坊してたっけ。
今じゃもう、太陽より先に目が覚める。
カーテンを開けて、窓を開ける。
冷たい空気が流れ込んで、僕は微かに身を縮めた。
それと同時にまだぼんやりとしていた頭がすっきりする。
「さてと……朝ごはん作って、先生を起こしに行かないと」
診療所の掃除とか、洗濯とか、朝は何かと忙しい。
だから時間は一分一秒コンマの世界まで勿体ない。
今日は朝ごはん何にしようかなぁ。
先週は先生にちょっと意地悪し過ぎたから、今週はいっぱい食べさせてあげないと。
あ。
先生甘いもの好きだから、今朝はパンケーキにしよう。
食物繊維もタンパク質も摂れるし、甘いのも食べられるし。
うん、そうしよう。
先生喜んでくれるかなー。
想像するだけで楽しくなってきた。
どうか、今日から始まる一週間が、平穏無事に、先生と楽しく過ごせますように。
僕は心の内で、そう祈った。
◇◇◇
食事の用意を約8割終えたところで、僕はいつも先生を起こしに行く。
先生は朝に弱い。
起こしても中々起きてこないし、やっと起きたと思っても二度寝するくらい。
そういうところは先生の可愛いところだと思う。
もう一回起こすくらいは、雑作もないし、結構好き。
足音に気をつけながら、僕は先生の部屋まで向かう。
小さく息を整えて、先生の部屋の扉をそっと開けて中を覗き込んだ。
いつも通り、ベッドの真ん中でこれでもかってくらいに小さく丸くなった先生が布団に埋もれていた。
先生は寒さに弱いから。
しょうがないなぁ、先生は。
すたすたと歩み寄って、猫みたいに丸くなって、髪の毛しか見えない先生へ呼びかける。
「先生、朝ですよー」
「うー……後三時間ー」
しょうがないなぁ、なんて納得しないよ? 先生。
長いから。三時間はさすがに駄目。
「診察始まっちゃいます。起きてください。ご飯が冷めます」
「温め直すから心配ないってー……」
「パンケーキは温め直したら美味しくないです! 出来たてじゃないと!」
むっとして思わず反論すると、先生はがばっと起き上がった。
「すぐ行くっ! メープルシロップとクリームチーズ用意しとけよ、エコデっ」
寝ぐせで頭が爆発してる先生は、子供みたいに表情を輝かせてそう言った。
先生は本当に甘いものが好きですね。
◇◇◇
先生は食べ方がいつも豪快。
でも不思議と一片たりとも零したりしないのが凄いなぁって思う。
まるで魔法みたい。
「先生、よく零さないですねー」
「ん? だって勿体ないだろ。落としたら、片づけで捨てられる運命なんてさ。それに、食料自給率向上のために俺は尽力し続けるのが役目だと思ってる!」
そう熱弁する先生。
僕は、先生の言葉に感銘を受けた。
流石先生。
社会の事まで考えて、生きてるなんて。
だからこんな辺鄙で患者が少ない街の片隅で、医者をやってるのかもしれない。
普通の病院や診療所に行けない、人外の人々のために身を粉にしてるのかな。
素敵です。
「なー、エコデ」
不意に名前を呼んだ先生。
見れば、お皿には十枚あったパンケーキが残り三枚になっている。
「あ、お代りですね」
「頑張って働くから!」
そんなに頑張らなくても、先生が美味しいって言ってくれるならいくらでも出すのに。
……変なことしなきゃ、だけど。
診療所の開始まであと二時間。
今日は変な人が来ないといいなぁ。
◇◇◇
診療所の掃除は先生の仕事。
いつも魔法みたいに、知らない間に綺麗になってる。
本当は先生、魔法使いなのかも。
まさかね。
僕はその間に洗濯をして、ベッドメイクをしておいて。
更に昼食の準備をしておく。
後が楽になるから、結構これが大切だった。
「エコデ、何か手伝うかー?」
声をかけた先生は、診療用の白衣を羽織っていた。
真っ白な白衣で歩み寄ってくる先生はちょっと知的。
いつも先生は何かと暇を見つけては、色々と手伝ってくれる。
凄く助かるし、あと、凄く嬉しい。
「えと、じゃあ洗濯干すの手伝ってください!」
「おーエコデじゃ背が届かなそうだもんな」
苦笑した先生に、僕は苦笑いで頷いた。
先生とは頭一個分背が違うから、言い返せない。
診療が始まるまでは一緒に居られる。
だけど診療開始と共に、先生は患者さんにとられてしまう。
寂しいなんておかしいけど、やっぱりちょっと寂しい。
先生が居なきゃ、僕は今こんな場所で平和に生きてなかったかもしれないから。
「どした、エコデ。ぼーっとしてるぞ」
先生の声に顔を上げると、心配そうな顔をしている先生と目が合う。
ふと、先生は目じりを下げて、くしゃっと僕の頭を撫でた。
「月曜から疲れるなよ。元気出せ」
先生のおっきな手が頭皮を撫でる。
出会った時から変わらない、大好きな手。
先生の手は、魔法の手だ。
傷付いた人を全部助けてくれる、魔法の手。
僕も先生に助けてもらってここに居る。
今も、助けてもらってるし、多分これからも。
ぼろぼろだった僕の心を助けてくれた先生の傍に居られたらいい。
変な人ばっかりやってくる診療所だけど、先生と一緒なら。
「あ、ところでエコデ」
「はい」
離れた手の感覚を名残惜しみながら、僕は返事をする。
先生は、とっても嬉しそうな顔で問いかけた。
「来月のコス……じゃなかった、服。こんなのどうだっ?」
びっと一枚の写真を突きつけた先生。
ブルーのワンピースに白いエプロン。
見たことある気がする。
確か、先生の本棚にあった、カバーと中身が違う本の。
「……先生。これ先生のいかがわしい写真集の一枚じゃないですかッ!」
「なな、何でそれを?! はっ、そうか。エコデも男の子だったんだな。いやー安心した!」
「そぉいう話をしてるんじゃありませんっ!」
ほんとに先生は、そういう所がどうしようもないです。
でもそういう先生も大好きですけど。
もうどうせ発注しちゃったんでしょうし。
資源の無駄遣いは駄目、が先生の教え。
だからしょうがないから、来月も着る。
先生が可愛いって言ってくれるから、着てるんじゃなくて。
一分一秒、少しでも多く先生と一緒に居られるなら手間なんて惜しまない。
だから先生。
他の人とデートなんて許しませんからね!
「―――ていう夢を見たんだけど、エコデはどう思う?」
「何で僕に聞くんですかっ! 先生の中の僕を殺してくださいッ!」
「えー……」
それはそれで勿体ないと俺は思うんだが。
だがエコデは顔を真っ赤にして可愛い顔で俺を睨んできた。
うーん、確かに違う気がする。
ていうか、それはそれで困る。
俺もエコデも男なんで。そっちの趣味は持ってないし。
いや、エコデは可愛いと思うけどな?
「仮に、仮にですけどね? 僕が先生の事大好きだとしたら」
「うん」
にっこりとエコデは輝く悪魔スマイルを見せてくれた。
「この間のレイラさんとデートした時点で先生監禁してますよ?」
そうかもしれませんね、エコデさん。
すいませんでした、勝手に変な夢見て。
そして、朝から俺は土下座を強いられた。




